天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第6章:墜下

ヴェルクリシェス国

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◇◇◇

 赤髪の少女がハシゴを降りていく。その様子を見ながら、旅のメンバーは地図を広げて馬車に寄りかかるアインズの元へ集まった。

「国に入れないとなると、鎖近くで野営するしかないわね」

「俺やアニキは構わねえけどよ、嬢ちゃんたちはどうなんだい? 道中みてぇな野宿が増えるわけだが」

──なんか僕も問題ない事にされてる?!

 タヂカラが一同に聞くが、問題だと言う者は居なかった。騎士として野営に慣れている人物。キャンプの様で楽しいと無邪気すぎる人物。二年の牢獄を経験している人物。

 ここに至るまでに幾度もの野宿をしてきた彼らにとっては、今更一晩増えたところで、どうという事は無いのだ。

「……問題無さそうね。ただし、今晩は交代で眠る事になるわよ。さすがに鎖の傍では、見張りをつけないとね」

 そう告げて、アインズは馬車へ。他の四人も、今夜は少し辛そうだと項垂れながら乗り込んだ。

 そこへ──

「わああああ、待って待って!」

 今にも走り出さんとする馬車を、赤髪の少女が止めた。突然の来訪者に驚き、アインズは手網の操作をやめる。

「ピュラー様! 走ると転びますぞ!」

「オジイと違ってちゃんと走れるもん!」

「君はさっきの……。私たちに何か用が?」

 やぐらのハシゴを登っていた少女の姿を思い出し、アインズは彼女に問う。ピュラーは目を輝かせながら、異国の騎士に向かって言葉を返した。

「うん! あなたのお友達に、日輪の戦士様がいるでしょう?!」

「日輪の戦士……?」

「そう! 日長石の首飾りを持ってる人!」

 馬車の外から、明らかに自分の事を話している声を聞いたユウキ。

「もしかして、僕?」

 少年は小窓から顔を出し、ピュラーと顔を合わせた。

「貴方です貴方! 私はヴェルクリシェスのピュラーと申します! お名前を伺っても?!」

──うっ

──なんだかポリアみたいな勢いの子だな

 少年は馬車から降り、彼女の前に立つ。

「ユウキです」

「ユウキ様!」

「は、はい……?」

「日輪の戦士様! ユウキ様! 私と結婚してください!!」

 あまりにも唐突なピュラーの申し出に、一同は固まる他なかった。とりわけユウキに関しては、困惑の果てに思考停止してしまう。ピュラーはなおも、彼をキラキラと輝く瞳で見つめていた。

「えっと……つまり、どういう事?」

 やっとの思いで言語能力を取り戻したユウキは、顔を出したことを後悔しながら再び問う。

「こういう事です!」

そんな少年に向かって、ピュラーは──

「うわあっ?! ちょ、ちょっと!」

唇を尖らせて、少年に猛突進した。

「なな、なんて力だ……っ?! とりあえず落ち着いてよっ!」

 迫り来るピュラーの額と肩を押さえ、必死に抵抗するユウキ。

「そう仰らずに、私と──」

「ぼ、僕には! 心に決めた女性が! 居ますので!」

 幼少より積み上げた恋がある。そう告げると、彼女はやっと大人しくなった。やれやれと、ユウキはため息をひとつ。

「それは……巫女ですか?」

「……え?」

「クライヤマに座した、日の巫女ですか?」

 二回飛んできた同じ意図の質問に、困惑と照れ臭さを感じたユウキ。右手で後頭部を掻きながら、彼は答えた。

「はい。日の巫女──リオという名の少女です」

「……やっぱり」

「え?」

「オジイ! この人はやっぱり日輪の戦士で間違いないよ!」

「なんと……!」

 赤髪を翻し、彼女はユウキから離れた。付き人の老爺に調査報告をして、またユウキの方へ向き直った。

「ごめんね、ユウキ様」

──もしかして、試されてた?

「それと、ユウキ様とその他諸々の入国は、この私……ちょーろーの孫、ピュラーが許可します!」

 声高々にそう言い、彼女は門番の二人をはけさせる。男らは石槍を垂直に持ち直し、道を開けた。

「ねえアインズ殿。あの子、斬っても良いかな?」

「……やめておきなさい」

◇◇◇

 ──ヴェルクリシェス国

 ピュラーの先導で、ユウキらは国内を進んでいく。

 半地下式の住宅がいくつも並んでおり、時には子供のはしゃぐ声が少年の耳を刺激した。

 土を焼いて作ったのであろう瓶を用いて水を運ぶ人や、荷台から収穫物をおろして床が高い倉庫に格納する人らが、忙しなく往来を行き来している。

「なんだか、懐かしいな……」

「ユウキさんが懐かしいと思うって事は似てるんですか?! クライヤマもこういう感じなんですか?!」

 ヴェルクリシェスの人々やその生活様式を見て、ユウキは故郷のそれと類似点が多いと感じた。他国に比べて原始的な雰囲気が、彼をそう思わせるのだ。

「えっ、う、うん……。確かに似てるかも」

 ポリアの言葉を肯定すると、彼女は目をキラキラと輝かせながら周りを観察し始めた。

──こことクライヤマも似てるけど

──君とピュラーもよく似てる気がするよ

 もはや苦笑に近い少年の思考など露知らず、ポリアは見聞きした事を帳面に書き留め続けている。

 入国から暫く歩くと、少女は赤髪を踊らせてユウキらの方へ振り向いた。

「さあ、着きましたよユウキ様!」

「ここが……」

「はい! 私のおじいちゃんにして、ヴェルクリシェスのちょーろーが居るお家です!」

 ピュラーが手を向ける方向に、一際大きな建物がある。ここまで歩く中で見た大きな倉庫よりも、さらに大きい家である。

「ねえ、ピュラー」

「はい!」

「……あれは、何?」

 ユウキは、長老の家の背後に不可思議なものを発見。見覚えのあるものよりは小さいが、それは確かに真っ白な神殿であった。

「あれは、太古の時代に存在した信仰の証ですよ。たぶん、ちょーろーからその話もあると思います!」

「そう……」

 神殿の一部に月を模したようなエンブレムを発見し、ユウキはいくつもの気がかりを抱えたままピュラーの背中を追う。

「さあ、入って入って。ユウキ様とその他諸々!」

 少女はそう促し、ギシギシと鳴る木製の床の上を跳ねるように進む。

「ねえアインズ殿。やっぱあの子、斬ってもいい?」

「…………峰打ちにしておきなさい」

◇◇◇

 家の中を進み、やがて最奥へ。壁は無いが、いくつかの衝立によって隔てられた空間がユウキらの前に現れた。

「ちょーろー、ちょーろー!」

 ピュラーがそう呼びかけると、衝立の向こうから年老いた男の声が返ってくる。

「おお、ピュラーか」

「うん。あのねあのね、日輪の戦士様にお会いしたから、お連れしたの!」

「なんと。そうか、そうか。ではピュラーよ、こちらへご案内しなさい」

「は~い!」

 こっちだよと手で合図し、少女は客人を長老の間に招き入れる。

「おお、貴方が日輪の戦士様!」

 全員が長老の前に立つと、彼は真っ先にユウキを見て感嘆の声を上げた。首にかかった日長石とクライヤマの衣服を見て、すぐに理解したのだ。

「戦士様、ここまで色々とあったかと思う。まずは、その労いをさせて欲しい」

「え? ど、どうも……」

 長老の言葉を不気味に感じながらも、ユウキは彼の話に耳を傾ける。

「早速ですまないのだが、戦士様には色々と話をしなければならない。少し長いかもしれんが、聞いてくれるか?」

「え? はい……」

 老人は安堵した表情を浮かべ、すぐに真面目な顔になった。

「まず、この国について。このヴェルクリシェスというのは、二つ目の国名でな。旧くは『ルナリーゼン』と言う」

「ルナ……」

「……察してくれたようだな。そう、我々は月の民。かつて、月の巫女を信仰していた者だ」

 突如として語られた内容に、少年らはただ唖然とするばかり。

「代々継承されてきた月の巫女という存在は、ある時を境に突然途絶えた。最後の巫女の名は……セレーネ」

「……っ! 教えてください。セレーネって人に関して、何があったのか!」

 月の騎士ジュアンが語った名前。鎖の守護者が語る存在。その話題が出て興奮する少年に対し、長老は静かに、しかし力強く述べた。

「……セレーネは、恋をしたのだ」
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