天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

文字の大きさ
上 下
70 / 140
第4章 : 責務

責任の継承

しおりを挟む
◇◇◇

 ──奴隷たちの反乱から四十五年後

 滅ぼされた故郷に代わる土地として採石場跡地を選んだ彼らは、荒くれの土地を必死に耕した。

 畑を作って家畜を飼い、十分な食事をとれるだけの水準まで引き上げるには、かなりの時間を要した。

「……なに、倅の容体が?」

「はい、なのですぐにお部屋へ」

「ああ、わかった」

 タカミの息子オモイは、生まれつき少々病弱であった。彼に似て体は大きいが、体力がそれに見合っていない。オモイの妻に呼ばれ、タカミは息子が眠る部屋へ。

「大丈夫か、オモイ!」

 戸を開けるなり、大汗をかいて苦しむオモイの姿が彼の目に映った。

「はぁ……はぁ……ゴホッ!」

「オヤジ!」

「父さん!」

オモイの息子二人、タカミの孫にあたるタヂカラとハルもまた心配の声を上げる。

「じいちゃん、オヤジが! オヤジが!」

「落ち着けタヂカラ。大丈夫、お前のお父さんは強い男だ」

 荒れる呼吸はなかなか鎮まらず、時折、激しく咳き込んだ。

「お、親……父……」

「どうした、オモイ」

「すま……ない。トリシュヴェアを……導く責任……果たせそうに、ない……っ!」

 息子の言葉を聞いたタカミの脳裏に、昔死んだ友人の最期が蘇った。

「バカヤロウ、今はそんなこと気にすんな。まずはお前がきちんと生きることだ」

 父親であるタカミが左手を、息子二人が右手を握って様子を見る。そのまま数分が経つと、オモイの息は落ち着き始めた。

「……オモイ?」

 しかしタカミは、その落ち着きに違和感を覚えた。鎮まっているのではない。

──浅くなっている

 呼吸音が段々と微弱になり、握った手から力が抜けていく。

「オヤジ?」

 起こりうる絶望を察知したタヂカラは、恐怖のあまり体を震わせた。涙を流し、オモイの体に顔を埋める。

「タヂ……カラ……」

「なんだ、オヤジ?」

「お前に、トリシュヴェアを……託し……た……ぞ……」

「な、何言ってんだよオヤジ!」

「オモイ……」

「父さん?」

「オヤジ! オヤジ!」

 オモイの手がゆっくりとタヂカラの頭に乗せられた。……以降、彼は喋る事も動く事も無かった。

◇◇◇

 ──オモイの死から一月

 タカミに呼び出されたタヂカラとハル。昼食を済ませた後、祖父の待つ部屋へ。

「じいちゃん、話って?」

「おお、来たか。とりあえず、そこに座んなさい」

「「?」」

いつもと雰囲気の異なる祖父に困惑しつつ、兄弟は言われた通りに座した。タカミもまた二人に向かって座る。

「話ってのはな、トリシュヴェアの今後についてだ」

「今後?」

「ああ……少し、昔話をさせてくれ」

 如何にしてこのトリシュヴェアが出来上がったのか、その前には何があったのか。その忘れもしない歴史を話した。

「だから俺には、ここの皆を導く責任があったんだ」

「大変だったんだな、じいちゃん」

「……まぁ、色々とな」

 無論、全てを話した訳では無い。自身らの祖父が祖母よりも前に愛した女性が居た事など、聞きたくはないだろうと考慮した為である。

「んで、話ってのはここからでな」

 ひとつ咳払いをし、改まって孫たち、特にオモイの長男であるタヂカラに向かって言葉を紡ぐ。

「その責任を、タヂカラ、お前に継いで欲しい」

「……え?」

「まだ若いのにすまねぇとは思う。けど、俺も老い先長くないんだ」

「……」

「やったじゃん、兄さん。父さんが果たせなかった役を、これからは兄さんが──」

「じいちゃん」

「なんだ?」

 数秒の間俯いていたタヂカラは、力強い視線を祖父に向ける。想定と違う反応に戸惑いながらも、タカミは孫の目を真っ直ぐに見ようと必死になった。

「そんな責任、俺は……負いたくない」

「……なに?」

「兄さん……」

「どうして──」

「じいちゃんがここの英雄って話は分かったけど、俺が生まれながらに責任を背負う運命だなんて、そんなの不条理だ」

「そんな事言うなよ兄さん」

「そんなに背負いたきゃハル、お前がやってくれよ」

 これ以上話を聞く気は無いと、そう示すように立ち上がったタヂカラ。二人に背を向け、部屋を出ようと歩む。

「タヂカラ、待ってくれ!」

「……悪いけど、俺はやらないからな」

 戸を開けて、一歩進んで後ろ手に閉めた。その日以来、タカミとタヂカラの間には不穏な空気が流れた。

 タカミは何度か同様の申し出をしたが、その度にタヂカラは拒否し続けるのであった。

◇◇◇

 それから三年の月日が流れた。建国の父は天寿をまっとうし、タヂカラとハルの兄弟だけが残された。祖父と父の墓標を前に、彼らは責任の話を続ける。

「それでも、兄さんは継がないの?」

「……何度言われても変わんねぇよ。俺はそんな不条理、受け入れられない」

「分かった。じいちゃんと父さんの責務は僕が継ぐ事にするよ。兄さんはどうするの?」

 風が吹き、砂埃が舞う。それが入って来ぬよう目を細めて弟の問に答える。

「俺は普通に暮らす。普通の仕事をしてな」

「そっか……」

 かくて、奴隷解放運動を導いた英雄タカミが背負った責任は、彼の息子オモイから、その次男であるハルに継承される事となった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

М女と三人の少年

浅野浩二
恋愛
SМ的恋愛小説。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...