天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

反逆の落石

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◇◇◇

 ──南部採石場、屋敷内廊下

 鎧と武器を外した二人の男。夕食を終え、食堂から自室へ帰る道中にて談笑をする。人を人とも思わずに使役する者たちの一員とは考えられぬ程、明るく軽快な様子である。

「でよ、そのヒョロヒョロなガキが言ったんだ」

「ほうほう」

「仕事を放棄した私は殺して頂いて構いません。ですが、この方だけはご容赦下さい……ってな」

「はっはっは! 頭ん中が花畑なんだな、そのガキは」

「どうやら、そうらしい。お陰様で二匹分の餌が浮いたぜ」

 大雨の日に遭遇した出来事を得意げに語る男は、しかし、内容の惨さに反して楽しげである。さながら、虫を踏み潰して笑う無邪気なわっぱのようである。

「……にしても」

 右側を歩いていた短髪の中年男は、ふと、己の格好や綺麗な屋敷の装飾を見て呟く。

「俺たちの生活も、かなり良くなったな」

「まあな。真面目に家畜育てて畑やってた時代が懐かしいぜ」

 ほとんど無償で良質な花崗岩を採らせ、それを外に向けて高く売る。そんな非道な商売によって、彼らは貧相な民族から一変した。

 大きな屋敷が建ち、衣食住が安定した。己らよりも劣った者であると認識できる、精神安定のための存在さえも手に入った。

「ああ。石は腐るほどある。この生活も、まだ暫く続けられ──」

 しかし、世の中には盛者必衰の理というものが存在する。また、驕れるもの久しからずとも。すなわち、奴隷たちを抑圧し続けた報いは、必ず衰退という形で罰として降り注ぐのだと。

「どうした?」

「お、おい、あれって……?」

 そう示すかの如く立ち上る煙が、窓を通して中年男の目に映った。方角は北だ。

 南側の出火を確認した各放火グループの任務が完了した事を示す。男らは、そうとは知らずに慌てふためいた。

「なんだよ、なんなんだよ、ありゃ?!」

「火事か?! と、とりあえず報告しねぇと!」

 時間を掛けて進歩しても、落ちるのは一瞬。

 彼らの反撃もまた同様で、始めるまでには時間を要したが、一度始まってしまえばそれはたった一晩の出来事でしかないのだ──。

◇◇◇

 ──南部火薬庫

 火打石から出た小さな火花は炎となり、乾いた薪を燃やす。やがて大きくなったそれは、爆削用の火薬を保存する箱まで巻き込んだ。

「よし、全員、急いで避難しよう!」

「了解!」

 タカミと同室の若い男が指示し、爆発が始まる前に避難を促す。メンバー全員の返事を聞いた後、彼も走りだした。せっかく一矢報いて解放されようと言うのに、ここで爆死しては本末転倒である。

「この後はどうするの?」

 走りながら中年女性が尋ねる。その表情には恐怖などなく、むしろ、たったこれだけで終わりなのかと興奮した内心が滲み出ている。

「この後は……攻撃要員に合流しようか。岩を落として奴らを攻撃する手筈だから、彼らを手伝おう」

 数分ほど北上すると、小さな渓谷がある。その上に待機する攻撃要員の元へ。

◇◇◇

 ──南部岩場

「お疲れ、順調?」

「ん? ああ、お疲れ。とりあえず準備は出来た。あとは迎え撃つだけだよ」

 攻撃チームのリーダーを務める若男は、合流した放火チームを一瞥だけして視線を屋敷方面に戻した。

 火事が発生してから時間が経っている。奴らがそれを発見して駆け付ける時間を考慮したとして、もうじき此処を通る見込みだ。

「煮えきらなくて攻撃に参加しに来たんだ。構わないかい?」

「ああ、助かるよ」

 放火チームのリーダーと中年男は各大岩、それ以外の二人は小岩を落とす手伝いをしに配置についた。

「……君は、どうして参加しようと?」

 視線は目的の方向に据えたまま、攻撃チームのリーダーは問う。

「……もともと、こんな現状間違ってるとは思ってたんだ。でもどうすべきか分からなかった。そこに、タカミさんから誘いがあって……って感じ。そっちは?」

「俺は……私怨だよ」

「私怨……?」

「親が居なくてさ。両親とも病死したんだけど、そんな俺を親同然に世話してくれたお爺さんが居たんだ。その人を、目の前で殺された。あとは君と同じさ」

「そっか……」

 反乱という行動に出るために必要な初速は、そう易々とは出すことが出来ない。絶望だったり喪失だったり、何かしらの巨大な原動力が必要だ。首謀者の一人、タカミでさえその例外ではない。

──僕は、なんで参加したんだろう

 喪失を聞き、放火チームのリーダーはふと己の動機を考え直した。重要なポジションを任せられる程に高いモチベーションは、いったい何処から湧いているのか。

──ふっ。なんだ、そんなことか

「ごめん、カッコつけた」

「……え?」

「僕が参加したのは、ただ怖かったからだよ」

 恐怖に対する反応は十人十色だ。タカミの様に制動力になる事もあれば、その恐怖を取り除こうという原動力になる事もある。その後者が彼であった。

「周りの人が次々と死んだ。そのうち僕の番が来ると思った。それが怖くて仕方無いから、参加したんだ」

 最も恐ろしく醜いのは誰の死か。己か、己の大切な人か。それもまた人それぞれだ。この反乱は、そんな様々な考えや想いを巻き込んで広がっている。

「来たよ!」

 控えめな声が聞こえた。報告主に向かって挙手し、了解の合図を送る。

「よし……やろう!」

 岩を落とすテコに手を掛けた。ただこれを落とすだけ。毎日岩を運び続ける彼らにとって、そんなものは造作もない作業である。

「せーのっ!」

 小声でタイミングを合わせ、敵の進路妨害を試みる。ほかの落石を含めて閉じ込める形が理想である為、なるべくギリギリを狙う必要がある。

「いけっ!」

 岩が転がる。斜面と衝突し、恐ろしい音を鳴らしながら落ちていく。

「な、なんだ?!」

「落石だ、気を付けろ!」

「おい、閉じ込められたぞ!」

 後発の岩も落ち、奴隷たちの思い描いたものは現実となる。

「よし、攻撃開始!」

 攻撃チームリーダーの指示を受け、小岩の投下が始まる。小岩と言っても大人ひとりが踏ん張って持ち上げるほどの重さであり、この高さから落ちたものが当たればひとたまりもない。

「なんだ貴様たち?! そこで何を?!」

「ま、待て! 岩を投げ──」

 ここまでやったら退路は無い。己達の意思で動かした車輪はもう止まれない。止めるわけにはいかない。失敗すれば参加者は皆殺される。

そうはさせまいと、彼らの放つ一撃一撃の岩には、更なる重みが乗った。

「ま、待て! 話を──」

 和解を求める声など届かない。否、届いていても受け入れない。鎧をつけた者たちは、次々と岩の下敷きになっていく。火事を見て駆け付けた十数人が抵抗も虚しく死にゆく。それを可哀想だと思う者は、この場には一人たりとも居なかった。

──お前たちは今まで、こうやって一方的に殺してたんだ

──ろくに話も聞かずに!

 今更、和平などあるものかと。元奴隷たちは、ただ岩を落とし続けた……。
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