天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

導く責任

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「ふざけんな!」

 今までのどの攻撃よりも大きな憎しみを込め、右手を血が滲むほど強く握り、全力で殴打を見舞った。

「ぐああああっ!」

「はぁ……はぁ……」

 老爺の体は吹っ飛び、二人の近衛兵が落ちた大穴の付近に転がった。それ以上声を放たず動かないが、呼吸はしている。あまりに強い衝撃によって気を失ったのだ。

「うっ……!」

 衝動的な殺意に支配されていたタカミは、しかし、突如体に力が入らなくなり膝を付いた。

「くそ、力ぁ使いすぎたか……?」

 ふと目眩がし、右手で顔を覆って気を確かに持つ。が、やはり立ち上がる程の力は入らなかった。

 俯いて必死に意識を保つ。頭を横に振り歪みを払っていると、聞き馴染みのある声がした。

「よう、無事か?」

「ムスビ……まぁ、なんとかな」

「奴は……死んだのか?」

「いいや、まだ息はある」

「そうか。なら捕縛して、さっさと脱出しよう。ヤケクソになった奴が火を着けやがった。ここもじきに燃えちまう。立てっか?」

 ムスビが手を差し伸べ、タカミはそれを取る。足に力を込め、己の体重を支えんと悪戦苦闘していた。

「ははっ。だいぶ派手に暴れたみてぇだな」

「ああ、ちっとやり過ぎたかもな」

「まあ良いさ。これが終わればゆっく──」

「……?」

ムスビの言葉が違和感のある場所で途切れた。いったい何事かと、タカミは視線を床から前方に移す。

「ム……スビ……?」

タカミの目に映ったのは、反乱の仲間であるムスビの姿。しかし同時に、その腹から突き出した刃も見えた。

「ムスビ!」

「バカな奴ら……だ!」

先程まで大穴の傍で倒れていた老爺であった。隠していたのか、拾ったのか、武器を手に取りムスビを背後から貫いていた。

「タカミ、行け」

「……ムスビ?」

 刺されたまま強引に振り返り、王の首を掴んだ。そのまま、ゆっくりと前に進む。

「反乱を率いた俺らには……他のみんなを導く責任が、ある……。悪いが、俺はそいつを……果たせそうにねぇ」

「何を言って──」

「絶望に耐えて、自由を夢見た……みんなを、お前が導くんだ! お前は、誰かの為に行動出来る奴だ」

「……」

 星空の下で己にかけられた女神の言葉がフラッシュバックする。南部採石場における素敵な人。タカミを鼓舞した言葉だ。

「だから、行け!」

「は、放せっ!」

「俺は一足先に……はぁ……ミナカたちのとこに行ってる。お前は、暫く、来るんじゃねえぞ!」

「ムスビ? 待て、待て! ムスビ!」

 王を連れて大穴へ向かう彼の歩みが早まる。這うように彼を追うタカミだが、追いつく事はかなわない。

「ま、待て貴様! 止めろ!」

喚く老爺の首を掴んだまま、ミナカは大穴へ向かう。

「……頼んだぞ、タカミ」

「ムスビ!」

「放せ!」

最期にふっと笑い、ムスビはそのまま大穴へ飛び込んだ。

「ムスビーーッ!」

 恐怖に屈して手を伸ばさず、大切な命を幾度も亡くした鬼は今、手を伸ばしてなお大事な命を失った。突き出した瓦礫と炎により、ムスビと老爺はいとも容易くこの世を去った。

──くそ、くそくそ!

──俺はまた、何も守れなかった!

何度も何度も、拳を床に叩きつけた。

──なんでもっと早く動かなかった

──なんで、俺はいつも立てねぇんだ!

 後悔をしながら地を這ってなんとか屋敷から脱したタカミは、そのまま、最初に待機した物陰まで退避した。

「ムスビ、ミナカ……ウズメ」

 皮肉にも美しい星空と、それに似つかわしくない煙の臭いが彼を刺激する。

──責任、か

 仲間の遺言が脳裏に響く。やがて炎が屋敷全体を燃し始めた頃、タカミは疲労のあまり眠りに就いた──。

◇◇◇

 ──翌朝

 いつも通りに起床し、今日も岩を運ぶのかと憂鬱な気分で住処を出た労働者たちは、異様な景色を見た。憎たらしい存在が住まう屋敷は真っ黒に焦げ、大穴が開いていた。

 なんだなんだと騒ぎになる中、南部火薬庫への放火を担当した若い男は、屋敷近くで眠るタカミを発見した。

「タカミさん、タカミさん!」

「……ん? ああ、しまった、寝ちまったか」

 一眠りして体力が回復したタカミは立ち上がり、意識が飛ぶ前の記憶を遡った。

「他の皆さんは?」

「……っ! 他の襲撃要員がどうなったかは分かんねぇが、少なくともムスビは……」

 悲しげなタカミの表情を見て、彼は反乱の結果を察した。

「……試合には勝った。けど、またデケェものを亡くしたよ、俺は」

「タカミさん」

「ああ、分かってる。反乱を知らなかった奴らは混乱してる。俺が……」

友の遺言がまた脳内で響き渡る。

──みんなを導く責任がある

──お前が導くんだ

「……やってやるさ。お前らの分まで、背負ってやる。力だけが俺の取り柄だからな」

「……?」

「よし、行くぞ。俺たちの自由は……取り返した!」

「……はい!」

 日が昇った南部採石場。混迷する奴隷だった者たちをまとめるため。二度と歴史を繰り返さぬよう、最低限、国と呼べる場所にするため。死んだ者を弔うため。

 そんないくつもの責務を全うするため、タカミは、草を掻き分けて出ていった。

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