天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第3章 : 乖離

家族の仇討ち

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◇◇◇

 ──それから、半年余りが経過した。

 剣術の指南書と桜華の指導により、荒削りだった大蛇の戦闘能力はそれなりに磨かれた。

 無論、たった半年で防人と同等にはなれないが、各個人が自分の身を守る程度の力は持っている。

「みんな! まずは、お礼を言わせて」

 大蛇の全メンバーを広場に集め、全体に向けて小町が叫ぶ。

「ここまで私達について来てくれて、本当にありがとう!」

「ありがとね」

 大蛇創設者の二人が前に立ち、幹部含む他のメンバーに向かって頭を下げ、礼を言った。

「おかげで、二人だけだった大蛇は、ここまで大きくなった。武器も揃ったし、戦力も上がった。そして──」

 溢れる感情を抑える小町。彼女と心を共にする桜華は、その肩に手を置いた。

「……私たちは遂に、憎きスサノオの拠点を特定した!」

 拍手と歓声があがった。憎しみ一つから生まれた組織が、ついにその理念を叶えようとしている。

「事前に連絡したけど、今日集まって貰ったのは、最終任務のため。今晩、奴らに攻撃を仕掛けるよ!」

 今度は少し控えめな歓声があがる。盗賊集団スサノオを攻撃する。それが何を意味し、何を引き起こすか。小町や桜華含め、それは誰の目にも明らかだ。

「……この中の誰かは、殺されるかもしれない」

 これは遊びでも模擬戦でもない。命が天秤に乗せられた殺し合いである。

「生き残ったとしても、防人に捕まるかもしれない」

死なずとも、安寧の保証は無い。

「ここから先は、本当に何が起きるか分からないの。だから、逃げるなとは言わない。恐ろしければ、武器を置いて帰っても構わないよ。それを恨んだりはしないから」

 小町がそう告げると、五人ほどが刀を置いた。キョロキョロと周りを見ながら、他のメンバーに頭を下げて走り去った。

「……他の皆はいいの? 本当に、死んじゃうかもしれないよ」

 問いかけるも、それ以上去るものはいない。多くの者がスサノオを憎み、同時に二人を信じているようであった。

「……そう、ありがとう」

 再度お礼の言葉を言い、指導者にふさわしい毅然とした表情に戻った小町。

「じゃあ、作戦を説明するよ」

 懐から紙を取り出した。己の筆跡で記された文字列を読み上げ、全体へ知らせる。

「一つ。大蛇を十人と二十人に分ける」

 メンバーたちは皆、小町に注目する。一切を聞き逃さぬよう、しっかりと聞き耳を立てる。中には内容を書き留める者も居た。

「二つ。十人は南西の森拠点へ。二十人はさらに半分に別れて、時間差で西の港拠点を攻撃」

 調査の結果、スサノオは拠点を二つ構えている事が判明した。一つは南西の森。もう一つが西の港である。彼女らが睨んだ通り、盗んだ品を港から外に流しているようだ。

「森の十人には、スサノオの馬を逃がしてもらうよ。無理に奴らと戦う必要はない。ヤバかったら、命最優先で撤退してね」

 これには、スサノオの援軍を阻止する狙いがある。どんな情報網を持っているか分からぬ以上、そもそもの移動手段を封じてしまうのが良い。

「次に港。私の班と桜華の班に別れて攻撃。まずは桜華の班が奇襲して、混乱している間に私の班が馬を逃がすよ」

 一気に人数を減らしつつ、逃走を防ぐ作戦だ。

「三つ。森拠点で馬を逃がしたら、堂々と街中に逃げ込んで。奴らは盗賊だから、騒ぎになる様な事は避けるはずだよ」

 何度か深呼吸をし、小町は作戦の最後、第四項を告げる。

「四つ! ここからは、本当に付き合う必要はない。私と桜華で、スサノオの指導者を討つ!」

 敵は本拠点である港に座している。それを、創設者の二人で討伐しようと言うのだ。剣術に多少の自信がある桜華とは異なり、小町の手は少し震えている。

「作戦決行は今夜。全部終わったら、またここで会おうね」

 スサノオを倒した後、大蛇がどうなるかは分からない。それでも彼女らは、この場所での再会を約束したのであった。

◇◇◇

 ──夜が来た。桜華の率いる班が、スサノオのアジトに侵入。足音をたてぬよう、慎重に進む。

 空気は冷えているが、彼女らの体は火照っている。上がる息を必死に堪えながら奥へ。

「はっはっは! こりゃあ凄い」

「ああ、暫くは豪遊だな」

 ふすまの向こうから、数人の談笑が聞こえた。盗んだ宝を売り捌き、得た金を見て高笑いしている。

「……っ!」

桜華の拳が強ばる。

──ダメ

──冷静にならないと

 熱くなっては、敵も己も見えなくなる。深呼吸をして心の平静を保つ。

──よし、作戦開始!

 廊下の壁には、まだ蝋燭が煌々と輝いている。部屋の仕切りが障子でなかったことに感謝しながら、その火を使って煙玉に点火。爆発する数秒前にふすまを少し開き、中へ投げ込んだ。

「な、なんだ?!」

「煙玉だ、気を付けろ!」

 ここまでの流れは見た事があった。桜華のアジトが防人に占拠された時と同じパターンだ。経験済みであるが故に、彼女は冷静かつ自信を持って十人の部下に命ずる。

「大蛇、突撃!」

 勢いよくふすまを開き、メンバーが突入する。ここまでも同じだが、一つ、大きく異なる点があった。

「ふんっ、はああっ!」

「ぐおおっ?!」

「そこっ!」

「ぎゃああああっ!」

──許さない

──絶対、許さない!

 それは、桜華の心持ちである。防人には恨みが無い彼女は、以前は無力化に専念した。だが今回は違う。敵は、家族の仇とも言える盗賊だ。

「でやあっ!」

「ぐはっ!」

 躊躇いなど無い。これまで圧縮し続けた憎悪を全て解き放つ。普段のおちゃらけた態度は、その裏返しであったと言う様である。

──よくも!

──よくも、よくも!

 剣の無くなった祭壇を前にして。家族の遺体を前にして。真っ赤に染った育ての親を前にして。幼いながら、小さく小さく凝縮した怒りを、今ここで、全て爆発させる。

 冷静になれと己に聞かせた桜華だが、そんな言霊は無へと帰した。

◇◇◇

「はぁ……はぁ……」

桜華はもう、何人斬ったかさえも忘れ果てた。

「……」

 残る煙玉は一つ。もう目眩しには期待できない。

「桜華さん!」

部下が一人、彼女の元へ。

「二人、やられました」

「そう……」

──ごめん

──ごめんね

──私のせいで

 悲痛な報告は、彼女を少し落ち着かせた。だがもう、小町の言った通りだ。ここまで来たら止まれない。引き下がる事は許されない。亡くした命を無駄にしないため、桜華は更に進撃する。



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