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第4章 : 責務
責任の継承
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◇◇◇
──奴隷たちの反乱から四十五年後
滅ぼされた故郷に代わる土地として採石場跡地を選んだ彼らは、荒くれの土地を必死に耕した。
畑を作って家畜を飼い、十分な食事をとれるだけの水準まで引き上げるには、かなりの時間を要した。
「……なに、倅の容体が?」
「はい、なのですぐにお部屋へ」
「ああ、わかった」
タカミの息子オモイは、生まれつき少々病弱であった。彼に似て体は大きいが、体力がそれに見合っていない。オモイの妻に呼ばれ、タカミは息子が眠る部屋へ。
「大丈夫か、オモイ!」
戸を開けるなり、大汗をかいて苦しむオモイの姿が彼の目に映った。
「はぁ……はぁ……ゴホッ!」
「オヤジ!」
「父さん!」
オモイの息子二人、タカミの孫にあたるタヂカラとハルもまた心配の声を上げる。
「じいちゃん、オヤジが! オヤジが!」
「落ち着けタヂカラ。大丈夫、お前のお父さんは強い男だ」
荒れる呼吸はなかなか鎮まらず、時折、激しく咳き込んだ。
「お、親……父……」
「どうした、オモイ」
「すま……ない。トリシュヴェアを……導く責任……果たせそうに、ない……っ!」
息子の言葉を聞いたタカミの脳裏に、昔死んだ友人の最期が蘇った。
「バカヤロウ、今はそんなこと気にすんな。まずはお前がきちんと生きることだ」
父親であるタカミが左手を、息子二人が右手を握って様子を見る。そのまま数分が経つと、オモイの息は落ち着き始めた。
「……オモイ?」
しかしタカミは、その落ち着きに違和感を覚えた。鎮まっているのではない。
──浅くなっている
呼吸音が段々と微弱になり、握った手から力が抜けていく。
「オヤジ?」
起こりうる絶望を察知したタヂカラは、恐怖のあまり体を震わせた。涙を流し、オモイの体に顔を埋める。
「タヂ……カラ……」
「なんだ、オヤジ?」
「お前に、トリシュヴェアを……託し……た……ぞ……」
「な、何言ってんだよオヤジ!」
「オモイ……」
「父さん?」
「オヤジ! オヤジ!」
オモイの手がゆっくりとタヂカラの頭に乗せられた。……以降、彼は喋る事も動く事も無かった。
◇◇◇
──オモイの死から一月
タカミに呼び出されたタヂカラとハル。昼食を済ませた後、祖父の待つ部屋へ。
「じいちゃん、話って?」
「おお、来たか。とりあえず、そこに座んなさい」
「「?」」
いつもと雰囲気の異なる祖父に困惑しつつ、兄弟は言われた通りに座した。タカミもまた二人に向かって座る。
「話ってのはな、トリシュヴェアの今後についてだ」
「今後?」
「ああ……少し、昔話をさせてくれ」
如何にしてこのトリシュヴェアが出来上がったのか、その前には何があったのか。その忘れもしない歴史を話した。
「だから俺には、ここの皆を導く責任があったんだ」
「大変だったんだな、じいちゃん」
「……まぁ、色々とな」
無論、全てを話した訳では無い。自身らの祖父が祖母よりも前に愛した女性が居た事など、聞きたくはないだろうと考慮した為である。
「んで、話ってのはここからでな」
ひとつ咳払いをし、改まって孫たち、特にオモイの長男であるタヂカラに向かって言葉を紡ぐ。
「その責任を、タヂカラ、お前に継いで欲しい」
「……え?」
「まだ若いのにすまねぇとは思う。けど、俺も老い先長くないんだ」
「……」
「やったじゃん、兄さん。父さんが果たせなかった役を、これからは兄さんが──」
「じいちゃん」
「なんだ?」
数秒の間俯いていたタヂカラは、力強い視線を祖父に向ける。想定と違う反応に戸惑いながらも、タカミは孫の目を真っ直ぐに見ようと必死になった。
「そんな責任、俺は……負いたくない」
「……なに?」
「兄さん……」
「どうして──」
「じいちゃんがここの英雄って話は分かったけど、俺が生まれながらに責任を背負う運命だなんて、そんなの不条理だ」
「そんな事言うなよ兄さん」
「そんなに背負いたきゃハル、お前がやってくれよ」
これ以上話を聞く気は無いと、そう示すように立ち上がったタヂカラ。二人に背を向け、部屋を出ようと歩む。
「タヂカラ、待ってくれ!」
「……悪いけど、俺はやらないからな」
戸を開けて、一歩進んで後ろ手に閉めた。その日以来、タカミとタヂカラの間には不穏な空気が流れた。
タカミは何度か同様の申し出をしたが、その度にタヂカラは拒否し続けるのであった。
◇◇◇
それから三年の月日が流れた。建国の父は天寿をまっとうし、タヂカラとハルの兄弟だけが残された。祖父と父の墓標を前に、彼らは責任の話を続ける。
「それでも、兄さんは継がないの?」
「……何度言われても変わんねぇよ。俺はそんな不条理、受け入れられない」
「分かった。じいちゃんと父さんの責務は僕が継ぐ事にするよ。兄さんはどうするの?」
風が吹き、砂埃が舞う。それが入って来ぬよう目を細めて弟の問に答える。
「俺は普通に暮らす。普通の仕事をしてな」
「そっか……」
かくて、奴隷解放運動を導いた英雄タカミが背負った責任は、彼の息子オモイから、その次男であるハルに継承される事となった。
──奴隷たちの反乱から四十五年後
滅ぼされた故郷に代わる土地として採石場跡地を選んだ彼らは、荒くれの土地を必死に耕した。
畑を作って家畜を飼い、十分な食事をとれるだけの水準まで引き上げるには、かなりの時間を要した。
「……なに、倅の容体が?」
「はい、なのですぐにお部屋へ」
「ああ、わかった」
タカミの息子オモイは、生まれつき少々病弱であった。彼に似て体は大きいが、体力がそれに見合っていない。オモイの妻に呼ばれ、タカミは息子が眠る部屋へ。
「大丈夫か、オモイ!」
戸を開けるなり、大汗をかいて苦しむオモイの姿が彼の目に映った。
「はぁ……はぁ……ゴホッ!」
「オヤジ!」
「父さん!」
オモイの息子二人、タカミの孫にあたるタヂカラとハルもまた心配の声を上げる。
「じいちゃん、オヤジが! オヤジが!」
「落ち着けタヂカラ。大丈夫、お前のお父さんは強い男だ」
荒れる呼吸はなかなか鎮まらず、時折、激しく咳き込んだ。
「お、親……父……」
「どうした、オモイ」
「すま……ない。トリシュヴェアを……導く責任……果たせそうに、ない……っ!」
息子の言葉を聞いたタカミの脳裏に、昔死んだ友人の最期が蘇った。
「バカヤロウ、今はそんなこと気にすんな。まずはお前がきちんと生きることだ」
父親であるタカミが左手を、息子二人が右手を握って様子を見る。そのまま数分が経つと、オモイの息は落ち着き始めた。
「……オモイ?」
しかしタカミは、その落ち着きに違和感を覚えた。鎮まっているのではない。
──浅くなっている
呼吸音が段々と微弱になり、握った手から力が抜けていく。
「オヤジ?」
起こりうる絶望を察知したタヂカラは、恐怖のあまり体を震わせた。涙を流し、オモイの体に顔を埋める。
「タヂ……カラ……」
「なんだ、オヤジ?」
「お前に、トリシュヴェアを……託し……た……ぞ……」
「な、何言ってんだよオヤジ!」
「オモイ……」
「父さん?」
「オヤジ! オヤジ!」
オモイの手がゆっくりとタヂカラの頭に乗せられた。……以降、彼は喋る事も動く事も無かった。
◇◇◇
──オモイの死から一月
タカミに呼び出されたタヂカラとハル。昼食を済ませた後、祖父の待つ部屋へ。
「じいちゃん、話って?」
「おお、来たか。とりあえず、そこに座んなさい」
「「?」」
いつもと雰囲気の異なる祖父に困惑しつつ、兄弟は言われた通りに座した。タカミもまた二人に向かって座る。
「話ってのはな、トリシュヴェアの今後についてだ」
「今後?」
「ああ……少し、昔話をさせてくれ」
如何にしてこのトリシュヴェアが出来上がったのか、その前には何があったのか。その忘れもしない歴史を話した。
「だから俺には、ここの皆を導く責任があったんだ」
「大変だったんだな、じいちゃん」
「……まぁ、色々とな」
無論、全てを話した訳では無い。自身らの祖父が祖母よりも前に愛した女性が居た事など、聞きたくはないだろうと考慮した為である。
「んで、話ってのはここからでな」
ひとつ咳払いをし、改まって孫たち、特にオモイの長男であるタヂカラに向かって言葉を紡ぐ。
「その責任を、タヂカラ、お前に継いで欲しい」
「……え?」
「まだ若いのにすまねぇとは思う。けど、俺も老い先長くないんだ」
「……」
「やったじゃん、兄さん。父さんが果たせなかった役を、これからは兄さんが──」
「じいちゃん」
「なんだ?」
数秒の間俯いていたタヂカラは、力強い視線を祖父に向ける。想定と違う反応に戸惑いながらも、タカミは孫の目を真っ直ぐに見ようと必死になった。
「そんな責任、俺は……負いたくない」
「……なに?」
「兄さん……」
「どうして──」
「じいちゃんがここの英雄って話は分かったけど、俺が生まれながらに責任を背負う運命だなんて、そんなの不条理だ」
「そんな事言うなよ兄さん」
「そんなに背負いたきゃハル、お前がやってくれよ」
これ以上話を聞く気は無いと、そう示すように立ち上がったタヂカラ。二人に背を向け、部屋を出ようと歩む。
「タヂカラ、待ってくれ!」
「……悪いけど、俺はやらないからな」
戸を開けて、一歩進んで後ろ手に閉めた。その日以来、タカミとタヂカラの間には不穏な空気が流れた。
タカミは何度か同様の申し出をしたが、その度にタヂカラは拒否し続けるのであった。
◇◇◇
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「それでも、兄さんは継がないの?」
「……何度言われても変わんねぇよ。俺はそんな不条理、受け入れられない」
「分かった。じいちゃんと父さんの責務は僕が継ぐ事にするよ。兄さんはどうするの?」
風が吹き、砂埃が舞う。それが入って来ぬよう目を細めて弟の問に答える。
「俺は普通に暮らす。普通の仕事をしてな」
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