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第8章:終幕
責任を背負う者たち
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◇◇◇
──同刻、トリシュヴェア国
ツルハシやシャベルといった道具を持った、屈強な男たち。花崗岩を採掘する仕事の最中、大きな音を聞いて広場へと集まった。
もしかしたら大規模な崖崩れの前触れかもしれないと不安を抱いた彼らだが、ひび割れた空を見た事によってまた別の不安を感じた。
「おいおい、なんだありゃあ?!」
「なあ、ハル。あれってタヂカラと鎖を壊したって子じゃねえか?」
人々の不安を煽っていた穴の中に、見覚えのある姿を発見。タヂカラの弟ハルもまた、彼らと共に少年の姿を眺める。
「そうみたいだね。雰囲気はだいぶ変わってるけど……この温かさは間違いないや」
ユウキがタヂカラ邸で力の片鱗を見せた際のことを思い出したハル。周りの人らもまた、少年が放つ温かさを感じていた。
そんな折、手に細い枝を持った男の子が大騒ぎしながら彼らの元へ。
「ハル兄ちゃん、みんな!」
「どうしたの?」
「僕ね、こ~んな怖い奴を見たんだ!」
そう言いながら、子供は両手で精一杯大きな体格を空中に描く。拙い伝達方法ではあったものの、ハルたちにはしっかりと伝わった。
「ハル!」
「うん、間違いない──バケモノだ!」
バケモノ出現との報告を受けた国の屈強な男たちは、総出で敵を迎え撃つ事を決心した。戦えない者たちも、避難するように告げたり怪我人を治療する準備にかかったりする。
各々が、トリシュヴェアのために自分が出来ることをやろうと動き出したのである。
「おーいバケモノ共! こっちだ、こっちへ来やがれマヌケ!!」
一人の男が、バケモノの群れに対して挑発を行った。それに気付いた異形たちは、彼を殺さんと迫る。男はしめしめと笑い、少しずつトリシュヴェアの渓谷へと引き付けていく。
「ハルよ、タイミングは任せるぜ」
「うん!」
ハル率いる十名程度の男は、渓谷の上に待機。大岩とテコを準備してバケモノを引き連れた彼を待つ。
「……よし、今だ! 攻撃開始!」
ハルの指示により、待機していた男たちは谷底目掛けて岩を落とす。バケモノたちと男とを大岩が隔てた。
さらに岩が降り注ぐと、バケモノは堪らず絶命。岩の雨をくぐり抜けた数匹は、掘削道具によって始末されていく。
知ってか知らずか、それはトリシュヴェア建国時にタカミらがとった作戦と酷似していた。
「よし、この群れは一掃したね。けど、まだ街の中にいるかもしれない」
男たちの中にも、恐怖心は確かに存在した。しかし、それでも彼らは立ち向かった。国を守る。大切な人を守る。その強さは、かつて南部採石場の革命に参加した者たちが持っていた魂であった。
「兄さん……この国は、みんなで守ろう。今となっては分からないけど、じいちゃんが目指したのはそういう形なんじゃないかな」
誰もが使役者の言いなりだった。上から押さえつけられ、ただ一方的に支配される。人の意思や心などとは無縁で、生き死にの権利さえ握られた。
そんな状況を憂いたからこそタカミは反乱を決意し、皆で作り上げる国を目指したのかもしれない。ハルはそう考え、タカミの孫でありながら権力の誇示をしなかったのである。
「ハル、空ばっか見てんなよ。敵さんは地上に居んだからな!」
「ああ、ごめん。絶対、守り抜こう!」
ハルは、空から溢れる温かなオーラが強くなっていくのを感じた。彼にはそれが、一つに纏まっていくトリシュヴェアの人々を象徴しているかのように感じられた。
◇◇◇
──同刻、ヴェルクリシェス
太古の時代よりも、さらに昔。まだルナリーゼンと名乗っていた時代の名残である神殿にて、赤髪の少女ピュラーは日輪の戦士に想いを馳せていた。
「ユウキ様なら大丈夫……ユウキ様ならセレーネを止められる。絶対、絶対負けない!」
それは、祈りと言うよりかは願望である。ひび割れた空や溢れ出す月輪の力を目撃し、月の巫女セレーネが本格的に動き出した事を察知したのだ。
「ピュラー様。いつどこに月の巫女の創作物が現れるか分かりませんぞ。すぐに避難なさってください」
「オジイうるさい! 私の大好きなユウキ様が戦ってるのに、なんで私が逃げなくちゃいけないのよ!」
ピュラーは、自らの行動に水を差す付き人の老爺を一喝した。だが老爺としては、長老の孫という特別大切な存在には安全な場所に居て欲しいのである。
「それに、バケモノはもう集落のすぐそこまで来てるでしょ? 今更どこへ逃げたって、同じだよ」
「し、しかし──?!」
二人が世界中に轟いた大きな破砕音を聞いたのは、その瞬間であった。音に遅れること数秒、ピュラーはそれまであった冷たさとは対極の力を感じた。
「これって……行くよ、オジイ!」
「ああ、ピュラー様! お待ちください!」
老爺の静止を振り払い、少女は神殿を飛び出した。そこで見たのは、先程までよりも大きく開いた空の穴と、日輪のオーラに包まれた勇ましい少年の姿である。
「やっぱりそうだ! この温かいのは、ユウキ様の!」
「はぁ、はぁ……おや? 以前お会いした時とは姿が異なりますな」
「あれは多分、日輪の戦士の真の姿。日の巫女に選ばれた、本当の救世主だよ……! こうしちゃ居られない!」
興奮したピュラーは居ても立っても居られなくなり、また老爺をおいて走り出す。
神殿の階段を数段ずつ跳んで駆け下り、街の方面へ。
「これ、ピュラー様! どちらへ行かれるのですか?!」
「オジイは休んでても良いよー!」
「そういう訳には参りません! お待ちください!」
一段ずつ下りる老爺を待つことなく、ピュラーは走った。月下香の花畑を横目に見ながら進み続け、倉庫から弓と矢筒を奪取。そのまま物見櫓を登った。
「もう、ここまで来てる……!」
集落の外では既に、槍を持ったヴェルクリシェスの民とバケモノとの戦いが始まっている。
戦況は五分五分、とはお世辞にも言えない。バケモノの死骸よりも倒れている人の方が僅かに多いくらいであった。
「私だって、私だって!」
ピュラーは弓矢を用いて、物見櫓の上からバケモノを射殺していく。彼女の力では数発に一度バケモノを射抜ければ良い方だが、彼女はそれでも満足であった。
「セレーネを絶望させたのは、ルナリーゼンの決まり事。それは、私たち月の──」
「ピュラー様! やっと追いつきましたぞ。こんな所に居ては危険です!」
大きく呼吸を乱しながら、老爺はやっと少女の元へ。ハシゴを上りきり、床にへたり込みながらピュラーに帰宅を促す。
「さあ、帰りましょう。長老様も心配されていますよ!」
「ヤダ、私だって戦うの!」
「ピュラー様、それは大人やユウキ様方にお任せすれば良いではありませんか!」
老爺は必死に説得を試みるが、ピュラーは決して従わなかった。それどころか、彼を無視して再び弓を引き始める。
「そもそもこんな事になったのは、私たち月の民が月長石に頼ったせいでしょ? 月輪の恩恵に依存して、甘い蜜だけ吸って」
少女は老爺に対し、神妙に語る。突如として大人びた様子に変わったピュラーを前にした彼は、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
「月の巫女だなんて言って、誰かに役割を押し付けてさ。まるで神様みたいに崇めてたみたいだけど、それって結局は甘えてるだけじゃん」
「ピュラー様……」
「他の国々は、そんな事せず自分の力で発展した。……これは、この厄災は、私たち月の民のせいで起こったと言っても過言じゃない」
力いっぱい弓を引き、矢を放つ。その一撃は見事にバケモノの顔面を捉えた。
「だから、月の民である私には戦う義務があると思うの」
息を整えた老爺は立ち上がりながら、ピュラーの成長に驚いていた。何年か前まではただのワンパクな子供であったのに、いつの間にここまでの考えを持ったのだろうかと、感慨深く思ったのである。
「月の民の義務、ですか。となると、私も戦わねばなりませんね」
「オジイはオジイなんだから、無理しないの!」
「しかし、私とて月の民です!」
「付き人なんだから傍で私を守ってて! それも立派な戦いでしょ!」
思いもよらないピュラーの回答に、老爺は思わず涙ぐむ。ピュラーは彼の情けない顔を笑ったが、赤ん坊の頃から己の面倒を見てくれている彼に感謝していた。
「さあ、戦うんだから手伝って! 弓と矢の補充、早く早く!」
「突然言われましても! しばしお待ちください!」
ハシゴを降りていく老爺を見送り、少女は再び空を仰いだ。
「ユウキ様……日輪の戦士様……かっこいい~!」
黒衣の少女と戦うユウキの神々しい姿は、彼女の目には何倍にも誇張されて映るのであった。
──同刻、トリシュヴェア国
ツルハシやシャベルといった道具を持った、屈強な男たち。花崗岩を採掘する仕事の最中、大きな音を聞いて広場へと集まった。
もしかしたら大規模な崖崩れの前触れかもしれないと不安を抱いた彼らだが、ひび割れた空を見た事によってまた別の不安を感じた。
「おいおい、なんだありゃあ?!」
「なあ、ハル。あれってタヂカラと鎖を壊したって子じゃねえか?」
人々の不安を煽っていた穴の中に、見覚えのある姿を発見。タヂカラの弟ハルもまた、彼らと共に少年の姿を眺める。
「そうみたいだね。雰囲気はだいぶ変わってるけど……この温かさは間違いないや」
ユウキがタヂカラ邸で力の片鱗を見せた際のことを思い出したハル。周りの人らもまた、少年が放つ温かさを感じていた。
そんな折、手に細い枝を持った男の子が大騒ぎしながら彼らの元へ。
「ハル兄ちゃん、みんな!」
「どうしたの?」
「僕ね、こ~んな怖い奴を見たんだ!」
そう言いながら、子供は両手で精一杯大きな体格を空中に描く。拙い伝達方法ではあったものの、ハルたちにはしっかりと伝わった。
「ハル!」
「うん、間違いない──バケモノだ!」
バケモノ出現との報告を受けた国の屈強な男たちは、総出で敵を迎え撃つ事を決心した。戦えない者たちも、避難するように告げたり怪我人を治療する準備にかかったりする。
各々が、トリシュヴェアのために自分が出来ることをやろうと動き出したのである。
「おーいバケモノ共! こっちだ、こっちへ来やがれマヌケ!!」
一人の男が、バケモノの群れに対して挑発を行った。それに気付いた異形たちは、彼を殺さんと迫る。男はしめしめと笑い、少しずつトリシュヴェアの渓谷へと引き付けていく。
「ハルよ、タイミングは任せるぜ」
「うん!」
ハル率いる十名程度の男は、渓谷の上に待機。大岩とテコを準備してバケモノを引き連れた彼を待つ。
「……よし、今だ! 攻撃開始!」
ハルの指示により、待機していた男たちは谷底目掛けて岩を落とす。バケモノたちと男とを大岩が隔てた。
さらに岩が降り注ぐと、バケモノは堪らず絶命。岩の雨をくぐり抜けた数匹は、掘削道具によって始末されていく。
知ってか知らずか、それはトリシュヴェア建国時にタカミらがとった作戦と酷似していた。
「よし、この群れは一掃したね。けど、まだ街の中にいるかもしれない」
男たちの中にも、恐怖心は確かに存在した。しかし、それでも彼らは立ち向かった。国を守る。大切な人を守る。その強さは、かつて南部採石場の革命に参加した者たちが持っていた魂であった。
「兄さん……この国は、みんなで守ろう。今となっては分からないけど、じいちゃんが目指したのはそういう形なんじゃないかな」
誰もが使役者の言いなりだった。上から押さえつけられ、ただ一方的に支配される。人の意思や心などとは無縁で、生き死にの権利さえ握られた。
そんな状況を憂いたからこそタカミは反乱を決意し、皆で作り上げる国を目指したのかもしれない。ハルはそう考え、タカミの孫でありながら権力の誇示をしなかったのである。
「ハル、空ばっか見てんなよ。敵さんは地上に居んだからな!」
「ああ、ごめん。絶対、守り抜こう!」
ハルは、空から溢れる温かなオーラが強くなっていくのを感じた。彼にはそれが、一つに纏まっていくトリシュヴェアの人々を象徴しているかのように感じられた。
◇◇◇
──同刻、ヴェルクリシェス
太古の時代よりも、さらに昔。まだルナリーゼンと名乗っていた時代の名残である神殿にて、赤髪の少女ピュラーは日輪の戦士に想いを馳せていた。
「ユウキ様なら大丈夫……ユウキ様ならセレーネを止められる。絶対、絶対負けない!」
それは、祈りと言うよりかは願望である。ひび割れた空や溢れ出す月輪の力を目撃し、月の巫女セレーネが本格的に動き出した事を察知したのだ。
「ピュラー様。いつどこに月の巫女の創作物が現れるか分かりませんぞ。すぐに避難なさってください」
「オジイうるさい! 私の大好きなユウキ様が戦ってるのに、なんで私が逃げなくちゃいけないのよ!」
ピュラーは、自らの行動に水を差す付き人の老爺を一喝した。だが老爺としては、長老の孫という特別大切な存在には安全な場所に居て欲しいのである。
「それに、バケモノはもう集落のすぐそこまで来てるでしょ? 今更どこへ逃げたって、同じだよ」
「し、しかし──?!」
二人が世界中に轟いた大きな破砕音を聞いたのは、その瞬間であった。音に遅れること数秒、ピュラーはそれまであった冷たさとは対極の力を感じた。
「これって……行くよ、オジイ!」
「ああ、ピュラー様! お待ちください!」
老爺の静止を振り払い、少女は神殿を飛び出した。そこで見たのは、先程までよりも大きく開いた空の穴と、日輪のオーラに包まれた勇ましい少年の姿である。
「やっぱりそうだ! この温かいのは、ユウキ様の!」
「はぁ、はぁ……おや? 以前お会いした時とは姿が異なりますな」
「あれは多分、日輪の戦士の真の姿。日の巫女に選ばれた、本当の救世主だよ……! こうしちゃ居られない!」
興奮したピュラーは居ても立っても居られなくなり、また老爺をおいて走り出す。
神殿の階段を数段ずつ跳んで駆け下り、街の方面へ。
「これ、ピュラー様! どちらへ行かれるのですか?!」
「オジイは休んでても良いよー!」
「そういう訳には参りません! お待ちください!」
一段ずつ下りる老爺を待つことなく、ピュラーは走った。月下香の花畑を横目に見ながら進み続け、倉庫から弓と矢筒を奪取。そのまま物見櫓を登った。
「もう、ここまで来てる……!」
集落の外では既に、槍を持ったヴェルクリシェスの民とバケモノとの戦いが始まっている。
戦況は五分五分、とはお世辞にも言えない。バケモノの死骸よりも倒れている人の方が僅かに多いくらいであった。
「私だって、私だって!」
ピュラーは弓矢を用いて、物見櫓の上からバケモノを射殺していく。彼女の力では数発に一度バケモノを射抜ければ良い方だが、彼女はそれでも満足であった。
「セレーネを絶望させたのは、ルナリーゼンの決まり事。それは、私たち月の──」
「ピュラー様! やっと追いつきましたぞ。こんな所に居ては危険です!」
大きく呼吸を乱しながら、老爺はやっと少女の元へ。ハシゴを上りきり、床にへたり込みながらピュラーに帰宅を促す。
「さあ、帰りましょう。長老様も心配されていますよ!」
「ヤダ、私だって戦うの!」
「ピュラー様、それは大人やユウキ様方にお任せすれば良いではありませんか!」
老爺は必死に説得を試みるが、ピュラーは決して従わなかった。それどころか、彼を無視して再び弓を引き始める。
「そもそもこんな事になったのは、私たち月の民が月長石に頼ったせいでしょ? 月輪の恩恵に依存して、甘い蜜だけ吸って」
少女は老爺に対し、神妙に語る。突如として大人びた様子に変わったピュラーを前にした彼は、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
「月の巫女だなんて言って、誰かに役割を押し付けてさ。まるで神様みたいに崇めてたみたいだけど、それって結局は甘えてるだけじゃん」
「ピュラー様……」
「他の国々は、そんな事せず自分の力で発展した。……これは、この厄災は、私たち月の民のせいで起こったと言っても過言じゃない」
力いっぱい弓を引き、矢を放つ。その一撃は見事にバケモノの顔面を捉えた。
「だから、月の民である私には戦う義務があると思うの」
息を整えた老爺は立ち上がりながら、ピュラーの成長に驚いていた。何年か前まではただのワンパクな子供であったのに、いつの間にここまでの考えを持ったのだろうかと、感慨深く思ったのである。
「月の民の義務、ですか。となると、私も戦わねばなりませんね」
「オジイはオジイなんだから、無理しないの!」
「しかし、私とて月の民です!」
「付き人なんだから傍で私を守ってて! それも立派な戦いでしょ!」
思いもよらないピュラーの回答に、老爺は思わず涙ぐむ。ピュラーは彼の情けない顔を笑ったが、赤ん坊の頃から己の面倒を見てくれている彼に感謝していた。
「さあ、戦うんだから手伝って! 弓と矢の補充、早く早く!」
「突然言われましても! しばしお待ちください!」
ハシゴを降りていく老爺を見送り、少女は再び空を仰いだ。
「ユウキ様……日輪の戦士様……かっこいい~!」
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