32 / 75
本編2
8話
しおりを挟む「見事な人心掌握ですね。セト騎士団長も同じように懐柔したんですか?」
アルドが見えなくなり、しばらく。すっと近づいてきた影に、フィオラは警戒することなく返す。
「しょうあくできていたように見えていたなら何よりだ。あんな幼い子どもをだましているのは気が引けるが。……あと、ルカをかいじゅうした覚えは……」
ない、と言いたいが、親友の自分への好意がちょっと普通の域にないことをフィオラはもう知っている。否定の言葉を続けられなかったフィオラに、しかしその人――サヴィーノ魔法士はそこを追及はしなかった。
「良心なんて捨てておいた方がいいですよ。この国では。そもそも仕事なんですし」
「……それは、出身者からの助言か?」
「そう思ってもらってもいいです。あと、子どもに同情するのは好きにすればいいですが、情は移しすぎないように。あんな子どもは国中にごろごろいます。全員を救える手立てがないのなら思い入れしないことですね」
言われて、既にアルドに多分に情が湧いている自覚のあったフィオラは押し黙る。
そんなフィオラをサヴィーノ魔法士はちらりと見下ろし、また視線を前に戻した。
「それにあの子どもはまだマシな方でしょう。この地域にしては」
「……そうなのか」
「頻繁に暴力を受けている様子もないですしね。『普通に厄介者扱いされている魔法使いの子ども』の範疇ですよ」
「そんなに、この地域の魔法使いの扱いは悪いのか?」
「この国でも特に悪い方のようですね。連続して『悪い魔法使い』が出たのも致し方ない、と裏界隈では言われているようです」
「それほどにか……」
「『魔法を使うと悪い魔法使いを呼ぶ』という言い伝えがある程度には、この地域では昔から『悪い魔法使い』が出ているようですからね」
「その言い伝えの裏はそういうことか……」
言い伝えについてはフィオラも引っかかっていたが、なるほど、そういう根拠だったのかと納得する。言い伝えには突飛なものもあるが、真実が隠されていることもある。それが『魔法使い』への待遇の悪さだというのは苦いものだが。
「……何か魔法をつかっているな? なんの魔法だ?」
魔法の気配を感じるが、何の魔法かまではわからないので訊ねる。
サヴィーノ魔法士は何ということもないように答えた。
「姿を消す魔法です。魔法の気配も極力消しているはずですが、さすがにこの距離ではわかってしまいますか」
「待て。ということは私は今ひとりごとを言っているように周りには見えるのか?」
「消音の魔法も同時展開してますからせいぜいひとりでぱくぱく口を動かしている変な子どもくらいのものだと思いますよ」
「それはそれでどうかと思うんだが」
先に言ってくれればフィオラだってもう少し周りに不審がられない挙動をとれたというのに。
しかし、サヴィーノ魔法士が周りを憚ることなく声をかけてきた時点で気付くべきだったとも思える。とりあえずフィオラは自省してそれについては終わりにした。
「じょうほうを集めに出ていたと聞いたが、何かせいかはあったか?」
唇の動きを最小限に訊ねると、サヴィーノ魔法士は「それについてはガレッディ副団長もいる場で話しますので」と返してきた。確かに説明が二度手間になるのでその方がいいだろう。
話すこともなくなったので、サヴィーノ魔法士を観察する。これも傍から見たら『宙を見つめる不審な子ども』になるのかもしれないが今更である。
魔術で只人と変わらないふうになっているとはいえ、彼は絶世の美形である。否、美形という言葉では足らないくらいの至高の芸術品のような外見をしている。
しかも今はシュターメイア王国にいる時とは違って、ある意味で美形さを中和してくれていた襤褸のローブでなく、くたびれてもいない普通の衣服を纏っているため、その美しさが存分に発揮されている。
現在は姿消しの魔法を使っているから騒ぎにはならないで済んでいるが、昨日はどうだったのだろう、とふと思う。ガレッディ副団長が特に何も言わなかったということは何事もなかったのだろうが、何故だろう。
しばし考えてみたが、もちろん正解はわからない。住居に着くまでもう少しあることだし、訊いてみることにする。
「その……気を悪くしたらもうしわけないが。その外見で、昨日は騒ぎにならなかったのか?」
「対策をしていないわけがないでしょう。印象を変える魔法を使っていました」
「そうか。サヴィーノ魔法士の出身地はここから近いのか?」
「近かったら印象を変える魔法も意味がなくなると思いませんか? 『設定』も嘘だとわかりますし。それくらい察せる頭をしているかと思っていたんですが、見込み違いだったようですね」
「す、すまない……」
そうだった。この件で会話を交わすようになってからこっち、あまり毒舌感がなかったので忘れかけていたが、サヴィーノ魔法士は結構(で済む範疇かどうかは不明だが)舌鋒が鋭いのだった。
深く考えずに質問するのはもうやめよう、と思うフィオラ。
そこからは無言のまま、住居へ着く。少し暗くなってきたからか、もう家の明かりは点いていた。ガレッディ副団長は戻っているらしい。
周囲に人がいないことを確認したサヴィーノ魔法士が先に扉を開いて、フィオラはそれに続いて家の中に入ったのだった。
0
お気に入りに追加
817
あなたにおすすめの小説

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる