天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第5章:選択

巫女の選択

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◇◇◇

 それから一週間。占いは地道に不正確になり、今や五度に一度は正しくない答えを導き出す。連続ではずれる事もあり、正誤の間隔は無作為であった。

──うっ! また、なの?

 衰弱していく日の巫女の力に対して、この苦痛だけは何も変わらない。何度も何度も、時も場所も弁えずに襲い来る。

 それは、ユウキと話をしている時でさえ例外ではない。

「リオ、大丈夫?」

「え? う、うん、大丈夫だよ」

「……嘘だ。苦しそうな顔してたよ」

「あはは……バレちゃった?」

 リオほ普段から堪えようと努めているが、不意に襲われれば、抗う術は無い。一瞬、彼女の顔が苦痛に歪んだのをユウキは見逃さなかった。

「心配してくれて、ありがとう。このところ雨が多いし、濡れることもあったから……風邪ひいたのかも」

「それじゃあ温かくしなきゃ。ちょっと待ってて」

 そうとだけ言い、少年は草むらへと消えた。呼び止める間も無かった。

 数分待つと、再び草むらが揺れた。

「ただいま」

「こちらは家じゃないですよ」

「うん、家じゃない。僕は、リオのところに帰ってきたんだ」

「……もう」

「それより、ほら」

 小脇に抱えた布を両手で広げる。藁を幾重にも編み込んだものだ。

「ありが──あっ」

 手を伸ばして受け取ろうとしたが、ユウキの行動は彼女の予想と違った。少年はそれを、彼女の正面から腕を回して肩にかけたのである。

「どう?」

「……うん、嬉しい」

「温かさは……?」

「まぁ、さっきまでよりは」

「そう言うと思って、これも持ってきたよ」

 占いよりも確かな精度で、リオの発言を予測した少年。懐から火打石と打ち金を取り出し、社の焚き火跡に着火。ゆっくりと煙が上がり、次第に炎が大きくなった。

「焚き火を見に誰か来たら、ユウキ、怒られちゃうよ?」

「構うもんか。リオの風邪がこじれるくらいなら、怒られた方が断然良い」

「ふふふっ、ありがと」

 火にあたるリオのすぐ左に立ち、少年も暖をとる。次第に身体が温まり、顔まで熱くなる。

「……ねぇ、リオ」

「うん?」

「ふと思ったんだ。皆が寝静まった後なら、堂々と君に会えるなぁって」

「あ……」

「なにも、こんなにビクビクしながら来る事はないんじゃないかな……ってさ」

 以前、リオもたどり着いた思考。それをユウキが提案したことで、彼女は少しだけ嬉しいと感じた。自分の想いが一方的でないことを確認できたからだ。

「私は……」

 しかしリオは、つい先日に心を決めたばかりである。自分はクライヤマに座する日の巫女なのだと。慕ってくれる人がいる限り、その希望であり続けるのだと。

「私もね、ユウキ。実は同じ事を考えたの」

「え?」

「辛くて辛くて……ユウキに会いたくて。夜中なら、ここで気兼ねなく遊べるんじゃないかな~って」

「リオ……」

 リオの言葉を聞いて、ユウキも同様に安心した。もう何年も抱え続ける恋慕が、一方的ではないと予想できたからである。

「でも、ごめんね。私にはできないや。本心では、やっぱり一緒に居たいよ? こうやってお話したり、二人きりでご飯を食べたり。けど、さ。私は、クライヤマの巫女だから。意図的にみんなを騙すような事は……できないや」

「そっか。……じゃあ、僕はいつも通り忍び込むよ」

「うん。待ってるね、いつでも」

 それが、彼女の答えである。己の心を抑え込み、クライヤマに座する日の巫女として生きること。自身の感情に従うよりも、集落の伝統を維持すること。

 この自己犠牲こそが、リオの選択した道であった。

◇◇◇

 かれこれ、一週間弱の雨が続いている。占いによれば、次の晴れは、この日の夕方に訪れる。しかし、その夜からはまた雨が続く。いくら日輪に祈ろうと、結果は覆らなかった。

「巫女様」

「はい」

 ずぶ濡れの男が一人、社を訪れた。低い声で、唸るようにリオへ問いかける。

「どうして、晴れないのでしょうか?」

「……ごめんなさい。私も祈り続けているのですが、どうにも晴れに変わらず」

「次の晴れは、いつなのですか?」

「次は今日の夕暮れごろと……その先は、一週間後です」

「それでは……それでは、困るのです」

——そんなこと言われても……私だって、天候を操れるわけじゃないのに

 天候が良くならないことに対して怪訝そうにする男。クライヤマの中でも低い場所に家を持っている彼は、このまま雨がやまねば、自身の住処が水没するのではないかと心配しているのだ。

「ごめんなさい……。どうにか晴れをもたらしてくらるよう、祈祷いたしますね」

「お願いします」

 暗い顔のまま男は振り返り、濡れた地面をビチャビチャと鳴らしながら去った。

 申し訳ない気持ちを抱えたまま、彼女も振り返って屋内へ戻る。

——どうして、晴れてくれないの?

「どうして——ううっ⁈」

 不意に、激しい不快感に襲われた。思わず横に倒れてしまう。運よく社の中にいたため、泥まみれになることはなかった。

 しかし、これまでにないほどの苦痛が訪れたという事実は、彼女を大いに心配させる種となった。

「はあ……はあ……何なの、これ……?」

 外の空気を吸おうと、胸を押さえながら戸を開けて再び外へ。雲にわずかな隙間があり、そこから日中の白い月が顔を出していた。見た目は特に変わった様子のない、いつも通りの月である。

 しかし、リオは感じていた。何か危険な力を。嫌な気配を。彼女を襲う苦痛が、まるで月から襲って来ているかのような感覚があった。

「……いったい、何が起きてるの?」

 苦しさの原因は。晴れぬ理由は。無念なことに、リオにそれらを知る術は無い。

 ただただ、苦しみながら崩壊の時を待つことしかできないのであった……。
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