80 / 140
第5章:選択
巫女の選択
しおりを挟む
◇◇◇
それから一週間。占いは地道に不正確になり、今や五度に一度は正しくない答えを導き出す。連続ではずれる事もあり、正誤の間隔は無作為であった。
──うっ! また、なの?
衰弱していく日の巫女の力に対して、この苦痛だけは何も変わらない。何度も何度も、時も場所も弁えずに襲い来る。
それは、ユウキと話をしている時でさえ例外ではない。
「リオ、大丈夫?」
「え? う、うん、大丈夫だよ」
「……嘘だ。苦しそうな顔してたよ」
「あはは……バレちゃった?」
リオほ普段から堪えようと努めているが、不意に襲われれば、抗う術は無い。一瞬、彼女の顔が苦痛に歪んだのをユウキは見逃さなかった。
「心配してくれて、ありがとう。このところ雨が多いし、濡れることもあったから……風邪ひいたのかも」
「それじゃあ温かくしなきゃ。ちょっと待ってて」
そうとだけ言い、少年は草むらへと消えた。呼び止める間も無かった。
数分待つと、再び草むらが揺れた。
「ただいま」
「こちらは家じゃないですよ」
「うん、家じゃない。僕は、リオのところに帰ってきたんだ」
「……もう」
「それより、ほら」
小脇に抱えた布を両手で広げる。藁を幾重にも編み込んだものだ。
「ありが──あっ」
手を伸ばして受け取ろうとしたが、ユウキの行動は彼女の予想と違った。少年はそれを、彼女の正面から腕を回して肩にかけたのである。
「どう?」
「……うん、嬉しい」
「温かさは……?」
「まぁ、さっきまでよりは」
「そう言うと思って、これも持ってきたよ」
占いよりも確かな精度で、リオの発言を予測した少年。懐から火打石と打ち金を取り出し、社の焚き火跡に着火。ゆっくりと煙が上がり、次第に炎が大きくなった。
「焚き火を見に誰か来たら、ユウキ、怒られちゃうよ?」
「構うもんか。リオの風邪がこじれるくらいなら、怒られた方が断然良い」
「ふふふっ、ありがと」
火にあたるリオのすぐ左に立ち、少年も暖をとる。次第に身体が温まり、顔まで熱くなる。
「……ねぇ、リオ」
「うん?」
「ふと思ったんだ。皆が寝静まった後なら、堂々と君に会えるなぁって」
「あ……」
「なにも、こんなにビクビクしながら来る事はないんじゃないかな……ってさ」
以前、リオもたどり着いた思考。それをユウキが提案したことで、彼女は少しだけ嬉しいと感じた。自分の想いが一方的でないことを確認できたからだ。
「私は……」
しかしリオは、つい先日に心を決めたばかりである。自分はクライヤマに座する日の巫女なのだと。慕ってくれる人がいる限り、その希望であり続けるのだと。
「私もね、ユウキ。実は同じ事を考えたの」
「え?」
「辛くて辛くて……ユウキに会いたくて。夜中なら、ここで気兼ねなく遊べるんじゃないかな~って」
「リオ……」
リオの言葉を聞いて、ユウキも同様に安心した。もう何年も抱え続ける恋慕が、一方的ではないと予想できたからである。
「でも、ごめんね。私にはできないや。本心では、やっぱり一緒に居たいよ? こうやってお話したり、二人きりでご飯を食べたり。けど、さ。私は、クライヤマの巫女だから。意図的にみんなを騙すような事は……できないや」
「そっか。……じゃあ、僕はいつも通り忍び込むよ」
「うん。待ってるね、いつでも」
それが、彼女の答えである。己の心を抑え込み、クライヤマに座する日の巫女として生きること。自身の感情に従うよりも、集落の伝統を維持すること。
この自己犠牲こそが、リオの選択した道であった。
◇◇◇
かれこれ、一週間弱の雨が続いている。占いによれば、次の晴れは、この日の夕方に訪れる。しかし、その夜からはまた雨が続く。いくら日輪に祈ろうと、結果は覆らなかった。
「巫女様」
「はい」
ずぶ濡れの男が一人、社を訪れた。低い声で、唸るようにリオへ問いかける。
「どうして、晴れないのでしょうか?」
「……ごめんなさい。私も祈り続けているのですが、どうにも晴れに変わらず」
「次の晴れは、いつなのですか?」
「次は今日の夕暮れごろと……その先は、一週間後です」
「それでは……それでは、困るのです」
——そんなこと言われても……私だって、天候を操れるわけじゃないのに
天候が良くならないことに対して怪訝そうにする男。クライヤマの中でも低い場所に家を持っている彼は、このまま雨がやまねば、自身の住処が水没するのではないかと心配しているのだ。
「ごめんなさい……。どうにか晴れをもたらしてくらるよう、祈祷いたしますね」
「お願いします」
暗い顔のまま男は振り返り、濡れた地面をビチャビチャと鳴らしながら去った。
申し訳ない気持ちを抱えたまま、彼女も振り返って屋内へ戻る。
——どうして、晴れてくれないの?
「どうして——ううっ⁈」
不意に、激しい不快感に襲われた。思わず横に倒れてしまう。運よく社の中にいたため、泥まみれになることはなかった。
しかし、これまでにないほどの苦痛が訪れたという事実は、彼女を大いに心配させる種となった。
「はあ……はあ……何なの、これ……?」
外の空気を吸おうと、胸を押さえながら戸を開けて再び外へ。雲にわずかな隙間があり、そこから日中の白い月が顔を出していた。見た目は特に変わった様子のない、いつも通りの月である。
しかし、リオは感じていた。何か危険な力を。嫌な気配を。彼女を襲う苦痛が、まるで月から襲って来ているかのような感覚があった。
「……いったい、何が起きてるの?」
苦しさの原因は。晴れぬ理由は。無念なことに、リオにそれらを知る術は無い。
ただただ、苦しみながら崩壊の時を待つことしかできないのであった……。
それから一週間。占いは地道に不正確になり、今や五度に一度は正しくない答えを導き出す。連続ではずれる事もあり、正誤の間隔は無作為であった。
──うっ! また、なの?
衰弱していく日の巫女の力に対して、この苦痛だけは何も変わらない。何度も何度も、時も場所も弁えずに襲い来る。
それは、ユウキと話をしている時でさえ例外ではない。
「リオ、大丈夫?」
「え? う、うん、大丈夫だよ」
「……嘘だ。苦しそうな顔してたよ」
「あはは……バレちゃった?」
リオほ普段から堪えようと努めているが、不意に襲われれば、抗う術は無い。一瞬、彼女の顔が苦痛に歪んだのをユウキは見逃さなかった。
「心配してくれて、ありがとう。このところ雨が多いし、濡れることもあったから……風邪ひいたのかも」
「それじゃあ温かくしなきゃ。ちょっと待ってて」
そうとだけ言い、少年は草むらへと消えた。呼び止める間も無かった。
数分待つと、再び草むらが揺れた。
「ただいま」
「こちらは家じゃないですよ」
「うん、家じゃない。僕は、リオのところに帰ってきたんだ」
「……もう」
「それより、ほら」
小脇に抱えた布を両手で広げる。藁を幾重にも編み込んだものだ。
「ありが──あっ」
手を伸ばして受け取ろうとしたが、ユウキの行動は彼女の予想と違った。少年はそれを、彼女の正面から腕を回して肩にかけたのである。
「どう?」
「……うん、嬉しい」
「温かさは……?」
「まぁ、さっきまでよりは」
「そう言うと思って、これも持ってきたよ」
占いよりも確かな精度で、リオの発言を予測した少年。懐から火打石と打ち金を取り出し、社の焚き火跡に着火。ゆっくりと煙が上がり、次第に炎が大きくなった。
「焚き火を見に誰か来たら、ユウキ、怒られちゃうよ?」
「構うもんか。リオの風邪がこじれるくらいなら、怒られた方が断然良い」
「ふふふっ、ありがと」
火にあたるリオのすぐ左に立ち、少年も暖をとる。次第に身体が温まり、顔まで熱くなる。
「……ねぇ、リオ」
「うん?」
「ふと思ったんだ。皆が寝静まった後なら、堂々と君に会えるなぁって」
「あ……」
「なにも、こんなにビクビクしながら来る事はないんじゃないかな……ってさ」
以前、リオもたどり着いた思考。それをユウキが提案したことで、彼女は少しだけ嬉しいと感じた。自分の想いが一方的でないことを確認できたからだ。
「私は……」
しかしリオは、つい先日に心を決めたばかりである。自分はクライヤマに座する日の巫女なのだと。慕ってくれる人がいる限り、その希望であり続けるのだと。
「私もね、ユウキ。実は同じ事を考えたの」
「え?」
「辛くて辛くて……ユウキに会いたくて。夜中なら、ここで気兼ねなく遊べるんじゃないかな~って」
「リオ……」
リオの言葉を聞いて、ユウキも同様に安心した。もう何年も抱え続ける恋慕が、一方的ではないと予想できたからである。
「でも、ごめんね。私にはできないや。本心では、やっぱり一緒に居たいよ? こうやってお話したり、二人きりでご飯を食べたり。けど、さ。私は、クライヤマの巫女だから。意図的にみんなを騙すような事は……できないや」
「そっか。……じゃあ、僕はいつも通り忍び込むよ」
「うん。待ってるね、いつでも」
それが、彼女の答えである。己の心を抑え込み、クライヤマに座する日の巫女として生きること。自身の感情に従うよりも、集落の伝統を維持すること。
この自己犠牲こそが、リオの選択した道であった。
◇◇◇
かれこれ、一週間弱の雨が続いている。占いによれば、次の晴れは、この日の夕方に訪れる。しかし、その夜からはまた雨が続く。いくら日輪に祈ろうと、結果は覆らなかった。
「巫女様」
「はい」
ずぶ濡れの男が一人、社を訪れた。低い声で、唸るようにリオへ問いかける。
「どうして、晴れないのでしょうか?」
「……ごめんなさい。私も祈り続けているのですが、どうにも晴れに変わらず」
「次の晴れは、いつなのですか?」
「次は今日の夕暮れごろと……その先は、一週間後です」
「それでは……それでは、困るのです」
——そんなこと言われても……私だって、天候を操れるわけじゃないのに
天候が良くならないことに対して怪訝そうにする男。クライヤマの中でも低い場所に家を持っている彼は、このまま雨がやまねば、自身の住処が水没するのではないかと心配しているのだ。
「ごめんなさい……。どうにか晴れをもたらしてくらるよう、祈祷いたしますね」
「お願いします」
暗い顔のまま男は振り返り、濡れた地面をビチャビチャと鳴らしながら去った。
申し訳ない気持ちを抱えたまま、彼女も振り返って屋内へ戻る。
——どうして、晴れてくれないの?
「どうして——ううっ⁈」
不意に、激しい不快感に襲われた。思わず横に倒れてしまう。運よく社の中にいたため、泥まみれになることはなかった。
しかし、これまでにないほどの苦痛が訪れたという事実は、彼女を大いに心配させる種となった。
「はあ……はあ……何なの、これ……?」
外の空気を吸おうと、胸を押さえながら戸を開けて再び外へ。雲にわずかな隙間があり、そこから日中の白い月が顔を出していた。見た目は特に変わった様子のない、いつも通りの月である。
しかし、リオは感じていた。何か危険な力を。嫌な気配を。彼女を襲う苦痛が、まるで月から襲って来ているかのような感覚があった。
「……いったい、何が起きてるの?」
苦しさの原因は。晴れぬ理由は。無念なことに、リオにそれらを知る術は無い。
ただただ、苦しみながら崩壊の時を待つことしかできないのであった……。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説



どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる