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第7章:開幕
戦士の祈祷
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◇◇◇
──クライヤマ
異形の存在が上げた断末魔により、ユウキは目を覚ました。
「ここは……?」
気絶するように眠った彼は、直前の記憶を探る。多面のバケモノやジュアンと死闘を繰り広げ、力の使い過ぎによって睡魔に襲われたのだと思い出した。しかし、彼が目覚めた場所は彼の記憶とは異なる。
「ここって……食料庫……?」
外の広場で眠ったはずの彼は、かつてクライヤマで食料を保存するのに使われていた倉庫の中で横になっていたのだ。おまけに編んだ藁まで掛けられており、ユウキは少し困惑した。
「あら、目を覚ましたのね。おはよう、ユウキくん」
そこへ、ブライトヒルの騎士アインズが現れた。自分を心配そうに見る彼女の姿を見た事でユウキは、彼女が己を比較的安全なここに運んだのだろうと察する。
「おはようございます……僕、どれくらい眠ってました? 他のお二人は?」
「三十分くらいじゃないかしら。あの二人は大丈夫、襲ってきたバケモノを交代で討伐してるわ」
桜華やタヂカラがまだ戦っていると聞いた彼は、寝ている場合ではないと己を一喝して立ち上がった。体の所々に痛みがあったが、動けないほどではない。
「……日長石、かなり小さくなったわね」
アインズの言葉で思い出し、ユウキは首にかかったそれを手に取った。リオから受け取った当初は拳大ほどの大きさだったが、今や小指の先端ほどしかない。
鎖の破壊や選ばれし者の力による消耗が特に激しいと、ユウキ自身も実感していた。
「そうですね。この残りで、セレーネを止められるかどうか……」
「クライヤマのどこかに無いの?」
日輪の恩恵を賜った集落なのであれば、日長石は沢山あるのではないか。そう問われたユウキは日長石の事を考えてみたが、答えは見つからなかった。だが唯一、あるとすれば、という心当たりだけはある。
「さあ、僕も聞いた事ないです。ただ、日長石があるなら巫女の社だろうと思います」
かつて、歴代の日の巫女が座した社。住民は立ち入りを許されていなかった場所であるため、ユウキは内部の状態を知らない。
「そのお社は遠いの?」
「いえ、すぐそこですよ」
「バケモノがうじゃうじゃしてるけど、行けるかしら……?」
「大丈夫ですよ。人間にすら見つからずに行ってたんですから」
足繁くリオの元に通っていたユウキ。彼にとって、例えバケモノが跳梁跋扈する地であっても、社の訪問は容易な事であった。
「そう。じゃあ、行ってみましょうか」
「はい!」
少年は力強く頷き、倉庫を出た。バケモノに見つからぬよう、大人たちに隠れてリオに会いに行った時のことを思い出しながら、アインズの一歩前を進んだ。
◇◇◇
──巫女の社
周囲の建築物はバケモノの所業によって荒れていたが、巫女の社だけは綺麗なまま残されていた。
「ここです」
「立派な建物ね。お城とは一味違う感じがするわ」
──リオや歴代巫女の力が残ってて、それがバケモノを近寄らせないようにしてるのかな?
バケモノが太陽の力を忌避する事は、ユウキも戦闘で学んでいる。したがってそのような推測をしたが、真偽の程はユウキには分からなかった。
社の中へ入ると、ユウキは罪悪感に襲われた。巫女の社は、入っては行けない場所だと教えられてきた建物だからである。しかし、その教えを考慮すると不自然な物を少年が発見した。
「大勢の足跡……それも、泥足だ」
その数は異様であり、形は様々であった。大きさから考えても、リオの足跡でない事はユウキにも想像できた。そんな想像と共に、クライヤマが終焉を迎えたあの日、ここで何があったのかも理解してしまった。
──リオはここで、大人たちから酷い目に……
ユウキが最後に見たリオは、既にボロボロにされた悲惨な状態であった。彼にとってその光景は、思い出すだけで涙が込み上げてくるものだ。
「こういう所、開けてみてもいいのかしら?」
アインズがそう問いながら示したのは、襖である。
「はい、大丈夫ですよ。もしかしたら、そういう所に日長石があるかもしれませんし」
ユウキもまた、石を探す為にあちらこちらを開いた。だが、目的のものはなかなか見つからない。
「ここは……小道具ね。鈴とか、名前も分からないような物がしまってあるわ」
「きっと、日の巫女が祈祷をするのに使ってたものですね」
「なるほど。確かに、小道具ながら神聖な感じがするものね」
床に倒れていた大幣を壁に立てかけ、ユウキはまた別の場所を見る。だが、見つかるのは替えの巫女服やリオの私物ばかり。日長石の姿は、やはりどこにも見当たらなかった。
「仕方ないですね、諦めましょう」
「了解よ。じゃあ、桜華やタヂカラさんを迎えに行きましょうか」
日長石の追加は諦め、二人は今もなお戦っている仲間の元へ向かうことに。桜華が刀で攻撃を弾く音や、タヂカラの大声が二人の耳に届いている。
それらを頼りに、ユウキとアインズは迷うこと無く目的地へと向かって行った。
◇◇◇
──クライヤマ、広場
ユウキらが到着した頃には、バケモノの屍で小さな山ができていた。それらは下の方から順に、光る粒子に姿を変えて霧散していく。
「あれ、ユウキ殿起きてたんだ」
「調子はどうだ、アニキ」
周囲のバケモノを一掃した二人は、僅かに息をきらしている。
「おかげさまで、なんとか休めました。調子は……良くはないですが」
ユウキは多面のバケモノによって蹴り飛ばされ、瓦礫に衝突している。背中にはまだそのダメージが残っていた。
「ま、立って歩いて喋れるなら上出来でしょ」
辺りを警戒した後、桜華は武器を納めて楽観的に言い放った……その瞬間の事である。
バリバリと、何かが割れるような音が四人の耳に入った。木材の瓦礫などではなく、どちらかと言えばガラスの破砕音に近しいものである。
「なんだろう、これ……」
不安から、ユウキはそう呟きながら周囲を見回す。破砕音は継続的に鳴り続けているが、少年は大量のガラスで作られた建築物に心当たりは無かった。その事が、彼の不安をより一層の大きなものにしている。
「おい、上だ。上を見てくれ」
「あれは……?!」
音の正体を発見したタヂカラに促されて、三人とも視線を上げる。月が近いという異常はすでにあったが、それに加えてもう一つの異常が見られた。
「空が……割れてる?」
空が、空間が、まるでガラスのように割れていた。ヒビは次第に広がっており、割れた場所は穴となっている。穴の中は闇であり、観察は困難であった。
「それにあの黒いモヤ、もしかして月長石の?」
桜華が指さした空の穴から月長石のオーラが溢れ出ている。
「セレーネだ……間違いない、セレーネが何かしてるんですよ!」
「だとすると、早く止めないとマズそうね」
「ああ。だがよ、どうやってセレーネって娘のところまで行くんだ? もう鎖は無えしなあ」
一行は唸りながらセレーネの元へ行く方法を考える。十秒ほどすると、ユウキが口を開いた。
「ちょっと、試しにやってみますね」
少年は目を瞑り、日長石に祈った。次の瞬間、彼は選ばれし者の姿になり、オーラを纏ってパンパンと手を二回打った。
──日輪よ
かつてリオがやっていた祈祷を記憶の限り模倣して、少年は太陽に祈りを捧げた。
──我は日輪の戦士
天候や住民の相談の答えをリオに教えていた様に、自分らの言葉を聞いてくれ、と。
──我らは世界のために、月の巫女セレーネを止めねばならない。日輪よ、我らをセレーネの元へ送り届け給え
すると、ユウキの意識とは無関係にオーラが広がった。オーラはやがてアインズ、桜華、タヂカラを包み込む。一瞬のみ強く光ったかと思うと、四人の足はいつの間にか地面から離れていた。
「うおっ、こいつは?!」
「浮いてる浮いてる! 怖っ! 何これ怖っ!」
次第に高度が上がり、ユウキらは天へと向かっていく。
「うるさいわね、こんな時まで」
「いや、アインズ殿はなんでそんな冷静なのさ。もしかして浮いたことある?」
「あるわけないでしょ?」
浮遊に対する恐怖を紛らわす為、くだらない会話に花を咲かせていると、オーラは更に眩しくなり、やがて外の景色を見る事も困難になった。
──クライヤマ
異形の存在が上げた断末魔により、ユウキは目を覚ました。
「ここは……?」
気絶するように眠った彼は、直前の記憶を探る。多面のバケモノやジュアンと死闘を繰り広げ、力の使い過ぎによって睡魔に襲われたのだと思い出した。しかし、彼が目覚めた場所は彼の記憶とは異なる。
「ここって……食料庫……?」
外の広場で眠ったはずの彼は、かつてクライヤマで食料を保存するのに使われていた倉庫の中で横になっていたのだ。おまけに編んだ藁まで掛けられており、ユウキは少し困惑した。
「あら、目を覚ましたのね。おはよう、ユウキくん」
そこへ、ブライトヒルの騎士アインズが現れた。自分を心配そうに見る彼女の姿を見た事でユウキは、彼女が己を比較的安全なここに運んだのだろうと察する。
「おはようございます……僕、どれくらい眠ってました? 他のお二人は?」
「三十分くらいじゃないかしら。あの二人は大丈夫、襲ってきたバケモノを交代で討伐してるわ」
桜華やタヂカラがまだ戦っていると聞いた彼は、寝ている場合ではないと己を一喝して立ち上がった。体の所々に痛みがあったが、動けないほどではない。
「……日長石、かなり小さくなったわね」
アインズの言葉で思い出し、ユウキは首にかかったそれを手に取った。リオから受け取った当初は拳大ほどの大きさだったが、今や小指の先端ほどしかない。
鎖の破壊や選ばれし者の力による消耗が特に激しいと、ユウキ自身も実感していた。
「そうですね。この残りで、セレーネを止められるかどうか……」
「クライヤマのどこかに無いの?」
日輪の恩恵を賜った集落なのであれば、日長石は沢山あるのではないか。そう問われたユウキは日長石の事を考えてみたが、答えは見つからなかった。だが唯一、あるとすれば、という心当たりだけはある。
「さあ、僕も聞いた事ないです。ただ、日長石があるなら巫女の社だろうと思います」
かつて、歴代の日の巫女が座した社。住民は立ち入りを許されていなかった場所であるため、ユウキは内部の状態を知らない。
「そのお社は遠いの?」
「いえ、すぐそこですよ」
「バケモノがうじゃうじゃしてるけど、行けるかしら……?」
「大丈夫ですよ。人間にすら見つからずに行ってたんですから」
足繁くリオの元に通っていたユウキ。彼にとって、例えバケモノが跳梁跋扈する地であっても、社の訪問は容易な事であった。
「そう。じゃあ、行ってみましょうか」
「はい!」
少年は力強く頷き、倉庫を出た。バケモノに見つからぬよう、大人たちに隠れてリオに会いに行った時のことを思い出しながら、アインズの一歩前を進んだ。
◇◇◇
──巫女の社
周囲の建築物はバケモノの所業によって荒れていたが、巫女の社だけは綺麗なまま残されていた。
「ここです」
「立派な建物ね。お城とは一味違う感じがするわ」
──リオや歴代巫女の力が残ってて、それがバケモノを近寄らせないようにしてるのかな?
バケモノが太陽の力を忌避する事は、ユウキも戦闘で学んでいる。したがってそのような推測をしたが、真偽の程はユウキには分からなかった。
社の中へ入ると、ユウキは罪悪感に襲われた。巫女の社は、入っては行けない場所だと教えられてきた建物だからである。しかし、その教えを考慮すると不自然な物を少年が発見した。
「大勢の足跡……それも、泥足だ」
その数は異様であり、形は様々であった。大きさから考えても、リオの足跡でない事はユウキにも想像できた。そんな想像と共に、クライヤマが終焉を迎えたあの日、ここで何があったのかも理解してしまった。
──リオはここで、大人たちから酷い目に……
ユウキが最後に見たリオは、既にボロボロにされた悲惨な状態であった。彼にとってその光景は、思い出すだけで涙が込み上げてくるものだ。
「こういう所、開けてみてもいいのかしら?」
アインズがそう問いながら示したのは、襖である。
「はい、大丈夫ですよ。もしかしたら、そういう所に日長石があるかもしれませんし」
ユウキもまた、石を探す為にあちらこちらを開いた。だが、目的のものはなかなか見つからない。
「ここは……小道具ね。鈴とか、名前も分からないような物がしまってあるわ」
「きっと、日の巫女が祈祷をするのに使ってたものですね」
「なるほど。確かに、小道具ながら神聖な感じがするものね」
床に倒れていた大幣を壁に立てかけ、ユウキはまた別の場所を見る。だが、見つかるのは替えの巫女服やリオの私物ばかり。日長石の姿は、やはりどこにも見当たらなかった。
「仕方ないですね、諦めましょう」
「了解よ。じゃあ、桜華やタヂカラさんを迎えに行きましょうか」
日長石の追加は諦め、二人は今もなお戦っている仲間の元へ向かうことに。桜華が刀で攻撃を弾く音や、タヂカラの大声が二人の耳に届いている。
それらを頼りに、ユウキとアインズは迷うこと無く目的地へと向かって行った。
◇◇◇
──クライヤマ、広場
ユウキらが到着した頃には、バケモノの屍で小さな山ができていた。それらは下の方から順に、光る粒子に姿を変えて霧散していく。
「あれ、ユウキ殿起きてたんだ」
「調子はどうだ、アニキ」
周囲のバケモノを一掃した二人は、僅かに息をきらしている。
「おかげさまで、なんとか休めました。調子は……良くはないですが」
ユウキは多面のバケモノによって蹴り飛ばされ、瓦礫に衝突している。背中にはまだそのダメージが残っていた。
「ま、立って歩いて喋れるなら上出来でしょ」
辺りを警戒した後、桜華は武器を納めて楽観的に言い放った……その瞬間の事である。
バリバリと、何かが割れるような音が四人の耳に入った。木材の瓦礫などではなく、どちらかと言えばガラスの破砕音に近しいものである。
「なんだろう、これ……」
不安から、ユウキはそう呟きながら周囲を見回す。破砕音は継続的に鳴り続けているが、少年は大量のガラスで作られた建築物に心当たりは無かった。その事が、彼の不安をより一層の大きなものにしている。
「おい、上だ。上を見てくれ」
「あれは……?!」
音の正体を発見したタヂカラに促されて、三人とも視線を上げる。月が近いという異常はすでにあったが、それに加えてもう一つの異常が見られた。
「空が……割れてる?」
空が、空間が、まるでガラスのように割れていた。ヒビは次第に広がっており、割れた場所は穴となっている。穴の中は闇であり、観察は困難であった。
「それにあの黒いモヤ、もしかして月長石の?」
桜華が指さした空の穴から月長石のオーラが溢れ出ている。
「セレーネだ……間違いない、セレーネが何かしてるんですよ!」
「だとすると、早く止めないとマズそうね」
「ああ。だがよ、どうやってセレーネって娘のところまで行くんだ? もう鎖は無えしなあ」
一行は唸りながらセレーネの元へ行く方法を考える。十秒ほどすると、ユウキが口を開いた。
「ちょっと、試しにやってみますね」
少年は目を瞑り、日長石に祈った。次の瞬間、彼は選ばれし者の姿になり、オーラを纏ってパンパンと手を二回打った。
──日輪よ
かつてリオがやっていた祈祷を記憶の限り模倣して、少年は太陽に祈りを捧げた。
──我は日輪の戦士
天候や住民の相談の答えをリオに教えていた様に、自分らの言葉を聞いてくれ、と。
──我らは世界のために、月の巫女セレーネを止めねばならない。日輪よ、我らをセレーネの元へ送り届け給え
すると、ユウキの意識とは無関係にオーラが広がった。オーラはやがてアインズ、桜華、タヂカラを包み込む。一瞬のみ強く光ったかと思うと、四人の足はいつの間にか地面から離れていた。
「うおっ、こいつは?!」
「浮いてる浮いてる! 怖っ! 何これ怖っ!」
次第に高度が上がり、ユウキらは天へと向かっていく。
「うるさいわね、こんな時まで」
「いや、アインズ殿はなんでそんな冷静なのさ。もしかして浮いたことある?」
「あるわけないでしょ?」
浮遊に対する恐怖を紛らわす為、くだらない会話に花を咲かせていると、オーラは更に眩しくなり、やがて外の景色を見る事も困難になった。
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