【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月

文字の大きさ
上 下
7 / 75
本編1

6話

しおりを挟む


 そうして戻ってきた魔法使いの宿舎では、吹き飛ばされ用を為さなくなった扉がもう修繕してあった。


(おそらく、『元に戻す』魔法が得意な魔法使いがやってくれたのだろうな。誰がやってくれたのか調べて、お礼くらいは言わなければ)


 さすがに自室に着いたら下ろしてもらえたので、久しぶりの地面の感触にほっとする。いくらしっかり抱えられていようと、地面の安心感には程遠いのだ。

 そんなフィオラをよそに、ルカはといえば、勝手知ったる他人の部屋とばかりに食事をとるための準備をしていた。
 自分の部屋なので自分でやりたいところだが、残念ながら机を拭くのもままならない身長だ。諦めてルカに任せた。


「よし、フィー。食べようか」


 準備が整い、そう言ったルカは――ひょい、とフィオラを椅子に座った自らの膝に置いた。


「……。……なんのつもりだ」

「え?」


 心底何のことかわからない、という声音で返されて、フィオラはさすがに脱力した。


「しょくじをするのにひざの上にのせるひつようはない」

「だけど、椅子の高さが合わないだろう?」

「それくらいどうとでもする。さすがにこのたいせいはかんかできない」

「いい案だと思ったんだけど……」


 フィオラの表情で、問答の無駄を悟ったのだろう。名残惜しそうにしながらも、ルカは向かいの椅子にフィオラを座らせ直した。最初からそうしてほしかったところだが。

 買ってきた食事は、もっちりしたパンで総菜を挟んだものだ。
 ルカはやはり体が資本の騎士らしく、がっつりした中身を選んでいたが、フィオラはもともと少食なので、野菜などの軽いものにした。それでも半分ほど食べた時点で食べきれないと気付き、それを察したルカに食べてもらうことになってしまった。


(子どもの体は勝手が違うな。この頃の感覚を思い出せないものか……。いや、思い出したところであまり参考にならない気もするが)


 そもそもこの頃は食事も満足する量を与えられていなかったので、自分の限界なんて知らなかった気がする。


「フィーは子どもの時から少食だったんだね。……フィーが好きだからと思ってケーキも買ったんだけど、1つ丸々は食べられそうにないかな」

「おまえも甘いものはきらいじゃないだろう。おまえが食べればいい」

「保存のきかないものだからね、そうするけど……ああ、そうだ」


 いいことを思いついた、とばかりに、ルカはケーキを一匙掬うと。


「はい、あーん」


 蕩けるような笑顔で、フィオラの口元に差し出してきた。


「……なんのつもりだ?」


 さっきも言ったな、と思いながら、そして答えを予期しながらも訊ねずにはいられず、フィオラは問うた。


「一口くらいなら食べられるだろう? だから」

「だからといって、こんなまねをするひつようがあるか?」

「さっきの食事は食器を使わなかったけど、これは使うじゃないか。でも、フィーの手には大きすぎるだろう?」

「言うほど大きくないだろう……」


 甘味用のスプーンだ。今のフィオラでもなんとか扱えそうな大きさのはずだが、謎のやる気に満ちたルカは譲らない。

 さすがになんというかそこまで必要性もないのにこのようなことをされるのは抵抗があるのだが、ルカはスプーンを差し出した姿勢のまま微動だにせず待っている。見る人が見れば見惚れる(ただしフィオラにはにやけきったようにしか見えない)笑顔のおまけつきだ。

 しばらく逡巡したフィオラだったが、ここは折れることにした。


(一口食べれば、ルカの気も済むだろう)


 少し身を乗り出して、ぱくり、とスプーンごとケーキを口に含む。
 口を離して咀嚼していると、差し出されたスプーンが戻っていかないのに気付いた。
 ごくん、と飲み込み(口に物が入ったまま喋るのはよくない)、「どうした?」と訊ねる。

 しかし、返答がない。

 正面を改めて見ると、なんだか呆けたようなルカの顔があった。


「……どうした?」


 もう一度訊ねると、今度は反応があった。
 スプーンを皿に置き、口元に手を当て、何事かブツブツ言う、という不可解極まりないものだったが。


「ルカ? ……なんというか、よくわからないが、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。大丈夫だ、大丈夫……」


(その返答がもう大丈夫じゃなさそうだと思うのは気のせいだろうか)


 胡乱な目でルカを見遣っていると、とりあえず平静を取り戻したらしく、姿勢を正して。


「思った以上の破壊力だった……――ところで物は相談なんだけど、もう一口食べてくれたりしないかな?」


 などと言ってきたので、丁重にお断りする。もうその言い方がダメな予感しかしない。


 ルカはその後、スプーンを見ながら何か黙考していたが、最終的には無事に残りのケーキを食べ始めたので、何となくほっとしたフィオラだった。




+ + + + + + + + +


プロローグとシチュエーションがかぶっていますが、あっちは数日後とかの話っぽいので繋がっていません。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...