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第3章 : 乖離
高貴な防人
しおりを挟む——ふう、これで一安心
「桜華さん後ろ!」
「……っ!」
九人目を無力化して一息つくが、焦った部下の声でまたすぐに臨戦態勢へ。振り向くと同時に、後ろにいるという敵の足を狙った半回転斬りを繰り出す。
「と、跳んだ……?」
だが彼女の攻撃があたることは無くかわされる。恐るべき反射神経にて回避したのである。本能的に一歩下がり、十人目の防人を見る。
「……まさか、主が九人も無力化したのかえ?」
そこに立っていたのは、特徴的な言葉遣いの女性であった。血気盛んな防人とは異なり、どこか高貴さを感じさせる人物である。
「だったら、何?」
「大蛇は多くが子供だと聞くが……。だとすれば、悪党にしておくには、なかなかに勿体ない人材じゃ」
——悪党、か
大蛇を結成した理由は、悪党であるスサノオへの復讐だ。だがその大蛇も、防人から見れば単なる悪党であった。
不思議な事ではない。何度も防人から武器を盗んでいる。何度も防人と刃を交えている。それはもう、まごう事無き悪党である。
「じゃが、悪党にかけてやる情けなど無い。力ずくでも捕らえさせてもらおう」
——来る!
桜華から見て右より、横斬りが来た。彼女はそれを下に流し、刀の峰側の切先で傷を負わせてやろうと、勢いよく左上へ振り上げる。
——避けた⁈
敵は桜華の振り上げよりも早く後ろに下がって回避。一方で桜華は、振り上げ攻撃を不意に避けられてしまった。急所である腹が敵に向かってフリーになっている。
——や、やばい……殺す気⁈
切っ先が桜華の腹に向いた。突き刺しを狙っているようだ。当たれば桜華は本当に死んでしまうだろうが、この防人は本気で攻撃を始めた。
——っ! 避けられない!
左右どちらかに避けようと考えた桜華だが、自身の後ろには部下がいる事を思い出した。腕を伸ばそうと、体格は相手の方が大きい。桜華が刺される方が先だろう。
——仕方ない、イチかバチか!
出来るかどうかも分からぬ最終手段。とぐろを巻いた蛇を模った鍔で突きを受ける。
「ほう、やりおるな」
腹に刃物が刺さるといった最悪の事態は何とか免れた。無理に押せば自身の肘にダメージが入りかねない。そう考えた防人は、すぐさま手を引く。
「……おや?」
突然、周囲を警戒し始めた。
——?
何事かと桜華も周りを見る。気配があった。それも、数人ではない。それなりの人数が、二人の戦場を囲っているようである。
「……なるほど、援軍じゃな」
「援……軍……?」
これ以上敵が増えたら、今度こそお終いだ。一気に八人もの防人を無力化できたのは、煙幕による不意打ちのためだ。
認識された状態で大人数に囲まれたら、すぐさま捕えられてしまうだろう。体から力が抜ける。
——ああ、無理かも
——大蛇の夢はここで
ガラっと勢いよく障子が開く。その途端、聞きなじみのある声が室内にとどろいた。
「御用改めであ~る!! 神妙にしろ、防人ども!!」
「こ、小町……?」
小町を始め、大蛇の仲間たちが集結していた。
「ううむ、流石に分が悪いようじゃな」
防人は刀を鞘に納め、その場に座した。敵である大蛇を前にして、である。
「あんた……何を——」
「往け。我が方の戦力は裂かれ、主らは援軍あり。妾の負けじゃ」
「……はぁ?」
「妾を斬りたくば斬るがよい。全員でかかれば、容易い事じゃろう?」
桜華と小町は目を合わせる。言葉を交わさずとも、二人の意思は同じであったようだ。桜華は刀を納め、集まったメンバーに告げる。
「大蛇各員、撤退するよ」
「なんじゃ、斬らぬのか?」
「私たち大蛇が討つべき敵は、防人なんかじゃないから」
「ほう、その敵とやら、聞いてもよいかえ?」
「……スサノオ」
「そうか、スサノオか……。ならばその敵、我らも共に——」
「お断り。私たちは、私たちで戦う」
「……じゃが、子供らが徒労を組んだところで」
「お断りだって言ったでしょ⁈ 私たちは、防人の力なんて借りるつもりはない」
捕らわれていた部下たちも解放され、先ほどの指示に従って撤収する。最後の部下が部屋を出たことを確認し、小町も進む。
「——助けてくれなかったくせに」
桜華は進行方向を見たまま、目を合わさず防人にそう言い残した。語気は柔らかいが、確かな絶望と怒りが混じっている。
拳を強く握ったまま、桜華もアジトを立ち去ったのであった。
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