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エピローグ

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「……」

 目を覚ますと、辺りの風景は一変していた。
 どこかの室内のようだ。
 しっかりした木組みの部屋。透き通った硝子の窓。
 外からは、ざわざわ、と活気のある声が聞こえてきている。
 太陽の位置からして、昼くらいだろうか。

 村ではない、とルミナはぼんやりとした頭で察した。
 あの村が騒がしいのは誰かが喧嘩しているときか、年に一度の精霊祭のときだけだ。

 暖かい布団と柔らかいシーツがルミナの身体を挟んでいる。
 もう一眠りしたいという欲求を堪え、ルミナはゆっくりと身体を起こした。

 すぐ側に誰かいたらしく、声がかかった。

「良かった。気が付いたんだね」
「……」

 胡乱な目を向けると、一人の男が立っていた。
 やや細身の眼鏡の男。白い肌をしているが病的ではなく、ただ単に畑仕事をしたことがないのだろう。

 男は少しだけズレた眼鏡の位置を正しながら、ルミナを優しい瞳で見つめた。

「体調はどうだい?」
「平気です。あの、ここはどこですか? あなたは?」
「ここはウェスターという街だよ。そして僕はマードック。しがない医者さ」

 ウェスター。その名前をルミナは何度か聞いたことがある。
 村をずっと東に進んだ先にある栄えた街だ。

「目が覚めて良かったよ。君、一週間も眠っていたんだよ」
「どうして私はここに?」
「……落ち着いて聞いて欲しい」

 やや声のトーンを落とし、マードックはベッドの脇の椅子に腰掛ける。
 しばらく口をまごつかせたあと、彼は言いにくそうに切り出した。

「君のいた村はもうない。魔物に襲われて……その、全滅した」
「……」
「旅の商隊が辿り着いた時には、もうみんなやられていた。君は、あの村の唯一の生き残りなんだ」

 マードックのそんな説明を、ルミナは答え合わせをするような心持ちで聞いていた。
 精霊の力で生き残りがいないかを確認はしたが、それでも不安は拭えなかった。

 第三者から取りこぼし生き残りがいないことを改めて聞かされ、ルミナは本当の意味で「復讐は終わった」と安堵した。

「辛いかと思うけど、気を確かに」
「いいえ。せいせいしています」
「……それは、どういう?」
「私、落とし子だったんです」
「落とし子……って、あの落とし子?」

 知識としては知っているが、今は存在しない。
 マードックの反応から、ルミナは落とし子が一般的でないこと再確認する。

 他にも、ルミナはいろいろなことを話した。

 孤児だったこと。
 ずっと独りぼっちだったこと。
 落とし子に選ばれたこと。
 精霊の愛し子に選ばれたこと。
 ――そしてその力で、罪を犯したことまで。

 隠すつもりはなかった。
 精霊に人間の善悪を判断する力はない。だから愛し子は、普通の人間よりも強い正義感と倫理観を持たなければならない。
 それをルミナは、完全に無視した。
 精霊の力を私欲のために振るい、村人を殺した。
 理由はどうあれ、人間の社会では許されることではない。

 だからすべてを話して、捕まろうとしていた。

「――それで、君はどう思ったの」
「私は――……」

 マードックが聞き上手だったこともあり、ルミナはつい、話すつもりのなかったことまで話した。

 落とし子に選ばれてどう思ったか。
 笑いながら殴られ、蹴られ、どれだけ辛かったか。
 誰に助けを求めても無視され、どれだけ傷付いたか。
 すべてを諦め、どれだけ早く死にたいと願っていたか。
 精霊が力をくれて、掌を返す村人達を見て、何を成そうと決心したか。

 すべて。
 すべて。
 すべて。

 口が止まらなかった。
 気付けば太陽は傾き、外は茜色の世界に変化していた。
 それほど長く話をしていたことに、全く気が付かなかった。

「――という訳で、あの村は魔物じゃなくて私が滅ぼしたんです」
「……」

 話し終わる頃には、マードックは相槌も打たずに俯いていた。
 まさか助けた相手が大量殺人者だとは露とも思わなかっただろう。

「安心してください。あなたに危害を加えるつもりはありません。早く衛兵に連絡してください」
「そんなこと……しないよ」
「……え?」

 顔を上げたマードックに、ルミナは目を見開いた。
 彼は顔をくしゃりとさせ、涙を流していた。

「どうして……あなたが泣いているんですか」
「君が泣けなくなってるからだよ」
「どうして私が泣く必要があるんですか? あんな連中のために流す涙なんてありません」
「そうじゃない。君自身のためだ」

 嗚咽を漏らしながら訴えるマードックだが、ルミナは何のことだかさっぱり分からない。

「君のしたことは許されることじゃない。けど僕は……君を責めるつもりも、どこかに突き出す気もない」
「……」
「辛かったね。苦しかったね。でももう大丈夫だよ」

 マードックはルミナを胸に引き寄せた。
 嫌悪と共に肩を突き飛ばされるでもなく、妙な気持ち悪さを伴って肩を抱かれるでもない。
 ただ優しく引き寄せ、体温を交換するように触れ合う。

「ここには君に危害を加える者はいない。安心して」
「……」

 そのまま、優しく頭を撫でられた。
 髪の毛を引っ張られるでもなく、燃やされるでもない。
 まるで壊れ物を扱うかのように、マードックの手はどこまでも優しかった。

 ――ルミナの頬を、何かが掠めた。

 それは……涙だった。
 自分の目から流れているのに、目尻からこぼれ落ちるまで全く気が付かなかった。

「……あ、あれ。なんで。悲しくないのに」

 すぐさま涙を拭き取るルミナを、マードックは強く抱きしめた。

「いいんだ」
「え?」
「泣きたいだけ、泣いて良いんだよ」
「……」

 ――なに泣いてるんだ、気持ち悪い!
 ――それで同情を誘っているつもりか? この疫病神!

「辛いときは泣いていい。声を上げて泣くんだ」
「……」

 村人の言葉が、マードックの言葉に上書きされ、消えていく。
 ルミナは彼の身体に恐る恐る、手を伸ばした。

 ――触るんじゃねえよ、汚ねえ!

「っ」

 もういないはずの村人がルミナを責め立てる。
 伸ばした手を何度も振り払われた記憶が、脳裏にこびり付いている。
 マードックも、同じように振り払うんじゃないか。
 そうではないと分かりつつ、ルミナは躊躇した。

 そんなルミナの背中を、マードックはもう片方の手で優しく叩いた。

「大丈夫。僕は君を受け入れる」
「う……」

 止まりかけた涙が、今度こそ堰を切って溢れた。
 ルミナは彼の背中に手を回し、嗚咽をもらしながら大声で泣いた。

「う――ああああ、わあああん! あああああああん!」

 マードックはルミナが泣き疲れて眠るまで、ずっと頭を撫で続けた。


 ▼

「……ひどい顔」

 翌朝。
 視界が狭く感じるほど腫れた瞼に、ルミナは「うへぇ」と鏡の前で声を上げた。

「ホントだね。酷い顔だ」
「そういうマードックも」

 ルミナほどではないが同じく腫れた瞼の彼を指差し、笑いかける。
 顔はとんでもないことになっていたが、気持ちは晴れやかだった。

 どうやら自分でも知らないうち、感情に蓋をしていたようだ。
 復讐の際に漏れ出たのは恨みや怒りといった黒い感情のみ。
 それ以外は依然として蓋がされたままなことに、自分自身で気が付いていなかった。
 マードックはあの会話の中で、それを見抜いたようだ。

「あのままだったら、君は遠からず自殺していたと思う」
「……」

 図星を付かれ、ルミナは押し黙った。
 ダン爺の言葉が無かったら、おそらくルミナはここにはいなかった。

「辛いときは人に話して、いっぱい泣く。そうすれば人はまた活力を取り戻せる」

 どうやらあれも治療の一環だったようだ。
 道理で話し方が上手いと思った。

「しばらくはここで療養するといい」
「ありがとう」
「それじゃ、僕は仕事に行ってくるから」
「うん。行ってらっしゃい」

 マードックを見送ってから、ルミナは胸に手を当てた。
 暖かい。
 昨日の彼のぬくもりが、まだ自分を包んでくれているようだ。

 ただ――同時に、言い様のない不安も胸の中に同居していた。
 マードック。
 初めてルミナの話を聞いてくれた。
 初めてルミナに同情してくれた。
 初めてルミナを抱きしめてくれた。

 今、胸の中に渦巻くもの。
 これがどういう感情なのか、ルミナには分からなかった。
 ただ、一つだけ分かっていることがある。

 彼の存在は、きっとダン爺の言っていた「幸せ」に繋がっている。
 そういう確信がルミナの中にあった。

 彼を独り占めしたい。
 誰にも渡したくない。
 ずっと側に置きたい。

 彼を手放さない。
 絶対に。

「協力してくれるよね? 精霊達みんな

 愛し子ルミナの呼びかけに応えるように、誰かの笑い声が聞こえた――。







★★★★あとがき的なん★★★★

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

とりあえず感情のままぶっ○したくて文章を書いたら、いつの間にかヤンデレができていました。
きっとこれからルミナは幸せを掴み取る(物理)ことでしょう。



作者→八緒あいら(nns)

主にファンタジー・異世界恋愛系を書いています。
流行らないけど報われない主人公とか好き……!

よく書くジャンル↓
両片思い、すれ違い、ざまぁ、バトル、ヤンデレ、メリバ

練習中↓
現実恋愛、溺愛もの、チーレム系

「ルミナは将来立派なヤンデレになるな」と思った方はユーザーお気に入りもよろしくお願いできればと思います。

ありがとうございました。
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感想 19

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みんなの感想(19件)

猫侍
2021.08.17 猫侍

久々にスッキリするざまぁを読ませて頂きました
やり返すならこれぐらいしないとね
主人公のヤンデレ加減がいい感じでした
あれだけ虐げられてて歪まないはずがない
よき作品をありがとうございました

-
2021.08.17 -

こちらこそ読んで頂いてありがとうございます🙏

いつかヤンデレLvMAXになったルミナを書きたいなぁ……笑

解除
村人Yですが、そんなに村人必要ですか?
ネタバレ含む
-
2021.08.16 -

追加しました
ごめんなさい🙇

解除
penpen
2021.08.16 penpen
ネタバレ含む
-
2021.08.16 -

体調戻るまでか、人生をともに歩むまでか。

どこまでを「責任」とするべきだろう……🤔

解除

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