エデルファーレの〈姫〉と〈騎士〉

空月

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19話

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 首を傾げたシアに、「そうです」とリクが頷く。



「図書館にある〈神子〉の趣味の蔵書を見たでしょう? 『不幸せな』状況にある少女が、何らかの契機を経て『幸せ』になる物語。〈神子〉は異界に多く伝わる、あれ系の話が好きでしてね。――だから自分も、それをやっている。単純に、それだけなんです」

「それ、だけ……」

「〈神子〉はね、よかれと思ってやってるんですよ。『不幸せな』人間をすくいあげるシステムを作り上げて、〈姫〉という存在に、自分の思う『幸せ』を押しつけることをね」


 それを言うリクの口ぶりが、どう考えても好意的ではなかったから、シアは不思議に思う。


「……でも、それによって歴代の〈姫〉は幸せになったのではないの?」

「――さて、どうでしょうね。確かに、それでちゃんと『幸せ』になった〈姫〉ももちろんいる。でも本来、『幸せ』なんて千差万別のものじゃないですか? 不遇な環境からすくいあげられただけで一概に幸せになったとは言えませんし、この〈姫〉のシステムだって、俗世じゃあ歪に持ち上げられてる。お嬢だって、それを厭って屋敷に引きこもってたでしょうに」

「それは……」


 ――確かに、シアは現世での〈姫〉の過剰な持ち上げられ方に馴染めなくて、できるだけ表に出ないようにしていた。リクはそれのことを言っているのだろう。


「……確かに、その……ここエデルファーレに来る前が、幸せだったとは言えないわね」


 ただ『不幸ではなかった』――『不幸ではなくなっていた』のは確かだ。それがイコール、『幸せ』だったとは言えないだけで。


「……〈神子〉様の思う、〈姫〉の『幸せ』って、どういうものなの?」

「……さあ。俺は〈神子〉の考えているすべてがわかるわけではないので――ただ、〈騎士〉たちに刻み込まれる命題に『〈姫〉に“大切にされている”実感を与えること』があるんで、そのあたりを『幸せ』に定義してるんじゃないですか?」

「『“大切にされている”実感を与えること』……?」

「そうです。それをどう、行動に表すかは〈騎士〉の解釈に依るかとは思いますが」


 当たり前の事実を伝える淡々とした常の口調に、どうしてか、つきりと胸が痛んだ。


(知っていた。……知っていたはずだわ。リクが〈騎士〉の職務として、――〈騎士〉だから、傍にいてくれていること)


 そんな今更の事実に、どうして今、傷ついたような気持ちになっているのか。
 自分の心の動きがわからなくて、シアはそっと目を伏せた。


「お嬢?」


 けれど、当然のようにリクはシアの変調に気付くから――気付いてしまうから。
 本当に『大切にされている』ような、勘違いをしてしまっていたのだ、きっと。


(だって、それは〈騎士〉の命題として刻まれているから、だから『大切にされている』実感を与えるように行動しているだけなのに)


 それを、明言されたことはなかった。
 でも、初めて会ったとき――リクがシアをすくいあげたときに、言っていた。


『あんたは〈神子〉に選ばれた。選ばれた大切な〈姫〉だから、俺が来た。――時が来たら『神にいと近き御園』エデルファーレへと、あんたを連れて行く。それまでは、あんたを、……守る。何からも。何よりも』


 そうして、その言葉どおりにしてくれた。
 そう、だけどそれは、〈騎士〉だからで。シアが〈姫〉だからで。
 そんなのずっと、当たり前の事実だったのに――。


(……私、リクのこと――本当に、好きなのね)


 改めて、思う。
 〈姫〉と〈騎士〉だからこそ成った関係に、〈騎士〉だからこそのリクの言動に、胸が痛むような、そしてもどかしく思うような――好意を抱いているのだと。

 それは家族愛にも似て、子どもの独占欲じみた好意でもあって。
 それから、『この人に好いてほしい、本当に愛してほしい』と願う、恋や愛でもあるのだと、自覚した。


「お嬢? 考えすぎて知恵熱でも出ましたか?」


 そうではないことをわかっていて場を和ませるために軽口を叩く、その気遣いがわかるくらいには共に時間を過ごした。


(『大切にされ』て来たわ――ずっと。ただそれが、〈騎士〉に刻まれた命題に添うものだったというだけなのに)


 心の奥から、それでは足りないと、それだけではいやなのだと声がする。


(好きに、なってほしい。リクに、私を。私自身を)


 これは、欲なのだろう。愛に端を発する、欲。

 このままの関係でいたって、きっとリクはシアを『大切にして』くれるだろうけれど。
 それは〈騎士〉と〈姫〉だからであって、シアが望むものとは、どこか違うのだ。


(〈姫〉と〈騎士〉のままじゃ、きっと私が望む関係にはなれない)


 それならば、やれることはひとつだけだ。


「熱はないわ、リク。……その、」

「はい?」

「その、……ひ、〈姫〉としての責務を、果たしたいのだけど……リクは、どう?」


 シアの言葉に、リクは一瞬固まって――何度か瞬いて、口を開いた。


「……お嬢のことだから、こう、自分の中でいろいろ考えた結果の台詞なのはわかります。わかりますけど……今の流れで、そう来ます?」


 リクがはあ、と息を吐いたので、シアはリクがそういう気分ではないのかもしれないと思う。


「……その、リクがそういう気持ちにならないのなら、日を改めるわ」

「いえ。そうじゃない。そうじゃないですお嬢。――どっちにしろ、〈姫〉が望むなら〈騎士〉に否やはないですが、そうじゃなくてですね」

「……?」

「――いいんですか?」

「? 私から口にしたのよ。もちろん――」

「――わかった、わかりました。お嬢の中では決定事項なんですね」


 リクが何を言いたいのか汲み取れなくて、シアは首を傾げる。


「もう、ほんと、お嬢は……わかってやってないのがタチが悪いというか……」


 それからも聞き取れない声でぶつぶつ言っていたリクは、もう一度深く息を吐くと、髪をかき上げた。


「わかりました。お嬢がいいのなら、いいです。お嬢の体力的にも問題はないでしょうし」


 おそらく断られることはないだろうとは思っていたが、承諾を得られてほっと息をつく。断られないように責務を強調したのだ。初めての時とは違って、意図的に。
 自分の臆病さに小さく苦笑して、シアは立ち上がる。


「それで、早速なんですね。わかりました。わかりましたから」


 リクがやっぱりぶつぶつ言いながら、シアをさっと横抱きにする。


「……自分で歩いて行けるわよ?」

「前も言ったでしょう? 雰囲気って大事なんですよ」


 リクがそう言うのなら固辞する理由はない。シアはおとなしく、運ばれることにしたのだった。

 
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