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第3章 : 乖離
大切な家族
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◇◇◇
──ウルスリーヴル国、南
「ごめんね、三人まで巻き込んで」
「いえ、大丈──」
「街並みを観察出来るので大歓迎です!」
──まだ見るところあんの?!
天舞音から指示された河川敷へ。防人になってからは城内かその周辺での仕事が殆どであった二人。あれ以来、この南側へ来たことは無かった。
「集会って……あれですか?」
まだ少し距離があるが、確かに人が集まっている。集団で剣の練習をしているのが見てとれる。
「ねぇ小町、あれって……」
「行ってみよ」
桜華と小町は目を見張り、顔を合わせたかと思うと早足でそこへ向かった。彼女らをユウキたちも小走りで追う。
「……」
何も言わずに集団を眺めるその目には、うっすらと感情の雫が浮かんでいた。
見ると、六人が前で手本を演じ、他の者たちはそれを見て各々刀を振るっている。道場などでよく見られる光景だ。
「なんで、なんで、あの子らはまだ……」
「私も小町も、もう居ないのに……もう、終わったのに……」
ふと、六人のうち一人が視線に気付いた。他の五人にも共有し、両手を大きく振りながら土手を駆け上がって二人のもとへ。
「……?」
「桜華さん! 小町さん!」
「お久しぶりです! やっと来てくれたんですね!」
数年で雰囲気が変わっているが、見間違いも聞き違いもせず、忘れもしない。
骨董屋の子。鍛冶屋の子。道場の姉弟。百姓の子ら二人。その六人であった。
「ご、ごめん……えっと、何を、してるの?」
「え? おかしな事訊きますね、桜華さん。何って、いつも通り剣の練習ですよ」
「それは……見たら分かるんだけど。そうじゃなくて、なんでまだ集まってるの?」
「なんでも何も……解散なんて指示されてませんし……ねぇ? それに、全部終わったらここに集合って言ったのはお二人じゃないですか」
「「……っ!」」
「……私たちあの後、沢山話し合ったんです。解散するか、続けるか。結果はご覧の通りです。今は……剣の練習をする傍ら、街の掃除とか色んな人やお店の手伝いとかやってます」
「……そっか」
「あっ、そうだ桜華さん」
ふと、鍛冶屋のせがれが用事を思い出したようである。
「なに?」
「渡したい物があるんです」
そう言うと彼は土手を滑りながら降り、荷物を漁ってまた上へ戻って来た。彼の手には刀が一本握られている。
「あの夜、逃げる前に拾ったんです。やっぱりこれは、桜華さんに持っていて欲しいのでお返しします」
「これ……っ!」
少し古びた、蛇がとぐろを巻いた形の鍔が付いた刀である。受け取ると、己の半生が思い返された。
色々とあったが、大蛇として共に生きた彼らも家族であったのだと、また涙が溢れそうになる。
「うん、ありがとう……あり、がとう……っ!」
「私らね、色々あって……今は防人をやってんの。だから、簡単には戻れないんだ。でもまぁ、たまには見に来ようかな?」
「……私は少し旅に出るから。せっかくだけど、また暫く離れちゃうの」
自分も時間を見つけては顔を見せようかと思った桜華だが、それはまた少し後の事になりそうだ。
目的は鎖の破壊。巫女を想う少年の尊い目的を支えるためだ。
「はははっ、大丈夫ですよ。アジトに桜華さんが居ない事なんてざらにあったし、皆慣れてますから」
「あはは……」
「あんた全然帰らなかったもんね」
「ごめんて……」
受け取った刀を元の一本に追加して左腰へ携える。
「さて、御三方。もう少しだけ、時間貰ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
「構わないわよ」
「私も少し街並みを見たいので!」
「うん、あんがと。さ、旅立つ前にこの桜華様が稽古つけてあげる!」
桜華は走り出し、六人と共に河川敷へと向かって行った。
──桜華さん、なんだか楽しそうだな
「桜華から皆さんに、昔の話はありました?」
「昔の? いえ、特に何も」
「……じゃあ、私から簡単に話しちゃいますね。私もあの子も、色々とあったんです」
──桜華と小町の生まれ育ち、大蛇と呼ばれる組織の結成から盗賊の討伐、そして防人になるまで。
その話を聞いて初めて、ユウキは桜華の言葉を理解した。
彼女が復讐を忌避する理由。ユウキの心に感銘を受けた理由。彼女の歴史に、その全てが詰まっていたのである。
「感謝しますよ、ユウキさん」
「感謝……?」
「あんなにはしゃいでる桜華を見るのは、本当に久し振り。少なくとも、大蛇を去ってからは今が初めてです」
「いえ、僕は別に何も」
「そんな事ないですよ。桜華の心が決まるきっかけをくれたのは、あなたです」
この時ユウキから見えた桜華の笑顔は、本物であった。
彼やアインズとのやり取りで見せていた物が偽物だというわけではないが、しかし、取り繕いでもなければ、ただ笑顔なだけでもない。純粋に心の根底から笑っていたのである。
──君もそうだったね、リオ
畑仕事を手伝っていた時。走り回っていた時。遊んでいた時。日の巫女に就任する前のリオのそれは、今の桜華に似ていた。
「じゃ、待たせちゃいますけど、私も少し混ざってきます」
「ええ。行ってあげてください。小町さんも含めて、桜華さんの家族ですから」
彼女は「うん」と頷き、河川敷へ降りていった。
──なんだ、小町さんも同じじゃん
桜華の事ばかり話していた小町だが、家族の輪に帰った彼女もまた、心の底から笑っているのであった。
◇◇◇
──ウルスリーヴル国、港
船着き場へとやってきた五人。その内四人は船上、一人は港に立った。
もう間もなく、ハーフェン港行きの貨物船がここを発つ。それは同時に、桜華と故郷の乖離を意味する。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、桜華」
「小町大丈夫? 私がいなくても寂しくない?」
「……ちょっと、寂しいかもね」
「え、何? 可愛いとこあるじゃん」
「城内が静かになっちゃうしさ」
「は? 可愛くな」
「……なんてね。そうだ、これ持って行ってください」
小町が持っていた紙袋をユウキに手渡した。
「これは?」
「私からの餞別です。それと、桜華のお守り代」
「ありがとうこざいます」
「だれが赤ちゃんよ」
受け取った彼は、右手にずっしりと重みを感じた。小町から受け取ったものは彼が思っていたよりも幾分か重く、落とさぬよう反射的に胸ほどの高さまで上げる。
「みんなで食べてくださいね。傷みやすいですから、早めに」
──食べ物なんだ
「みんなで! 食べてくださいね!」
二度目の強い知らせ──警告は桜華個人へ向けられていた。
「何よ。私がお土産を一人で平らげるような奴に見えるわけ?」
「うん、見える」
「ひど!」
茶番を続ければ、或いはこのまま時は進まずにいるのではないか。小町はそんな妄想をしていたが、現実は残酷に告げる。
「そろそろ出港で~す」
「じゃ──」
「小町……!」
出発前最後にと、桜華は小町に抱きついた。
「なんだよ、急にしおらしくなりやがって」
ふふっと笑い、彼女も桜華の背中に手を回した。
「……泣くなし。三人とも見てるから」
「うん、落ち着いた」
「急に冷めるじゃん……。ほら、ユウキさん達と世界に見せつけてやんな」
──見せつける?
桜華の両肩に手を置き真っ直ぐに目を見て言う。
「ウルスリーヴルが誇る美少じ──」
「わあああああ! わあわあ! 行くよユウキ殿アインズ殿ポリア殿! 機関士さん船出して~! わあああああ!」
「……?」
「なによ、いきなり。うるさいわね……」
過去に自称していた妙な二つ名をばらされかけ、一人大騒ぎ。その間に船は港を発ち、国を離れていく。
◇◇◇
見えなくなる最後の瞬間まで港に向かって手を振っていた桜華は、一時の別れを決心して船内へ。
「やっと来たわね。ほら、一緒にたべましょう」
「うん」
紙袋から箱を取り出し、包装を解く。中には拳大ほどの白いものが。
「あ! これ、ウルスリーヴルの伝統的なお菓子ですよね! えっと、なんて言うんですっけ?」
「食べ物まで興味津々なんだね、ポリア殿は」
桜華は微笑みながらそれを一つ手に取り──
「豆大福」
「そうそう、豆大福!」
「まったく、返すの遅すぎだよ……」
「……?」
「あっ、ううん。なんでもない。それよりほら、ユウキ殿も食べてみ? 美味しいよ」
「いただきます」
三割程を口へ。皮の柔らかさ。餡の甘さ。豆の硬さ。様々な感覚がユウキを刺激した。色々な感覚が混在し混じり合い、しかし離れることなく大きな一つを形成する。
それをユウキは、極めて単純な一言にて表現した。
「──美味しい」
──────────────
第3章 乖離 完
ギリシア神話
太陽の神:ヘリオス
月の女神:セレーネ
──ウルスリーヴル国、南
「ごめんね、三人まで巻き込んで」
「いえ、大丈──」
「街並みを観察出来るので大歓迎です!」
──まだ見るところあんの?!
天舞音から指示された河川敷へ。防人になってからは城内かその周辺での仕事が殆どであった二人。あれ以来、この南側へ来たことは無かった。
「集会って……あれですか?」
まだ少し距離があるが、確かに人が集まっている。集団で剣の練習をしているのが見てとれる。
「ねぇ小町、あれって……」
「行ってみよ」
桜華と小町は目を見張り、顔を合わせたかと思うと早足でそこへ向かった。彼女らをユウキたちも小走りで追う。
「……」
何も言わずに集団を眺めるその目には、うっすらと感情の雫が浮かんでいた。
見ると、六人が前で手本を演じ、他の者たちはそれを見て各々刀を振るっている。道場などでよく見られる光景だ。
「なんで、なんで、あの子らはまだ……」
「私も小町も、もう居ないのに……もう、終わったのに……」
ふと、六人のうち一人が視線に気付いた。他の五人にも共有し、両手を大きく振りながら土手を駆け上がって二人のもとへ。
「……?」
「桜華さん! 小町さん!」
「お久しぶりです! やっと来てくれたんですね!」
数年で雰囲気が変わっているが、見間違いも聞き違いもせず、忘れもしない。
骨董屋の子。鍛冶屋の子。道場の姉弟。百姓の子ら二人。その六人であった。
「ご、ごめん……えっと、何を、してるの?」
「え? おかしな事訊きますね、桜華さん。何って、いつも通り剣の練習ですよ」
「それは……見たら分かるんだけど。そうじゃなくて、なんでまだ集まってるの?」
「なんでも何も……解散なんて指示されてませんし……ねぇ? それに、全部終わったらここに集合って言ったのはお二人じゃないですか」
「「……っ!」」
「……私たちあの後、沢山話し合ったんです。解散するか、続けるか。結果はご覧の通りです。今は……剣の練習をする傍ら、街の掃除とか色んな人やお店の手伝いとかやってます」
「……そっか」
「あっ、そうだ桜華さん」
ふと、鍛冶屋のせがれが用事を思い出したようである。
「なに?」
「渡したい物があるんです」
そう言うと彼は土手を滑りながら降り、荷物を漁ってまた上へ戻って来た。彼の手には刀が一本握られている。
「あの夜、逃げる前に拾ったんです。やっぱりこれは、桜華さんに持っていて欲しいのでお返しします」
「これ……っ!」
少し古びた、蛇がとぐろを巻いた形の鍔が付いた刀である。受け取ると、己の半生が思い返された。
色々とあったが、大蛇として共に生きた彼らも家族であったのだと、また涙が溢れそうになる。
「うん、ありがとう……あり、がとう……っ!」
「私らね、色々あって……今は防人をやってんの。だから、簡単には戻れないんだ。でもまぁ、たまには見に来ようかな?」
「……私は少し旅に出るから。せっかくだけど、また暫く離れちゃうの」
自分も時間を見つけては顔を見せようかと思った桜華だが、それはまた少し後の事になりそうだ。
目的は鎖の破壊。巫女を想う少年の尊い目的を支えるためだ。
「はははっ、大丈夫ですよ。アジトに桜華さんが居ない事なんてざらにあったし、皆慣れてますから」
「あはは……」
「あんた全然帰らなかったもんね」
「ごめんて……」
受け取った刀を元の一本に追加して左腰へ携える。
「さて、御三方。もう少しだけ、時間貰ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
「構わないわよ」
「私も少し街並みを見たいので!」
「うん、あんがと。さ、旅立つ前にこの桜華様が稽古つけてあげる!」
桜華は走り出し、六人と共に河川敷へと向かって行った。
──桜華さん、なんだか楽しそうだな
「桜華から皆さんに、昔の話はありました?」
「昔の? いえ、特に何も」
「……じゃあ、私から簡単に話しちゃいますね。私もあの子も、色々とあったんです」
──桜華と小町の生まれ育ち、大蛇と呼ばれる組織の結成から盗賊の討伐、そして防人になるまで。
その話を聞いて初めて、ユウキは桜華の言葉を理解した。
彼女が復讐を忌避する理由。ユウキの心に感銘を受けた理由。彼女の歴史に、その全てが詰まっていたのである。
「感謝しますよ、ユウキさん」
「感謝……?」
「あんなにはしゃいでる桜華を見るのは、本当に久し振り。少なくとも、大蛇を去ってからは今が初めてです」
「いえ、僕は別に何も」
「そんな事ないですよ。桜華の心が決まるきっかけをくれたのは、あなたです」
この時ユウキから見えた桜華の笑顔は、本物であった。
彼やアインズとのやり取りで見せていた物が偽物だというわけではないが、しかし、取り繕いでもなければ、ただ笑顔なだけでもない。純粋に心の根底から笑っていたのである。
──君もそうだったね、リオ
畑仕事を手伝っていた時。走り回っていた時。遊んでいた時。日の巫女に就任する前のリオのそれは、今の桜華に似ていた。
「じゃ、待たせちゃいますけど、私も少し混ざってきます」
「ええ。行ってあげてください。小町さんも含めて、桜華さんの家族ですから」
彼女は「うん」と頷き、河川敷へ降りていった。
──なんだ、小町さんも同じじゃん
桜華の事ばかり話していた小町だが、家族の輪に帰った彼女もまた、心の底から笑っているのであった。
◇◇◇
──ウルスリーヴル国、港
船着き場へとやってきた五人。その内四人は船上、一人は港に立った。
もう間もなく、ハーフェン港行きの貨物船がここを発つ。それは同時に、桜華と故郷の乖離を意味する。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい、桜華」
「小町大丈夫? 私がいなくても寂しくない?」
「……ちょっと、寂しいかもね」
「え、何? 可愛いとこあるじゃん」
「城内が静かになっちゃうしさ」
「は? 可愛くな」
「……なんてね。そうだ、これ持って行ってください」
小町が持っていた紙袋をユウキに手渡した。
「これは?」
「私からの餞別です。それと、桜華のお守り代」
「ありがとうこざいます」
「だれが赤ちゃんよ」
受け取った彼は、右手にずっしりと重みを感じた。小町から受け取ったものは彼が思っていたよりも幾分か重く、落とさぬよう反射的に胸ほどの高さまで上げる。
「みんなで食べてくださいね。傷みやすいですから、早めに」
──食べ物なんだ
「みんなで! 食べてくださいね!」
二度目の強い知らせ──警告は桜華個人へ向けられていた。
「何よ。私がお土産を一人で平らげるような奴に見えるわけ?」
「うん、見える」
「ひど!」
茶番を続ければ、或いはこのまま時は進まずにいるのではないか。小町はそんな妄想をしていたが、現実は残酷に告げる。
「そろそろ出港で~す」
「じゃ──」
「小町……!」
出発前最後にと、桜華は小町に抱きついた。
「なんだよ、急にしおらしくなりやがって」
ふふっと笑い、彼女も桜華の背中に手を回した。
「……泣くなし。三人とも見てるから」
「うん、落ち着いた」
「急に冷めるじゃん……。ほら、ユウキさん達と世界に見せつけてやんな」
──見せつける?
桜華の両肩に手を置き真っ直ぐに目を見て言う。
「ウルスリーヴルが誇る美少じ──」
「わあああああ! わあわあ! 行くよユウキ殿アインズ殿ポリア殿! 機関士さん船出して~! わあああああ!」
「……?」
「なによ、いきなり。うるさいわね……」
過去に自称していた妙な二つ名をばらされかけ、一人大騒ぎ。その間に船は港を発ち、国を離れていく。
◇◇◇
見えなくなる最後の瞬間まで港に向かって手を振っていた桜華は、一時の別れを決心して船内へ。
「やっと来たわね。ほら、一緒にたべましょう」
「うん」
紙袋から箱を取り出し、包装を解く。中には拳大ほどの白いものが。
「あ! これ、ウルスリーヴルの伝統的なお菓子ですよね! えっと、なんて言うんですっけ?」
「食べ物まで興味津々なんだね、ポリア殿は」
桜華は微笑みながらそれを一つ手に取り──
「豆大福」
「そうそう、豆大福!」
「まったく、返すの遅すぎだよ……」
「……?」
「あっ、ううん。なんでもない。それよりほら、ユウキ殿も食べてみ? 美味しいよ」
「いただきます」
三割程を口へ。皮の柔らかさ。餡の甘さ。豆の硬さ。様々な感覚がユウキを刺激した。色々な感覚が混在し混じり合い、しかし離れることなく大きな一つを形成する。
それをユウキは、極めて単純な一言にて表現した。
「──美味しい」
──────────────
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月の女神:セレーネ
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