天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第8章:終幕

因縁のバケモノ

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◇◇◇

 ──同刻、クライヤマ

 月の神殿に向かうユウキを見送ったアインズ、桜華、タヂカラ。自身らの元に集まり始めたバケモノを討伐し続けて、もうかなりの時間が経過した。

「はぁ、はぁ、しつこいわね!」

「ね。ちょっとは休ませてよ」

「こりゃ……さすがにキツイな」

 倒しても倒しても、バケモノは無尽蔵に襲い来る。王国騎士団の隊長。防人の頭領。人間離れした大男。彼らをもってしても、捌ききれない程の大群が押し寄せているのだ。

「ほんと、こいつら無限かもね!」

 今しがたバケモノを討伐した桜華は、自身の攻撃力が低下している事を実感した。

 少し前までは刃を振り抜き、バケモノの胴体を二つの部品に裂いていた彼女。しかし今では、胴体半分程度を裂くことで精一杯であったのだ。

「そうね。さっきから全く衰えないもの」

 亜光速の突きを見舞ったアインズもた、消耗の激しさを実感する。剣を持つ握力が著しく低下しており、気を抜けば離してしまいそうであった。

「ヤバそうなら、ちっとくらい休んでても良いぞ」

 大男は真っ赤なオーラを放ちながら、自身へと迫るバケモノに強烈な拳をぶつける。元々怪力である上に力を強化出来るため、タヂカラはまだ攻撃の衰えは感じていない。だが、能力の使いすぎで消耗すればそれも崩れ去るだろう。

 そんな彼らの元へ、ソレは突如として現れた。

「おい、嬢ちゃんたち……大物だ」

 タヂカラが視界の隅に捉えた絶望。そのバケモノは音もなく現れ、音もなく近付いた。全体的に黒いのにも関わらず、月の影の中に於いても目立つ存在である。

「うわぁ、最悪じゃん……。タヂカラ殿、アインズ殿、コイツどうする? あれ、アインズ殿……?」

 タヂカラが大物と称したバケモノは、その場の誰よりもアインズに絶望を与えた。なぜならば──

「こいつは……あの時の……!」

 大きさは人間の五割増しほど。顔はバケモノだが、骨格はより人間に近い。顔の下には、髭のような短い触手が蠢く。フード付きのローブを身に着けているようにも見え、その容姿は死神を思わせる。

 それ即ち、ブライトヒル大襲撃の際に現れた大鎌のバケモノである。

「お前は……今度こそ私が討つ!」

「ちょ、アインズ殿。そんなに焦んなって」

 友の命を奪ったのと同型のバケモノを見て、アインズは冷静ではいられなくなった。仲間の声も耳に届いていない様子で、彼女は一人バケモノに向かっていく。

「ブリッツ・ピアス!」

 弱った握力で剣を握り、亜光速の突きを放つ。それに合わせて大鎌のバケモノは鎌を振り上げた。

「──ち、力が……!」

 やがてアインズの剣が敵を捉えたが、ローブの様になった外皮に弾かれてしまう。バケモノの防御力が高い上に、アインズの攻撃力が下がっている。

 もはや通常の攻撃は通らないと見て間違いない……それは誰の目にも明らかであったが、アインズに関してはその思考さえ失われていた。

「くらいなさい!」

 無作為に斬撃を繰り返すアインズだが、敵は避ける真似さえしない。彼女の攻撃など恐るるに足らないと判断されたのである。

「──っ!」

 そうかと思うと、今度は空間転移で彼女の前から姿を消す。振り下ろしていた剣は空を斬り、地面に打ち付けられてアインズの腕に振動を伝えた。

「アインズ殿、後ろ!」

 消えたバケモノが現れたのは、アインズのすぐ背後であった。鎌を垂直に振り上げており、今にも攻撃が始まろうとしている。

「防御は、無理……!」

 一般的なバケモノさえ満足に切り裂けないほどにまで落ちた腕力では、この攻撃は止められない。そう判断し、右へ回避。そのまま追撃を試みたアインズだが、敵は再び転移して消える。

「嬢ちゃん。俺が言うのもアレだけどな、ゴリ押しはよくないぜ」

「そうだよアインズ殿。まずは相手の出方を見ないと」

「え、ええ、そうね……ごめんなさい」

 仲間の声掛けによって少し冷静になったアインズだが、やはり大鎌のバケモノに対しては仇討ちの念を捨てられずにいる。それを察した為か、桜華はアインズの前を塞ぐよう立った。

「後ろよ、タヂカラさん!」

「なにっ?! この野郎……!」

 大きな体を翻し、彼はバケモノの体に打撃を試みる。しかし、敵はまた当たる直前で姿を消した。

「う~ん。見たところ、誰かの背後を取るように動くっぽいね」

「……そう、みたいね」

 また少し冷静になったアインズは、ツヴァイがこれと同じバケモノと戦っていた時の様子を思い出した。

 彼女に対してユウキを連れ帰るよう言っていた彼は、話をしながらバケモノの動きに対応していたのである。

──つまりツヴァイたちは、あの時バケモノの転移のクセを見破ったのね

 それに比べて自分はと、彼女は己を悲観した。ちょうどその時の事である。

「これは……!」

 空から轟音が聞こえ、同時に日長石のオーラが降り注ぐ。闇が少しずつ晴れ始め、力の弱いバケモノたちはそれを忌避して離れていく。

「甘いよ!」

 だが大鎌ほどの強大な者は退かず、三人への攻撃を続行する。桜華の背後に現れた敵は、またしても鎌を縦に振り上げていた。

「残念だけど……見切ったよ!」

 納刀し、桃色のオーラを放ちながら垂直斬りが自身に迫るのを待つ。

「──そこ!」

 一気に抜刀すると、バケモノに対して無数の斬撃が発生。最初の数発は当たったが、すぐに危機を察知してまた何処かへと消える。

「今度は私みたいね!」

 アインズが振り返ると、敵は鎌を横に構えていた。ちょうど、彼女の首くらいの高さである。咄嗟にしゃがんで回避し……

──ブリッツ・ピアス!

 そのまま至近距離から亜光速攻撃を見舞った。切っ先がバケモノの下腹部に触れ、微かなダメージを与える。だが深々とは刺さらず、敵はまた転移。

「ううっ!」

 一瞬だけ目眩がし、アインズはフラフラしながら何とか踏ん張った。ここへ来て、消耗の激しさが目に見え始める。

「おらぁ!」

 バケモノに攻撃したのであろうタヂカラの雄叫びを聞きながら、アインズは頭を振った。

「くっそ、当たりさえすりゃあ!」

 顔を上げてもバケモノの姿が見えず、アインズはまた転移だと察する。数秒経過すると、敵は桜華の背後に出現した。

「縦でも横でも、あんたの攻撃は見切ったってば!」

 納刀してバケモノの水平斬りを観察し、彼女は再びオーラを放つ。

しかし──

「なっ、また消えんの?!」

「桜華嬢ちゃん後ろだ!」

 攻撃が読まれている事を読み、バケモノは桜華に対して二度の不意打ちを行った。再び水平斬りが迫る。

「──ぐうっ!」

 桜華は咄嗟に刀身で鎌を受けた。しかし、彼女もまた握力が弱っている。防人仕様の刀は容易く手から離れ、茂みの中へと消えた。

「なら、こっち!」

 鎌を振り切ったばかりの敵を、蛇の装飾が付いた刀で攻撃。掠めたような感覚はあったが、もうバケモノは消えていた。

「桜華、無事?」

「無事……ではないかな。もう手に力が入んないや」

「おい、そっちへ行ったぞ!」

 タヂカラの警告が届いた時には、既に鎌の柄がアインズを捉える瞬間であった。
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