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第7章:開幕
頂の集落・クライヤマ
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◇◇◇
──翌日。
ユウキら旅の一行は、日が昇って間も無い時間にブライトヒルを発った。
向かう方角は王国より東。目指すは、かつて日の巫女が座し、人々が平穏に暮らしていた集落だ。
しかし、もうその姿は見られない。天より落ちた月が巨大な影を作り、山の頂をバケモノの巣窟──地獄そのものに変貌させた為である。
「クライヤマ、か。僕は…………」
だんだんと峰との距離が縮まっていく。出がけには緑色の塊にしか見えなかった山。しかし、時が進んで昼を迎えようとしている今では、木々の一本一本がよく少年の目に映っている。
「気を落とすな、とは言わないけどさ」
窓から景色を見て故郷の名前を弱く呟いたユウキを心配し、桜華が声をかけた。
「故郷に帰るんだし、もう少し笑ってあげれば? リオ殿だって、ユウキ殿に落ちてほしいなんて思ってないだろうし」
「そうだぜ、アニキ!」
桜華に続いて、馬車と並走する重種の馬に乗った大男タヂカラも慰めを口にする。
「アニキはその子の為に、必死に戦ってきた。その成果を誇ろうじゃねぇか!」
「みなさん……」
ユウキの顔に少し笑みが戻ると、前屈みになっていた桜華は背もたれに寄りかかった。
「ユウキくん。クライヤマの生活で、楽しかった事もあるでしょう? よかったら、その話を聞かせて欲しいわ」
旅のメンバーは皆、クライヤマで起きた惨状ばかりをユウキの口から聞いた。平和な時の思い出は、ほとんど語られていなかったのだ。
──みんな、僕の気を紛らわそうとしてくれてるのか……
仲間の意図を察した少年は、生活の記憶を回想する。最後が極端に絶望的だっただけで、ユウキの人生全てが悪夢というわけではない。
「……リオが巫女になる前、僕らはよく集落内を走り回って遊んでいました。一番覚えているのは、かくれんぼですかね」
楽しかった事を聞かれて真っ先にリオの話をしている自分に気付き、ユウキは少し顔が熱くなるのを感じた。
「ずるいんですよ、あの子。占いの力を使って僕の隠れた場所をすぐに見つけるんです。ああそれから、リオは虫が苦手で、いつも大袈裟にビックリするんですよ」
彼女の事を話すユウキの顔は、ほんの少し前まで落ち込んでいた者のそれとは思えないほど明るい。
「そのくせ、なぜか林の中に隠れるんです。それで泣くほど驚いて、隠れてた場所から飛び出して……」
思い出を掘り返しながら、自分はいつからリオに好意を寄せ始めたのだろうと考えた。が、明確なタイミングを思い出すことはできずにいた。
仲のいい幼馴みとして遊んでいたら、いつの間にか意識していた。そんな、朧気な記憶だけが残っているのだ。
「……すみません、リオの話ばっかりで」
「いいじゃんいいじゃん。羨ましいなぁ。私なんか、ユウキ殿くらいの時は獄中だからね」
「獄中?! 嬢ちゃん、あんたいったい何やったんだ?!」
まだ桜華の過去を知らなかったタヂカラは、彼女から出た獄中という言葉に、大きな声で驚いた。
「え~っとね……そう、かわい過ぎて──」
「盗みでしょ」
「だーっ!! 勝手に言った! あの女騎士、勝手に言ったよ!」
「……不良少女ってやつか。なんか、分かるような気がするな」
「え、失礼すぎない?」
大騒ぎする仲間を見て、ユウキは自身の不安な気持ちがバカバカしくなった。帰郷と最終決戦という大きな緊張が、一瞬にして消し飛んだのである。
その事に内心で感謝しながら、ユウキも騒ぎに参加する。その様子はさながら、遊びに出た集団のようであった。
◇◇◇
──クライヤマ
無数の木々が立ち並び、周囲は月の影によって夕方かと錯覚するほど暗い。一行は馬車を降り、獣道へと足を踏み入れた。
「前に第一部隊が登った痕が残ってるわね。これを使いましょう」
急行したアインズらによって踏み均され、周囲に比べれば多少は歩きやすい道ができている。
──とは言っても、楽に登れるものじゃないよね
「本気でこれ登るの? 近道とか無いわけ?」
集落の住民であれば楽な道を知っているのではないだろうか。その意図で桜華はユウキに目線を送る。だが、彼は首を横に振った。
「……集落から出た事がないので、道は僕も分からないです」
「だそうよ。観念して登る事ね」
「は~い」
目の前にそびえる峰に絶望しながらも、四人は一歩一歩確実にクライヤマへ向かって進む。休憩と戦闘を交えながら歩むこと、二時間強。
「着きました。ここが、クライヤマです」
ユウキがそう言って指さす方向に、崩れた木造の建築物がある。その場所を境に人工物が多く見られるようになり、荒れ放題だった山道は舗装されたものへと変わっていく。
「……荒れ放題だな」
「前に来た時よりも、かなり酷い事になってるわね」
折れた柱は雨風に晒されてあっという間に朽ち、建物の自重を支えられずに崩れる。その下敷きにされた生活の痕跡が、凄惨さをより強調している。
「畑……。あそこの手伝いも、よくやってましたよ。もうこの有り様ですけど」
月によって日光が遮られ、集落の食を支えていた畑は死に絶えている。虫や鳥などの生命も極端に減り、感じられるのは異形の存在のみである。
「これは……」
想像の何倍も悲惨な現場であり、桜華はユウキにかけるべき言葉を見つけられずにいる。
ユウキはユウキで、記憶の中の故郷と目の前の現実の乖離が大き過ぎる為に、ここは本当にクライヤマなのだろうかと混乱するばかりであった。
「鎖はもうすぐそこみたいね」
「この林を抜けると、集落で一番大きい広場があります。たぶん、そこに刺さっているんじゃないかと」
襲い来るバケモノと一緒に、細い木々もなぎ倒される。戦いの爪痕を残しながら生気の無い林を抜けると、ユウキの言葉通り広場に出た。
「……居ますね、デカいのが」
鎖には触れさせない。そう言わんばかりに、屈強なバケモノが鎖の周囲を徘徊している。
──月長石を壊す為には、奴との接触は避けられないか
──なるべく消耗は抑えたいけど……仕方ない
守護者との戦いが控えている。加えて、ジュアンやセレーネがユウキらの目的を阻んで来るであろう事は、その場の誰もが容易に想像できた。
「どうすんだ?」
「どうするったって、やるしかないでしょ。ねぇ、アインズ殿?」
「……そうね。一気に終わらせましょう!」
彼女の宣言を合図に、四人は林から飛び出す。その気配に気付いたバケモノが、唸るような低い声で咆哮をひとつ。
それは、第一の前哨戦が始まった事を告げているようであった。
──翌日。
ユウキら旅の一行は、日が昇って間も無い時間にブライトヒルを発った。
向かう方角は王国より東。目指すは、かつて日の巫女が座し、人々が平穏に暮らしていた集落だ。
しかし、もうその姿は見られない。天より落ちた月が巨大な影を作り、山の頂をバケモノの巣窟──地獄そのものに変貌させた為である。
「クライヤマ、か。僕は…………」
だんだんと峰との距離が縮まっていく。出がけには緑色の塊にしか見えなかった山。しかし、時が進んで昼を迎えようとしている今では、木々の一本一本がよく少年の目に映っている。
「気を落とすな、とは言わないけどさ」
窓から景色を見て故郷の名前を弱く呟いたユウキを心配し、桜華が声をかけた。
「故郷に帰るんだし、もう少し笑ってあげれば? リオ殿だって、ユウキ殿に落ちてほしいなんて思ってないだろうし」
「そうだぜ、アニキ!」
桜華に続いて、馬車と並走する重種の馬に乗った大男タヂカラも慰めを口にする。
「アニキはその子の為に、必死に戦ってきた。その成果を誇ろうじゃねぇか!」
「みなさん……」
ユウキの顔に少し笑みが戻ると、前屈みになっていた桜華は背もたれに寄りかかった。
「ユウキくん。クライヤマの生活で、楽しかった事もあるでしょう? よかったら、その話を聞かせて欲しいわ」
旅のメンバーは皆、クライヤマで起きた惨状ばかりをユウキの口から聞いた。平和な時の思い出は、ほとんど語られていなかったのだ。
──みんな、僕の気を紛らわそうとしてくれてるのか……
仲間の意図を察した少年は、生活の記憶を回想する。最後が極端に絶望的だっただけで、ユウキの人生全てが悪夢というわけではない。
「……リオが巫女になる前、僕らはよく集落内を走り回って遊んでいました。一番覚えているのは、かくれんぼですかね」
楽しかった事を聞かれて真っ先にリオの話をしている自分に気付き、ユウキは少し顔が熱くなるのを感じた。
「ずるいんですよ、あの子。占いの力を使って僕の隠れた場所をすぐに見つけるんです。ああそれから、リオは虫が苦手で、いつも大袈裟にビックリするんですよ」
彼女の事を話すユウキの顔は、ほんの少し前まで落ち込んでいた者のそれとは思えないほど明るい。
「そのくせ、なぜか林の中に隠れるんです。それで泣くほど驚いて、隠れてた場所から飛び出して……」
思い出を掘り返しながら、自分はいつからリオに好意を寄せ始めたのだろうと考えた。が、明確なタイミングを思い出すことはできずにいた。
仲のいい幼馴みとして遊んでいたら、いつの間にか意識していた。そんな、朧気な記憶だけが残っているのだ。
「……すみません、リオの話ばっかりで」
「いいじゃんいいじゃん。羨ましいなぁ。私なんか、ユウキ殿くらいの時は獄中だからね」
「獄中?! 嬢ちゃん、あんたいったい何やったんだ?!」
まだ桜華の過去を知らなかったタヂカラは、彼女から出た獄中という言葉に、大きな声で驚いた。
「え~っとね……そう、かわい過ぎて──」
「盗みでしょ」
「だーっ!! 勝手に言った! あの女騎士、勝手に言ったよ!」
「……不良少女ってやつか。なんか、分かるような気がするな」
「え、失礼すぎない?」
大騒ぎする仲間を見て、ユウキは自身の不安な気持ちがバカバカしくなった。帰郷と最終決戦という大きな緊張が、一瞬にして消し飛んだのである。
その事に内心で感謝しながら、ユウキも騒ぎに参加する。その様子はさながら、遊びに出た集団のようであった。
◇◇◇
──クライヤマ
無数の木々が立ち並び、周囲は月の影によって夕方かと錯覚するほど暗い。一行は馬車を降り、獣道へと足を踏み入れた。
「前に第一部隊が登った痕が残ってるわね。これを使いましょう」
急行したアインズらによって踏み均され、周囲に比べれば多少は歩きやすい道ができている。
──とは言っても、楽に登れるものじゃないよね
「本気でこれ登るの? 近道とか無いわけ?」
集落の住民であれば楽な道を知っているのではないだろうか。その意図で桜華はユウキに目線を送る。だが、彼は首を横に振った。
「……集落から出た事がないので、道は僕も分からないです」
「だそうよ。観念して登る事ね」
「は~い」
目の前にそびえる峰に絶望しながらも、四人は一歩一歩確実にクライヤマへ向かって進む。休憩と戦闘を交えながら歩むこと、二時間強。
「着きました。ここが、クライヤマです」
ユウキがそう言って指さす方向に、崩れた木造の建築物がある。その場所を境に人工物が多く見られるようになり、荒れ放題だった山道は舗装されたものへと変わっていく。
「……荒れ放題だな」
「前に来た時よりも、かなり酷い事になってるわね」
折れた柱は雨風に晒されてあっという間に朽ち、建物の自重を支えられずに崩れる。その下敷きにされた生活の痕跡が、凄惨さをより強調している。
「畑……。あそこの手伝いも、よくやってましたよ。もうこの有り様ですけど」
月によって日光が遮られ、集落の食を支えていた畑は死に絶えている。虫や鳥などの生命も極端に減り、感じられるのは異形の存在のみである。
「これは……」
想像の何倍も悲惨な現場であり、桜華はユウキにかけるべき言葉を見つけられずにいる。
ユウキはユウキで、記憶の中の故郷と目の前の現実の乖離が大き過ぎる為に、ここは本当にクライヤマなのだろうかと混乱するばかりであった。
「鎖はもうすぐそこみたいね」
「この林を抜けると、集落で一番大きい広場があります。たぶん、そこに刺さっているんじゃないかと」
襲い来るバケモノと一緒に、細い木々もなぎ倒される。戦いの爪痕を残しながら生気の無い林を抜けると、ユウキの言葉通り広場に出た。
「……居ますね、デカいのが」
鎖には触れさせない。そう言わんばかりに、屈強なバケモノが鎖の周囲を徘徊している。
──月長石を壊す為には、奴との接触は避けられないか
──なるべく消耗は抑えたいけど……仕方ない
守護者との戦いが控えている。加えて、ジュアンやセレーネがユウキらの目的を阻んで来るであろう事は、その場の誰もが容易に想像できた。
「どうすんだ?」
「どうするったって、やるしかないでしょ。ねぇ、アインズ殿?」
「……そうね。一気に終わらせましょう!」
彼女の宣言を合図に、四人は林から飛び出す。その気配に気付いたバケモノが、唸るような低い声で咆哮をひとつ。
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