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22:エレオノーラ視点②
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お父様が不在と知ってからのシャーロッテの振る舞いは、それはもう酷いものでした。
予めシャーロッテに好きなようにさせよという、お父様の指示が屋敷の者に内密に伝わっておりますので、毎日のように仕立屋や商人を呼びつけては、ドレスや宝石を買い放題。
流石に我慢ならぬと窘めようとした執事長に、暴言を吐き物を投げて暴力を振るう始末です。
怪我などして欲しくないので、皆には決して逆らわないように厳命します。何より尊いのは物などでは無く人なのです。
万が一シャーロッテに買収されるメイドがいるのでは無いかと執事長と一緒に危惧いたしましたが心配は無用でした。彼女は仕えてくれる者を召使いとして下に扱うことしか知らないようですから。
やがてルキウス殿下をお招きするいつもの茶席の日が近づいてまいりました。
私は慎重に家族のいる別邸まで赴き、情報の共有を行います。外国に行っていることになっている家族の所に行くのですから慎重にならざるを得ません。幸いなことに私がどこに行ったかを伝える家臣はいないようです。私が家臣の立場でも、あのような言動と行動の者におもねることは無いでしょう。
もうじきルキウス殿下をお招きする茶席の日だと告げるとお父様は、そのままシャーロッテの好きにさせておきなさいと、思わず首を傾げてしまうようなことを仰います。
それにも増してびっくりしたのは、テオドール第二王子殿下がシャーロッテとその母に関する情報を侯爵家よりもいち早く手に入れており、情報の共有に加えて、信頼の置ける情報屋を手配して下さっていたということでした。
殿下はお父様と何度も接触しておられ、シャーロッテを侯爵家に引き取り監視下に置き、手駒にするよう指示なさったそうです。
テオドール殿下のお名前が出て、私は顔を真っ赤にしてしまいます。
家族の前では、王妃教育は意味をなしませんでした。
それを見たお父様は私の手を取り、仰って下さったのです。
「エレオノーラ。もうじき何もかも上手くいくからもう少し辛抱しておくれ。あの女がカールにまで色目を使うとはさすがに思わなかったのだ。おかげで監視する役目から外れお前に苦労をかけた」
思いもかけない言葉に胸がつまります。ルキウス殿下と正式に婚約した時から何も変わっていない優しいお父様がそこにはおりました。いざとなったら公国に移り住むから心配するな、というお父様の言葉を支えに生きてきたことを思い出します。
「それはどういう……」
「あのシャーロッテという女を手駒にして、第二王子が策を巡らせている最中だ。あれならいい餌になることだろう。膿を出し尽くすいい機会なのだよ」
テオドール殿下が動いて下さっている?
その言葉を信じて動いてみよう。屈辱的でも。
お父様の指示通り、茶席を何度か設けました。
ルキウス殿下とシャーロッテの距離感がますます縮まり、茶席も三人なのが当たり前のようになっていきます。
まるで人によって作られた物語の配役になったかのような、どこかしら他人事のような錯覚を覚えます。
二人には何を言っても通用せず、私が持っている常識がおかしくなったのかと思えてきます。
学園の入学が間近くなると、王妃教育の最終仕上げという名目で王宮に泊るようになりました。
この頃には私が王宮に参りますと、すぐにルキウス殿下が侯爵邸に向かいますので、テオドール殿下とお話する機会も増えております。
まだ大っぴらに第一王子派から第二王子派への派閥替えを知られるわけにはまいりませんので、王妃宮にてお会いし、当然第三者が常に周りに付き添ってはおりますが。
侯爵邸よりも今ではよほど王宮のほうがくつろげます。まさか自分の家でくつろげなくなる日がこようとは思ってもみませんでした。
とある日、ルキウス殿下と市井に行くことになりました。
密かに第二王子からの伝達を頂いております。
"シャーロッテを退け二人と護衛のみで市井に出ること"
"遣わした護衛が守るので、第一王子の要求は固く拒むこと"
このような伝達内容が何をもたらすのか全く分かりませんでしたが、他ならぬテオドール殿下が仰られたことです。信じて行うことに疑問は生じませんでした。
それに最近私の護衛に就いてくれる騎士たちは、テオドール殿下から内密に遣わされてきていることを教わったのです。ルキウス殿下が最も重用している護衛騎士もまた――
「わたしも一緒にいきたぁい!ルキウスさまいいでしょ?」
案の定、シャーロッテは当然のように三人で出掛ける前提でやって来ます。
服も市井の者の服を仕立てたようで、町に行くならば自然な恰好です。
が、ここは一緒に行けないように策を弄するしかありません。私に決定権は無いのですからルキウス殿下自らが断るように仕向けなければなりません。
……どうやれば?
「しばらく忙しかったのでようやく二人で過ごせる貴重な自由時間なのです。殿下の婚約者は私なのですから、一緒に付いてくるのは筋違いでしょう」
今までは三人で居ようとも、どんなにシャーロッテが殿下に密着していようとも、一言も口を挟まず後ろからただ付き従っていた私ですが、この時は硬い表情になってしまったものの断固とした口調で答えました。
ルキウス殿下とシャーロッテが揃って目を見開いたかと思うと顔を真っ赤にします。
シャーロッテは怒りで顔を真っ赤にしたことが分かりましたが、ルキウス殿下が顔を真っ赤になさったのは予想外でした。
この言葉が想像以上に功を奏し、シャーロッテはルキウス殿下に絡めていた腕を解かれ、念願通り二人で市井に向かうことが叶ったのでした。
ものすごい形相でこちらを睨みつけているシャーロッテには気付かぬまま、ルキウス殿下はにこやかに微笑んでらっしゃいますが――
テオドール殿下の指示通りに出来たことが嬉しくて笑みがこぼれてしまいます。
何を勘違いなさったのか、途中ルキウス殿下に無理矢理手を引っ張られ裏通りに連れ込まれてしまいましたが、いやらしいことを平気で行い要求してくるルキウス殿下を頑なに拒むと、そのあとは護衛騎士たちが護ってくれたのでした。
当時は気が動転して考えもしなかったのですが、この出来事からルキウス殿下の私に対する態度が決定的に変化していったように思えるのです。
予めシャーロッテに好きなようにさせよという、お父様の指示が屋敷の者に内密に伝わっておりますので、毎日のように仕立屋や商人を呼びつけては、ドレスや宝石を買い放題。
流石に我慢ならぬと窘めようとした執事長に、暴言を吐き物を投げて暴力を振るう始末です。
怪我などして欲しくないので、皆には決して逆らわないように厳命します。何より尊いのは物などでは無く人なのです。
万が一シャーロッテに買収されるメイドがいるのでは無いかと執事長と一緒に危惧いたしましたが心配は無用でした。彼女は仕えてくれる者を召使いとして下に扱うことしか知らないようですから。
やがてルキウス殿下をお招きするいつもの茶席の日が近づいてまいりました。
私は慎重に家族のいる別邸まで赴き、情報の共有を行います。外国に行っていることになっている家族の所に行くのですから慎重にならざるを得ません。幸いなことに私がどこに行ったかを伝える家臣はいないようです。私が家臣の立場でも、あのような言動と行動の者におもねることは無いでしょう。
もうじきルキウス殿下をお招きする茶席の日だと告げるとお父様は、そのままシャーロッテの好きにさせておきなさいと、思わず首を傾げてしまうようなことを仰います。
それにも増してびっくりしたのは、テオドール第二王子殿下がシャーロッテとその母に関する情報を侯爵家よりもいち早く手に入れており、情報の共有に加えて、信頼の置ける情報屋を手配して下さっていたということでした。
殿下はお父様と何度も接触しておられ、シャーロッテを侯爵家に引き取り監視下に置き、手駒にするよう指示なさったそうです。
テオドール殿下のお名前が出て、私は顔を真っ赤にしてしまいます。
家族の前では、王妃教育は意味をなしませんでした。
それを見たお父様は私の手を取り、仰って下さったのです。
「エレオノーラ。もうじき何もかも上手くいくからもう少し辛抱しておくれ。あの女がカールにまで色目を使うとはさすがに思わなかったのだ。おかげで監視する役目から外れお前に苦労をかけた」
思いもかけない言葉に胸がつまります。ルキウス殿下と正式に婚約した時から何も変わっていない優しいお父様がそこにはおりました。いざとなったら公国に移り住むから心配するな、というお父様の言葉を支えに生きてきたことを思い出します。
「それはどういう……」
「あのシャーロッテという女を手駒にして、第二王子が策を巡らせている最中だ。あれならいい餌になることだろう。膿を出し尽くすいい機会なのだよ」
テオドール殿下が動いて下さっている?
その言葉を信じて動いてみよう。屈辱的でも。
お父様の指示通り、茶席を何度か設けました。
ルキウス殿下とシャーロッテの距離感がますます縮まり、茶席も三人なのが当たり前のようになっていきます。
まるで人によって作られた物語の配役になったかのような、どこかしら他人事のような錯覚を覚えます。
二人には何を言っても通用せず、私が持っている常識がおかしくなったのかと思えてきます。
学園の入学が間近くなると、王妃教育の最終仕上げという名目で王宮に泊るようになりました。
この頃には私が王宮に参りますと、すぐにルキウス殿下が侯爵邸に向かいますので、テオドール殿下とお話する機会も増えております。
まだ大っぴらに第一王子派から第二王子派への派閥替えを知られるわけにはまいりませんので、王妃宮にてお会いし、当然第三者が常に周りに付き添ってはおりますが。
侯爵邸よりも今ではよほど王宮のほうがくつろげます。まさか自分の家でくつろげなくなる日がこようとは思ってもみませんでした。
とある日、ルキウス殿下と市井に行くことになりました。
密かに第二王子からの伝達を頂いております。
"シャーロッテを退け二人と護衛のみで市井に出ること"
"遣わした護衛が守るので、第一王子の要求は固く拒むこと"
このような伝達内容が何をもたらすのか全く分かりませんでしたが、他ならぬテオドール殿下が仰られたことです。信じて行うことに疑問は生じませんでした。
それに最近私の護衛に就いてくれる騎士たちは、テオドール殿下から内密に遣わされてきていることを教わったのです。ルキウス殿下が最も重用している護衛騎士もまた――
「わたしも一緒にいきたぁい!ルキウスさまいいでしょ?」
案の定、シャーロッテは当然のように三人で出掛ける前提でやって来ます。
服も市井の者の服を仕立てたようで、町に行くならば自然な恰好です。
が、ここは一緒に行けないように策を弄するしかありません。私に決定権は無いのですからルキウス殿下自らが断るように仕向けなければなりません。
……どうやれば?
「しばらく忙しかったのでようやく二人で過ごせる貴重な自由時間なのです。殿下の婚約者は私なのですから、一緒に付いてくるのは筋違いでしょう」
今までは三人で居ようとも、どんなにシャーロッテが殿下に密着していようとも、一言も口を挟まず後ろからただ付き従っていた私ですが、この時は硬い表情になってしまったものの断固とした口調で答えました。
ルキウス殿下とシャーロッテが揃って目を見開いたかと思うと顔を真っ赤にします。
シャーロッテは怒りで顔を真っ赤にしたことが分かりましたが、ルキウス殿下が顔を真っ赤になさったのは予想外でした。
この言葉が想像以上に功を奏し、シャーロッテはルキウス殿下に絡めていた腕を解かれ、念願通り二人で市井に向かうことが叶ったのでした。
ものすごい形相でこちらを睨みつけているシャーロッテには気付かぬまま、ルキウス殿下はにこやかに微笑んでらっしゃいますが――
テオドール殿下の指示通りに出来たことが嬉しくて笑みがこぼれてしまいます。
何を勘違いなさったのか、途中ルキウス殿下に無理矢理手を引っ張られ裏通りに連れ込まれてしまいましたが、いやらしいことを平気で行い要求してくるルキウス殿下を頑なに拒むと、そのあとは護衛騎士たちが護ってくれたのでした。
当時は気が動転して考えもしなかったのですが、この出来事からルキウス殿下の私に対する態度が決定的に変化していったように思えるのです。
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