天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第5章:選択

救済に感謝を

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 第一部隊の騎士が訃報を告げると、その場は一気に静かになった。風の音と負傷者の呻き声だけが響く。

「第二部隊が到着した頃には、ツヴァイ様とバケモノが倒れていたそうです。状況からして、相討ちだったものと思われます……」

 報告を聞き、ユウキは黙って拳を握る。

──なんで

──なんで!

 アインズは目眩を起こした。前髪を五本の指で掴んで嘆く。

「ツヴァイ……!」

「どうして、僕なんか助けたんですか」

 少年は、目から熱い雫を垂らす。

「僕なんかより、ツヴァイさんを助けるべきだったんですよ!」

震える声で叫んだ。

「やめて……」

 昔からのライバルを亡くした彼女は、弱々しく言った。だが、ユウキの耳には届かない。

「王国の為にも、アインズさんの為にも!」

「やめてよ……」

──僕なんか助けるくらいなら、もっと為になる選択があったはず

──なのに、なのにどうして?!

「どうして貴女は、いつも僕なんか助けるんですか?!」

「やめなさいって言ってるでしょ?!」

 それまでとは異なり、アインズは張った声と共にユウキに平手打ちをした。少年は唖然としながら、少し赤らむ頬を押さえる。

 彼女の顔を見たユウキは驚いた。怒りの言葉とは裏腹に、悲しそうな表情だったからだ。

「命の重みには差があるの!」

 アインズはユウキの両肩に、左右の手を強く置いた。涙を流したまま、真っ直ぐに目を見て続ける。

「ユウキくんの命は、どこの誰の命よりも重いのよ! それを……それを、自覚しなさい!」

 肩から手を離し、アインズは視線を外す。彼女の言葉を聞いたユウキは、大きな疑問を抱いた。

「僕の命が、重い?」

 アインズが何を言っているのか、ユウキには分からなかった。

──そもそも、僕は死にたがっていた

──死ぬ予定だった

──そんな僕の命が重い?

「分かりません……僕には分かりません! 貴女が何を言っているのか!」

 自分の命に何の価値があるのだと。第二部隊長を務めるツヴァイよりも大切なのかと。

──そんな訳無いのに!

 その場の空気に耐えられなくなった少年は、体の痛みを無視して走り去った。

「ユウキ殿……ねぇ、アイン──」

「悪いけど、一人にしてちょうだい」

アインズもまた、桜華に背を向けて去っていった。

◇◇◇

 訃報から一時間程度が経った。タヂカラと共にポリアを見守っていた桜華は、意を決してアインズのもとを訪れる。

「一人にしてって、言ったじゃない」

「あのさ。全部一人で抱え込もうとするの、やめなよ」

 どうせまた茶化しに来たのだろう。そう考えていたアインズは、桜華の意外な言葉に驚いた。

「思い悩んでる事があるなら、教えてよ。仲間じゃん」

「……」

 心の底を話すべきか、否か。窓から外の景色を見てアインズは考えた。そこへ、桜華はさらに続ける。

「私は昔、大切な人らを盗賊に殺された。それでも私が普通にしていられるのは、小町が居たから。それくらい、家族とか仲間とかってのは大事なんだよ」

──家族、か

 小町の例を聞いたアインズは、視線を景色から桜華に向けた。

「……その家族が原因で、苦しんだのだとしたら?」

「え?」

「私のお母さんはね、全ての命は等しく尊いんだって言っていたの。もちろん、その人に育てられた私もそう思っていたわ」

 桜華に向かって己の過去を話す。まだ、誰にも打ち明けられていない話だ。

「等しいのだから、誰が死んでも同じ。そう考えていた頃、強盗にお父さんを殺された。お母さんも殺されそうだった。それを見て、私は『お母さんは間違ってる』と判断したの」

 桜華はなおも、アインズの目を真っ直ぐに見つめる。

「お母さんの命の為に、私はその強盗を殺した。命は等しくなんかないって思ったから。桜華だって、それは分かるでしょ?」

「……まあ、ね」

 盗賊の命は、家族のそれよりも尊くない。そう思ったからこそ、桜華は大蛇を結成して復讐に燃えたのだった。

「でもね、私は私を、自分で認められなかった。騎士として戦う中で、やっぱりお母さんが間違ってるんだってことは分かってた」

 だんだんと、アインズの語気が強くなっていく。

「でも、ずっと昔から刷り込まれた考え方を否定する根拠が、感覚以外に無かったの。私はずっと……」

 一瞬だけ下を向いたアインズ。しかし、すぐにもとの方へ向き直った。

「私を認めてくれる何かを探してた。表面的な言葉だけじゃなくて、もっと深いところで認めてくれる、そんな存在を求めてた。そこで出逢ったのが──ユウキくんなの」

「アインズ殿……」

「……クライヤマの全員が殺されているのに、あの子は日の巫女にだけ執着した。ユウキくんは、お母さんの考えを真っ向から否定する存在なの。そんな彼が、あの温かさを放った」

 あの日、あの時。

 氷を纏ったバケモノに苦戦していたアインズ。そこに現れた少年は日長石の首飾りを拾い上げた。

 途端に溢れ出した温かさは氷を融かし、ツヴァイの心を変えた。それと同時に、アインズを肯定したのである。

「おかげで私は、自分の考えを認める根拠を手に入れた。救われたのよ」

「うんうん」

「……」

「え、続きは?」

「……終わりだけど」

「なにそれ。じゃあアインズ殿は今、何を悩んでるのさ?」

桜華が問うと、アインズは視線を落とした。

「……強がり過ぎなんじゃないの?」

「え?」

「ユウキ殿に救われたんでしょ? そのおかげで、ツヴァイ殿から迫られた選択に、自分なりの答えを出せたんでしょ?」

「そう、だけど」

「自分の選択、後悔してんの?」

「……して、ないけど! それでも悲しいものは悲しいじゃない! 私は……私は、どうしたらいいのよ?!」

「泣けばいいんだよ」

 感情を出しながら聞いたアインズに、桜華はキッパリと即答した。

「変に我慢しちゃってさ。悲しみを分かち合える人と、あのままワンワン泣き喚けばよかったじゃん」

「桜華……」

「そうやって悲しみを乗り越えて、ツヴァイ殿の分まで強く生きたらいいじゃん。いつまでもウジウジしてたら、二人を生かす選択をしたツヴァイ殿が報われないでしょ」

 まさか、桜華からそんな言葉が飛び出すとは思わなかったアインズ。知らぬ間に、自身の目から涙が流れているのに気が付いた。

「それと、もう一つ」

「……?」

「ユウキ殿に、感謝伝えたの?」

「……そう言えば、私はまだ何も」

「そんなこったろうと思ったよ、この天邪鬼」

「うるさいわね……」

 アインズは涙を流しながら微笑み、ベッドから降りた。自分を救ってくれた少年に、一言伝えるためである。

「ちょっと、私にお礼は?」

「……なんで?」

「は?」

「冗談よ。順番に、ね」

 スタスタ歩く彼女の姿勢は、逸る心を表しているかのようだった。
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