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第7章:開幕
遺された巫女
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◇◇◇
──月の神殿、巫女の間
玉座の上であぐらをかきながら、セレーネはとめどなく流れ込む不快感の為に胸を押さえていた。
「キモい、キモイよこの感覚……!」
自身の力を用いてクライヤマの様子を覗き見ていたセレーネは、怒りと焦りと恐怖を同時に感じていた。鎖の守護者をも超えるであろう強力な多面のバケモノが、ユウキによっていとも容易く葬られた為である。
かのバケモノは旅の一行を確実に追い詰めていた。あのままならバケモノは勝っていた。間違いなく、セレーネに届き得る可能性を秘めたユウキを殺していた。
それなのに、ユウキは目覚めてしまったのだ。まだ片鱗を見せただけだった彼は、その戦いにて真に選ばれし者として己の力を引き出してしまったのである。
「私のところまでオーラが届くなんて……。選ばれし者……本物……マジでキモい!」
昂ったセレーネの右手から、月長石のオーラが溢れ出る。それを怒りに任せて叩きつけると、打撃を受けた肘掛は粉砕され、小石となってパラパラと床に零れた。
「そうだ、ジュアン。ジュアンはどうなったかな?」
クライヤマに来るであろうユウキらを迎え撃て。自らの遣いにそう命じた事を思い出し、再び集落の様子を見た。
もしかしたらと淡い期待を抱いていたが、その期待はすぐに打ち砕かれた。セレーネの目に映ったのは、ほとんどバケモノと化した少年の無惨な姿であった。
「侵食されてる……。力に耐えきれなかったんだね。はぁ……」
ため息をついて、姿勢を変えた。あぐらをかいていた脚は座面から降ろし、右膝を立てる。そこに右腕を乗せ、低い声で呟いた。
「──使えな」
ふと、不快なオーラを感じなくなったセレーネ。戦場の様子を再度確認すると、もうジュアンの姿は無かった。それに、先程まで在ったはずの鎖が見えない。
加えて、ユウキの姿が元の少年のそれに戻っていた。動く様子は見られないが、よく観察すると息はあるようだった。ユウキとジュアンは、ほとんど相討ちに等しかったのである。だが、セレーネは安心も満足もしなかった。
「殺して来いって言ったじゃん! 何度も何度も失敗して、私の力まで分けてやったのに!」
セレーネの怒り。その根源にあるのは、未だに消えない恐怖である。かつて太古の時代に現れた日の巫女に選ばれし者は、全盛期のセレーネの力をもってしても抑えられなかった。必死に抵抗した彼女を、選ばれし者はほとんど涼しい顔のまま相殺、封印したのだ。
「……会いたくない。二度とあんなのと会いたくない」
このままユウキと対峙すれば、また恐ろしい目に遭うかもしれない。それも、今度は封印では済まないだろうと予想した。
かつては、セレーネと対になる日の巫女が存命であった。故に、セレーネに対しては封印という策が講じられた。太陽が強くても、月が強くてもいけない。均衡を保つ事が必要だからだ。
しかし、現代では違う。日の巫女は死んだ。ならば均衡の為には、セレーネもまた死ななければならないのだ。
「なんで、なんで何もかも、思い通りにならないの……?」
救いたいと願った命を救えず。死にたいと思った時に死ねず。にもかかわらず、生きる目的が出来た途端に死が迫り来る。
ルナリーゼンを導く月の巫女でありながら、私利私欲に溺れたセレーネ。月長石は、そんな彼女を永劫に罰し続けているのだ。
「怖いよ……。助けて。手を握って。そばに居て。ねえ、ジュアンお願い。お願いだから、私を独りにしないでよ……!」
涙を流しては黒い羽衣で拭い、また流した。繰り返している内に少し冷静になったセレーネは、こんな所で泣いている場合ではないと気付いた。
最後の鎖が無くなったのだ。月は次第に元の位置に戻って行くだろう。そうなれば、バケモノは新たに誕生しなくなる。自身の大いなる目的である世界の破壊の達成は、このままでは遠のく一方だ。
「……やってやる。私は負けない。罰にも、選ばれし者にも!」
泣いていたかと思えば、今度は強く決心して立ち上がった。巫女の間の入口付近に台座がある。ジュアンが帰還するのに使っていた装置だ。
ユウキに敗北した彼の行方はセレーネにも分からないが、何にせよ、もう使うことも無いだろう。そんな考えのもと、セレーネは装置から月長石を取り外した。
鎖の核となっていた石に比べると小物だが、無いよりは良いだろう。彼女はそれを、何の躊躇いもなく飲み込んだ。
「うっ、うぐぅ!」
石が喉を痛めつけたが、これしきの苦痛で揺らぐようなぬるい決意ではない。僅かだが、セレーネは自分の力が増したように感じた。
「よし。これで、少しは昔の私より強くなれたかも。だとすると、次にやるべきことは──」
巫女の間を出て、足早に神殿の外へと向かう。神殿は既にほとんどが崩壊しており、彼女が座す建造物とその下の踊り場以外は全て奈落へ消えた。
もともと殺風景だった神殿は、更にその寂しさを増している。最上フロアの中央には、何も置かれていない台座がある。セレーネはそこへひょいと飛び乗り、自身が持つ力を解放する。
「──はああああああ!」
月長石のオーラが激しく放たれ、周囲の空間さえも揺さぶった。オーラと空気が激しく衝突し、火花や稲妻、轟音を発生させる。黒い羽衣は風になびき、バタバタと激しい音を立てた。
「ふふふ、あはははは! これこれ、この感じ! 世界はまた私の色に染まっていく。私の子分たちが蹂躙を始める。終われ、終われ! 終わらせてやる! きゃはははは!」
セレーネがさらにオーラを強くすると、揺れていた空間はその歪みに耐えられなくなり、穴ができた。
穴は次々と出現し、そこから彼女の力が世界に拡散していく。その光景を面白く感じ、彼女はひたすら高笑いを続けいてた。
先程感じていた恐怖を誤魔化すかのように、人々の死にゆく姿を想像して無理に笑ったのだ。背後に、あるはずのない気配を感じるまで──。
──月の神殿、巫女の間
玉座の上であぐらをかきながら、セレーネはとめどなく流れ込む不快感の為に胸を押さえていた。
「キモい、キモイよこの感覚……!」
自身の力を用いてクライヤマの様子を覗き見ていたセレーネは、怒りと焦りと恐怖を同時に感じていた。鎖の守護者をも超えるであろう強力な多面のバケモノが、ユウキによっていとも容易く葬られた為である。
かのバケモノは旅の一行を確実に追い詰めていた。あのままならバケモノは勝っていた。間違いなく、セレーネに届き得る可能性を秘めたユウキを殺していた。
それなのに、ユウキは目覚めてしまったのだ。まだ片鱗を見せただけだった彼は、その戦いにて真に選ばれし者として己の力を引き出してしまったのである。
「私のところまでオーラが届くなんて……。選ばれし者……本物……マジでキモい!」
昂ったセレーネの右手から、月長石のオーラが溢れ出る。それを怒りに任せて叩きつけると、打撃を受けた肘掛は粉砕され、小石となってパラパラと床に零れた。
「そうだ、ジュアン。ジュアンはどうなったかな?」
クライヤマに来るであろうユウキらを迎え撃て。自らの遣いにそう命じた事を思い出し、再び集落の様子を見た。
もしかしたらと淡い期待を抱いていたが、その期待はすぐに打ち砕かれた。セレーネの目に映ったのは、ほとんどバケモノと化した少年の無惨な姿であった。
「侵食されてる……。力に耐えきれなかったんだね。はぁ……」
ため息をついて、姿勢を変えた。あぐらをかいていた脚は座面から降ろし、右膝を立てる。そこに右腕を乗せ、低い声で呟いた。
「──使えな」
ふと、不快なオーラを感じなくなったセレーネ。戦場の様子を再度確認すると、もうジュアンの姿は無かった。それに、先程まで在ったはずの鎖が見えない。
加えて、ユウキの姿が元の少年のそれに戻っていた。動く様子は見られないが、よく観察すると息はあるようだった。ユウキとジュアンは、ほとんど相討ちに等しかったのである。だが、セレーネは安心も満足もしなかった。
「殺して来いって言ったじゃん! 何度も何度も失敗して、私の力まで分けてやったのに!」
セレーネの怒り。その根源にあるのは、未だに消えない恐怖である。かつて太古の時代に現れた日の巫女に選ばれし者は、全盛期のセレーネの力をもってしても抑えられなかった。必死に抵抗した彼女を、選ばれし者はほとんど涼しい顔のまま相殺、封印したのだ。
「……会いたくない。二度とあんなのと会いたくない」
このままユウキと対峙すれば、また恐ろしい目に遭うかもしれない。それも、今度は封印では済まないだろうと予想した。
かつては、セレーネと対になる日の巫女が存命であった。故に、セレーネに対しては封印という策が講じられた。太陽が強くても、月が強くてもいけない。均衡を保つ事が必要だからだ。
しかし、現代では違う。日の巫女は死んだ。ならば均衡の為には、セレーネもまた死ななければならないのだ。
「なんで、なんで何もかも、思い通りにならないの……?」
救いたいと願った命を救えず。死にたいと思った時に死ねず。にもかかわらず、生きる目的が出来た途端に死が迫り来る。
ルナリーゼンを導く月の巫女でありながら、私利私欲に溺れたセレーネ。月長石は、そんな彼女を永劫に罰し続けているのだ。
「怖いよ……。助けて。手を握って。そばに居て。ねえ、ジュアンお願い。お願いだから、私を独りにしないでよ……!」
涙を流しては黒い羽衣で拭い、また流した。繰り返している内に少し冷静になったセレーネは、こんな所で泣いている場合ではないと気付いた。
最後の鎖が無くなったのだ。月は次第に元の位置に戻って行くだろう。そうなれば、バケモノは新たに誕生しなくなる。自身の大いなる目的である世界の破壊の達成は、このままでは遠のく一方だ。
「……やってやる。私は負けない。罰にも、選ばれし者にも!」
泣いていたかと思えば、今度は強く決心して立ち上がった。巫女の間の入口付近に台座がある。ジュアンが帰還するのに使っていた装置だ。
ユウキに敗北した彼の行方はセレーネにも分からないが、何にせよ、もう使うことも無いだろう。そんな考えのもと、セレーネは装置から月長石を取り外した。
鎖の核となっていた石に比べると小物だが、無いよりは良いだろう。彼女はそれを、何の躊躇いもなく飲み込んだ。
「うっ、うぐぅ!」
石が喉を痛めつけたが、これしきの苦痛で揺らぐようなぬるい決意ではない。僅かだが、セレーネは自分の力が増したように感じた。
「よし。これで、少しは昔の私より強くなれたかも。だとすると、次にやるべきことは──」
巫女の間を出て、足早に神殿の外へと向かう。神殿は既にほとんどが崩壊しており、彼女が座す建造物とその下の踊り場以外は全て奈落へ消えた。
もともと殺風景だった神殿は、更にその寂しさを増している。最上フロアの中央には、何も置かれていない台座がある。セレーネはそこへひょいと飛び乗り、自身が持つ力を解放する。
「──はああああああ!」
月長石のオーラが激しく放たれ、周囲の空間さえも揺さぶった。オーラと空気が激しく衝突し、火花や稲妻、轟音を発生させる。黒い羽衣は風になびき、バタバタと激しい音を立てた。
「ふふふ、あはははは! これこれ、この感じ! 世界はまた私の色に染まっていく。私の子分たちが蹂躙を始める。終われ、終われ! 終わらせてやる! きゃはははは!」
セレーネがさらにオーラを強くすると、揺れていた空間はその歪みに耐えられなくなり、穴ができた。
穴は次々と出現し、そこから彼女の力が世界に拡散していく。その光景を面白く感じ、彼女はひたすら高笑いを続けいてた。
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