天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第5章:選択

鋏使いのバケモノ

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◇◇◇

 ──ブライトヒル王国、市街地

 バケモノ出現との情報を聞き、アインズは街へ駆け出した。ポリアを隊長室に残し、共に出撃した桜華とは別の方向へ。

「騎士団はどう動いているのかしら……」

 初めて襲撃を受けた時とは違い、王国として何かしらの対策はとっているはずだと、アインズは考えた。

 ひとまずの目標を「第一部隊との合流」として進む。

「もう、この辺りでも被害が出ているのね」

 壁が崩壊した建物や、一般人の遺体が、ところどころに散見される。騎士の遺体が見られない事から、既にバケモノを押しているのだろうと分かる。

「……っ!」

 十分ほど小走りで進んだところで、アインズは金属音を耳にした。人の声と、奇怪な声も同時に飛び込んで来る。発生源へと急行すると、一人の男性騎士とバケモノが対峙していた。

「あいつ、ただのバケモノじゃないわね」

 左腕が水平向きの鋏になっており、唸りながら、一対の刃を繰り返し開閉している。

《グルルル……フギィ!》

 鋏を大きく開き、騎士の方へ猛進。既に疲労が目立つ彼に、これを回避するのは難しいだろう。

そう判断し──

「ブリッツ・ピアス!」

 亜光速移動でもって、敵の進路と垂直に男性騎士を救出。

 一瞬、アインズの髪を鋏が掠めるほどギリギリであった。

《ブギギャ?》

「……! アインズさん?!」

「あら、アルニムじゃない」

 彼女の名を呼んだのは、第一部隊の隊員、アルニムである。いつの間にブライトヒルに戻っていたのだと、彼は驚きの声を上げる。

「第一部隊は?」

「メーデン様の指示で、三人組に分かれて散開しています。けど、私のチームはもう……」

「……そう、了解よ。でも、悲しむのは奴を倒してからね」

平静を装うも、握り拳は強ばった。

「はい!」

 体勢を立て直す。敵は鋏を開き、二人の方を見ている。

──真っ直ぐ攻めても、斬られるだけか

 相手の攻撃は横に広い。直線で特攻すれば、たちまちその範囲に入ってしまうだろう。弱点は上下だが、重い装備を着けての大ジャンプは困難を極める。

「回り込むしかなさそうね」

「私が引き付けましょうか」

「……ええ、頼むわ」

 鋏が脅威なのは、その内側のみ。背後から攻めれば、振り返ったとしても刃でない部分が来るだけだ。

──ブリッツ・ピアス

 敵の視線を誘わぬよう、アルニムの背後に隠れてから亜光速移動を繰り出す。

 ある程度の距離をとり、向かって右側、鋏の腕がある方に移動。止まって見える景色の中に、バケモノを捉えた。

「おらおらバケモノ! やれるもんなら、やってみな!」

 意図して声を荒らげ、大袈裟な構えでバケモノを誘う。アインズに注目させない為の策である。

《ググゥ……》

作戦は巧く機能し、バケモノが鋏を開いて突き出した。

──そこよ!

「ブリッツ! ピアス!」

突き攻撃を、敵の肘目掛けて繰り出す。

《フググ?!》

切っ先が向こう側へ突き出した。

「はああああっ!」

 反撃が来る前に抜き、垂直斬りによって追撃を行うと、一番の特徴であった鋏が地に落ちた。

「とどめだ!」

 怯んだ敵に更なる追い討ちをかける。アインズは一歩下がり、アルニムが胴体目掛けて斬り込んだ。水平向きの刃が、見事にバケモノの胴体へ食い込む。

《ブギィヤァ!》

 アインズには出来ない力技により、バケモノの身体が裂けていく。

「うおおおおおおお!」

しかし、このバケモノと言う敵は、そう優しくない。

──まずい、右腕が!

 危機に瀕したバケモノは、残った右腕を鋏に変化させた。アインズの身体が反応を開始した頃には、一対の刃は閉じ始め──

「逃げて、アルニム!」

「……えっ?」

 ──彼の体は、二つに分かれた。アルニムの剣がバケモノを分割するのも、それと同時であった。

 一人と一匹が、計四つのパーツに分かれて落ちる。

「ああ、そんな、アルニム!」

 躓きながら彼の元へ。バケモノの上半身をキッと睨み付け、剣を逆手に持った。

「お前! よくも、よくも!」

 バケモノの顔面目掛けて何度も振り下ろし、絶命したのを確認。失せろと言わんばかりに、遠くへ蹴り飛ばす。

「アルニム! 気を確かに持つのよ!」

「……アイン……ズ……さん……すみま…………」

 瞳から光が失われていくのを見て、アインズの脳裏には彼との記憶が蘇った。

 彼は、アインズに初めて出来た後輩であった。数々の仲間が死んでいく中、アインズとアルニムは何度も生き残った。彼女が隊長となった後は、一番の部下として活躍を見せた。そんな騎士であった。

「……アルニム? アルニム?!」

 謝罪を言いきる事も出来ず、彼は命を落とした。大粒の涙を零しながら、アインズは誓いを述べた。

「約束よ。私は必ず、バケモノを殲滅する。貴方含めて、死んでいったみんなの弔いをするわ。それで……許してね」

 震える声で許しを乞う。最後に彼の手を握り、せめて安らかにと祈った。

──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ

 ふと、母親の言葉を思い出す。繰り返し脳内に響く声に、アインズは少しばかり怒りを覚えた。

「どこが……どこが、等しいって言うのよ」

 この場所に来るまでに、何人もの遺体を見た。悲しくない訳ではないが、その一人ひとりに対して涙を流してはいない。

──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ

「……等しくなんかない」

──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ

「等しくなんか……ない!」

──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ

「うるさい!」

 両手で頭を抱え、激しく左右に振る。焼き付いて離れない。響いて響いて仕方がない。

「うるさいうるさい、黙ってよ!」

──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ

「黙らないなら説明してよ! どこが等しいのよ?! 顔も名前も知らない誰かの命と、アルニムの命が等しいの? なら、どうして私はさっき泣かなかったの? どうして今は、泣いているのよ?!」

 しかし、彼女の疑問に幻聴が答えることはない。

 混乱と怒りを刃に込め、道行く先に立ち塞がるバケモノを殺していく。無理に剣を振って腕が痛もうが、身体の何処に返り血を浴びようが、怒涛の勢いで進撃していく。

「この! この!」

 バケモノから見れば、今のアインズは、それこそバケモノであっただろう。走り続けた彼女は、やがて、足がもつれて転倒した。

「私は……私は……っ!」

 自分でも、愚かだと感じた。こんな事では早死にする。アルニムに誓った約束を果たす事も出来ないだろう。

「…………ん?」

 そう気付いて少しだけ冷静になったとき、すぐ近くで繰り広げられる死闘の音を聞いた──。

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