天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

国を守る責任

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◇◇◇

 ──トリシュヴェア国、タヂカラ邸

「つまり、石が下に落ちようとする力を利用して、ぎゅっと強固な結び付きを生み出しているから、アーチは崩れないんだ」

「なるほど! それを立体に応用したのが家なんかにも使われるドーム型なんですね?!」

「そういうこと」

 ユウキらが鎖に向かってから数時間。まだ鎖はその場に座したまま。

 彼らを待っている間に、ポリアはハルの講義を受ける。トリシュヴェア文化圏における建築技術の話題について、現地の人間に直接教わることができて幸せな顔をしている。

「す、すごい量のメモだね……?」

「はい、せっかくの旅なので!」

 ハルの話を聞きながら、常に手を動かすポリア。もしや己の言葉を一字一句全て書き留めているのではなかろうかと、ハルはその熱心さに感心した。

 そんな時──

「ハル! ハル居るか?!」

「なんだい?」

──焦燥感にまみれた声がした。玄関口から顔を出すと、大汗をかいた男が三人立っていた。

「バケモンだ、街にバケモンが出た!」

「なんだって?!」

「何人かが戦ってるが、人手が足んねぇ。お前も手伝ってくれ」

「分かった、すぐ行く!」

「ハル」

振り返り準備に向かおうとするハルを、先頭の男が呼び止める。

「タヂカラの奴にもちったぁ手伝わせろ」

「兄さんは……今は出かけてるんだ」

「何だよ、毎日毎日どこほっつき歩いてんだか」

「兄さんは──」

「なら良い、早いとこ手伝ってくれ」

「待ってよ、兄さんは!」

「待ってらんねぇよ!」

「くっ!」

 説明を聞いて貰えないもどかしさを感じながらも、庭の倉庫からツルハシを二本取り出し、両手で持つ。

「ポリアちゃんは家に居るんだ。出てきたらダメだよ」

「はい」

◇◇◇

 ──トリシュヴェア国、市街地

 五人の男たちが街に入ったバケモノの撃退を試みる。人数に対して敵が多く、防戦どころか押される一方である。ハルが参戦したが、人手不足は依然、深刻なままだ。

「人を呼んでくるから、なんとか持ち堪えてくれ!」

 増援を求めて、ハルは更に市街地の奥へと進む。戦いが行われている広場とは違って静かだ。人の気配もバケモノの気配も感じられない。

「みんなー!」

呼びかけるも、返事は無い。

「もう逃げたのかな……?」

 状況は一刻を争う。一人でも多くの増援が欲しいと、捜索を続ける。

「誰かー! ……ん?」

 ふと、子供の泣き声が聞こえた。取り残されたのだとしたら危険だ。バケモノがここまで来る前に逃がしてやらねばならない。そう考え、ハルは泣き声を頼りに進む。

「大丈──」

 子供の元へ向かったハルの目に映ったのは、泣き声の主だけではなかった。その母親や父親、近隣の住民たちが大荷物を持って忍んでいた。

「ハル……?」

「良かった、みんな無事だったんだね」

「ああ。他のみんなは、逃げたのか?」

「何人かはバケモノと戦ってる。けど、人手が全然足りてないんだ。誰か、手伝って欲しいんだけど」

 救援要請をすると、彼らは顔を見合った。誰が行くんだ。そも誰が戦えるんだ。俺は嫌だ。私も嫌だ。トリシュヴェアの危機である以前に、己が生命の危機であると。

「タヂカラはどうした? 戦ってるのか?」

「そうよ、たまにはトリシュヴェアの為に働かせなさいよ」

「……っ!」

 普段何もしないのだから有事の際くらいは動けと、そう言いたげな皆。

──何も知らないくせに

──兄さんは

「兄さんは今、鎖を破壊しに向かってるんだ。北と東に見えてた鎖を壊した人達と一緒に、戦ってるんだよ!」

「……え?」

 意外なハルの返答に驚く。祖父から続く責任を放棄し弟に背負わせた男が、既に戦いに身を投じている。そんな、バカなと。開いた口が塞がらない様子であった。

「それだけじゃない。兄さんは……兄さんは!」

──まあ、大事な仕事だ

──んじゃ、行って来らぁ

「兄さんは、普段からバケモノを抑えてたんだ! 一人で気付かれもせず! 戦ってるんだよ兄さんは!」

 毎日毎日、ツルハシと水瓶だけを持って外出する兄。時折、怪我をして帰宅する兄。誰にも何も言わずに活動を続ける兄。

 その姿を、玄関から出て行く兄の背中を、ハルは明瞭に覚えている。

 これまで……鎖が刺さったあの日から、バケモノの襲撃が少なかったのも、鎖周辺で大きな被害が出ていないのも、単なる偶然などではない。

 協力を得られずとも、トリシュヴェアを守り住人を安心させるために戦う人物が居たからであった。

「兄さんは何もしてない訳じゃない。じいちゃんや父さんが背負った責任の、見えない部分を担ってくれてるだけなんだ」

 タカミやオモイの責任を、何も兄弟のどちらかが全て継承する必要は無い。二人居るのなら、二人で継げば良い。

「だから、力を貸してほしい。鎖を壊して戻って来て、国が滅んでたら浮かばれないだろ?」

「……俺、手伝うよ」

「俺も!」

 僕も、私も。ハルのみが知っていたタヂカラの苦労を吐露した事により、次々と協力者が現れた。

「トリシュヴェアは俺らの故郷だ。守る責任を、タヂカラだけに背負わす訳にはいかないもんな!」

──みんな

 トリシュヴェアと言う国は誰の物か。タヂカラか。ハルか。否、そこに住まう全員の物である。ならば、誰か一人に全責任を持たせるのは誤りだと。みんなで背負い、導き、守るのだと。

「行こう、みんな! トリシュヴェアを守るんだ!」

「おう!」

 今、ごく一部ではあるものの、未熟な国トリシュヴェアが一つになり始めたのである。
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