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1:婚約破棄
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「エレオノーラ・リンゼヴァイド侯爵令嬢!君との婚約を破棄する!」
新入生を歓迎する貴族学園のパーティで、それは起こりました。
私はリンゼヴァイド侯爵の娘エレオノーラ・リンゼヴァイドと申します。
今まさに第一王子であり婚約者のルキウス殿下に指さされている当人です。
人を指さすだなんて、それが失礼に当たるということを学んでらっしゃらないのでは?と思いますが今更です。
このような場で、政略的に結ばれた婚約を破棄するだなんて。
国王陛下はご存知なのでしょうか。
自主性を重んじる学風のため、このパーティの主催は生徒会であり、国王陛下はこの場にはいらっしゃいません。
これ幸いと不在を利用して婚約破棄を声高らかに宣言なさったのでしょうけれど。
新入生はまだ一週間しか学園生活を送っていないのですよ。
訳も分からずきょとんとしている学生の何と多いことか。
「わたくしに至らない点がございましたか?婚約破棄の理由をお聞かせいただけますでしょうか」
ルキウス殿下がフンと鼻を鳴らして大仰に顔をしかめます。
「言わないと分からない察しの悪さは相変わらずだな。君は妹になったシャーロッテを貴族らしからぬ態度で貶めた挙句、学園内で虐めたよな?そうだろう?シャーロッテ」
その言葉を合図にルキウス殿下の後ろから、タタタと何故か小走りで走ってきた従妹がむんずと彼の左腕を掴んで止まります。
鍛えるのも、ついでに勉学もお嫌いな殿下は、おっとっととつんのめっております。
「こら、だめじゃないか。一緒に倒れてしまうところだった」
「……きゃっ、ごめんなさいルキウスさまぁ。エリィが怖くて……つい」
やはり殿下は婚約者の私ではなく、シャーロッテをエスコートしていたのですね。
前日になってエスコート出来ないと理由も明確にされないまま通達を頂きましたし、こちらは今日この場が婚約破棄の場になると情報を掴んでおりましたので驚きはしませんが。
それにしてもシャーロッテには、私の名前を略称で呼ばないようにと再三言っているのですが、改めるつもりは無いようです。もう言うのも疲れ果ててしまいましたのでそのままになっております。
ストロベリーブロンドをフワフワとさせ、赤い瞳をキラキラさせながら、私のほうを睨むように一瞥して、次の瞬間にはにっこりとルキウス殿下の腕を自分の胸に押し当てながら見上げます。
彼女の表情が一瞬で変わることが驚きです。百面相ですか?それとも変わり身の術?
怖がっている者の表情ではないですよね?
こちら側にいらっしゃるパーティの参加者の皆様には丸見えですけれど。
知らぬは殿下ばかりなり。
場がしんと静まり返っていることも、その意味も二人は気付いていないのでしょう。
腕を胸に押し当てられているルキウス殿下が鼻の下を伸ばしたかと思うと、王族スマイルでシャーロッテを見下ろして次の瞬間には私を睨みつけてきます。一瞬で表情が変わるところは二人ともよく似ておりますわ。
「……ああ、本当にシャーロッテは可愛いな。それに比べて……。私が守るからエレオノーラからどのように虐げられてきたか告発出来るかい?」
「……怖いけど、みんなにエリィのひどいおこないのことをわかって欲しいので頑張ってみます!私が侯爵家に住むようになった日、『血の卑しい平民ふぜいが!』ってののしられて髪を引っ張られて引きずられたんです……!お父さまが庇ってくれましたけど、本当に怖くて……っ」
そこでスンと鼻をすすります。
殿下が空いているほうの手でシャーロッテの肩をさすりながら、ギッと睨んできます。
もちろんそのようなことをした覚えはありません。
シャーロッテは私のお父様の弟君、すなわち叔父様が、街の食堂で給仕をしていた女性との間に成した子供です。とはいっても彼女は母方似なのでしょうか、全くといっていい程叔父様とは似ておりません。
侯爵の家系は銀髪が色濃く受け継がれ、矢車菊色をした濃紺の瞳の者がほとんどなのです。
父と弟と私も侯爵家の血を受け継いだ銀髪です。もっとも私は母と同じ青い目ですが。
叔父様も多分に漏れず銀の髪・濃紺の瞳で女性が放っておかない美貌をお持ちでした。それに比例して女性遍歴は幅広く、ご結婚されてからも自重はなさりませんでした。
シャーロッテの存在が明るみになったとき、入り婿として継ぐはずだった伯爵家に離縁されて追い出されたとうかがっております。
代が変わって当主となったお父様に泣きついて侯爵家に戻ろうとしましたが、お母様は不義を働いた件を重く見て、厳しく反対なさったのでそれは叶いませんでした。
お父様はお母様には甘い一面がおありですし。
お母様が否やを叩きつければそれで終わりです。
周りの者たちが散々諫めましたのに、行いを改めなかった叔父様に責があるのは当然ではないでしょうか。
後継者を得るためという大義名分の下、貴族社会では比較的愛人問題に寛容ではありますが、入り婿の立場の者が女性に放埓なのはあってはならない事です。入り婿と外で作った愛人との子供には、そのお家の血が一滴たりとも流れていないのですから。
そういう理由で、シャーロッテが伯爵家の家名を名乗ることは出来ません。
結局他に行くところも無かったのでしょう。叔父様はシャーロッテを産んだ女性の住まいで、親子三人でお暮しになってらっしゃったようでした。
状況が一転したのは、半年ほど前に彼女の両親が馬車の事故で亡くなったと、侯爵家に憲兵から連絡が入った時からでした。
両親を失ったシャーロッテに住む場所を与えるために、お父様が彼女を侯爵邸に連れてきたのです――
新入生を歓迎する貴族学園のパーティで、それは起こりました。
私はリンゼヴァイド侯爵の娘エレオノーラ・リンゼヴァイドと申します。
今まさに第一王子であり婚約者のルキウス殿下に指さされている当人です。
人を指さすだなんて、それが失礼に当たるということを学んでらっしゃらないのでは?と思いますが今更です。
このような場で、政略的に結ばれた婚約を破棄するだなんて。
国王陛下はご存知なのでしょうか。
自主性を重んじる学風のため、このパーティの主催は生徒会であり、国王陛下はこの場にはいらっしゃいません。
これ幸いと不在を利用して婚約破棄を声高らかに宣言なさったのでしょうけれど。
新入生はまだ一週間しか学園生活を送っていないのですよ。
訳も分からずきょとんとしている学生の何と多いことか。
「わたくしに至らない点がございましたか?婚約破棄の理由をお聞かせいただけますでしょうか」
ルキウス殿下がフンと鼻を鳴らして大仰に顔をしかめます。
「言わないと分からない察しの悪さは相変わらずだな。君は妹になったシャーロッテを貴族らしからぬ態度で貶めた挙句、学園内で虐めたよな?そうだろう?シャーロッテ」
その言葉を合図にルキウス殿下の後ろから、タタタと何故か小走りで走ってきた従妹がむんずと彼の左腕を掴んで止まります。
鍛えるのも、ついでに勉学もお嫌いな殿下は、おっとっととつんのめっております。
「こら、だめじゃないか。一緒に倒れてしまうところだった」
「……きゃっ、ごめんなさいルキウスさまぁ。エリィが怖くて……つい」
やはり殿下は婚約者の私ではなく、シャーロッテをエスコートしていたのですね。
前日になってエスコート出来ないと理由も明確にされないまま通達を頂きましたし、こちらは今日この場が婚約破棄の場になると情報を掴んでおりましたので驚きはしませんが。
それにしてもシャーロッテには、私の名前を略称で呼ばないようにと再三言っているのですが、改めるつもりは無いようです。もう言うのも疲れ果ててしまいましたのでそのままになっております。
ストロベリーブロンドをフワフワとさせ、赤い瞳をキラキラさせながら、私のほうを睨むように一瞥して、次の瞬間にはにっこりとルキウス殿下の腕を自分の胸に押し当てながら見上げます。
彼女の表情が一瞬で変わることが驚きです。百面相ですか?それとも変わり身の術?
怖がっている者の表情ではないですよね?
こちら側にいらっしゃるパーティの参加者の皆様には丸見えですけれど。
知らぬは殿下ばかりなり。
場がしんと静まり返っていることも、その意味も二人は気付いていないのでしょう。
腕を胸に押し当てられているルキウス殿下が鼻の下を伸ばしたかと思うと、王族スマイルでシャーロッテを見下ろして次の瞬間には私を睨みつけてきます。一瞬で表情が変わるところは二人ともよく似ておりますわ。
「……ああ、本当にシャーロッテは可愛いな。それに比べて……。私が守るからエレオノーラからどのように虐げられてきたか告発出来るかい?」
「……怖いけど、みんなにエリィのひどいおこないのことをわかって欲しいので頑張ってみます!私が侯爵家に住むようになった日、『血の卑しい平民ふぜいが!』ってののしられて髪を引っ張られて引きずられたんです……!お父さまが庇ってくれましたけど、本当に怖くて……っ」
そこでスンと鼻をすすります。
殿下が空いているほうの手でシャーロッテの肩をさすりながら、ギッと睨んできます。
もちろんそのようなことをした覚えはありません。
シャーロッテは私のお父様の弟君、すなわち叔父様が、街の食堂で給仕をしていた女性との間に成した子供です。とはいっても彼女は母方似なのでしょうか、全くといっていい程叔父様とは似ておりません。
侯爵の家系は銀髪が色濃く受け継がれ、矢車菊色をした濃紺の瞳の者がほとんどなのです。
父と弟と私も侯爵家の血を受け継いだ銀髪です。もっとも私は母と同じ青い目ですが。
叔父様も多分に漏れず銀の髪・濃紺の瞳で女性が放っておかない美貌をお持ちでした。それに比例して女性遍歴は幅広く、ご結婚されてからも自重はなさりませんでした。
シャーロッテの存在が明るみになったとき、入り婿として継ぐはずだった伯爵家に離縁されて追い出されたとうかがっております。
代が変わって当主となったお父様に泣きついて侯爵家に戻ろうとしましたが、お母様は不義を働いた件を重く見て、厳しく反対なさったのでそれは叶いませんでした。
お父様はお母様には甘い一面がおありですし。
お母様が否やを叩きつければそれで終わりです。
周りの者たちが散々諫めましたのに、行いを改めなかった叔父様に責があるのは当然ではないでしょうか。
後継者を得るためという大義名分の下、貴族社会では比較的愛人問題に寛容ではありますが、入り婿の立場の者が女性に放埓なのはあってはならない事です。入り婿と外で作った愛人との子供には、そのお家の血が一滴たりとも流れていないのですから。
そういう理由で、シャーロッテが伯爵家の家名を名乗ることは出来ません。
結局他に行くところも無かったのでしょう。叔父様はシャーロッテを産んだ女性の住まいで、親子三人でお暮しになってらっしゃったようでした。
状況が一転したのは、半年ほど前に彼女の両親が馬車の事故で亡くなったと、侯爵家に憲兵から連絡が入った時からでした。
両親を失ったシャーロッテに住む場所を与えるために、お父様が彼女を侯爵邸に連れてきたのです――
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