天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

文字の大きさ
上 下
67 / 140
第4章 : 責務

鬼たちの夜襲

しおりを挟む
◇◇◇

 ──同日、南部採石場 屋敷前

 岩陰に潜むタカミ、ムスビと屋敷を攻撃する仲間たち。四ヶ所の発煙を確認してから十分程が経過した。

「出た、奴らだ」

「ついに始まったな、タカミ」

「ああ」

 何十人もの使役者達が、慌てた様子で外に出た。火薬を失えば爆削が出来なくなり、利益の大幅な減少に繋がる。それを恐れての行動だ。

「丁度よく割けたか」

 合計数十人が火災現場への急行に使われている。これが少ないと屋敷攻略が困難になり、多いと攻撃チームの負担が増える。本計画一番の懸念点であったのは、そのバランスだ。

「よし。計画通り奴らは四方向に散った。ムスビ、攻め入る準備を頼む」

「ああ、了解だ。そういう事だ、みんなも準備をしてくれ!」

 ムスビと共に攻撃を行う十人程度は、各々ツルハシやシャベルを手にとり、屋敷を睨む。

 彼らの決心を確認した後、タカミも準備に取り掛かる。攻撃用に掘削道具を用意したが、それはあくまで補佐だ。主となるのは、タカミの投石攻撃である。

「んじゃ、始めるぞ」

 大柄なタカミの肩ほどまである岩。その側面に両手をまわし、力を込める。

「すげえな、正気とは思えねえ」

「正気でこんな事が出来るかっての! うおおおおおおおおおっ!」

 雄叫びをあげるタカミの全身を、真っ赤で力強いオーラが包み込んだ。

 人ひとりを抱き上げるかの如く、その大きさにしては軽々しく岩を持ち上げる。

「食らえ悪魔ども!」

 その岩を屋敷目掛けて投げた。想像を絶する重量の岩が轟音と共に容易く木製の壁を崩壊させ、屋敷の一部を破壊した。開いた大穴からは、慌てふためく使役者たちの姿が見え隠れする。

「やったな」

「ああ。だが、本番はこっからだ」

 更に複数の岩も投げつけ、屋敷はもはや吹き抜けと化す。聞こえてくるのは豪快な崩壊音と怒号である。

「出て来たぞ!」

「ああ、見えてる!」

 屋敷本体への攻撃を中断し、ターゲットは様子を見に来た使役者たちに。椅子に出来る程度の大きさを持つ岩を手に取り──

「おらぁ!」

「な、なんだ?! ぐわあっ!」

 真っ赤なオーラを放ちながら、一人一人に向かって投げつける。敵は剣を装備しているが、高速で迫る岩は防御を無視して致命傷を与えた。

「ちっ、一気に出てきやがる!」

一人ずつ狙撃していては到底間に合わない。

「大岩は最後のひとつか……やるっきゃねぇ!」

 散開されると厄介な事になるだろうと考えたタカミは、残り一発の大岩で殲滅を試みる。

「うおおおおおおおお!」

 再度オーラを放ち、今にも使役者たちが出てこようとする玄関目掛けて投げつけた。

「い、岩が飛んでき──」

 屋敷へ迫った岩は、その迫力に見合った破壊を建築物以外にももたらした。

「お、おい! しっかりしろ!」

 今の一撃で十人程を削った。敵は更に混乱している。この好機を逃す手はないと、更に小岩を投げて追撃する。

──なるべく直接戦闘は避けてぇが……

 しかし、手元を見ると残る小岩は数個のみ。対して敵はまだ十人程度居る。

「ムスビ、岩が足りねぇ。出る準備をしといてくれ」

「大丈夫、いつでも出られるぜ」

「そいつぁ……頼もしいこった!」

最後の一つを投げ、男を一人無力化した。

「行くぞムスビ!」

タカミもその手にツルハシを持つ。

「よし、出撃だ!」

「「うおおおおおお!」」

 襲撃チームリーダーのムスビが声を上げると、メンバーもまた雄叫びをあげた。

──自由はもうすぐそこだ

──待っていろ、みんな

──ミナカ……ウズメ!

◇◇◇

 ──屋敷内部

 敵の死体から奪い取った剣を使い、慣れない装備に苦戦しながらも進んでいく。

「一階は終わったみてぇだな」

 家具や装飾品などが荒れに荒れた。無惨な木片や血痕を一瞥して、ムスビは応える。

「だな。タカミ、ここからは散開しよう。もし何かあって奴らが戻ってきたら、正直ひとたまりもない。散って一気に制圧するのがいいと思う」

「わかった、そうしよう。奴らの長は見つけ次第、捕縛する方向で頼む」

「了解だ!」

 二階へ上がってタカミは右、ムスビは左方向へ進む。

「おお、我ながら派手にやったな」

 己の力によって投げ込まれた大岩が見えた。最上階である三階の壁と床を突き破り、さらに二階の床をも破って落ちた物だ。

 中間のフロアに立っているのにも関わらず、星空を仰ぐことができる異様な状態である。

「おい」

 ふと呼び掛ける声が聞こえ、タカミは周辺を見渡す。

「……ん?」

 一周しても目線の高さには誰もいない。ならば下かと目線を落とすと、声の主はすぐに見つかった。

「これは……お前が、やったのか?」

 突如として降り注いだ岩の衝撃に身体を打たれ、あまつさえ、飛び出た木片に胴体を貫かれた男だ。

「だったら何だ?」

「ひでぇ事……しやがる」

 思わず拳に力が籠ったタカミだったが、冷静を装った。

「ふん。普通に暮らしてたのに急に現れた奴に生活を奪われ、命さえも失う。よかったじゃねぇか、奴隷にされた俺らの気持ちが勉強できて」

「火事も……お前の仕業、か?」

 男の目からは次第に光が失われ、声の調子も弱々しくなっていく。

「ああ。安心しろ。火薬庫に向かった奴らとはすぐに再会できる」

「ち……畜生──ガハッ!」

 恨み言を放った男の口から血が吐き出された。以降、彼は何も喋らなくなった。今まで何度も人が死ぬところを見た彼。

──ま、こんなもんか

 しかし今のは、それまでのどの経験とも違った。負の気持ちを何も感じなかったのだ。悲しみも、哀れみも、憎しみも。

──ざまぁ見ろ

 そう嘲るタカミはむしろ、喜び、達成感など正の想いに駆られたのだ。

「奴らの長は上か?」

二階を調べても敵の指導者は見つからない。

──逃げたか

──まだ上でまごついてんのか

 どちらにせよ敵を殲滅するつもりのタカミは、崩れかけた階段を上がる。

 反乱のメンバーが上に行ったぞという合図のため、踊り場の壁にツルハシを突き刺した──。
しおりを挟む

処理中です...