天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第7章:開幕

真の再臨

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 バケモノが真っ先に殺意を向けたのは、ユウキであった。少年に対して左右の太刀を交互に振るう。サン・フラメンを受けた事により、己にとって最も厄介なのはこの少年だと判断したのだ。

──やっぱり、力を見せると執拗に狙ってくる……待てよ、コレなら!

 敢えて攻撃を受けながら一歩、また一歩と後退して行く。その方面には、少年の身長より少し低い程度の高さで折れた木がある。先程、草むらに突っ込んだ際に発見したものだ。

《グガ! グガ! グギガァ!》

 さらに後退を続けていると、その折れた木がユウキの背中に当たった。

──左手の太刀は横に、右手の太刀は縦に振る。それがコイツの癖みたいだ。ならっ!

 左手の水平斬りが引っ込んだ、数刹那後。右手の垂直斬りがユウキの脳天に迫る。

「ここだ!」

 防御姿勢のまま膝を曲げ、頭を下げた。バケモノは、勝ち誇りながら彼を切り裂かんとする。

《グッ?!》

 だが、太刀はユウキを斬る事なく止まってしまう。刀身が、彼のすぐ背後にあった折れた木に捕らわれたためである。

「くらえ、サン・フラメン!」

 ユウキは追撃を貰わぬよう左に回避し、中距離から詰めるようにして攻撃を放った。

「三本目も落としてやる!」

 木から太刀を抜こうとしているバケモノ。その右腕の肘と肩の間にサン・フラメンを叩き込み、一気に振り抜いた。アインズや桜華の攻撃を通さない肉体だが、太陽の力は容易にそれを裂く。

《グギャアアアアアア!》

「おっと!」

 またしても腕を失ったバケモノは、残り一本の腕で太刀を振り回す。無理矢理な攻撃は、必ず隙を生じる。そう冷静に考え、ユウキはその時を待った。

《グガ!!》

──まだだ

《ブギグギグ!》

──まだ

《ガガガ!》

「そこ!」

 バケモノが大振りな斬り上げ攻撃を放った。無茶に動いたせいで太刀の重さに引っ張られ、ユウキを睨んでいた視線が外れる。

「それ、もう一発!!」

 再びサン・フラメンを使い、力いっぱい敵を斬りつける。不快な力を叩き込まれたが為に、バケモノはそれまでで最も悲痛な叫び声を上げた。

 胴体から大腿にかけて大きな傷ができ、堪らず大きく下がった。だがその進路に、タヂカラが割り込んだ。

「アインズの嬢ちゃん、剣を貸してくれ!」

「ええ!」

 アインズから武器を受け取り、タヂカラは真っ赤なオーラを強く放ちながら追撃。

《ググ!?》

 ユウキが与えた程のダメージにはならなかったが、敵を怯ませるには十分な威力を発揮した。

「はぁ、はぁ、そろそろ終わってよ……」

 連続で動いた為、ユウキの体力は大きく消耗していた。力を続けて使用したタヂカラも同様であり、その場に膝をついている。

《グググ……グガ! グガガガガガガ!》

「今度は、何だっていうんだ?」

 咆哮して地面に太刀を突き刺したかと思うと、バケモノは足を強く地面に叩きつけた。その衝撃は大きく、四人の姿勢は容易く崩される。

 同時に、バケモノの近くにあった土が舞い上がり、空中で三つの塊を作った。不定形だった塊は、やがてヒトに近い形を作っていく。

 その全てが子供程の背丈をした小鬼となった。バケモノと同じく、ユウキらに敵意を向けている。

「み、みんな、気を付けてください!」

 小鬼共は鋭い爪を持っており、それを武器としてアインズ、桜華、タヂカラにそれぞれ襲いかかった。

「くっ、ヤケに強いわね!?」

 タヂカラから返却された剣で応戦するアインズだが、小鬼の細かい動きに苦戦する。

「ちょい、このガキンチョ!」

「ちょこまか動き回りやがって!」

 二人も小鬼に翻弄されるばかりである。その間に本体のバケモノは息を整え、ユウキを睨んだ。先程と比べると冷静さを取り戻しており、太刀を当てずっぽうに振り回すなどはしていない。

《グギャア……グギ!》

──来た!

 残った左手で太刀を持ち、バケモノはユウキの居る方へと走る。

「サン・プロミネンス!」

 炎を飛ばすが、バケモノはそれをステップで容易に回避。太刀を水平向きにし、少年を真っ二つにしようと急接近する。間髪入れず、太刀が振られる。

「見え見えだよ!」

 そう言い、ユウキは垂直に立てた剣で太刀を受け止める。だが……

──え? 攻撃が軽い……?

《グガガァ……ガッ!》

一撃目の水平はフェイントであり、困惑した少年に対して反対回りの二撃目が放たれた。

「ぐああっ?!」

 二撃目の攻撃にはバケモノの体重が全て乗っており、消耗していたユウキには受け止めることが出来なかった。少年は振り払いの力に耐えられず、そのまま後方に飛ばされてしまう。

「ユウキくん! くっ、邪魔しないで!」

 ユウキを助けに向かおうと試みるアインズだが、小鬼の攻撃が激しくその場から動く事が出来なかった。桜華やタヂカラもまた、同じ状況である。

──ああ、まずい……。意識、が…………

目眩に抗えず、ユウキの視界は一瞬にして暗転した。

◇◇◇

 なんとか目を開けると、ユウキは己が暗い場所に立っているのだと気付いた。いつか、トリシュヴェアの渓谷で見たものと同じである。

「僕は……ん?」

 前には何も無く、何も見えない。しかし、後ろからは何者かの気配を感じた。

「アインズさん、桜華さん、タヂカラさん! あのバケモノは──え?」

 旅の仲間が居る。そう思って振り向いたユウキの目に映ったのは、彼らではない。

 かつてクライヤマに座した信仰対象。愛おしき少女、リオであった。彼女は汚れひとつ無い綺麗な巫女服に身を包み、何も言わず笑顔で立っている。

「リオ……」

──ここまで戻ってきてくれてありがとう、ユウキ

「……っ!!」

 リオの口が動いたようには見えなかった。だが、ユウキは確かに彼女の声を聞いた。耳からではなく、頭の中に直接響くような印象であった。見ると、リオはユウキに向かって右手を出している。

「こう?」

ユウキはその手を握り、問うた。

──うん

「……暖かい。何かが、流れ込んでくるみたいだよ」

 少し経つと、ユウキの首にかかった日長石が強く輝き始めた。彼はそれを見て、リオから伝わって来ているのが太陽の力であると察する。すると、己の力が次第に増していると感じるようになった。

「……すごい。これが、君の持っている力なんだね」

 それまで己が行使してきた力とは、根本的に次元が違うと、そう感じられた。

「ありがとう、リオ──?! リ、リオ?」

 手を離したかと思うと、リオはユウキに抱き着いた。一人で抱え、抑圧し続けてきた恋慕を解放するかのように。これ以上の好機は無いと考え、少年は静かに口を開いた。

「……リオ。僕は、昔から……君の事が好きなんだ。それを、ずっと伝えたかった」

 想いを伝えると、リオの抱き着く力が少し強くなった。

──ふふっ。ありがとう、ユウキ。私もだよ

 ユウキも彼女に倣い、リオの体に手を回す。少年にとってはこの上無い幸福な時間だが、そう長続きはしなかった。リオの体が輝き始め、やがて日長石のオーラと化した。

「リオ……っ!」

 オーラは少しの間、宙を鳥のように舞った。その後、ユウキの中へと吸い込まれていく。さらに暖かいものを感じた少年は、目を瞑って深呼吸をひとつ。

「はああああっ!」

 雄叫びを上げると、ユウキの姿が変化した。髪が逆立って、様々な暖色に不規則に変わる。まるで太陽そのものであるかのように、オーラが全身から放たれていた。

◇◇◇

 その輝きを受けて、暗かった景色はクライヤマに戻る。月影によって夜と錯覚するほどだったが、ユウキの周囲だけは昼ほどに明るい。

《グギャ……?!》

 気を失っていたユウキに太刀を突き刺そうと、バケモノは突進をしていた。しかし、少年の変化を見て動きを止める。

「……やるじゃない、ユウキくん」

「すご、ユウキ殿……何これ!」

「さすがだぜ、アニキ!」

 仲間による賞賛と自分の変化を見て、ユウキは悟った。

 月の巫女セレーネに対抗し得る存在、日の巫女に選ばれし者が、今この地に、真に再臨したのだという事を──。
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