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第5章:選択
等しく尊い命
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◇◇◇ ◇◇◇
──十五年前のブライトヒル王国、都市部。王国城に近いこの場所で生まれ育った九歳の少女。後頭部で一つにまとめた金髪を、左右に揺らしながら進む。
「眩しい」
透き通った青い瞳を、夕日が刺激する。右手を額の近くに持っていき、眩しさの軽減を試みた。目を細めて歩き、学校から自宅までの、最後の角を曲がる。
「……あれ?」
自宅の玄関前で、植え込みに向かってしゃがみこむ人物を発見した。
「お母さん?」
少し近づくと、それは自身の母親であることが分かった。
「お母さん、どうしたの?」
「あら、おかえりアインズ。おうちの前で、猫ちゃんが亡くなっていたのよ」
視線を母親から植え込みに移す。斑ひとつ無い綺麗な黒猫が横たわっていた。外傷は無いが、呼吸はしていないようで、確かに死んでいた。
「猫ちゃん……」
母親の目には、涙が浮かんでいた。飼い猫でもなければ、親しんだ野良猫でもない。今日初めて見た個体だ。
にも関わらず、彼女は、まるで自身の愛おしい猫であるかのように涙した。
「かわいそう……」
そんな母と猫の遺体を眺めるアインズもまた、目尻から熱い雫を落とした。
「お墓を作ってあげましょう」
母親がゆっくりと立ち上がり、言った。
「うん」
◇◇◇
アインズは自宅の庭に穴を掘った。そこへ、黒猫の死骸を丁寧に置く。もう自力で毛繕いが出来ないその子に代わり、アインズは自身の右手で毛並みを整えてやる。
「あらあら、綺麗になったわね」
そこへ、母親が遅れてやって来た。彼女の手には、いつかの食卓に並ぶ予定であった魚が一尾。
「それは?」
「これはね、この子へのお供え物よ」
「そっか……」
前足の間に魚を挟むと、まるで、今から餌を食べるかのような格好になった。
「いい? アインズ」
園芸用のスコップで黒猫の体に土を被せながら、母親はアインズに言う。
「命は等しく尊いものなのよ」
盛った土をスコップの背で固め、手製の小さな十字架を刺した。
「……うん」
アインズが物心つく前から、母はこの教えを徹底していた。その甲斐あってアインズは、悪戯に虫や小動物の命を弄ぶことはしなかった。
しかし、母の行為に疑問を感じる事もあった。今が、その一例である。
──お魚さん
命が等しく尊いのであれば、猫の死を悲しむのは当然の事だ。では、供え物にされた魚はどうなのだろうか。既に息絶えているものは、構わないのだろうか。
「さ、もう暗くなるわ。お家に戻りましょう」
「うん」
手や、スカートの裾に付いた土を払う。庭から玄関へ向かう道中に、おびただしい数の十字架が見えた。その全てが、今日のような出来事のために生まれたものである。
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
その言葉はアインズにとって、一字一句、そのテンポや音程さえ違えぬほど、繰り返し聞いた言葉だ。
「等しく……」
玄関横の花壇を見ると、二匹の昆虫が居た。ちょうど狩りを終えたカマキリと、彼の栄養へと成り行くバッタである。
「等しく、尊い……」
食事の様子をしばらく見つめ、考え事をした。
「アインズ、もう入りなさい」
「は~い」
母に呼ばれ、玄関をくぐった。靴を脱ぎ、踵を揃えて並べる。ふと、自分も空腹であることに気付いた。
「今日は鶏肉のソテーだったよね、楽しみ……って、あれ? これじゃあ……」
母親が魚にした事を、アインズは鶏にしている。そう気が付いた彼女の頭に、また母の教えが響く。
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
「ねえ、お母さん」
どうしても気になったアインズは、台所で鶏肉を切っていた母に、この矛盾の正体は何なのか聞いてみることに。
「どうしたの?」
「命は、みんな同じように大切なんでしょ?」
「ええ、そうよ。区別したり、優劣をつけたりしちゃダメなのよ」
「じゃあ、どうして私たちは他の命をたべちゃうの? さっきのお魚さんも、その鳥さんも……」
娘の言葉を聞き、彼女は目を見開いた。確かに徹底して教えた事ではあったが、まさかこんな方向に進んでいるとは思ってもみなかった為である。
「そうね。少し変かもしれないわ。でもね、アインズ。私たちは、そうしなきゃ生きていけないでしょう?」
「うん」
「だから、『いただきます』を言うの」
「あ……」
「命を頂いて、私たちの力になってもらうの。だから、食べる前にはきちんと挨拶するのよ」
そう聞いたアインズの中で、点と点とが結び付いた。そのように教わったから、何となく口にしていた挨拶。それと、命は等しく尊いと思う気持ち。
この二つは、根本的には同じ発想であったのだ。
「うん!」
矛盾を解決したアインズは、満面の笑みでもって頷いた。
──十五年前のブライトヒル王国、都市部。王国城に近いこの場所で生まれ育った九歳の少女。後頭部で一つにまとめた金髪を、左右に揺らしながら進む。
「眩しい」
透き通った青い瞳を、夕日が刺激する。右手を額の近くに持っていき、眩しさの軽減を試みた。目を細めて歩き、学校から自宅までの、最後の角を曲がる。
「……あれ?」
自宅の玄関前で、植え込みに向かってしゃがみこむ人物を発見した。
「お母さん?」
少し近づくと、それは自身の母親であることが分かった。
「お母さん、どうしたの?」
「あら、おかえりアインズ。おうちの前で、猫ちゃんが亡くなっていたのよ」
視線を母親から植え込みに移す。斑ひとつ無い綺麗な黒猫が横たわっていた。外傷は無いが、呼吸はしていないようで、確かに死んでいた。
「猫ちゃん……」
母親の目には、涙が浮かんでいた。飼い猫でもなければ、親しんだ野良猫でもない。今日初めて見た個体だ。
にも関わらず、彼女は、まるで自身の愛おしい猫であるかのように涙した。
「かわいそう……」
そんな母と猫の遺体を眺めるアインズもまた、目尻から熱い雫を落とした。
「お墓を作ってあげましょう」
母親がゆっくりと立ち上がり、言った。
「うん」
◇◇◇
アインズは自宅の庭に穴を掘った。そこへ、黒猫の死骸を丁寧に置く。もう自力で毛繕いが出来ないその子に代わり、アインズは自身の右手で毛並みを整えてやる。
「あらあら、綺麗になったわね」
そこへ、母親が遅れてやって来た。彼女の手には、いつかの食卓に並ぶ予定であった魚が一尾。
「それは?」
「これはね、この子へのお供え物よ」
「そっか……」
前足の間に魚を挟むと、まるで、今から餌を食べるかのような格好になった。
「いい? アインズ」
園芸用のスコップで黒猫の体に土を被せながら、母親はアインズに言う。
「命は等しく尊いものなのよ」
盛った土をスコップの背で固め、手製の小さな十字架を刺した。
「……うん」
アインズが物心つく前から、母はこの教えを徹底していた。その甲斐あってアインズは、悪戯に虫や小動物の命を弄ぶことはしなかった。
しかし、母の行為に疑問を感じる事もあった。今が、その一例である。
──お魚さん
命が等しく尊いのであれば、猫の死を悲しむのは当然の事だ。では、供え物にされた魚はどうなのだろうか。既に息絶えているものは、構わないのだろうか。
「さ、もう暗くなるわ。お家に戻りましょう」
「うん」
手や、スカートの裾に付いた土を払う。庭から玄関へ向かう道中に、おびただしい数の十字架が見えた。その全てが、今日のような出来事のために生まれたものである。
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
その言葉はアインズにとって、一字一句、そのテンポや音程さえ違えぬほど、繰り返し聞いた言葉だ。
「等しく……」
玄関横の花壇を見ると、二匹の昆虫が居た。ちょうど狩りを終えたカマキリと、彼の栄養へと成り行くバッタである。
「等しく、尊い……」
食事の様子をしばらく見つめ、考え事をした。
「アインズ、もう入りなさい」
「は~い」
母に呼ばれ、玄関をくぐった。靴を脱ぎ、踵を揃えて並べる。ふと、自分も空腹であることに気付いた。
「今日は鶏肉のソテーだったよね、楽しみ……って、あれ? これじゃあ……」
母親が魚にした事を、アインズは鶏にしている。そう気が付いた彼女の頭に、また母の教えが響く。
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──命は等しく尊いものなのよ
「ねえ、お母さん」
どうしても気になったアインズは、台所で鶏肉を切っていた母に、この矛盾の正体は何なのか聞いてみることに。
「どうしたの?」
「命は、みんな同じように大切なんでしょ?」
「ええ、そうよ。区別したり、優劣をつけたりしちゃダメなのよ」
「じゃあ、どうして私たちは他の命をたべちゃうの? さっきのお魚さんも、その鳥さんも……」
娘の言葉を聞き、彼女は目を見開いた。確かに徹底して教えた事ではあったが、まさかこんな方向に進んでいるとは思ってもみなかった為である。
「そうね。少し変かもしれないわ。でもね、アインズ。私たちは、そうしなきゃ生きていけないでしょう?」
「うん」
「だから、『いただきます』を言うの」
「あ……」
「命を頂いて、私たちの力になってもらうの。だから、食べる前にはきちんと挨拶するのよ」
そう聞いたアインズの中で、点と点とが結び付いた。そのように教わったから、何となく口にしていた挨拶。それと、命は等しく尊いと思う気持ち。
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