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第8章:終幕
日輪の昇華
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◇◇◇
何も無い空間で、ユウキは少年の姿を見た。驚いた事に、その少年は間違いなく自分自身であった。
何も無い黒い地面に倒れている少年。では、今ユウキを見ている自分は何者なのだろうかと思考を巡らせる。
──そうか、僕はセレーネに刺されて
視線を下げても、自分の胴体や手足は見えなかった。状況が分からず困惑していると、水の流れる音が聞こえた。
──なんだ?
振り返るとそこには、どうして今まで存在に気が付かなかったのかが不思議なほど大きな河川があった。
ごうごうと音を鳴らしながら水が流れており、すぐ近くには心もとない橋が見える。
──え? あ、あれって……!
その橋を渡った向こう側に、ユウキは少女の姿を見た。紅白の巫女服と日長石の首飾りを身に付けた、愛おしき存在である。彼女の顔には陰があり、瞳を見ることは出来なかった。
──リオ! リオ!
彼女を呼ぼうと試みるが、いくら必死に叫んでも声が出ない。ユウキはふと、自身には身体が無いことを思い出した。
──リオ!
少年は橋の方に意識を向けた。移動することは可能であり、むしろ平時よりも軽やかに進むことが出来た。
──リオ! 待って、行かないでよ!
ユウキが橋の近くまで来ると、少女は彼に背を向けて闇の中へと歩き出した。
少年は彼女を追いかけるべく、橋を渡ろうと進む。しかし、突如として現れたもう一つの存在に阻まれた。
──あなたは……
それは、彼の恩人であった。ユウキを生かす為に一人で敵と戦い、命を落とした騎士ツヴァイである。彼の瞳もまた、陰によって見えない。
──ツヴァイさん、お願いです!
──行かせてください!
──リオが……リオが向こうに居るんです!
声にならない声でそう訴えかけるが、騎士は手を横に広げてユウキの進路を塞いで首を横に振る。
──どうして行かせてくれないんですか?!
すると騎士は、左手の人差し指を少年が来た側の岸に向けた。その先に見えたのは、倒れたユウキの身体である。
──僕、死んじゃったみたいですね
そう諦めたように思っていると、騎士はまた通せんぼをした。
──まだ来るな、という事ですか?
彼の意図を察したユウキは、無念そうにしながらも己の身体が転がっている場所に戻った。
少年の胸からは大量に血液が流れ出しており、今更どうこうなるものでもないと思わせる有り様だ。
──ただ戻っても、僕じゃ今のセレーネには勝てそうにない
──何かをキッカケに彼女が弱るか、僕が突然力を増さない限りは……
そう考えていると、彼の頭の中に妙案が浮かんだ。セレーネがどうやって力を増したのか、それを思い出したからである。
──そうだ、僕も石を飲み込めばいいんだ
そうすれば、少なくとも絶望的な力の差は小さくなるであろう。
彼はそう考え、自らの身体に強く意識を向けた。景色が暗転したかと思うと、今度は激しい痛みによって覚醒した。
「……たしかに僕は、死んだ、はずなのに……」
胸の傷を押さえながら、何とか立ち上がる。すると、今まで見えていた川や橋は姿を消した。
「これは……」
代わりに、少年の視線の先には一基の神明鳥居が立っていた。汚れやヒビ割れは一切無く、人の世の物とは思えぬ程に美しい鳥居であった。
「──分かった、よ。そういう……事ね」
ユウキはその鳥居をくぐろうと、足を引きずりながら歩み始めた。
すると、遥か遠くの地平線から太陽が顔を出した。それは彼が知るよりも速く登り、少年、鳥居、太陽という直線を形成した。
少年から見ると太陽は鳥居の中に在るように感じられ、さながら異界の門のようであった。
「死ねない、終われない。僕は、まだ!」
そう強い意志を持って、ユウキは神明鳥居の真ん中を通り抜けた──。
◇◇◇
気が付くと、少年は再び月の神殿、巫女の間に立っていた。足元には彼のものと思われる血の海が広がっている。
しかし、胸の痛みは全く無かった。それどころか、鎧についたはずの様々な傷も無く、新品同様であった。
「セレーネ!」
倒れているはずのユウキに背を向け、月の巫女は玉座の方へと歩いていた。だが、強い呼び掛けによってその足を止める。
「はぁ? なんでまだ立てるの? それに、胸の傷は……?」
「言ったはずだよ。絶対に、君を止めるって」
「いやいや、意味分かんないから!」
驚きが見られたセレーネの顔は、今度は不安に支配された。確実に殺したはずの存在が起き上がり、自分に言葉を投げかけているからである。
「セレーネ、もういい。もう、苦しまなくていい。僕が今、ここで君を解放してあげるから」
「は? 生意気なこと抜かすな! お前に何ができ──っ! や、やめろ!」
少年は、首にかけた日長石の飾りを手に取り、三つ全ての石を取り外した。そしてそれを、一つずつ自身の口へ放り込んだのである。
「やめろ! やめろやめろ!」
日の巫女に選ばれし本物であるユウキが、日長石の力を取り込む。それがどんな現象を引き起こすのか、セレーネには想像もつかなかった。
しかし、自分にとって極めて厄介な障壁となるであろう事は確実。そうはさせまいと、彼女は必死に止めようと試みた。
「ふざけんな! そんなことしたら、お前だって──きゃああああ!」
ユウキの目の前まで迫ったセレーネだったが、ユウキが放つ猛烈なオーラによって後退させられた。その間に、ユウキは一つ、また一つと日長石を飲み込んでいく。
「や、やめろって……言ってんだろ!」
向かい風の中、セレーネはオーラで爪を創ってユウキの方へ走る。髪や黒い羽衣は風になびき、顔はまるで鬼のようである。
「また貫いてやる! 死ねぇぇえええ!」
右手を前に出し、猛突進。それと同時にユウキは三つ目の石を飲み込んだ。セレーネの爪は再びユウキの胸を捉えた。
だが──
「……え? な、なんで……?」
彼女の武器は、ユウキにダメージを与えること無く霧散した。ただ指の先端が彼に触れたのみであった。ユウキは一歩、前に出る。
「く、来るな! 来るな!」
恐れをなしたセレーネは、下がりながら槍を生成しユウキに投げつける。全て命中するが、しかし、その全ては意味を成さないまま霧散する。セレーネは更に何歩も後退した。
「何! なんなのお前!?」
ユウキはまた一歩、セレーネに近付いた。
「嘘……まさか……本物の、か──っ!!」
その瞬間、ユウキは一気に距離を詰めた。反撃の意思を見せることすら出来ないまま、セレーネは両手を握られた。
「や、やめ──きゃああああああああ!」
そのまま力を打ち消され、少女は悲痛な叫びを上げる。すぐさま離れようと試みるセレーネだが、あまりに強く握られており、ユウキを振り払うことが出来なかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、わ、私の……力…………」
全身から力が抜け、セレーネはその場に膝をつく。姿は元の少女に戻っていた。
対してユウキは全くと言っていいほど消耗しておらず、むしろオーラを強めている。
「ヤダ、ヤダヤダ! 来ないで! 来ないでよ!」
完全に戦意を失ったセレーネ。後ろ歩きでユウキから逃げようとするも、その向かう先は壁であった。
冷たい感触を背中に受け、彼女は涙目でユウキの目を見た。
何も無い空間で、ユウキは少年の姿を見た。驚いた事に、その少年は間違いなく自分自身であった。
何も無い黒い地面に倒れている少年。では、今ユウキを見ている自分は何者なのだろうかと思考を巡らせる。
──そうか、僕はセレーネに刺されて
視線を下げても、自分の胴体や手足は見えなかった。状況が分からず困惑していると、水の流れる音が聞こえた。
──なんだ?
振り返るとそこには、どうして今まで存在に気が付かなかったのかが不思議なほど大きな河川があった。
ごうごうと音を鳴らしながら水が流れており、すぐ近くには心もとない橋が見える。
──え? あ、あれって……!
その橋を渡った向こう側に、ユウキは少女の姿を見た。紅白の巫女服と日長石の首飾りを身に付けた、愛おしき存在である。彼女の顔には陰があり、瞳を見ることは出来なかった。
──リオ! リオ!
彼女を呼ぼうと試みるが、いくら必死に叫んでも声が出ない。ユウキはふと、自身には身体が無いことを思い出した。
──リオ!
少年は橋の方に意識を向けた。移動することは可能であり、むしろ平時よりも軽やかに進むことが出来た。
──リオ! 待って、行かないでよ!
ユウキが橋の近くまで来ると、少女は彼に背を向けて闇の中へと歩き出した。
少年は彼女を追いかけるべく、橋を渡ろうと進む。しかし、突如として現れたもう一つの存在に阻まれた。
──あなたは……
それは、彼の恩人であった。ユウキを生かす為に一人で敵と戦い、命を落とした騎士ツヴァイである。彼の瞳もまた、陰によって見えない。
──ツヴァイさん、お願いです!
──行かせてください!
──リオが……リオが向こうに居るんです!
声にならない声でそう訴えかけるが、騎士は手を横に広げてユウキの進路を塞いで首を横に振る。
──どうして行かせてくれないんですか?!
すると騎士は、左手の人差し指を少年が来た側の岸に向けた。その先に見えたのは、倒れたユウキの身体である。
──僕、死んじゃったみたいですね
そう諦めたように思っていると、騎士はまた通せんぼをした。
──まだ来るな、という事ですか?
彼の意図を察したユウキは、無念そうにしながらも己の身体が転がっている場所に戻った。
少年の胸からは大量に血液が流れ出しており、今更どうこうなるものでもないと思わせる有り様だ。
──ただ戻っても、僕じゃ今のセレーネには勝てそうにない
──何かをキッカケに彼女が弱るか、僕が突然力を増さない限りは……
そう考えていると、彼の頭の中に妙案が浮かんだ。セレーネがどうやって力を増したのか、それを思い出したからである。
──そうだ、僕も石を飲み込めばいいんだ
そうすれば、少なくとも絶望的な力の差は小さくなるであろう。
彼はそう考え、自らの身体に強く意識を向けた。景色が暗転したかと思うと、今度は激しい痛みによって覚醒した。
「……たしかに僕は、死んだ、はずなのに……」
胸の傷を押さえながら、何とか立ち上がる。すると、今まで見えていた川や橋は姿を消した。
「これは……」
代わりに、少年の視線の先には一基の神明鳥居が立っていた。汚れやヒビ割れは一切無く、人の世の物とは思えぬ程に美しい鳥居であった。
「──分かった、よ。そういう……事ね」
ユウキはその鳥居をくぐろうと、足を引きずりながら歩み始めた。
すると、遥か遠くの地平線から太陽が顔を出した。それは彼が知るよりも速く登り、少年、鳥居、太陽という直線を形成した。
少年から見ると太陽は鳥居の中に在るように感じられ、さながら異界の門のようであった。
「死ねない、終われない。僕は、まだ!」
そう強い意志を持って、ユウキは神明鳥居の真ん中を通り抜けた──。
◇◇◇
気が付くと、少年は再び月の神殿、巫女の間に立っていた。足元には彼のものと思われる血の海が広がっている。
しかし、胸の痛みは全く無かった。それどころか、鎧についたはずの様々な傷も無く、新品同様であった。
「セレーネ!」
倒れているはずのユウキに背を向け、月の巫女は玉座の方へと歩いていた。だが、強い呼び掛けによってその足を止める。
「はぁ? なんでまだ立てるの? それに、胸の傷は……?」
「言ったはずだよ。絶対に、君を止めるって」
「いやいや、意味分かんないから!」
驚きが見られたセレーネの顔は、今度は不安に支配された。確実に殺したはずの存在が起き上がり、自分に言葉を投げかけているからである。
「セレーネ、もういい。もう、苦しまなくていい。僕が今、ここで君を解放してあげるから」
「は? 生意気なこと抜かすな! お前に何ができ──っ! や、やめろ!」
少年は、首にかけた日長石の飾りを手に取り、三つ全ての石を取り外した。そしてそれを、一つずつ自身の口へ放り込んだのである。
「やめろ! やめろやめろ!」
日の巫女に選ばれし本物であるユウキが、日長石の力を取り込む。それがどんな現象を引き起こすのか、セレーネには想像もつかなかった。
しかし、自分にとって極めて厄介な障壁となるであろう事は確実。そうはさせまいと、彼女は必死に止めようと試みた。
「ふざけんな! そんなことしたら、お前だって──きゃああああ!」
ユウキの目の前まで迫ったセレーネだったが、ユウキが放つ猛烈なオーラによって後退させられた。その間に、ユウキは一つ、また一つと日長石を飲み込んでいく。
「や、やめろって……言ってんだろ!」
向かい風の中、セレーネはオーラで爪を創ってユウキの方へ走る。髪や黒い羽衣は風になびき、顔はまるで鬼のようである。
「また貫いてやる! 死ねぇぇえええ!」
右手を前に出し、猛突進。それと同時にユウキは三つ目の石を飲み込んだ。セレーネの爪は再びユウキの胸を捉えた。
だが──
「……え? な、なんで……?」
彼女の武器は、ユウキにダメージを与えること無く霧散した。ただ指の先端が彼に触れたのみであった。ユウキは一歩、前に出る。
「く、来るな! 来るな!」
恐れをなしたセレーネは、下がりながら槍を生成しユウキに投げつける。全て命中するが、しかし、その全ては意味を成さないまま霧散する。セレーネは更に何歩も後退した。
「何! なんなのお前!?」
ユウキはまた一歩、セレーネに近付いた。
「嘘……まさか……本物の、か──っ!!」
その瞬間、ユウキは一気に距離を詰めた。反撃の意思を見せることすら出来ないまま、セレーネは両手を握られた。
「や、やめ──きゃああああああああ!」
そのまま力を打ち消され、少女は悲痛な叫びを上げる。すぐさま離れようと試みるセレーネだが、あまりに強く握られており、ユウキを振り払うことが出来なかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、わ、私の……力…………」
全身から力が抜け、セレーネはその場に膝をつく。姿は元の少女に戻っていた。
対してユウキは全くと言っていいほど消耗しておらず、むしろオーラを強めている。
「ヤダ、ヤダヤダ! 来ないで! 来ないでよ!」
完全に戦意を失ったセレーネ。後ろ歩きでユウキから逃げようとするも、その向かう先は壁であった。
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