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第8章:終幕
花人形の最期
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◇◇◇
──月の神殿、巫女の間
ユウキとセレーネの戦いは平行線で、互いの力を打ち消し合いながら、消耗だけが悪戯に大きくなっていく。
「はぁ……はぁ……この、分からず屋!」
「はぁ……うるさい!」
息を整えるために数歩の距離を取ったユウキら。リオを肯定するためにセレーネまでも肯定したユウキは、なおも抵抗する月の巫女に声をかけ続ける。
「悪いのはこの力だ……人を惑わせた月と太陽の力こそ、僕らが憎むべきものなんだよ!」
「うるさい、うるさい! 私はやるって決めたの。全部……全部ぶっ壊すんだから、邪魔しないでよ!」
呼吸が整いきらないまま、セレーネは片手剣を創ってユウキに斬りかかった。
少年はそれを、オーラを纏わせた左腕で防ぐ。彼はそのまま右手に日輪の槍を生成して彼女への反撃を試みるが、セレーネは跳躍してユウキの背後に回った。
「死んじゃえ!」
手刀で背中から突き刺そうとするセレーネ。闇討ちの気配を察した少年は振り返り、迫るセレーネの手を握って止める。
「セレーネ!!」
「ううっ?! やめろ、手を離せ!」
内なる月輪の力を吸われる不快感があり、セレーネは強引にユウキの手を振り払って離れた。
「やっぱこれ、気持ち悪い……吸うな、私に触るな!」
彼女は、自分の力が次第に弱くなっていることを実感していた。それならばユウキの力も弱まるはずだが、彼はセレーネよりかは影響が少ない。本物であるユウキが、戦いの中で力の使い方を学んできているのだろうと、彼女は煩わしく思った。
「お前なんかに……私に触れる権利は無い!」
今度は双剣を創り出して攻撃を仕掛けるセレーネ。ユウキも同じく一対の剣を作り、彼女の攻撃に対して防御と反撃を繰り返す。
「そこだ!」
「──甘いよ、ザ~コ!」
ユウキが繰り出した突きは回避され、セレーネは逆にその隙をついて反撃に出た。彼女の右手の刃がユウキに迫る。
──躱しきれない!
そう判断した彼は、左手にオーラを集めて刃を掴んだ。続けて右手にも同様にオーラを集め、セレーネの反対の腕も掴む。
「きゃああ! だ、だから、この私に触れるなって……言ってんだろ!」
「──サン・フレア!」
「……は?」
少年はそのまま、己を中心としたオーラの爆発を発生させた。セレーネは咄嗟にバリアを作ったが、爆風全ては防ぎきれずに受けてしまう。両者間に十歩程度の距離が開いた。
「ふ、ふざけた事──っ?!」
「終わらせる!」
意識を手繰り寄せるセレーネに、ユウキは追撃をしかけた。右手の手刀を振り上げ、彼女へ猛進したのである。
「や、やめて……!」
「──っ!」
セレーネは少年の攻撃をどうにも出来ず、ここで勝負が決まりかけた。だがユウキは、セレーネが少女の顔で放った命乞いの為に一撃を躊躇ってしまう。
「ふん、バ~カ!」
その隙をつかれ、少年の腹には月輪のオーラを纏った拳が猛烈な勢いで叩きつけられた。後方へ飛ばされた少年は、すぐに体勢を戻してセレーネを見る。
──この期に及んで僕は何を!
大きなダメージを受けた事よりも、攻撃を躊躇ってしまった事が彼の気がかりであった。
セレーネは邪神ではないのだと、彼女を肯定したユウキ。それ故に彼は、悪を討つという大義名分を失ったのだ。
──敵がただのバケモノなら、どんなに楽だったか
目の前に居る討つべき敵は、醜いバケモノではない。見た目の年齢がほぼ自分と同じ、たった一人の可憐な少女だ。
現状、持っている力はユウキの方が僅かに大きい。しかしそういった事実は、ユウキが非情に撤する事を妨げたのである。
「はぁ、はぁ……ねえ、そろそろ懲りた? 私の崇高さを思い知ったら、さっさと消えて欲しいんだけど」
ユウキに強烈な一撃を与えたセレーネだったが、追撃を仕掛けられる程の余裕がなかった。
平時のように高飛車な振る舞いをしているが、その実、気を抜けば膝をついてしまいそうな程である。
「わ、分かってるさ、君が尊い存在だって事は。僕だって、クライヤマで巫女を崇めていた事があるんだから……」
少年は痛みに耐えながらそう返答する。しかし、セレーネを見逃してその場から去る気は微塵ほども無い。オーラで作った剣を構え、次の攻撃の機会を探っていた。
そこへ──
《セ、セレーネさマ!》
右腕の力だけで這う異形の存在が現れた。クライヤマにてユウキと対峙し、何処かへと姿を消していたセレーネの遣いである。
「ジュアン?!」
「ジュア~ン! いい所に来てくれたね!」
《セレーネ様……こ、コチらヲ……!》
彼の右手には拳大の月長石が握られていた。駆け寄ったセレーネは、這い蹲ったジュアンを支えるよりも先に石を手に取る。
「ふふふ、あはははは! アンタはもう終わりだよ!」
セレーネは大笑いしながらユウキに語りかけた。それは、彼女の自信の顕れである。こうなったからには、もう己に負ける要素は無いのだと暗に示しているのだ。
「な、何をする気なんだ……?」
「いいから、黙って見てな……!」
そう高らかに宣言し、セレーネは受け取った月長石を飲み込んだ。
「うぐっ! がはっ、はぁ、はぁ……」
《セレーネさマ! な、何ト美シい……》
それから僅か数秒ほどで、セレーネのオーラは爆発的に大きくなった。
──ああやって力を増していたんだ
その光景を初めて目撃したユウキは、セレーネの奇行に困惑した。確実に苦痛をもたらす行為を、何の躊躇いもなくやってのけた為である。
《こ、こレでユウキの奴ヲ──》
「ううん。まだ、足りない」
ジュアンはセレーネの力が増した事に歓喜の声を上げたが、当の彼女は首を横に振る。
「ねぇ、ジュアン。また、私のお手伝いしてくれる?」
《ハい、勿論デござイマす!》
「そう、ありがとう」
──今度はなんだ……? またジュアンと戦わなくちゃいけないのか?
大きく力を増したセレーネに対して無策で仕掛ける訳にはいかず、ユウキは様子見しかできずに立ち尽くす。
「じゃあ、おいで」
そう言い、セレーネは左手の中指と親指でパチンと音を鳴らした。
すると、地面を這っていたジュアンの身体が月長石の力を思わせる泡に包まれて持ち上がる。セレーネはそれを胸に抱き寄せた。
《セ、セレーネさ──!》
ジュアンの台詞は、その途中で鈍い音と共に途切れた。彼の脇腹にセレーネの手刀が深々と刺さっていた。
「今までありがとう。さようなら」
《セレーネ……さ、ま…………》
弱っていたジュアンは、その一撃で目を閉じた。以降言葉を発することは無く、鈍い光を放ちながら消えてしまった。
「あれは……!」
その代わり、セレーネの腕の中には泡に包まれた月下香の束ともう一つの月長石があった。
「なんて事……ジュアンは、君の遣いだろ?」
「遣い? そんなんじゃないよ」
かつてジュアンだった月下香を丁寧に持ち、彼女はそれを自身が座するための玉座に置いた。
荒々しい戦いの場における所作とは思えぬほど、丁重であった。
「あの子は私が作った、ただのお人形さんだよ」
「人形……」
ユウキは無慈悲なセレーネの言葉を聞きながら、玉座に置かれた月下香を見た。
「さ~て、続きやろっか」
ジュアンを作っていた石をその手に持ち、また飲み込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……あははは、きゃははははは!」
「……セレーネ?」
再び石を取り込んだセレーネの様子は、ただ事ではなかった。
狂気的な笑い声。不気味な笑み。焦点が定まっていないような目。そして、爆発とも思えるオーラ。
──もしかして、力を制御できていない?
それ即ち、準暴走状態であると。そう言わんばかりに、セレーネの様子は豹変したのである。
──月の神殿、巫女の間
ユウキとセレーネの戦いは平行線で、互いの力を打ち消し合いながら、消耗だけが悪戯に大きくなっていく。
「はぁ……はぁ……この、分からず屋!」
「はぁ……うるさい!」
息を整えるために数歩の距離を取ったユウキら。リオを肯定するためにセレーネまでも肯定したユウキは、なおも抵抗する月の巫女に声をかけ続ける。
「悪いのはこの力だ……人を惑わせた月と太陽の力こそ、僕らが憎むべきものなんだよ!」
「うるさい、うるさい! 私はやるって決めたの。全部……全部ぶっ壊すんだから、邪魔しないでよ!」
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少年はそれを、オーラを纏わせた左腕で防ぐ。彼はそのまま右手に日輪の槍を生成して彼女への反撃を試みるが、セレーネは跳躍してユウキの背後に回った。
「死んじゃえ!」
手刀で背中から突き刺そうとするセレーネ。闇討ちの気配を察した少年は振り返り、迫るセレーネの手を握って止める。
「セレーネ!!」
「ううっ?! やめろ、手を離せ!」
内なる月輪の力を吸われる不快感があり、セレーネは強引にユウキの手を振り払って離れた。
「やっぱこれ、気持ち悪い……吸うな、私に触るな!」
彼女は、自分の力が次第に弱くなっていることを実感していた。それならばユウキの力も弱まるはずだが、彼はセレーネよりかは影響が少ない。本物であるユウキが、戦いの中で力の使い方を学んできているのだろうと、彼女は煩わしく思った。
「お前なんかに……私に触れる権利は無い!」
今度は双剣を創り出して攻撃を仕掛けるセレーネ。ユウキも同じく一対の剣を作り、彼女の攻撃に対して防御と反撃を繰り返す。
「そこだ!」
「──甘いよ、ザ~コ!」
ユウキが繰り出した突きは回避され、セレーネは逆にその隙をついて反撃に出た。彼女の右手の刃がユウキに迫る。
──躱しきれない!
そう判断した彼は、左手にオーラを集めて刃を掴んだ。続けて右手にも同様にオーラを集め、セレーネの反対の腕も掴む。
「きゃああ! だ、だから、この私に触れるなって……言ってんだろ!」
「──サン・フレア!」
「……は?」
少年はそのまま、己を中心としたオーラの爆発を発生させた。セレーネは咄嗟にバリアを作ったが、爆風全ては防ぎきれずに受けてしまう。両者間に十歩程度の距離が開いた。
「ふ、ふざけた事──っ?!」
「終わらせる!」
意識を手繰り寄せるセレーネに、ユウキは追撃をしかけた。右手の手刀を振り上げ、彼女へ猛進したのである。
「や、やめて……!」
「──っ!」
セレーネは少年の攻撃をどうにも出来ず、ここで勝負が決まりかけた。だがユウキは、セレーネが少女の顔で放った命乞いの為に一撃を躊躇ってしまう。
「ふん、バ~カ!」
その隙をつかれ、少年の腹には月輪のオーラを纏った拳が猛烈な勢いで叩きつけられた。後方へ飛ばされた少年は、すぐに体勢を戻してセレーネを見る。
──この期に及んで僕は何を!
大きなダメージを受けた事よりも、攻撃を躊躇ってしまった事が彼の気がかりであった。
セレーネは邪神ではないのだと、彼女を肯定したユウキ。それ故に彼は、悪を討つという大義名分を失ったのだ。
──敵がただのバケモノなら、どんなに楽だったか
目の前に居る討つべき敵は、醜いバケモノではない。見た目の年齢がほぼ自分と同じ、たった一人の可憐な少女だ。
現状、持っている力はユウキの方が僅かに大きい。しかしそういった事実は、ユウキが非情に撤する事を妨げたのである。
「はぁ、はぁ……ねえ、そろそろ懲りた? 私の崇高さを思い知ったら、さっさと消えて欲しいんだけど」
ユウキに強烈な一撃を与えたセレーネだったが、追撃を仕掛けられる程の余裕がなかった。
平時のように高飛車な振る舞いをしているが、その実、気を抜けば膝をついてしまいそうな程である。
「わ、分かってるさ、君が尊い存在だって事は。僕だって、クライヤマで巫女を崇めていた事があるんだから……」
少年は痛みに耐えながらそう返答する。しかし、セレーネを見逃してその場から去る気は微塵ほども無い。オーラで作った剣を構え、次の攻撃の機会を探っていた。
そこへ──
《セ、セレーネさマ!》
右腕の力だけで這う異形の存在が現れた。クライヤマにてユウキと対峙し、何処かへと姿を消していたセレーネの遣いである。
「ジュアン?!」
「ジュア~ン! いい所に来てくれたね!」
《セレーネ様……こ、コチらヲ……!》
彼の右手には拳大の月長石が握られていた。駆け寄ったセレーネは、這い蹲ったジュアンを支えるよりも先に石を手に取る。
「ふふふ、あはははは! アンタはもう終わりだよ!」
セレーネは大笑いしながらユウキに語りかけた。それは、彼女の自信の顕れである。こうなったからには、もう己に負ける要素は無いのだと暗に示しているのだ。
「な、何をする気なんだ……?」
「いいから、黙って見てな……!」
そう高らかに宣言し、セレーネは受け取った月長石を飲み込んだ。
「うぐっ! がはっ、はぁ、はぁ……」
《セレーネさマ! な、何ト美シい……》
それから僅か数秒ほどで、セレーネのオーラは爆発的に大きくなった。
──ああやって力を増していたんだ
その光景を初めて目撃したユウキは、セレーネの奇行に困惑した。確実に苦痛をもたらす行為を、何の躊躇いもなくやってのけた為である。
《こ、こレでユウキの奴ヲ──》
「ううん。まだ、足りない」
ジュアンはセレーネの力が増した事に歓喜の声を上げたが、当の彼女は首を横に振る。
「ねぇ、ジュアン。また、私のお手伝いしてくれる?」
《ハい、勿論デござイマす!》
「そう、ありがとう」
──今度はなんだ……? またジュアンと戦わなくちゃいけないのか?
大きく力を増したセレーネに対して無策で仕掛ける訳にはいかず、ユウキは様子見しかできずに立ち尽くす。
「じゃあ、おいで」
そう言い、セレーネは左手の中指と親指でパチンと音を鳴らした。
すると、地面を這っていたジュアンの身体が月長石の力を思わせる泡に包まれて持ち上がる。セレーネはそれを胸に抱き寄せた。
《セ、セレーネさ──!》
ジュアンの台詞は、その途中で鈍い音と共に途切れた。彼の脇腹にセレーネの手刀が深々と刺さっていた。
「今までありがとう。さようなら」
《セレーネ……さ、ま…………》
弱っていたジュアンは、その一撃で目を閉じた。以降言葉を発することは無く、鈍い光を放ちながら消えてしまった。
「あれは……!」
その代わり、セレーネの腕の中には泡に包まれた月下香の束ともう一つの月長石があった。
「なんて事……ジュアンは、君の遣いだろ?」
「遣い? そんなんじゃないよ」
かつてジュアンだった月下香を丁寧に持ち、彼女はそれを自身が座するための玉座に置いた。
荒々しい戦いの場における所作とは思えぬほど、丁重であった。
「あの子は私が作った、ただのお人形さんだよ」
「人形……」
ユウキは無慈悲なセレーネの言葉を聞きながら、玉座に置かれた月下香を見た。
「さ~て、続きやろっか」
ジュアンを作っていた石をその手に持ち、また飲み込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……あははは、きゃははははは!」
「……セレーネ?」
再び石を取り込んだセレーネの様子は、ただ事ではなかった。
狂気的な笑い声。不気味な笑み。焦点が定まっていないような目。そして、爆発とも思えるオーラ。
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