天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第5章:選択

嘆願の言葉

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◇◇◇

 ──ブライトヒル王国、王立図書館前

 国による、一連の出来事に関する話。やっと説明があるのかと。どれだけ待ちわびたことかと。多くの国民が、この場所へ集結した。

 決して穏やかでない者も居る。演説中に事件が起こらぬよう、騎士団が徹底的に警戒している。

「物凄い人数だ……」

 図書館の中からその様子を見ていたブライトヒル国王騎士団第二部隊長、ツヴァイは呟いた。

「それだけ、多くの者が恐れ慄いているのだ」

「メーデン様」

「当然だろう? 敵は人間を殺すバケモノ。むしろ、冷静で居られる我々の方が異常者だと言えよう」

 最初は誰もが恐怖した。月が落ちるなどという異常事態を、「そうですね」と受け入れられる人間はいない。鎖やバケモノに関しても同様だ。

「しかし、今からその異常者を増やそうとしているわけですが」

「ふん、違いない」

 舞台に上がった騎士が「静粛に」と声をあげた。それまで騒々しかった民衆は一挙に静まり、これから始まろうとする催しに集中する。

「始まるぞ。我々も行こう」

「はい」

◇◇◇

 図書館の入口に、国王が待機している。ツヴァイとメーデンの二人は、演説中の彼を護衛する役目を与えられていた。

「遂にこの日が来たな」

「ええ」

「皆、理解してくれると良いのですが」

「はっはっは、ツヴァイよ、心配には及ばん。人の心は変えられる。それを、お前も実感したのだろう?」

「そう、ですね」

 クライヤマや日の巫女を疑う側の人間だったツヴァイ。しかし、ユウキの放つ温かさに触れたことで、考えを改めた。

「私に出来たのだから、皆にも出来る。私は、そう信じます」

「その意気だ」

 国王が話をする前に、騎士による報告が行われた。淡々と調査状況を述べるのみだ。王やメーデンらが本当に実施したいのは、ここから。

 報告というよりも、呼びかけに近い。国民にどうして欲しいのか、それを伝える演説である。

「さあ、行くぞ」

 舞台袖から歩み出る。図書館の中から見ていた時よりも、民衆との距離が近い。視線は鋭く、信頼と言うよりも疑いの目であった。

 王が舞台の中央まで行き、民の方を向いた。咳払いをひとつ。大きく息を吸い、演説が始まった。

「親愛なるブライトヒル国民。周知の通り、世界は今、渾沌とした状態にある。

 月が落ち、大地に鎖が刺さった。影からは異形の存在が湧き出し、慈悲もなしに、人々は蹂躙されようとしている。

 我らが郷里においても、幾度かバケモノの襲撃があった。恐怖に震え、不安な日々を過ごす者も多いだろう」

 民は黙って言葉に耳を貸す。中にはキョロキョロと周りを見る者もいた。報告は済んだのに、王自らが出て何の話だとの困惑である。

「ブライトヒル騎士団からも、襲撃のたびに犠牲が出ている。我にとっても、皆にとっても、早急に対処すべき由々しき事態であると言えよう。

 そこで我らは、誇り高き騎士と、一人の少年を派遣した。目的は、忌々しい鎖の破壊、ひいては、この事態の終息である」

 少年という言葉が出ると、会場がザワザワとし始めた。想定内の反応である。騎士ならまだしも、少年とは何者なのか。それを知るのは、ツヴァイら限られた数名のみだ。

「誰なんだ、その少年ってのは!」

「そんなの、さっきの説明には無かったぞ!」

 案の定、不満の声があがる。王はそれらを一瞥し、続けた。

「我らが送り出したのは、クライヤマで唯一生き残った少年である」

 会場は再び騒がしくなった。

「クライヤマの人間を知っているのか?!」

「ブライトヒルは、邪神の民を匿うのか!」

「侵略戦争でも起こす気か!」

 酷い言われようだと、ツヴァイは拳を強ばらせた。しかし同時に、己もユウキに同じ思いをさせていたのだと悟る。

「最初期のクライヤマ襲撃に際し、かの少年は何もかもを失った。家族も友もだ!」

 少年もまた被害者なのだと告げると、民は少し静かになった。そんなバカな、と。クライヤマは邪神の住まう地で、住人は侵略者であるはずだ、と。自分の認識と全く異なる言葉に、ただただ唖然とするばかりであった。

「彼は、突如として一方的で理不尽な『天罰』を受け、戦うと『決意』した少年だ。

 此度の不条理を『破壊』するために己と故郷とを『乖離』し、強い『責任』感を持って旅立つ事を『選択』した、立派な戦士だ。

 だからこそ、彼を鎖破壊の希望として、我がブライトヒルから送り出したのである」

 必ずしもクライヤマが悪というわけではないのだと、そう示す王の言葉に、多くの人間は衝撃を受けた。認められない者も居れば、言われてみれば何故クライヤマを一方的に疑っていたのかと、改めて考える者も居る。

「見ての通り、鎖はすでに三本破壊された。かの少年が鎖と、バケモノ共と戦っている証拠だ。皆に求む。今一度、この厄災について冷静に考えてみてはくれまいか。何が事実で、誰が敵なのかを」

 クライヤマの、そしてブライトヒルから旅立った少年の潔白は、なにも言葉だけではない。鎖が三本破壊されている事は、誰の目にも明らかな事実である。

「恐れるなとは言わない。悲しむなとは言わない。憂いを抱いた者はそれでいい。ただ、その想いを力に変換できる諸君は聞いて欲しい。真実を見極めよう。共に前へ進もう」

 ブライトヒル国王は、決して考えを押し付けようとはしなかった。国を信じろだとか、クライヤマを信じろだとか、そんな安易な要請は口にしない。

「我らは、今後もクライヤマや月について調査を進める。その進捗はここ、王立図書館にて掲示する。親愛なる国民の皆においては、それらに目を通し、己の頭で考えて欲しい。

 誰かが言ったから。多数派だから。その様な波に流されることなく、全員が自分の意見を持って欲しい。そういった意識がやがて、真実を突き止める事になるであろう」

 ただ、各自が考えるように促す。国王とて、騎士団とて、クライヤマが本当に被害者側なのかは判っていない。

 だからこそ、判らないからこそ、何も考えずに決めつけるのは止めようと。

 しっかりと真実を目指そうと。そんな、国王から国民への、嘆願の言葉であった。
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