天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第6章:墜下

恋に落つ

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◇◇◇

 翌朝。長老の間から馬車まで、ヴェルクリシェスの景色を見ながら歩く。ピュラーがピョンピョン跳ねながら先頭を進んでいる。

 少女の後ろを歩くユウキは、往来で忙しなく動き回る人々を見ながらも、とある思考に耽ていた。

──ジュアンとセレーネ、か

 ルナリーゼンの少年と巫女は、クライヤマの二人と何が違うのだろう。

──立場の違いではないよね

 信仰の対象たる「巫女」と、ただの住人である「少年」という観点では、相違は無い。ただし、もっと細かく見ると相反する点がある事に気付く。

──太陽と月

 クライヤマでは太陽の加護を、ルナリーゼンでは月の加護をそれぞれの巫女が司った。民は少女が放つ言葉を己らの道とし、信じて生きた。

──民に対する裏切りの有無

 日の巫女リオは、己の欲よりも集落の象徴として座す道を選んだ。愛おしき少年に対する気持ちを封じ込め、命を落とす出来事に遭うまで民に寄り添い続けた。

 対して月の巫女セレーネは、何よりも己の欲を優先した。愛おしき少年と二人で過ごす時間を大切にし、密会という形で民を騙してでもそれを確保した。

──力の使い方の違いもある

 リオは、最期まで日長石に祈りを捧げた。己を疑う声が大きくなっても、日輪に祈り続けたのである。

 しかし、セレーネは違った。月長石は衰弱する少年を助けてくれないと考え、己がその力を振るおうとした。あまつさえ、支配をこころみたのだ。

──それと、喪失も逆だよね

 民に尽くした結果、日の巫女は暴徒により命を落とした。セレーネが己に尽くした結果、ジュアンが病に侵されて命を落とした。遺ったのは日長石を継承した少年と、月長石を取り込んだ少女である。

「ユウキ様」

──僕とリオ

「ユウキ様?」

──ジュアンとセレーネ

 後ろ歩きをしながら、ピュラーは日輪の戦士に呼びかける。しかし、思考に深くのめり込んだ彼は気が付かない。

──ジュアンは、僕たちは同じだって言った

 対極にも思える二組にある、同じと評される点は何なのか。その疑問は、初めてジュアンと対峙して彼の言葉を聞いた時から、ただ大きく膨れ上がる一方であった。

「ユウキ様!」

「うわぁ?! びっくりした」

「どうしたの? ぼーっと歩いて。ヴェルクリシェスに残って、私と結婚すべきか考えてた?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

 己の脳内とピュラーの様子に大きなギャップを感じ、一刹那のみ全ての考えが吹き飛んだ。しかし、セリフのわりに神妙な面持ちである少女を見て思考を取り戻した。

「日の巫女と僕。月の巫女とジュアン。違うところは沢山あるでしょ?」

「うんうん」

「それでもジュアンは、僕たちは同じだって言ったんだ。でも……何が同じなのか分からなくて」

「な~んだ、そんな事?」

 ユウキの言葉を聞いたピュラーは、毎度のようなニッとした笑顔に戻る。

「そんな事……?」

「そう。ユウキ様たちとセレーネたちでしょ? いっちばん大事なところが似てる。ううん、似てるって言うか、そっくりそのまま同じだよ」

 少女の言っている事が分からず、ユウキは困惑した。本人が考えても分からない事を、昨日会ったばかりのピュラーが分かると言うからだ。

「同じって、どこが?」

「恋に落ちたところ、かな」

「あ……」

 ジュアンはセレーネに、セレーネはジュアンに恋をした。それと同じくユウキはリオに、リオはユウキに恋をした。無数の相違点を持つ四人に存在する、貴重な共通点であった。

「な、なるほど……」

──そうか、僕らの根本は同じなんだ

 選択を違い続け、結果的に相反したのであって、二組の起源は同じ感情なのだ。

──同じ、か。僕らと彼らは、同じなんだね

 ジュアンとセレーネは、ユウキとリオの有り得たかもしれない形なのだ。ピュラーの言葉でそう納得したユウキだが、しかし、やはり気になる点も存在した。

「でもやっぱり、あのジュアンは……」

 長老によって伝えられた話が正しいのなら、ではあのジュアンは何者なのか、という疑問が残る。

「セレーネの事も、当時から知っている様子だった。太古の時代から仕えているようだったし、それに……」

 ユウキやアインズらが、ジュアンに関して抱える疑問で最も大きいもの。

「そもそも、ジュアンとセレーネの関係は恋人のはず。僕らが知っているジュアンは、恋人というよりも従者なんだ。セレーネの呼び方も『様』が付いてるし、違和感があるよね……」

「考えても分からないんだったら──」

 停めてある馬車の目の前に到着し、ピュラーは足を止めた。真っ直ぐにユウキの顔を見つめ、切った言葉の続きを放つ。

「直接聞くしかないよね?」

 そう言いながら、赤髪の少女は東の方角を指さした。その先に見えるのは、高い山とその表面に近付いた月である。

「あそこに行けば、ジュアンにもセレーネにも会える……と思う」

「……いよいよ、か」

 残る鎖は一本。山の頂点に刺さったそれのみである。

「行きましょう、ユウキくん。あなたの故郷、クライヤマへ」

「ええ、そうですね」

 アインズを先頭に、ユウキ、桜華、ポリアは馬車に、タヂカラは重種の馬に乗った。ピュラーに手を振る少年は、すこし別れを惜しんでいた。自由奔放な彼女と話していると、無邪気であった幼少期を思い出せたからである。

「頑張ってね、日輪の戦士ユウキ様!」

「ありがとう、ピュラー」

「うん! それと、その他もね。絶対、ぜ~ったい、ユウキ様の足を引っ張らないこと!」

それと同時に、馬が走り出す。

「アインズ殿。あの子、どうやって斬る?」

「いや…………大砲の準備をしましょう」

 橋を越え、二重の壁を越え、馬車は東の方向へと走り去る。道の凹凸を反映した無作為な振動を感じながら、少年は日長石に……リオに誓った。

──絶対にやりとげるよ

──君は邪神じゃないと、世界に証明する

 その宣誓に呼応したのか、小さくなった日長石は少年の拳の中で強く、明るく輝いていた。

─────────────
第6章 墜下 完

月長石の石言葉「恋の予感」「純粋な恋」
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