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最終話:王太子の回想
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私は第二王子、テオドール・デアリア・ウェステルである。
三歳年上の第一王子であった兄が廃嫡されたため、立太子の儀を経て王太子となった。
此度の婚約破棄騒動と顛末は皆の知る所だろう。
なので私は、語られることの無かったその後を紐解こうと思っている。
しばしお付き合いいただけたら幸いである。
「――ですから房事教育など、百害あって一利なしなのが証明されましたね」
「……ああ。余が教育方法を間違ったのだな……せめて其方と第三王子に施すことなく済んで良かったと言うべきか」
「全くです。愛する者としかそういう行為はしたくないですからね。……と今言えることが私の立場を考えると奇跡ですが」
父上はこめかみを指で揉みながら、最初から其方と侯爵令嬢の婚約を取り結んでいたら、と深いため息をつかれた。お疲れのようだな。
まあ無理もない。あれだけの騒動がようやく終息しつつあるのだから。
今回の騒動は兄の側近候補たちにも原因があろう。本来なら側近とは主と行動を共にし、違えた道を諫める存在なのだが、共に堕ちるとは。
兄と同じく房事教育を施された上級貴族の子息たちは、同様に女性問題を起こしていた。
ある者は市井の娘に手を付け妊娠させた挙句、手ひどく捨て去った。別の女とよろしくやっているところを刺され、命こそ取り留めたものの廃嫡され、実弟が家を継ぐこととなり家から追い出された。
またある者は性病をうつされ、治療を施されてはいるものの芳しくないようだった。
婚約者を学生だというのに妊娠させてしまった男もいたな。
急いで婚姻の式を挙げたのはいいが、招待状を送られた者たちはことごとく欠席の返事をしたと聞く。
令嬢は出産のため学園を退学となり、"学園を卒業出来なかった訳ありの令嬢"という評価を背負って生きて行かねばならぬ。その原因となった元側近候補もまた責任感の無さを一生指摘されていく。家門の繁栄はこれで断たれることになるだろう。
似た者同士が集まるとはこのことか。
私は己の起こした行動に蓋をすることにしよう。今後一切彼等の話を聞いても表情に出すことは無い。どのような手引きがあろうが、最後には自身で判断し行動を選び取るのが貴族というものだ。
「国は一人だけが突出したところで成り立たぬ。王というものは優秀な臣下を従え適材適所に任命する才があればよいのだ。だからこそ、ルキウスは王太子争いにも脱落することはなかった。支えるエレオノーラ嬢がいたからこそ、第一王子として勝手気ままに振る舞うことを許していたのだが……」
「しかもリンデヴァイド侯爵家を囲い込むために、王室から申し出た婚約でしたからね」
「うむ……。公国の姫があそこまで侯爵に入れ込むとは思わなんだ。こちらに瑕疵などあろうものなら、あれだけ優秀な侯爵家門はおろか一族郎党に至るまで、我が国を見限り逐電されてしまうのが目に見えておる」
「それが分からぬ上に婚約破棄とは……」
いささか腹立ち紛れな物言いをしてしまった。だが仕方ないだろう。父上の言う通り最初から私がエレオノーラと婚約していれば、このような騒動にはならなかったのだから。
愚兄とエレオノーラの婚約を知った日ほど絶望したことは無い。
第二王子という生まれをどんなに呪ったことか。
精霊かと見紛う彼女を手に入れられなかった、宝石箱に入れることが叶わなかった侯爵家での茶会の日――
哀し気な表情を必死に押し殺していた彼女を思い出す。そういう表情をさせたのが自分で無いことに怒りを覚えた……いつか彼女を手に入れそして……――そう心に誓って。
だからこそ、腐らず自分の能力を高めるために寝る間も惜しんだ。
王室の支給金は少なかったので、増やすべく偽名を使い商会を立ち上げた。
増やした金で私に忠実な者を雇いエレオノーラと第一王子の護衛騎士として配置し、有用な情報を買うようになった。
特に侯爵家周りの情報は金を惜しまなかった。
そうして侯爵当主の弟の存在を知ったのだ
……いけない。思わず口角が上がってしまった。
「愚か者の末路など、最早どうでもよい。だが最後に諸侯の膿を吐き出すきっかけを作った立役者ではある」
父たる国王陛下が表情一つ変えること無く、自らの長子を切り捨てた瞬間だった。
こののちルキウス・グイド・ウェステルは、王族の犯罪者が生涯を終える塔に、一生涯幽閉されることになるだろう。
麻薬中毒者だった兄はようやく中毒症状から回復しつつあり、此度の婚約破棄の全容をぽつぽつと語り始めたところだった。
元婚約者の侯爵令嬢ともう一度やり直せたら――などと他愛もないことを口にしているそうだが、その資格などあろうはずもない。
彼女を傷つけ、何も考えず欲望の限りを尽くした者など命があるだけ有難いと思え。何もかも失った意味を一生噛み締めて生きていくがいい。
多くの家門が摘発されることとなった『仮面舞踏会事件』だが、首謀者である伯爵は公開処刑。爵位及び領地は返上となり、その家族は市井に下った。
伯爵の手助けを行ったとされるこの国最大の盗賊団も、見せしめの色合いが濃い粛清により、首領が斬首刑に処されるとその首は晒され、多くの残党そして賄賂を受け取っていた少なくない数の憲兵も同じ運命を辿った。
元凶である、後世様々な書物でその名を見かけるようになる悪徳令嬢シャーロッテ(関わりのあったリンゼヴァイド侯爵家とは結局血の繋がりが一切無かったことに加え、養子縁組も行われていないことから、姓は無くただシャーロッテと記されることになった)だが、その罪状を鑑みるに、実の父親と同じ末路を辿ることが妥当だとされ、処刑実行日まで市井の牢獄に投獄された。
だが、彼女は斬首刑には処されなかった。
処刑当日の朝、死体で発見されたからである。
前日夜に配膳された"最期の晩餐"に、致死量の麻薬を盛られた末の最期だった。
心の臓が止まったその身体からは甘い匂いがしていたという。
食膳に盛られた時点で麻薬の匂いは嗅ぎ分けられたと思われるが、彼女は大いに喜んで食したと、記録には残されている。
シャーロッテに致死量の麻薬を盛ったのは誰なのか。
世間は大いに真犯人が誰なのかを論じたが、正式に公表されることはついぞ無かった。
私の手元にある王室の影による調査報告書には、とある伯爵家の奥方であった令嬢の名が挙がっている。
正確には奥方、では無い。入り婿であった男は放逐され、婚姻自体が解消となっていたのだから。
結局この家門は後継者がおらず没落の一途を辿った。
今となっては伯爵令嬢に戻ったかつての奥方に問いただすすべもない。
既に故人であるゆえに――
此度の騒動は私にとって思いもよらぬ幸運であったと言えよう。
シャーロッテという女が、そしてあの盗賊の首領が、ここまで望む通りの行動を取ってくれたことには笑いを禁じ得ない。
こちらの脚本通りに盗賊の首領は馬車を襲い、侯爵の弟の命を摘み取ってくれた。あの女の母親も乗っており、盗賊の男とは浅からぬ因縁があったであろうから、丁度良い復讐の機会だったに違いない。与えられた家など最初から無く、ただ襲われるためだけに馬車は森に入ったのだから――当然このことは侯爵家の者は皆与り知らぬことだ。私のああ…エレオノーラ……貴女の侯爵家にとって汚点になる男など必要ないからね……あの黒い封筒の流通を任せたのも結局は思い通り……
幸運とは掴み取るものだということだろう。
何もかもが、まるで作られた物語のように上手くいった――
長くなった。ここまでのものはただの回想である。
既に語られていた物語のその後を、私の視点から思い起こしたに過ぎぬ。
辿れば婚約破棄という一つの騒動であったが、その投石によってさざ波となり、やがて大嵐の波紋となって多くの人生を巻き込んでいったのがお分かりいただけた事だろう。
愛する婚約者であり未来の我が妃エレオノーラと私も然りである。
……ああ彼女のことを想うと私はどうかしてしまいそうになる……あの月のように煌めく銀の髪……湖水のような静謐で澄んだ青い瞳……彼女はまるで精霊のようで……エレオノーラのことは叶うなら誰の目にも届かない宝石箱に閉じ込め私だけが存在する世界で私をその目に映すためだけに生きて欲しい……それが不可能であることは承知しているし実行すれば愛しいと思える生き生きとした彼女の心が壊れてしまうだろう……残念だがこうして望みの女性を手に入れることが出来たのだからこれ以上は望んではならない……これ以上は……愛している。エレオノーラ……
◇◇◇
ここからは未来のことを語ろう。
学園に入学してからは充実した日々だった。
二年間はエレオノーラと共に学園生活を送ることが叶ったからだ。
私が一学年の時、不必要な接触を試みてくる男爵令嬢がいたが、優秀な側近候補たちのおかげで大事には至らなかった。
「ここにいればテオドール様がいらっしゃるのは分かってたんです」
「ゲーム通りなのに!それなのにどうしてそんなことを仰るんですか!?」
謎の予言者気取りに意味不明な言動。
物語の主人公にでもなったつもりなのだろうか。
房事教育ばかりに夢中で、王子教育も学業すら滞っていた兄ならいざ知らず、権威目当ての接触、王族を手に入れようとするあからさまな態度を心地良いと思えるはずもない。しかも私はエレオノーラしか必要無いのだから。
私の人生はそのように出来ている。
いつからだったか…私は行動する際、瞼の裏に微かな光を感じるようになった。行動を選択する時まるで警告するかのように現れる。今はごく僅かしか解除出来ないが、いずれ私を鎖で繋ぐ様々な制約を外すことが可能になるだろう。
私への愛などあろうはずも無く、案の定その男爵令嬢は軽く脅しただけで学園を去って行った。
これはこの世界の力を用いたものなのか、持つべきして持った力なのか、私がこの世界の一つの駒でしか無いことの証左なのか――だがそれはもう良い。今のところ私にはエレオノーラがいるだけで幸福なのだから……
時は流れ二年後、エレオノーラが卒業を迎えた。
「あと一年待っていてもらえるだろうか……」
卒業記念パーティの場で、不安に駆られ彼女の手を取るとつい口走ってしまった。待っていてくれることはよく分かってはいるのだが。
一つとはいえ年下であるということが、どうしても不安や焦りを生み出してしまう。それは初めて出会った時から持ち続けている想いだった。
だがそんな私のどうしようもない心情も、全てを包み込んでエレオノーラが手を握り返してくれる。
「ええ。お待ちしております」
彼女の卒業後は生徒会長として、奨学金制度を設け市井の優秀な者を学園に通えるようにし、自身の卒業後は学園を卒業した優秀者を要職に就け、叙爵出来るよう力を尽くした。
諸侯の膿を出し尽くし、市井の治安の向上が叶ったのは僥倖だった。大胆な改革の陰には常に大きな騒動が伴うことを忘れてはならない。
◆◆◆
明日は遂に待ち望んだ婚礼の儀が執り行われる。
玉座に野心など持たなかったが、愛する女性を手に入れるためなら話は別だ。
手にいれるために努力と手段を惜しまなかっただけのこと。
エレオノーラの微笑みは、いつでも私に矜持と誇りとを思い出させてくれる。
ああ本当に監禁する道に進まなくて良かった……
共に国家の轍の一つとなり、喜んで身を捧げこの国の更なる繁栄を誓おう。
後ろ暗い私の欲求が鎌首をもたげない限り、国家の安寧は続くだろう――
das Ende
三歳年上の第一王子であった兄が廃嫡されたため、立太子の儀を経て王太子となった。
此度の婚約破棄騒動と顛末は皆の知る所だろう。
なので私は、語られることの無かったその後を紐解こうと思っている。
しばしお付き合いいただけたら幸いである。
「――ですから房事教育など、百害あって一利なしなのが証明されましたね」
「……ああ。余が教育方法を間違ったのだな……せめて其方と第三王子に施すことなく済んで良かったと言うべきか」
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父上はこめかみを指で揉みながら、最初から其方と侯爵令嬢の婚約を取り結んでいたら、と深いため息をつかれた。お疲れのようだな。
まあ無理もない。あれだけの騒動がようやく終息しつつあるのだから。
今回の騒動は兄の側近候補たちにも原因があろう。本来なら側近とは主と行動を共にし、違えた道を諫める存在なのだが、共に堕ちるとは。
兄と同じく房事教育を施された上級貴族の子息たちは、同様に女性問題を起こしていた。
ある者は市井の娘に手を付け妊娠させた挙句、手ひどく捨て去った。別の女とよろしくやっているところを刺され、命こそ取り留めたものの廃嫡され、実弟が家を継ぐこととなり家から追い出された。
またある者は性病をうつされ、治療を施されてはいるものの芳しくないようだった。
婚約者を学生だというのに妊娠させてしまった男もいたな。
急いで婚姻の式を挙げたのはいいが、招待状を送られた者たちはことごとく欠席の返事をしたと聞く。
令嬢は出産のため学園を退学となり、"学園を卒業出来なかった訳ありの令嬢"という評価を背負って生きて行かねばならぬ。その原因となった元側近候補もまた責任感の無さを一生指摘されていく。家門の繁栄はこれで断たれることになるだろう。
似た者同士が集まるとはこのことか。
私は己の起こした行動に蓋をすることにしよう。今後一切彼等の話を聞いても表情に出すことは無い。どのような手引きがあろうが、最後には自身で判断し行動を選び取るのが貴族というものだ。
「国は一人だけが突出したところで成り立たぬ。王というものは優秀な臣下を従え適材適所に任命する才があればよいのだ。だからこそ、ルキウスは王太子争いにも脱落することはなかった。支えるエレオノーラ嬢がいたからこそ、第一王子として勝手気ままに振る舞うことを許していたのだが……」
「しかもリンデヴァイド侯爵家を囲い込むために、王室から申し出た婚約でしたからね」
「うむ……。公国の姫があそこまで侯爵に入れ込むとは思わなんだ。こちらに瑕疵などあろうものなら、あれだけ優秀な侯爵家門はおろか一族郎党に至るまで、我が国を見限り逐電されてしまうのが目に見えておる」
「それが分からぬ上に婚約破棄とは……」
いささか腹立ち紛れな物言いをしてしまった。だが仕方ないだろう。父上の言う通り最初から私がエレオノーラと婚約していれば、このような騒動にはならなかったのだから。
愚兄とエレオノーラの婚約を知った日ほど絶望したことは無い。
第二王子という生まれをどんなに呪ったことか。
精霊かと見紛う彼女を手に入れられなかった、宝石箱に入れることが叶わなかった侯爵家での茶会の日――
哀し気な表情を必死に押し殺していた彼女を思い出す。そういう表情をさせたのが自分で無いことに怒りを覚えた……いつか彼女を手に入れそして……――そう心に誓って。
だからこそ、腐らず自分の能力を高めるために寝る間も惜しんだ。
王室の支給金は少なかったので、増やすべく偽名を使い商会を立ち上げた。
増やした金で私に忠実な者を雇いエレオノーラと第一王子の護衛騎士として配置し、有用な情報を買うようになった。
特に侯爵家周りの情報は金を惜しまなかった。
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「愚か者の末路など、最早どうでもよい。だが最後に諸侯の膿を吐き出すきっかけを作った立役者ではある」
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麻薬中毒者だった兄はようやく中毒症状から回復しつつあり、此度の婚約破棄の全容をぽつぽつと語り始めたところだった。
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元凶である、後世様々な書物でその名を見かけるようになる悪徳令嬢シャーロッテ(関わりのあったリンゼヴァイド侯爵家とは結局血の繋がりが一切無かったことに加え、養子縁組も行われていないことから、姓は無くただシャーロッテと記されることになった)だが、その罪状を鑑みるに、実の父親と同じ末路を辿ることが妥当だとされ、処刑実行日まで市井の牢獄に投獄された。
だが、彼女は斬首刑には処されなかった。
処刑当日の朝、死体で発見されたからである。
前日夜に配膳された"最期の晩餐"に、致死量の麻薬を盛られた末の最期だった。
心の臓が止まったその身体からは甘い匂いがしていたという。
食膳に盛られた時点で麻薬の匂いは嗅ぎ分けられたと思われるが、彼女は大いに喜んで食したと、記録には残されている。
シャーロッテに致死量の麻薬を盛ったのは誰なのか。
世間は大いに真犯人が誰なのかを論じたが、正式に公表されることはついぞ無かった。
私の手元にある王室の影による調査報告書には、とある伯爵家の奥方であった令嬢の名が挙がっている。
正確には奥方、では無い。入り婿であった男は放逐され、婚姻自体が解消となっていたのだから。
結局この家門は後継者がおらず没落の一途を辿った。
今となっては伯爵令嬢に戻ったかつての奥方に問いただすすべもない。
既に故人であるゆえに――
此度の騒動は私にとって思いもよらぬ幸運であったと言えよう。
シャーロッテという女が、そしてあの盗賊の首領が、ここまで望む通りの行動を取ってくれたことには笑いを禁じ得ない。
こちらの脚本通りに盗賊の首領は馬車を襲い、侯爵の弟の命を摘み取ってくれた。あの女の母親も乗っており、盗賊の男とは浅からぬ因縁があったであろうから、丁度良い復讐の機会だったに違いない。与えられた家など最初から無く、ただ襲われるためだけに馬車は森に入ったのだから――当然このことは侯爵家の者は皆与り知らぬことだ。私のああ…エレオノーラ……貴女の侯爵家にとって汚点になる男など必要ないからね……あの黒い封筒の流通を任せたのも結局は思い通り……
幸運とは掴み取るものだということだろう。
何もかもが、まるで作られた物語のように上手くいった――
長くなった。ここまでのものはただの回想である。
既に語られていた物語のその後を、私の視点から思い起こしたに過ぎぬ。
辿れば婚約破棄という一つの騒動であったが、その投石によってさざ波となり、やがて大嵐の波紋となって多くの人生を巻き込んでいったのがお分かりいただけた事だろう。
愛する婚約者であり未来の我が妃エレオノーラと私も然りである。
……ああ彼女のことを想うと私はどうかしてしまいそうになる……あの月のように煌めく銀の髪……湖水のような静謐で澄んだ青い瞳……彼女はまるで精霊のようで……エレオノーラのことは叶うなら誰の目にも届かない宝石箱に閉じ込め私だけが存在する世界で私をその目に映すためだけに生きて欲しい……それが不可能であることは承知しているし実行すれば愛しいと思える生き生きとした彼女の心が壊れてしまうだろう……残念だがこうして望みの女性を手に入れることが出来たのだからこれ以上は望んではならない……これ以上は……愛している。エレオノーラ……
◇◇◇
ここからは未来のことを語ろう。
学園に入学してからは充実した日々だった。
二年間はエレオノーラと共に学園生活を送ることが叶ったからだ。
私が一学年の時、不必要な接触を試みてくる男爵令嬢がいたが、優秀な側近候補たちのおかげで大事には至らなかった。
「ここにいればテオドール様がいらっしゃるのは分かってたんです」
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謎の予言者気取りに意味不明な言動。
物語の主人公にでもなったつもりなのだろうか。
房事教育ばかりに夢中で、王子教育も学業すら滞っていた兄ならいざ知らず、権威目当ての接触、王族を手に入れようとするあからさまな態度を心地良いと思えるはずもない。しかも私はエレオノーラしか必要無いのだから。
私の人生はそのように出来ている。
いつからだったか…私は行動する際、瞼の裏に微かな光を感じるようになった。行動を選択する時まるで警告するかのように現れる。今はごく僅かしか解除出来ないが、いずれ私を鎖で繋ぐ様々な制約を外すことが可能になるだろう。
私への愛などあろうはずも無く、案の定その男爵令嬢は軽く脅しただけで学園を去って行った。
これはこの世界の力を用いたものなのか、持つべきして持った力なのか、私がこの世界の一つの駒でしか無いことの証左なのか――だがそれはもう良い。今のところ私にはエレオノーラがいるだけで幸福なのだから……
時は流れ二年後、エレオノーラが卒業を迎えた。
「あと一年待っていてもらえるだろうか……」
卒業記念パーティの場で、不安に駆られ彼女の手を取るとつい口走ってしまった。待っていてくれることはよく分かってはいるのだが。
一つとはいえ年下であるということが、どうしても不安や焦りを生み出してしまう。それは初めて出会った時から持ち続けている想いだった。
だがそんな私のどうしようもない心情も、全てを包み込んでエレオノーラが手を握り返してくれる。
「ええ。お待ちしております」
彼女の卒業後は生徒会長として、奨学金制度を設け市井の優秀な者を学園に通えるようにし、自身の卒業後は学園を卒業した優秀者を要職に就け、叙爵出来るよう力を尽くした。
諸侯の膿を出し尽くし、市井の治安の向上が叶ったのは僥倖だった。大胆な改革の陰には常に大きな騒動が伴うことを忘れてはならない。
◆◆◆
明日は遂に待ち望んだ婚礼の儀が執り行われる。
玉座に野心など持たなかったが、愛する女性を手に入れるためなら話は別だ。
手にいれるために努力と手段を惜しまなかっただけのこと。
エレオノーラの微笑みは、いつでも私に矜持と誇りとを思い出させてくれる。
ああ本当に監禁する道に進まなくて良かった……
共に国家の轍の一つとなり、喜んで身を捧げこの国の更なる繁栄を誓おう。
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