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第8章:終幕
巫女の潔白
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◇◇◇
──月の神殿、巫女の間
セレーネが放つ強力な月輪のオーラにより、空間は再び歪む。元より空いていた穴はさらに拡がり、彼女のオーラを世界中に拡散する手伝いをした。
人間はバケモノによって蹂躙される。自身から至宝を奪うなどという愚行を働いた世界が滅び去る。セレーネはその場所で、目標達成はもう目と鼻の先であると高笑いをしていた。
だがそこへ、またしても水を差す存在が現れた。
「女の子の部屋に入るなら、ノックくらいしなよ。デリカシー無さすぎ」
不愉快なほどの眩しさと共に現れたのは、日の巫女に選ばれし者ユウキである。
「性懲りも無く……またやられに来たの?」
「今度は負けない。絶対に、君を止める」
「何バカな事言って……!」
振り返ったセレーネの目に、ユウキの首にかかった三連の日長石の首飾りが目に入った。
「まだ持ってたの? ちょ~面倒臭い」
「世界を壊すなんて止めてくれ……って言ったら、君はどうする?」
「はぁ? じゃあ私の宝を返せって言ったら、返してくれるわけ? 勝手な事ぬかすな!」
セレーネの怒りに合わせて、空間はまた大きく割れた。大穴からは、世界中の景色が見え隠れする。太古の時代のように、世界は闇に包まれようとしていた。
「そう、だよね。ならやっぱり、ここで君を止めるしかない!」
今のままでは説得は困難だと察し、ユウキはオーラを放つ。全快した彼の力は、月長石と一体化したセレーネをも身構えさせるほどのものであった。
「僕は、日の巫女様より選ばれし者。月の巫女セレーネ、邪知暴虐な君を終わらせに来た。覚悟しろ!」
そう言い放ち、ユウキは日輪のオーラを集約して片手剣を創造。それを振り上げながら、猛スピードでセレーネに迫る。彼女もまた剣を創り、ユウキの攻撃を弾き返した。その隙に追撃を試みたセレーネであったが……
「──えっ?」
ユウキは既に次の攻撃を仕掛けていた。
「──サン・プロミネンス!」
ユウキから独立したオーラがセレーネへと迫る。当たってなるものかと、彼女は数歩下がって月輪のオーラによるバリアを生成。プロミネンスとバリアは打ち消し合い、すぐに無となった。
「ふ~ん、思ったよりやるね。それが本物の力ってヤツ?」
余裕を装うセレーネであったが其の実、想像を超えるユウキの力に困惑していた。
初戦では戦力的にも精神的にも優位に立っていたセレーネ。しかし今の彼は別人のように冷静であり、力も増していたのだ。
「まあ、なんでもいいや!」
セレーネは剣を捨て、鎌を生成。軌道を読ませぬ様にジグザグに進んでユウキへと迫り、鎌を振り上げた。
目にも止まらぬ速度の蛇行だが、しかし、ユウキにとってその道中はどうでも良いものであった。
「──サン・フレア!」
「──っ!」
自分を中心に日輪のオーラを爆発させるユウキの攻撃は、攻撃対象が自分に近ければ近いほど当てやすい。
「あっぶな……。人様の部屋で爆発を起こすなんて、頭どうかしてるんじゃないの?」
──ダメか
確実に当たるように狙ったユウキだったが、セレーネはバリアを幾重にも重ねて防いだ。
オーラの温かさが部屋に残留しており、月の巫女はそれを不快に感じた。
「これ以上部屋を荒らされたらたまんないからさ……さっさと終わらせようかなぁ!」
──本気で来る!
セレーネが全身に力を込めると、眩いほどの闇という矛盾を孕んだオーラがその空間に満ち溢れる。それを浴びたユウキは、己の中から力が吸われていくのを感じた。
「あんたさ、私を止めて日の巫女は悪くないよって証明したいんだっけ?」
「……そのつもりだけど」
少年が質問に答えると、セレーネは彼の諦めの悪さを嘲るように笑った。リオと自分は同じだと示したにも関わらず、ユウキはまだ同じ事を言い続けているからだ。
「あんたの想い人と私は同じ。世界から見れば、同じ罪を犯した邪神だよ? それをどうやって、日の巫女だけ潔白だって言い張るわけ?」
話をしながら、互いに一瞬たりとも視線を外さない。気を抜けば一気に押し切られ、死ぬ。その共通認識があるからだ。セレーネは双剣を、ユウキは片手剣を生みだした。
「……君にそう言われてから、ずっと考えていたんだ。月の巫女が悪で、日の巫女が善だと言える根拠をね」
セレーネの突きを右に躱し、ユウキは右手に持った剣を振り上げた。だがセレーネは空中でバク宙してそれを回避した。
彼の腕が元の位置に戻る前に、双剣による追撃を行った。少年はこれを回避するのは困難だと判断し、日輪のオーラによるバリアを生成する。
「で、何かいい理論は出来上がった?!」
バリアがセレーネの攻撃を防いでいる間に、ユウキは体勢を戻した。やがてセレーネのオーラが防壁を打ち消した頃、二人は鍔迫り合いになった。
「うん、おかげさまでね……っ!」
押し合いの最中、セレーネは双剣を捨てて手にオーラを集中させ、ユウキの剣を左手で掴んだ。
空いた右手はオーラを纏った手刀にし、少年の腹目掛けて突き刺す。直前で不意打ちに気が付いた彼はすぐさま同じように片手にオーラを纏わせ、受け止めた。
「そんな訳無くない? 私は悪で日の巫女は善だなんて、そんな馬鹿げたこと!」
「そもそもの考え方が間違ってるんだよ」
両者とも腕の疲労が限界を迎え、互いに一歩下がる。息を整える暇などなく、相手の力に飲まれぬようオーラを高め合う。
日輪と月輪の二つは巫女の間で渦を巻き、互いを打ち消さんとしながら空間の穴より外へ出ていく。
「確かに僕は、君が邪神でリオが善神だと言ったね」
少年の主張に対してセレーネは、月の巫女を邪神とするなら日の巫女も邪神であると返した。その返答が、ユウキを大きく悩ませたのだ。
「でも、よく考えたら違うんだ」
「違う?」
二人は睨み合ったまま、円を描くように歩きながら攻撃の機会を伺っている。
「……僕が、間違っていたよ」
「はぁ? 何それ、意味わかんないんだけど!」
ふとユウキは立ち止まり、セレーネに対して剣の先端を向けた。
彼の顔には月の巫女に対する憎しみや殺意などは浮かんでいない。代わりに謝意や慈悲が見られ、セレーネはただ困惑するばかりであった。
「リオは、邪神なんかじゃない。そして──」
ユウキは導き出した答えについて話しながら、武器を構える。目は力強くセレーネを見つめ、全身からそれまで以上に猛烈な日輪のオーラを放つ。
「月の巫女セレーネ。君もまた、邪神なんかじゃない」
二人の巫女は同じである。それをユウキが否定できなかったのは、現に同じだからだ。
集落に座する公共の存在であるのにも関わらず恋心を抱いてしまい、それが今の厄災を引き起こしている。それは、紛れもない事実なのだ。
片方を否定すれば、もう片方をも否定した事と同義。であれば、両者とも肯定してしまえば良い。それが、少年が矛盾の果てに導き出した答えであった。
「……はぁ? あんたバカなの? お前たちから見たら私は──」
「君は! 君たちは、ただ恋をしただけに過ぎないんだよ!」
彼の語気が強まると共に、日輪のオーラはもはや濁流と化す。
「何を、言って……!」
ユウキは彼女に急接近し、攻撃を繰り返した。セレーネは動揺しており、ただ彼の攻撃を防ぐことで精一杯になっていた。
「君もリオも、生まれながらにして巫女になる事が運命だった。たまたま母親が巫女だっただけで、重い責任を背負わされる。他の子と別に何も変わらないのに!」
果敢に攻めるユウキだが、月の巫女を仕留めるのはそう簡単ではない。息が上がっていることに気が付き、セレーネと距離をとった。
「はぁ、はぁ……そんなの、あんまりじゃないか」
「な、何が言いたいわけ?! ここへ来て私の事言いくるめようとしてんの?」
「君は、ただ一人の女性として恋をしただけ。それを咎めたり罰したりする権利なんか、本当は誰にも無いはずなんだ!」
ユウキが疲れているのだと察したセレーネ。内心を悟られないよう、今度は彼女の方から積極的に攻撃を放った。
「消えろ、消えろ、日の巫女の遣いめ! 私の前から居なくなれ、邪魔するなぁあああ!」
「もう止めるんだ、セレーネ! 悪いのは君でもリオでもないんだよ! 本当に悪いのは──!」
そんなセレーネの腕を掴んで止め、ユウキは彼女の目を見つめた。
「本当に悪いのは、石だ」
「…………は?」
「君やリオに理不尽な役割を与えた存在……太陽神や月神とでも呼ぶべきモノこそ、僕らが憎むべき邪神なんじゃないのかな?」
少年による拘束を逃れ、セレーネは十歩以上の距離を置いた。荒れた呼吸を整えながら、なおも自分を見つめ続けるユウキを睨み返した。
「本当の邪神は……この、力…………?」
数秒遅れてユウキの言葉を理解したセレーネ。
太古の時代から今に至るまで、この世で初めて己を肯定する存在が現れた。その事に彼女は戸惑いを隠せず、ただ立ち尽くすのであった。
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セレーネが放つ強力な月輪のオーラにより、空間は再び歪む。元より空いていた穴はさらに拡がり、彼女のオーラを世界中に拡散する手伝いをした。
人間はバケモノによって蹂躙される。自身から至宝を奪うなどという愚行を働いた世界が滅び去る。セレーネはその場所で、目標達成はもう目と鼻の先であると高笑いをしていた。
だがそこへ、またしても水を差す存在が現れた。
「女の子の部屋に入るなら、ノックくらいしなよ。デリカシー無さすぎ」
不愉快なほどの眩しさと共に現れたのは、日の巫女に選ばれし者ユウキである。
「性懲りも無く……またやられに来たの?」
「今度は負けない。絶対に、君を止める」
「何バカな事言って……!」
振り返ったセレーネの目に、ユウキの首にかかった三連の日長石の首飾りが目に入った。
「まだ持ってたの? ちょ~面倒臭い」
「世界を壊すなんて止めてくれ……って言ったら、君はどうする?」
「はぁ? じゃあ私の宝を返せって言ったら、返してくれるわけ? 勝手な事ぬかすな!」
セレーネの怒りに合わせて、空間はまた大きく割れた。大穴からは、世界中の景色が見え隠れする。太古の時代のように、世界は闇に包まれようとしていた。
「そう、だよね。ならやっぱり、ここで君を止めるしかない!」
今のままでは説得は困難だと察し、ユウキはオーラを放つ。全快した彼の力は、月長石と一体化したセレーネをも身構えさせるほどのものであった。
「僕は、日の巫女様より選ばれし者。月の巫女セレーネ、邪知暴虐な君を終わらせに来た。覚悟しろ!」
そう言い放ち、ユウキは日輪のオーラを集約して片手剣を創造。それを振り上げながら、猛スピードでセレーネに迫る。彼女もまた剣を創り、ユウキの攻撃を弾き返した。その隙に追撃を試みたセレーネであったが……
「──えっ?」
ユウキは既に次の攻撃を仕掛けていた。
「──サン・プロミネンス!」
ユウキから独立したオーラがセレーネへと迫る。当たってなるものかと、彼女は数歩下がって月輪のオーラによるバリアを生成。プロミネンスとバリアは打ち消し合い、すぐに無となった。
「ふ~ん、思ったよりやるね。それが本物の力ってヤツ?」
余裕を装うセレーネであったが其の実、想像を超えるユウキの力に困惑していた。
初戦では戦力的にも精神的にも優位に立っていたセレーネ。しかし今の彼は別人のように冷静であり、力も増していたのだ。
「まあ、なんでもいいや!」
セレーネは剣を捨て、鎌を生成。軌道を読ませぬ様にジグザグに進んでユウキへと迫り、鎌を振り上げた。
目にも止まらぬ速度の蛇行だが、しかし、ユウキにとってその道中はどうでも良いものであった。
「──サン・フレア!」
「──っ!」
自分を中心に日輪のオーラを爆発させるユウキの攻撃は、攻撃対象が自分に近ければ近いほど当てやすい。
「あっぶな……。人様の部屋で爆発を起こすなんて、頭どうかしてるんじゃないの?」
──ダメか
確実に当たるように狙ったユウキだったが、セレーネはバリアを幾重にも重ねて防いだ。
オーラの温かさが部屋に残留しており、月の巫女はそれを不快に感じた。
「これ以上部屋を荒らされたらたまんないからさ……さっさと終わらせようかなぁ!」
──本気で来る!
セレーネが全身に力を込めると、眩いほどの闇という矛盾を孕んだオーラがその空間に満ち溢れる。それを浴びたユウキは、己の中から力が吸われていくのを感じた。
「あんたさ、私を止めて日の巫女は悪くないよって証明したいんだっけ?」
「……そのつもりだけど」
少年が質問に答えると、セレーネは彼の諦めの悪さを嘲るように笑った。リオと自分は同じだと示したにも関わらず、ユウキはまだ同じ事を言い続けているからだ。
「あんたの想い人と私は同じ。世界から見れば、同じ罪を犯した邪神だよ? それをどうやって、日の巫女だけ潔白だって言い張るわけ?」
話をしながら、互いに一瞬たりとも視線を外さない。気を抜けば一気に押し切られ、死ぬ。その共通認識があるからだ。セレーネは双剣を、ユウキは片手剣を生みだした。
「……君にそう言われてから、ずっと考えていたんだ。月の巫女が悪で、日の巫女が善だと言える根拠をね」
セレーネの突きを右に躱し、ユウキは右手に持った剣を振り上げた。だがセレーネは空中でバク宙してそれを回避した。
彼の腕が元の位置に戻る前に、双剣による追撃を行った。少年はこれを回避するのは困難だと判断し、日輪のオーラによるバリアを生成する。
「で、何かいい理論は出来上がった?!」
バリアがセレーネの攻撃を防いでいる間に、ユウキは体勢を戻した。やがてセレーネのオーラが防壁を打ち消した頃、二人は鍔迫り合いになった。
「うん、おかげさまでね……っ!」
押し合いの最中、セレーネは双剣を捨てて手にオーラを集中させ、ユウキの剣を左手で掴んだ。
空いた右手はオーラを纏った手刀にし、少年の腹目掛けて突き刺す。直前で不意打ちに気が付いた彼はすぐさま同じように片手にオーラを纏わせ、受け止めた。
「そんな訳無くない? 私は悪で日の巫女は善だなんて、そんな馬鹿げたこと!」
「そもそもの考え方が間違ってるんだよ」
両者とも腕の疲労が限界を迎え、互いに一歩下がる。息を整える暇などなく、相手の力に飲まれぬようオーラを高め合う。
日輪と月輪の二つは巫女の間で渦を巻き、互いを打ち消さんとしながら空間の穴より外へ出ていく。
「確かに僕は、君が邪神でリオが善神だと言ったね」
少年の主張に対してセレーネは、月の巫女を邪神とするなら日の巫女も邪神であると返した。その返答が、ユウキを大きく悩ませたのだ。
「でも、よく考えたら違うんだ」
「違う?」
二人は睨み合ったまま、円を描くように歩きながら攻撃の機会を伺っている。
「……僕が、間違っていたよ」
「はぁ? 何それ、意味わかんないんだけど!」
ふとユウキは立ち止まり、セレーネに対して剣の先端を向けた。
彼の顔には月の巫女に対する憎しみや殺意などは浮かんでいない。代わりに謝意や慈悲が見られ、セレーネはただ困惑するばかりであった。
「リオは、邪神なんかじゃない。そして──」
ユウキは導き出した答えについて話しながら、武器を構える。目は力強くセレーネを見つめ、全身からそれまで以上に猛烈な日輪のオーラを放つ。
「月の巫女セレーネ。君もまた、邪神なんかじゃない」
二人の巫女は同じである。それをユウキが否定できなかったのは、現に同じだからだ。
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片方を否定すれば、もう片方をも否定した事と同義。であれば、両者とも肯定してしまえば良い。それが、少年が矛盾の果てに導き出した答えであった。
「……はぁ? あんたバカなの? お前たちから見たら私は──」
「君は! 君たちは、ただ恋をしただけに過ぎないんだよ!」
彼の語気が強まると共に、日輪のオーラはもはや濁流と化す。
「何を、言って……!」
ユウキは彼女に急接近し、攻撃を繰り返した。セレーネは動揺しており、ただ彼の攻撃を防ぐことで精一杯になっていた。
「君もリオも、生まれながらにして巫女になる事が運命だった。たまたま母親が巫女だっただけで、重い責任を背負わされる。他の子と別に何も変わらないのに!」
果敢に攻めるユウキだが、月の巫女を仕留めるのはそう簡単ではない。息が上がっていることに気が付き、セレーネと距離をとった。
「はぁ、はぁ……そんなの、あんまりじゃないか」
「な、何が言いたいわけ?! ここへ来て私の事言いくるめようとしてんの?」
「君は、ただ一人の女性として恋をしただけ。それを咎めたり罰したりする権利なんか、本当は誰にも無いはずなんだ!」
ユウキが疲れているのだと察したセレーネ。内心を悟られないよう、今度は彼女の方から積極的に攻撃を放った。
「消えろ、消えろ、日の巫女の遣いめ! 私の前から居なくなれ、邪魔するなぁあああ!」
「もう止めるんだ、セレーネ! 悪いのは君でもリオでもないんだよ! 本当に悪いのは──!」
そんなセレーネの腕を掴んで止め、ユウキは彼女の目を見つめた。
「本当に悪いのは、石だ」
「…………は?」
「君やリオに理不尽な役割を与えた存在……太陽神や月神とでも呼ぶべきモノこそ、僕らが憎むべき邪神なんじゃないのかな?」
少年による拘束を逃れ、セレーネは十歩以上の距離を置いた。荒れた呼吸を整えながら、なおも自分を見つめ続けるユウキを睨み返した。
「本当の邪神は……この、力…………?」
数秒遅れてユウキの言葉を理解したセレーネ。
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