天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

無力な剛腕

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◇◇◇

 また、タカミの知っている人間が死んだ。荷台から転がり出た岩に足を潰され、労働力として役不足に陥ったためである。

 居合わせた見張りの手によって、まるでゴミのように処分された。不運なことに、彼はその現場を見てしまった。

──くそ……モタモタしてるうちに、どんどん殺されちまう

 そんなもどかしさを感じながら、誰にもばれないように会議の場へ進む。今日から集まって反乱計画の話をすることになった。もちろん、見つかれば死刑が待っている。

 かと言って急がねば人が死んでいく。このところ処刑の話は多く、一日に一人は殺されているのではないかというペースだ。急げ急げと焦燥に駆られる彼らだが、焦っては事を仕損じる。

 逸る気持ちをぐっと堪え、じっくりと計画を練る。作戦会議は夜、貧相な食事と質の悪い睡眠の為に与えられた時間を犠牲にして行われる。

「俺も計画に協力させてもらう、ムスビだ。話は大体ミナカから聞いてるぜ。よろしく頼むよ」

「タカミだ。協力に感謝する」

 現状に大きな不満を持っていたムズビは、反乱の指揮を手伝ってくれまいかというミナカの依頼を快諾した。

 今後はこの三人で手を取り合い、奴らに一矢報いるための構想を練ることになる。

「早速だが、どういうストーリーで進めるか」

ミナカが進行を務め、話をまとめていく。

「最終的には、奴らの王が居る屋敷を攻めたいな。捕らえられればなお良い」

 まずは理想の結末を出し合う。ムスビの意見には他の二人も賛同した。それを終着点にするため、計画に具体性を持たせていく。

「屋敷を攻めるとなると、まずは護衛の奴らをぶっ倒す必要があるよな?」

「だが、奴らと正面から殺りあっても勝ち目は無いだろうよ」

「そうだよな……」

 相手は武器を多数持っているが、対する労働者たちはせいぜい掘削道具だ。

 加えて、相手は戦う事に関しては玄人である。人数の優位は簡単に覆されるであろう。だいいち、人数だけで勝てるのならこのような惨状は起こっていないはずだ。

 ミナカとムスビが唸っていると、妙案を思いついたタカミが口を開いた。

「いや、全員と戦う必要はない」

「なに?」

「ここには全部で四か所、爆削用の火薬庫があるだろ? そいつらを全部同時に燃やしちまえば、奴らは人員を分散せざるを得ないはずだ」

「なるほど、確かにいい案だ」

「んじゃ、初動はタカミの言った通り、火薬庫への放火だな」

「おう。だが、その後はどう動くか……。俺たちにゃ武器が無えしな」

「ふん、タカミよ」

 タカミの言葉をミナカが遮る。初動の妙案に感化された二人もまた、次々と案を出していく。

「俺たちには、とっておきがあるじゃねえか」

「とっておき?」

「奴らには使えなくて、俺たちには使える。毎日毎日運んでるんだからな」

「ああ!」

 ムスビはミナカの言いたい事を察し、思わず感嘆の声を上げた。しまったと、口を右手で覆う。こんな所を見張りに発見されればお終いだ。大声を出したことについて反省しつつ続けた。

「岩、だろ?」

「ご名答」

「なるほど、そいつは良い。それに、随分と皮肉が利いてる」

 火事で敵勢力を分散させ、岩を落として戦力を削ぐ。散々他人を使って石材を採っていた人間たちが岩で倒されるといった、因果応報の物語が完成しつつある。

「んで、戦力が散ったのを確認したらいよいよ屋敷を攻めよう。ここでも火の出番か?」

「いや、それは危険だタカミ。屋敷が燃えてることに気付いたら、現場そっちのけで戻って来やがるかもしれない」

「たしかに、そうだな」

「ミナカの話ももっともだがよ、それじゃあどうやって屋敷を攻撃する? 正直、奴らが混乱してる短時間で一気にやらねえと負けるぜ?」

「火がまじぃなら、やるっきゃねえか」

「やる?」

「何をだ?」

 何か代替案があるのかと、ミナカとムスビが自信ありげな男の顔を見る。右の拳を結んだり開いたり。やがてぐっと力を込めて二人へ告げる。

「俺には、特殊な力があるんだ」

——俺の力。名付けるなら『怪力』だ

 もともと体格の大きいタカミに目覚めた力は、己の力を何倍にも増幅するというもの。それがある限り、彼にとって岩運びの労働が苦になることは無い。

 すなわち、彼を悶絶させているのは課せられた職務ではなく、やるせなさである。

 岩をも容易く運ぶ力を持ちながら、死にゆく仲間——死した仲間の為に動くことが出来ない、己が心の無力さであった。

◇◇◇

 最初の作戦会議から一週間が経過した。行動予定は煮つまり、ほとんど完成に近い。あとは各火薬庫に火をつけてもらう協力者と、集まった敵に向けて岩を落とす攻撃要員の選定を残すのみである。今宵も作戦会議の場へと進むタカミの足取りは少し重い。

——実行の時は近い、か

——本当に大丈夫か?

——やれるのか?

そんな疑問と不安が足枷となり、今回もまたタカミを留まらせようとする。

「よう、待たせたな」

「ああ……」

「?」

 部屋の中に居るのは、ムスビ一人。いつもなら真っ先に来ているはずの彼、ミナカの姿が無い。それに、タカミを待っていた同胞の顔は妙に暗い。

「ムスビ、ミナカはどうした? まだ来てないのか?」

「……タカミ」

「なんだ?」

 彼の名を呼ぶムスビの瞳は潤っていた。やがて大粒の雫となって滴る。それが繰り返し起き、滝のようになった。地べたに座ったまま、タカミの眼を見やる。

「おいおい、どうし——」

「死んだ。ミナカが……死んだ!」

「……は?」

突如告げられた訃報に、彼は唖然とした。

「な、何だって? ミナカが、あいつが、何だって?」

 もしかすると聞き間違いかもしれない。あまりにも淡すぎる可能性に賭けて聞き返した。しかし無情にも、彼が聞き取ったのは真実である。

「ミナカが……死んだんだ」

「そんな……ど、どうして……?」

「腕をやっちまったらしい。それでうずくまっていたら……。後は言わなくても分かるだろう? ただそれだけなんだ。腕を痛めたくらい、しばらく安静にしてりゃなんてことないのに。しばらく動けねえからって、何も殺すこたぁねえだろうに」

 タカミにとってミナカは、ずっと昔から支え合ってきた仲間だ。敵が侵略してくる前から、二人は良きパートナーとして仕事に励んでいた。お互いの力を認め合い、最も信頼できる存在であった。

——畜生

——畜生、畜生

——畜生っ!

 そんな最高の友が殺された。それも、ただ腕を怪我しただけでだ。タカミの心は激しい怒りと喪失感に覆われた。だが、問題は感情の高ぶりではない。

——反乱計画がばれれば俺もムスビも殺される

——嫌だ、嫌だ嫌だ

——怖い

——なら、反乱なんてしなくていい

——毎日、岩を運び続けりゃいい

 タカミが死の恐怖に敗北し、ミナカと共に立てて来た反乱計画を中止してしまう事である。

——ああ、またか

 過去、数回に渡って計画を最終段階で棄却してきた彼。今回の出来事はタカミにとって特別大きな絶望であった。もう二度と反乱を企てまいと、そう思うほどに追い詰められていた。

「……すまない、ムスビ。計画は、しばらく保留だ」

「保留? どうしてだよ? やろうぜ、俺たちで! 奴らに一矢報いようって、そう決めたじゃねえか!」

「……すまん」

 仲間の声に耳を貸すことなく、タカミはその場を後にした。重かった足取りは更に重く、地を踏みしめて固めていった。

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