天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

選ばれし者

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◇◇◇

 ──太古の時代、真っ白な神殿

 広間にて彼女は嗤った。己が思うままに月長石の力を振るい、世界に影を落とした。

 結果生まれた魑魅魍魎は、世界中の人々を蹂躙する。その光景を高みから見物し、愉快になった為である。

「あははははっ! どんどん死んでくね~」

 やたらと多く地肌が見える黒い羽衣を、高揚する心を表すかのように翻しながら、彼女はその様子を見守る。

「はぁ面白い。このまま、み~んな死んじゃえばいいんだ」

そう恐ろしい事を口にしながら玉座へ。

「あ~あ……」

 しかしながら座した彼女の様子は直前までとは大きく異なり、今度は膝を抱えて袖を濡らした。

「いくら力を手にしても、君は帰って来ないんだね。なら、要らない。君が居ない世界なんて、私が壊す」

 自身の目的に対する意欲を無くさぬよう、己を鼓舞する意味も込めて呟いた。

そこへ──

「見つけたぞ、月の巫女」

「ん?」

 聞き慣れぬ声がして部屋の入口を見ると、一人の男が立っていた。鎧に身を包み、一本の剣を携える。

「日長石……」

 装備品などよりも彼女の気を引いたのは、彼の首にかかる首飾りであった。自身が放つ夜空の様なオーラとは対極の存在、全てを照らす太陽の様な輝きを持つ石である。

「あんた誰? ノックもせずにレディの部屋に入るなんて、失礼な奴」

「俺は、日の巫女様より選ばれし者。月の巫女セレーネ、邪知暴虐な貴様を封じに来た。覚悟しろ」

──はぁ、めんどくさ

 セレーネはため息と共に心中で彼を嘲笑う。これまでにも何人か、地上でこういう戦士と刃を交えたことがあった。しかし、誰もセレーネを討つ事は出来ていない。

「見て、この傷一つ無い美しい身体。あんたみたいな奴は執拗いくらい見てるけど、私は……無、傷……なに、それ?」

 お前如きに勝ち目は無いのだと、そう説明していた彼女の目に、理解不能な景色が飛び込んだ。

 男の姿が変わった。髪は逆だって暖色に輝き、眩いオーラに全身を包まれている。

 セレーネは己の内に秘めたる力と相対する温かさを感じ、虫酸が走る様な不快感を覚えた。

「なんなの、それ?! あんた、誰なの?!」

「これで終わりだ、月の巫女!」

「──っ!」

 炎を帯びた剣が彼女を襲う。負けじと、オーラを集約して形成した手刀で応戦。鍔迫り合いになるも、彼女はすぐに退いた。自身の力が相殺されているのを感じたからだ。

「やだ、やだやだ! 気持ち悪い!」

「はああああ!」

「来るな、来るなああああっ!」

 相手に両掌を向け、自身との間に隔壁を設けた。月長石の力による結界だ。男の動きは止まった。しかし、セレーネの期待は裏切られる。

「こんなもの!」

「う、うそ……そんな訳ない!」

 日の力を纏った剣の切っ先が、防御を貫通した。次第に広がった穴は、最終的に人が通れる程の大きさになった。

「寄るな! 私に寄るな!」

 後退しながら同じ防壁を何枚も何枚も、繰り返し張り続ける。が、その全ては同じ末路を辿る。

「抵抗するな。均衡の為、お前には大人しくして貰わねばならないんだ」

「嫌! 均衡なんて要らない。壊すの! 私が全部!」

「……そうか。ならば、仕方ない!」

「──っ?!」

 男のオーラがより一層強くなる。セレーネの防御は一刹那で全て崩壊し、さらに距離が詰まる。

「……それなら、私も手段は選ばない」

「……?」

 左手の薬指に付けていた指輪を外す。リングを宝たらしめるのは、小さな月長石である。

その石を取り外し──

「お願い、私を守ってね」

「本領発揮か、月の巫女!」

──飲み込んだ。

「私にひれ伏しな、この身の程知らず!」

 セレーネの身体を中心に闇が放たれる。それは濁流となりて、選ばれし者にも覆い被さる。

 激しいオーラの噴出により、羽衣はバサバサと音を立てて踊る。黒だった髪は紅紫こうし色や紫檀したん色、紺碧こんぺき色に変わって逆立つ。

「まさか、これ程の力とは」

「あははははっ! お遣いの分際で私に勝てると思った? バーカ、バーカ!」

「しかし、それは所詮……紛い物」

巫女の覚醒を前にしても男は冷静であった。

「あ? さっきからいちいちムカつくんだよ、お前!」

 明確な怒りを顕にしたセレーネは、遊ばずにすぐ殺してしまおうと意気込んだ。オーラを集約して剣を創り、右手で柄を握る。

「死んじゃえ!」

それを突き刺さんと急接近。

「────は?」

 が、男は切っ先を手で受け止めた。無論、掌を貫通しているが、同時に刃を鷲掴みにもしている。

「終わりだと……言ったはずだ!」

「や、やめろ! 気持ち、悪い!」

 男の手から剣を伝いセレーネに太陽の力が流れ込んだ。彼のオーラは減衰するが、セレーネの剣もまた散乱していく。

「これで、世界は再び安定する!」

「なんでお前如きに、こんな……っ?!」

「それは、貴様が石を使っただけの偽物で、俺が巫女様に選ばれた本物だからだ」

「本……物……? うっ、きゃあああああああっ!」

 いつの間にやら迫っていた男の掌がセレーネの胸骨部に触れた。先程までとは別種の不快感も重なり彼女は泣き叫ぶ。

「やめて、私の身体に触らないで! ああ、ああっ!」

日の力。

月の力。

 互いが互いを打ち消し、セレーネの力も男の力も弱くなっていく。

「や、やめ……て……あの子以外が……私に触れ──」

 セレーネの変身は解け、目からは怒りも覇気も失せた。続いて男からも力が抜ける。

「はぁ……はぁ……はぁ……うっ!」

彼もまた元の姿に戻り、両膝から崩れ落ちた。

「私の、私と……あの子の、力……返、して……」

 朦朧とする意識の中、セレーネは辛うじて玉座に座らされた事だけ理解した。

「巫女様、これで……世界は守られたのですね」

 よろめきながら男が部屋を後にする。その背中を見届けた後、力を封じられた彼女は睡魔に服し、永い眠りについた……。

◇◇◇

 ──現代、真っ白な神殿

「チッ」

 広間にてセレーネは舌を打つ。ふと忌々しい記憶が蘇った為だ。怒りに呼応して右腕からオーラが漏れる。

 そんな時、部屋の入口にある月長石が輝きを帯びた。遣いの帰還である。

「あっ、おかえりなさいジュア──」

 いつもとは様子が違った。呼吸は浅く胴体は真紅に染る。命が途切れかけていたのである。

「ジュアン?! 今、治すからね!」

「セ……レーネ……様……」

 彼が死にかけているのを見て、セレーネは己が必死になっている事に気付いた。同時に、そんな自分自身に呆れ返っていた。

──はぁ。何してんだろう、私

 彼女の手から出た月長石のオーラがジュアンの身体に吸われていき、胸と右腕の傷は塞がった。二つの患部は左腕同様、しばらくすれば異形と化す。

「どうだった? 日の巫女の遣いは殺──」

「セレーネ様!」

「な、なに?」

思わぬジュアンの勢いに少し驚いた。

「あれは、ただの遣いなどではありません。奴は──ユウキは、本物です!」

「本……物……?」

「詳しくはボクも分からないですが、髪の色が変わって逆立ち、常に日長石のオーラを放っていて……」

 彼の言葉を聞きセレーネは戦慄した。かつて二つの力を相殺し、事実上、彼女に封印を施した男。ユウキはその再来であると。

「如何なさい──」

「殺す」

震える手を抑えながら強く宣誓した。

「日の巫女に選ばれし者だけは、絶対に殺す!」

 その存在に対する憎しみは、恐怖の裏返しだ。日の巫女は死んだ。すなわち、世界の均衡とやらを保つには……と。

 ユウキらが全てを知った時、何を目的に動くことになるか……セレーネにとって答えは想像に難くない。

 力が戻らない事への焦燥はさらに加速していった……。
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