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第5章:選択
等しいが故に
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◇◇◇
──十年前のブライトヒル王国
金髪の少女アインズは、ブライトヒル王国を守りたいという想いを抱いた。夢を実現するため、彼女はブライトヒル王国騎士団への所属を志したのである。
「であるからして、戦場では一時の感情による身勝手な行動や焦燥、私怨といったものとは無縁でなくてはならない」
訓練とも、歴史座学などとも違う、騎士としての心構えを卵達に教える講義が開かれている。戦う組織である騎士団にとって、統率された体制は何よりも重要なのだ。
「例えば、君。名は?」
教壇の近くの席であった女生徒が指された。
「ジェニファーです」
「ジェニファー。たった今、君の隣で親友が敵の手にかかったとする」
縁起でもない例えに、彼女は一瞬だけ視線を落とした。すぐに戻し、また講義内容に耳を傾ける。
「その時、君は冷静に作戦行動を続行できるかな?」
「それは……」
嫌な例えに対する憤りもあるが、騎士になれば実際に起こりうる事だと言う事実が、彼女をさらに苦しめていた。
教官の質問に答えられず、ジェニファーは考え込んでしまった。
「そうだな、これがなかなか難しい。騎士になる上では、大きな壁がいくつかある。その一つが、今の問いに対する答えだ」
教官は咳払いし、ジェニファーとは別の生徒を指した。
「もう一つ、その大きな壁について問おう。君、名は?」
「アインズです」
指名されたアインズは、その青い瞳を教官に向ける。
「アインズ。君は分類学上、何に属している?」
「ヒトです」
「ああ、当然そうだろう。では、君が騎士になって戦おうとしている相手はどうだ?」
「ヒト、です」
「その通りだ。では──」
考えるべきはアインズだけではないぞと、そう言うように教官は受講生たちを一瞥した。講義室を一周した視線は、再び彼女へ。
「仲間が死ぬことと、敵が死ぬこと。その違いはなんだ? 近くの者と相談しても良い、考えてみろ。数分したら、代表して再度アインズに問う」
周囲との打ち合わせを許可された受講生たちは、各々、隣席の者と会話を始めた。
「貴女は、どう思う?」
アインズもまた、隣の席のアンネに問いかけた。自分の答えは教官に聞かれた時点で決まっていたため、他人がどう思っているのか確認する事を優先したのだ。
「私は、記憶の違いがあると思うな」
「記憶?」
「うん。だって仲間って事は、その時までの記憶があるはずでしょ? 一緒に訓練したり、ご飯食べたり。でも、敵にはそれが無い。大抵は初対面だし、どんな人なのかは知らないもん」
アインズに問われ、己の考えを口にしたアンネ。逆にこれ以外の答えがあるのかと、彼女は自信満々な様相であった。
「アインズさんは?」
「私は……」
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
命について考える度、アインズの脳裏には母親の教えがこだまする。幼少の頃に刷り込まれた価値観は、十四歳になっても微塵ほども変化しなかった。
「私はね──」
「そこまで!」
教官が発した言葉により、相談の時間は終了。一同がピタッと話をやめ、前を向いた。
「では、アインズ。仲間が死ぬことと、敵が死ぬことの違いはなんだ?」
受講生たちの視線がアインズに集まる。彼女はそれを気に留めず、まっすぐと教官に向かって口を開いた。
「違いは、ありません」
「ほう。理由を聞こうか」
「時間を共にした仲間だろうと、異国の敵だろうと、一つの命であることに変わりは無いからです。仲間の死を悲しむなら、敵の死も嘆く。敵の死に無関心なら、仲間の死に対しても冷静に。そうあるべきだと、私は考えます」
数秒の沈黙を経て、教官は話を再開する。
「なるほど、なかなか興味深い。仮に、戦いの中で大切な仲間が死んだとして、君はどうする?」
「どうもせず、作戦を遂行します」
なんの躊躇いも無く答えたアインズに、彼はアゴ髭を右手で触りながら目を見開いた。
それは、驚愕でもなければ幻滅でもない。アインズの将来に対する期待感だ。
「ふん、実に素晴らしい。まさか、その歳で壁を二つも乗り越えているとは。その迷いの無さ、君は隊長の器を秘めているな」
「ありがとうございます」
そこまでで、その日の講義は終わった。全ての命を等しく思うよう育てられたアインズは、等しいのだからどれが失われても同じだと、慈愛とは真逆の思想を持った。
──命は、等しい
母の教えのうち、「等しい」の部分ばかりが大きくなった。大切に思う気持ちで命の平等性を重視し続けた結果、「尊い」の部分が限りなく小さくなったのである。
──仲間だろうと、敵だろうと。私だろうと、他人だろうと。家族だろうと。
等しいが故に、どれでも同じ。アインズの中で、教えの負の側面ばかりが膨張し続けた。
──十年前のブライトヒル王国
金髪の少女アインズは、ブライトヒル王国を守りたいという想いを抱いた。夢を実現するため、彼女はブライトヒル王国騎士団への所属を志したのである。
「であるからして、戦場では一時の感情による身勝手な行動や焦燥、私怨といったものとは無縁でなくてはならない」
訓練とも、歴史座学などとも違う、騎士としての心構えを卵達に教える講義が開かれている。戦う組織である騎士団にとって、統率された体制は何よりも重要なのだ。
「例えば、君。名は?」
教壇の近くの席であった女生徒が指された。
「ジェニファーです」
「ジェニファー。たった今、君の隣で親友が敵の手にかかったとする」
縁起でもない例えに、彼女は一瞬だけ視線を落とした。すぐに戻し、また講義内容に耳を傾ける。
「その時、君は冷静に作戦行動を続行できるかな?」
「それは……」
嫌な例えに対する憤りもあるが、騎士になれば実際に起こりうる事だと言う事実が、彼女をさらに苦しめていた。
教官の質問に答えられず、ジェニファーは考え込んでしまった。
「そうだな、これがなかなか難しい。騎士になる上では、大きな壁がいくつかある。その一つが、今の問いに対する答えだ」
教官は咳払いし、ジェニファーとは別の生徒を指した。
「もう一つ、その大きな壁について問おう。君、名は?」
「アインズです」
指名されたアインズは、その青い瞳を教官に向ける。
「アインズ。君は分類学上、何に属している?」
「ヒトです」
「ああ、当然そうだろう。では、君が騎士になって戦おうとしている相手はどうだ?」
「ヒト、です」
「その通りだ。では──」
考えるべきはアインズだけではないぞと、そう言うように教官は受講生たちを一瞥した。講義室を一周した視線は、再び彼女へ。
「仲間が死ぬことと、敵が死ぬこと。その違いはなんだ? 近くの者と相談しても良い、考えてみろ。数分したら、代表して再度アインズに問う」
周囲との打ち合わせを許可された受講生たちは、各々、隣席の者と会話を始めた。
「貴女は、どう思う?」
アインズもまた、隣の席のアンネに問いかけた。自分の答えは教官に聞かれた時点で決まっていたため、他人がどう思っているのか確認する事を優先したのだ。
「私は、記憶の違いがあると思うな」
「記憶?」
「うん。だって仲間って事は、その時までの記憶があるはずでしょ? 一緒に訓練したり、ご飯食べたり。でも、敵にはそれが無い。大抵は初対面だし、どんな人なのかは知らないもん」
アインズに問われ、己の考えを口にしたアンネ。逆にこれ以外の答えがあるのかと、彼女は自信満々な様相であった。
「アインズさんは?」
「私は……」
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
命について考える度、アインズの脳裏には母親の教えがこだまする。幼少の頃に刷り込まれた価値観は、十四歳になっても微塵ほども変化しなかった。
「私はね──」
「そこまで!」
教官が発した言葉により、相談の時間は終了。一同がピタッと話をやめ、前を向いた。
「では、アインズ。仲間が死ぬことと、敵が死ぬことの違いはなんだ?」
受講生たちの視線がアインズに集まる。彼女はそれを気に留めず、まっすぐと教官に向かって口を開いた。
「違いは、ありません」
「ほう。理由を聞こうか」
「時間を共にした仲間だろうと、異国の敵だろうと、一つの命であることに変わりは無いからです。仲間の死を悲しむなら、敵の死も嘆く。敵の死に無関心なら、仲間の死に対しても冷静に。そうあるべきだと、私は考えます」
数秒の沈黙を経て、教官は話を再開する。
「なるほど、なかなか興味深い。仮に、戦いの中で大切な仲間が死んだとして、君はどうする?」
「どうもせず、作戦を遂行します」
なんの躊躇いも無く答えたアインズに、彼はアゴ髭を右手で触りながら目を見開いた。
それは、驚愕でもなければ幻滅でもない。アインズの将来に対する期待感だ。
「ふん、実に素晴らしい。まさか、その歳で壁を二つも乗り越えているとは。その迷いの無さ、君は隊長の器を秘めているな」
「ありがとうございます」
そこまでで、その日の講義は終わった。全ての命を等しく思うよう育てられたアインズは、等しいのだからどれが失われても同じだと、慈愛とは真逆の思想を持った。
──命は、等しい
母の教えのうち、「等しい」の部分ばかりが大きくなった。大切に思う気持ちで命の平等性を重視し続けた結果、「尊い」の部分が限りなく小さくなったのである。
──仲間だろうと、敵だろうと。私だろうと、他人だろうと。家族だろうと。
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