天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第3章 : 乖離

盗賊集団スサノオの長

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「下で騒いでいやがったのは、お前らだな」

「……っ!」

「あんたが、スサノオの指導者ね?」

「いかにも」

 そう答えたのは、部屋の奥で椅子に座る、中肉中背の髭面中年男だ。手下には無い、特別な装飾が施された服を着ている。

「何を……してるの?」

驚きのあまり、桜華は男に質問を投げた。

「見りゃ分かんだろ? 宝石の品定めだ。最近は、宝石商すら騙す恐ろしく精巧な偽物を作る技術があるって聞くしな」

「……は?」

 桜華の疑問はひとつも解決されなかった。今何をしているかではなく、もっと違う事を訊いたのだ。

「仲間が大勢殺られてるのに、指導者が顔も出さずに何やってんだって訊いてんの」

「仲間?」

「スサノオの構成員。下に居たのはほぼほぼ全滅だけど?」

「んだ、コマの事か」

「……コマ?」

「奴らなんか、俺の手間を省くためのコマに過ぎねえんだよ」

 男は、恐ろしく冷静に答える。淡々としすぎていて、何もされていないのに恐怖すら覚えた。

「ああ、分かったぞ」

 蝋燭の灯で宝石を観察しながら、片手間で二人に言葉を投げかける。

「ここ何年か、俺たちを嗅ぎまわるネズミが居ると聞いていた。お前たちの事だな?」

「気付いてたなら、なんで潰しに来ないのさ」

 大蛇の存在は、スサノオの長に把握されていたようだ。ならば何故、何も対応をしなかったのかと、大蛇創設者の一人、小町が疑問を呈する。

「はっはっは。面白いことを訊くな」

 男は宝石を机に置き、初めて二人を見て続けた。

「あまり自惚れない方がいい。お前らが何をしたところで、俺の痛手にはならない」

 そのまっすぐな視線は、桜華と小町に寒気を感じさせた。

「で、なんだ。目的を聞こうじゃないか」

 刀の柄を触り、精神の安定を図った桜華は、声が震えぬようゆっくり答える。

「……私たちは、スサノオを恨んでる。だから、斬りに来た」

「十年前、あんたらは神社を襲った。泣き叫ぶ子供らをゴミみたいに——」

「ああ待て待て」

小町の言葉を、男は半笑いで遮った。

「あのな、嬢ちゃん。そんな前の事なんか、いちいち覚えちゃいねえよ。なに、神社?」

——こいつ!

「あんたらは神社から、御神体の剣を盗った。そん時に、そこに居た孤児たちを殺したって言ってんの!」

「そうかい。それで?」

「は?」

「は、じゃねえよ。俺らが孤児を殺した。だから何だってんだ」

「あの子らは皆、私たちの——」

「——もういいよ、小町」

「桜華……?」

「こいつは家族の仇。だから斬る。ただ、それだけ!」

 常習的に盗みと殺しを繰り返すスサノオ。その長にとって、桜華たちの憎しみが生まれた事件など、数ある内の一件に過ぎない。

 そんな認識の差異を察知した桜華は、これ以上何か話しても無駄だと判断した。故にこそ彼女は、刀を抜いて男に向かって駆け出したのである。

「んだよ、めんどくせえな。そんなに孤児共の所へ行きてえか、ああん⁈」

「行くのはお前だ! あの子らに……詫びてこい!」

刀と刀がこすれ合い、不快な音が響く。

「おらぁ!」

「そこ!」

「甘ぇ!」

 斬撃を見舞っては弾かれ、追撃が迫る。
そんなやり取りを互いに幾度も繰り返している。

「死にやがれ!」

 拮抗しているように見えた戦いのバランスは、しかし、根本的な攻撃力の差によって男へと傾く。

「……っ!」

 力で押されて膝をついた桜華に、刃が迫る。

「させないよ!」

「?!」

 あと一歩で桜華を仕留められそうだった男は、自身の左から迫る攻撃を察知して後方へ回避。

「助かったよ、小町」

「ちっ、うるせぇハエだな」

 緊張する少女らとは対極に、男は肩や首を伸ばして身体をリラックスさせる。

「面倒くせぇから一気に終わらしてやる」

「……?」

「なにかして来るよ、小町」

「うおおおおお!」

──なっ!

 男の周りに真っ黒なオーラが見えた。異様な力を感じた二人は唖然とするばかり。

「色々と頑張ったみたいだが、残念だったな。嬢ちゃんたちの復讐劇は」

そのオーラが全て右腕に集約していく。

「ここでしめぇだ!」

──来るっ!

 猛スピードで迫り来る男。この速度は先程までと変わらないが、桜華が刀を構えようとしたその瞬間、防御という対処では手遅れな位置まで刃が迫っていた。

──なに、これ?!

──防御は間に合わない!

 咄嗟の判断でしゃがみ、何とか回避。しかし、もう次の縦斬りが来ている。横に転がってこれを回避し、追撃に備えて刀を構える。

「うっ……?!」

 桜華が腕に力を込めるより早く、男の攻撃が叩き付けられた。

「はああああああっ!」

 腕だけで押し返すのは困難だと判断し、立ち上がる脚の力を加えてなんとか逃れた。

「おら! おらおらぁ!」

 しかし逃れただけでは何にもならず、また防戦一方となる。

──気ぃ抜いたら一瞬で持ってかれる……

──反撃したいけど

 男の特殊能力による高速攻撃は厄介だが、体力の消耗も準じて脅威だ。

 その内この速度に対応出来なくなり、斬られる。そんな未来が少女二人の脳裏をよぎった。

──長期戦はダメ

── 一瞬で決めなきゃ、負ける!

「ふん、なかなか、しぶといな」

「こっちの……セリフ!」

 流石に息が上がり始めた男は、数歩の距離をおき、休憩を試みる。これを好機と捉えた桜華は、突きの構えで突進。

「遅せぇんだよ!」

──かかった!

 男は突きの後隙を狙うべく、桜華から見て右に逸れた。しかしそれは予想済みの行動であり、彼女は冷静に対処する。

「……あ?」

 敢えて突きを止めず男の前まで走り、不意に回転斬りを見舞った。

「しまっ──ぐわああ!」

「隙あり!」

 怯んだ隙を狙い、小町が背中に追撃を加えた。傷は浅かったが、一連の不意打ちによって男は僅かに冷静さを欠いた。桜華も体勢を立て直し、さらに攻撃を仕掛ける。

「そこ!」

「ぐああああああっ!」

──やった!

 見事、敵の右手に大きな傷を負わせた。刀は地面に落ち、男の流血が刀身を紅く染める。

「トドメだーっ!!」

 小町がまた追撃を試みる。単純な縦斬りだが、今の敵になら効きそうだと見込む。

が──

「調子……乗んな!」

 男は急にむくりと立ち上がり、小町の攻撃を回避。お返しだと力を込めると、黒いオーラが右脚に出現。

 そのまま、目にも止まらぬ蹴りが繰り出され、小町の脇腹を襲った。

「うぐっ!」

「小町!」

 吹っ飛んだ小町は、出入口の絢爛な扉に激突。痛む肋骨を押さえながら立ち上がろうとするも、膝をついてしまう。

「ああ、くそ、痛てぇ痛てぇ」

「こ、こいつ……!」

 使えなくなった右ではなく、左で刀を拾い上げた。

──両利き?!

「残念だったなぁ、おい!」

「めんどくさい奴!」

 桜華はまだ、重大な怪我はしていない。しかし、追い詰められているのもまた桜華である。右腕を破壊するに至ったのは、小町も加わった不意打ちのおかげ。

 しかしその頼もしい仲間はもう、立ち上がるのも困難な様子だ。

「さっさと……くたばれ!」

駆け寄りながらの斬撃が迫り来る。

──落ち着け

──落ち着け、私

刀を鞘に収め、心を沈める。

──負けられない

──かかってるのは私の命だけじゃない

──殺られちゃった部下たちの命も

──小町の命も!

──この勝負に、全部!

そう、己に言って聞かせる。

──ちゃんと見れば、見えるはず!

 事実、男の攻撃は速い。しかし桜華はそれを、幾度となく防いでいる。本能的な防御ではあるが、目で追うことは出来ているのだ。

──見切れ

──見切れ

男がもうすぐそこまで迫っている。

「おらぁ!」

──見切れ!

「そこだあああっ!」

 叫びながら抜刀し、勢いそのまま刀を振るう。桜華の攻撃は男の胴を捉えた。

「ぐああああっ!?」

 右から。左から。上からも、下からも。無数の斬撃に襲われる男。

 何が起きたのは、一度しか斬っていない桜華にも、一度しか斬られた覚えのない男にも分からなかったが、少し離れた小町からは見えていた。

「桜華……あんた、それ、そのオーラは……」

「……え?」

 納刀して己の手や足元を見る。小町が言ったように、桜華からはオーラが出ていた。男のような黒い物ではなく、彼女の容姿に似つかわしい、濃い桃色のオーラである。

──ああ、そうか。私の力だ

そう理解した途端、特殊能力を完全に把握した。

──反撃。見切った攻撃を居合で流してさっきみたいにやり返す

──それが、私の力!

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