天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

鎖を断つ力

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◇◇◇

 ──トリシュヴェア国、入口

「レパレーション・ヒール」

 大いなる緑が少女を包み込んだ。オーラはやがて彼女の右手に収束し、その掌が触れる少年へと流れこんでいく。

「はい、もう大丈夫ですよ!」

「いつもありがとう、ポリア」

「いえ、お役に立てて光栄です!」

 全身の痛みと倦怠感に苦しめられていたユウキは、ポリアの力による治療を受けてすっかり元通りに。

「ところで……」

 動けない少年を見たためそれどころではなかったが、そう言えばこの大男は何者なのかと。アインズは首を傾げる。

「ああ、この方は……」

「一応この国の指導者って事になってる、タヂカラってんだ」

 彼が名乗るとアインズらは一瞬目を見開いた。彼女らも、調査の結果タヂカラの名前は聞いていた。

 しかし、ユウキを運んで来た大男がそれだとは思いもよらなかった。風貌が指導者というよりも現場の人間だからだ。

「これはとんだご無礼を。私は、ブライトヒル王国から参りました、騎士のアインズと申します」

「ウルスリーヴルの桜華です」

「ニューラグーンのポリアです!」

「ああ、よろしく。にしても凄ぇなボウズ。本当に各地をまわって仲間集めてんだな」

「立ち寄った先で出逢った方が、快く同行して下さって──」

「嬢ちゃんばっか集めやがって。大人しそうな顔して、やり手だな?」

「そんなんじゃないですよ……」

──余計な事言うタイプの人だ?!

「……ユウキ君、タヂカラさんには目的なんかの話はした?」

「いえ、まだです」

「仲間と合流したらって話だ。立ち話もなんだし、ウチへ案内するぜ」

「そうでしたか。では、そちらで」

 振り返って進むタヂカラの背を追い、再び国内を進む。

◇◇◇

 ──タヂカラ邸

 国の入口からは少し距離があるため、馬車を回収して指導者の家まで来た。女性の言った通り城は無く、他の家と比べて大きい岩の建築物があるのみだ。

「親父も爺さんも体がデカくてな。普通の家じゃちょっとばかし狭いんだ」

──なるほど、それでタヂカラさんも大きいんだ

諸々の解説を聞きながら、玄関をくぐる。

「おう、帰ったぞ」

「おかえり、兄さん。あれ、お客さん?」

 帰宅の合図をすると、家の奥から男性が現れた。タヂカラの弟で、彼ほど大きくはないが、それでもユウキにとっては見上げるような背丈の人物である。

「ああ。茶を頼むよ、ハル」

「はいよ」

 奥の部屋へ。とは言っても特に仕切りなどはなく、ただ低い机と絨毯が敷かれただけの場所だ。そこに一行と二人が座る。ハルが淹れた茶を一口啜り、タヂカラから話が開始。

「で、ボウズの言う目的ってのを聞こうじゃないか。観光じゃねえのは見りゃわかるが」

 鎧をつけた人物。腰に刀を二本提げた人物。一行の様子を一目見れば、旅人であっても旅行者でないことは明らかだ。

──まあ、一人は観光だけど

「僕らの目的は、鎖の破壊です」

「鎖って……あのでかいヤツだよな?」

「ええ」

「はっはっはっ! いや、冗談きついぜボウズ」

──やっぱり

「あの鎖はな、ここの住人がいくら力を込めても、掘削の道具を使っても、ピクリとも動かなかったんだぜ?」

 トリシュヴェア国でも、やはり鎖の調査は行った。しかし破壊には至っていない。

 鎖の核となった月長石の破壊は、物理的な力では成せないからだ。いくら花崗岩を削る技術をもっていても、いくら落石を受け止めるだけの筋力があっても、件の巨大な物体を動かすことは出来ない。

「ここから見て、北と北東辺りの鎖が無くなったのはご存知ですか?」

 信じる様子のないタヂカラに、アインズが既成事実の確認を行う。彼の信念に関わらず、二本の鎖が消失しているのは現実の出来事であるからだ。

「ああ、まあそれは把握してるが」

「その二本を破壊したのは、僕らなんです」

「……本気か? いったいどうやってあんなデカブツを?」

 物理的な力でないなら、どんな方法なのかと。そう問われ、自身の正体を明かす時が来た。桜華はあまり気にしていなかったが、果たしてタヂカラはどうかと、何度目でも緊張感があった。

「この首飾りを見てください」

「……?」

「これは日長石と言う石で、僕の大切な人から受け継いだものです」

首からさがる石を手に取り、これだと示すように少し前へ。

「一方で、あの鎖は月長石という石を核として持っています」

「日長石と月長石か。うっすらと聞いた事がある。なんでも、特別な力を持ってるとか持ってないとか」

 石の職人である彼らは、噂程度であるものの、その存在自体は知っている。が、二つが持つ力には興味は無い。あくまで石工の人間だからだ。

「でもあんなの、ただの噂だろ?」

「ちょっと失礼します」

 「……?」

 立ち上がったユウキは少し離れ、剣を抜いた。近くに危険物がないことを確認し、日長石に祈った。

「……サン・フラメン」

 少年が呟くと剣に炎が出現し、首飾りが少し輝く。日長石の力は本当に存在するのだと、そう示す為の行動であった。

「僕は騎士でも何でもなく、ただの一般人です。それでも、この力があるから、バケモノと戦うことも鎖を断つことも出来るんです」

 太陽の暖かさを放つユウキを前にして、タヂカラはある事を思い出した。彼に迫る落石を受け止める、その直前のことだ。

「もしやボウズ、渓谷でもそれを使ってたのか?」

「……ええ。ちょっと、しつこい奴が居まして」

 偶然近くを通ったタヂカラは、どこからか感じた暖かさを追って谷へ。その結果、岩に潰されんとする彼を発見したのである。

「なるほどな。その力を使って、二本ぶっ壊して来たわけか」

「そうです」

 炎と剣を納め、元の位置に座った。が、タヂカラの疑問はまだ晴れていない。初対面のニューラグーン国王と同じだ。

「だがよ、ボウズは何でそんなもん持ってんだ? 大切な人ってのは?」

「それは……僕が、クライヤマの人間だからです」

「ボ、ボウズがクライヤマの?!」

「この日長石は、クライヤマの巫女から受け取ったものです」

「そうか……なんてこった」

 突然の告白に困惑した彼は右手で後頭部を掻き、姿勢を正してユウキに真っ直ぐな目線を向けた。

「ボウズには悪いが、この際だからハッキリ言う。俺もハルも、トリシュヴェアの住民も、大半はクライヤマを疑ってる。バケモノは基本的に北から来る。その原因は、影が落ちてるクライヤマなんじゃないかってな」

 まあそうだろうなと。悔しさは感じるものの、状況を客観視すればそうなるのは当然だとユウキは理解している。

「……半分正解で、半分は違います」

 桜華に詰められなかったのが特別なだけだったのだと、彼は冷静に説明すべき内容を脳内で整理する。

 初めてツヴァイに問いただされた時に比べれば、かなり感情を抑制できるようになっていた。

「確かに、バケモノはクライヤマに落ちた影から生まれると考えるのが妥当です。ニューラグーンでは南から、ブライトヒルでは東から、ここトリシュヴェアでは北からバケモノが来る。位置関係からして、その推論は正しいかと」

「ああ」

「ですが、それはクライヤマの悪意によって起きていることではないんです」

「そう言われてもな……。クライヤマの人間が何処で何をしてるか分からん以上──」

「死にました。僕以外、全員」

「なんだって……?」

「全員、バケモノに殺されました。状況も、バケモノが何なのかも分からず……抗えもせずに」

 突然バケモノの源流となったクライヤマ。もともと軍事機能が無かった故、抵抗する術など微塵ほども持っていなかった。

「今の話は私が保証します。個人としてではなく、ブライトヒル王国騎士団第一部隊長アインズの名を以て、です」

「そこまで言われちゃ、何も言えねぇが……」

「もう一度伝えます。僕らの目的は、鎖の破壊です。タヂカラさん、どうかお力添え願えないでしょうか」

 う~んと顎に手を当てて唸り、己の置かれた状況を整理する。クライヤマの少年が現れ、鎖を壊せると言い、協力を求められた。

「そうだなぁ」

 トリシュヴェアの国民を恐れさせている要因は主に二つある。北にある集落と、南東に刺さる鎖だ。その内の一つを共に解消しようという提案がなされているのだ。

「アレをぶっ壊そうってんなら協力する。だが、ウチには騎士団なんてねぇぞ」

「恩に着ます。我々が鎖に近付くのを援護して頂ければ、それで十分です」

「あいよ。実行は明日でいいか?」

「はい、よろしくお願いします」

 なんとかタヂカラの協力を得られた一行。宿泊用に部屋を用意され、明日に備えてそこで休むことに。

「では、今日のところは失礼します」

 ユウキとアインズが頭を下げ、桜華とポリアもそれに倣う。タヂカラを筆頭に立ち上がり──

「あっ──」

──危なっ!

 ユウキに続いて立った桜華が倒れそうになった。それなりに長時間の正座で足が痺れたからだ。ユウキが咄嗟に手を出して両肩を支え、なんとか転倒せずに済んだ。

「ナイス援護、ユウキ殿」

親指を立て、左目を瞑る桜華。

「無理してお淑やかな座り方するからよ」

「は? 私、お淑やかの化身だけど?」

──あぐらは……お淑やかなのか?

「はっはっはっ! 慣れねぇ事はするもんじゃねえな!」

「タヂカラ殿……?」



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