112 / 140
第6章:墜下
恋に落つ
しおりを挟む
◇◇◇
翌朝。長老の間から馬車まで、ヴェルクリシェスの景色を見ながら歩く。ピュラーがピョンピョン跳ねながら先頭を進んでいる。
少女の後ろを歩くユウキは、往来で忙しなく動き回る人々を見ながらも、とある思考に耽ていた。
──ジュアンとセレーネ、か
ルナリーゼンの少年と巫女は、クライヤマの二人と何が違うのだろう。
──立場の違いではないよね
信仰の対象たる「巫女」と、ただの住人である「少年」という観点では、相違は無い。ただし、もっと細かく見ると相反する点がある事に気付く。
──太陽と月
クライヤマでは太陽の加護を、ルナリーゼンでは月の加護をそれぞれの巫女が司った。民は少女が放つ言葉を己らの道とし、信じて生きた。
──民に対する裏切りの有無
日の巫女リオは、己の欲よりも集落の象徴として座す道を選んだ。愛おしき少年に対する気持ちを封じ込め、命を落とす出来事に遭うまで民に寄り添い続けた。
対して月の巫女セレーネは、何よりも己の欲を優先した。愛おしき少年と二人で過ごす時間を大切にし、密会という形で民を騙してでもそれを確保した。
──力の使い方の違いもある
リオは、最期まで日長石に祈りを捧げた。己を疑う声が大きくなっても、日輪に祈り続けたのである。
しかし、セレーネは違った。月長石は衰弱する少年を助けてくれないと考え、己がその力を振るおうとした。あまつさえ、支配をこころみたのだ。
──それと、喪失も逆だよね
民に尽くした結果、日の巫女は暴徒により命を落とした。セレーネが己に尽くした結果、ジュアンが病に侵されて命を落とした。遺ったのは日長石を継承した少年と、月長石を取り込んだ少女である。
「ユウキ様」
──僕とリオ
「ユウキ様?」
──ジュアンとセレーネ
後ろ歩きをしながら、ピュラーは日輪の戦士に呼びかける。しかし、思考に深くのめり込んだ彼は気が付かない。
──ジュアンは、僕たちは同じだって言った
対極にも思える二組にある、同じと評される点は何なのか。その疑問は、初めてジュアンと対峙して彼の言葉を聞いた時から、ただ大きく膨れ上がる一方であった。
「ユウキ様!」
「うわぁ?! びっくりした」
「どうしたの? ぼーっと歩いて。ヴェルクリシェスに残って、私と結婚すべきか考えてた?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
己の脳内とピュラーの様子に大きなギャップを感じ、一刹那のみ全ての考えが吹き飛んだ。しかし、セリフのわりに神妙な面持ちである少女を見て思考を取り戻した。
「日の巫女と僕。月の巫女とジュアン。違うところは沢山あるでしょ?」
「うんうん」
「それでもジュアンは、僕たちは同じだって言ったんだ。でも……何が同じなのか分からなくて」
「な~んだ、そんな事?」
ユウキの言葉を聞いたピュラーは、毎度のようなニッとした笑顔に戻る。
「そんな事……?」
「そう。ユウキ様たちとセレーネたちでしょ? いっちばん大事なところが似てる。ううん、似てるって言うか、そっくりそのまま同じだよ」
少女の言っている事が分からず、ユウキは困惑した。本人が考えても分からない事を、昨日会ったばかりのピュラーが分かると言うからだ。
「同じって、どこが?」
「恋に落ちたところ、かな」
「あ……」
ジュアンはセレーネに、セレーネはジュアンに恋をした。それと同じくユウキはリオに、リオはユウキに恋をした。無数の相違点を持つ四人に存在する、貴重な共通点であった。
「な、なるほど……」
──そうか、僕らの根本は同じなんだ
選択を違い続け、結果的に相反したのであって、二組の起源は同じ感情なのだ。
──同じ、か。僕らと彼らは、同じなんだね
ジュアンとセレーネは、ユウキとリオの有り得たかもしれない形なのだ。ピュラーの言葉でそう納得したユウキだが、しかし、やはり気になる点も存在した。
「でもやっぱり、あのジュアンは……」
長老によって伝えられた話が正しいのなら、ではあのジュアンは何者なのか、という疑問が残る。
「セレーネの事も、当時から知っている様子だった。太古の時代から仕えているようだったし、それに……」
ユウキやアインズらが、ジュアンに関して抱える疑問で最も大きいもの。
「そもそも、ジュアンとセレーネの関係は恋人のはず。僕らが知っているジュアンは、恋人というよりも従者なんだ。セレーネの呼び方も『様』が付いてるし、違和感があるよね……」
「考えても分からないんだったら──」
停めてある馬車の目の前に到着し、ピュラーは足を止めた。真っ直ぐにユウキの顔を見つめ、切った言葉の続きを放つ。
「直接聞くしかないよね?」
そう言いながら、赤髪の少女は東の方角を指さした。その先に見えるのは、高い山とその表面に近付いた月である。
「あそこに行けば、ジュアンにもセレーネにも会える……と思う」
「……いよいよ、か」
残る鎖は一本。山の頂点に刺さったそれのみである。
「行きましょう、ユウキくん。あなたの故郷、クライヤマへ」
「ええ、そうですね」
アインズを先頭に、ユウキ、桜華、ポリアは馬車に、タヂカラは重種の馬に乗った。ピュラーに手を振る少年は、すこし別れを惜しんでいた。自由奔放な彼女と話していると、無邪気であった幼少期を思い出せたからである。
「頑張ってね、日輪の戦士ユウキ様!」
「ありがとう、ピュラー」
「うん! それと、その他もね。絶対、ぜ~ったい、ユウキ様の足を引っ張らないこと!」
それと同時に、馬が走り出す。
「アインズ殿。あの子、どうやって斬る?」
「いや…………大砲の準備をしましょう」
橋を越え、二重の壁を越え、馬車は東の方向へと走り去る。道の凹凸を反映した無作為な振動を感じながら、少年は日長石に……リオに誓った。
──絶対にやりとげるよ
──君は邪神じゃないと、世界に証明する
その宣誓に呼応したのか、小さくなった日長石は少年の拳の中で強く、明るく輝いていた。
─────────────
第6章 墜下 完
月長石の石言葉「恋の予感」「純粋な恋」
翌朝。長老の間から馬車まで、ヴェルクリシェスの景色を見ながら歩く。ピュラーがピョンピョン跳ねながら先頭を進んでいる。
少女の後ろを歩くユウキは、往来で忙しなく動き回る人々を見ながらも、とある思考に耽ていた。
──ジュアンとセレーネ、か
ルナリーゼンの少年と巫女は、クライヤマの二人と何が違うのだろう。
──立場の違いではないよね
信仰の対象たる「巫女」と、ただの住人である「少年」という観点では、相違は無い。ただし、もっと細かく見ると相反する点がある事に気付く。
──太陽と月
クライヤマでは太陽の加護を、ルナリーゼンでは月の加護をそれぞれの巫女が司った。民は少女が放つ言葉を己らの道とし、信じて生きた。
──民に対する裏切りの有無
日の巫女リオは、己の欲よりも集落の象徴として座す道を選んだ。愛おしき少年に対する気持ちを封じ込め、命を落とす出来事に遭うまで民に寄り添い続けた。
対して月の巫女セレーネは、何よりも己の欲を優先した。愛おしき少年と二人で過ごす時間を大切にし、密会という形で民を騙してでもそれを確保した。
──力の使い方の違いもある
リオは、最期まで日長石に祈りを捧げた。己を疑う声が大きくなっても、日輪に祈り続けたのである。
しかし、セレーネは違った。月長石は衰弱する少年を助けてくれないと考え、己がその力を振るおうとした。あまつさえ、支配をこころみたのだ。
──それと、喪失も逆だよね
民に尽くした結果、日の巫女は暴徒により命を落とした。セレーネが己に尽くした結果、ジュアンが病に侵されて命を落とした。遺ったのは日長石を継承した少年と、月長石を取り込んだ少女である。
「ユウキ様」
──僕とリオ
「ユウキ様?」
──ジュアンとセレーネ
後ろ歩きをしながら、ピュラーは日輪の戦士に呼びかける。しかし、思考に深くのめり込んだ彼は気が付かない。
──ジュアンは、僕たちは同じだって言った
対極にも思える二組にある、同じと評される点は何なのか。その疑問は、初めてジュアンと対峙して彼の言葉を聞いた時から、ただ大きく膨れ上がる一方であった。
「ユウキ様!」
「うわぁ?! びっくりした」
「どうしたの? ぼーっと歩いて。ヴェルクリシェスに残って、私と結婚すべきか考えてた?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
己の脳内とピュラーの様子に大きなギャップを感じ、一刹那のみ全ての考えが吹き飛んだ。しかし、セリフのわりに神妙な面持ちである少女を見て思考を取り戻した。
「日の巫女と僕。月の巫女とジュアン。違うところは沢山あるでしょ?」
「うんうん」
「それでもジュアンは、僕たちは同じだって言ったんだ。でも……何が同じなのか分からなくて」
「な~んだ、そんな事?」
ユウキの言葉を聞いたピュラーは、毎度のようなニッとした笑顔に戻る。
「そんな事……?」
「そう。ユウキ様たちとセレーネたちでしょ? いっちばん大事なところが似てる。ううん、似てるって言うか、そっくりそのまま同じだよ」
少女の言っている事が分からず、ユウキは困惑した。本人が考えても分からない事を、昨日会ったばかりのピュラーが分かると言うからだ。
「同じって、どこが?」
「恋に落ちたところ、かな」
「あ……」
ジュアンはセレーネに、セレーネはジュアンに恋をした。それと同じくユウキはリオに、リオはユウキに恋をした。無数の相違点を持つ四人に存在する、貴重な共通点であった。
「な、なるほど……」
──そうか、僕らの根本は同じなんだ
選択を違い続け、結果的に相反したのであって、二組の起源は同じ感情なのだ。
──同じ、か。僕らと彼らは、同じなんだね
ジュアンとセレーネは、ユウキとリオの有り得たかもしれない形なのだ。ピュラーの言葉でそう納得したユウキだが、しかし、やはり気になる点も存在した。
「でもやっぱり、あのジュアンは……」
長老によって伝えられた話が正しいのなら、ではあのジュアンは何者なのか、という疑問が残る。
「セレーネの事も、当時から知っている様子だった。太古の時代から仕えているようだったし、それに……」
ユウキやアインズらが、ジュアンに関して抱える疑問で最も大きいもの。
「そもそも、ジュアンとセレーネの関係は恋人のはず。僕らが知っているジュアンは、恋人というよりも従者なんだ。セレーネの呼び方も『様』が付いてるし、違和感があるよね……」
「考えても分からないんだったら──」
停めてある馬車の目の前に到着し、ピュラーは足を止めた。真っ直ぐにユウキの顔を見つめ、切った言葉の続きを放つ。
「直接聞くしかないよね?」
そう言いながら、赤髪の少女は東の方角を指さした。その先に見えるのは、高い山とその表面に近付いた月である。
「あそこに行けば、ジュアンにもセレーネにも会える……と思う」
「……いよいよ、か」
残る鎖は一本。山の頂点に刺さったそれのみである。
「行きましょう、ユウキくん。あなたの故郷、クライヤマへ」
「ええ、そうですね」
アインズを先頭に、ユウキ、桜華、ポリアは馬車に、タヂカラは重種の馬に乗った。ピュラーに手を振る少年は、すこし別れを惜しんでいた。自由奔放な彼女と話していると、無邪気であった幼少期を思い出せたからである。
「頑張ってね、日輪の戦士ユウキ様!」
「ありがとう、ピュラー」
「うん! それと、その他もね。絶対、ぜ~ったい、ユウキ様の足を引っ張らないこと!」
それと同時に、馬が走り出す。
「アインズ殿。あの子、どうやって斬る?」
「いや…………大砲の準備をしましょう」
橋を越え、二重の壁を越え、馬車は東の方向へと走り去る。道の凹凸を反映した無作為な振動を感じながら、少年は日長石に……リオに誓った。
──絶対にやりとげるよ
──君は邪神じゃないと、世界に証明する
その宣誓に呼応したのか、小さくなった日長石は少年の拳の中で強く、明るく輝いていた。
─────────────
第6章 墜下 完
月長石の石言葉「恋の予感」「純粋な恋」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説



どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる