天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第3章 : 乖離

ならず者の集まり

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◇◇◇ ◇◇◇

 ──七年前のウルスリーヴル国

「はあっ、はあっ」

 草木も眠る丑三つ時。ウルスリーヴルの下町を駆ける人影が、ひとつ。

 しかしそれは、幽霊や妖怪などといった存在ではなく、れっきとした人間の男児である。

 黒い風呂敷を外套がいとうの代わりにし、顔が見えぬように隠しながら走る。

「待て! 待たんか!」

 彼を追うは、提灯を持った大人の男、三名である。相手が子供であるのは三人とも承知しているが、各人、その利き手に短刀を握っている。

「はあっ、はあっ、くそ、しつこいな!」

 少年が背負う籠には、防人の駐屯所から
盗んで来た十本程度の真剣が在る。

 体力と走力に自信があったが故に、本窃盗の実行者として立候補したわけであるが、予想以上の重量に苦戦を強いられていた。

「待てと言ったら待て!」

「はあっ、はあっ、げ! もうこんなに!」

 思っていたより距離を詰められていた。もう五十メートル程だろう。焦燥は彼の息を更に荒くする。

「ひいっ、だ、誰か助け──ぐわぁっ?!」

 背後を警戒しながら走っていた少年は、足下の石に気付かず、顔面から見事に転倒してしまう。無論、籠の中身は前方へ飛び散った。

「や、やば……」

 任務に失敗する。それだけなら良い。追ってくる防人に捕まれば、どんな刑を受けるか分かったものではない。

「あ~あ、こんなに沢山ぶちまけちゃって」

「……え?」

 半べそをかいていた少年に、何者かが手を差し伸べた。聞こえたのは、言葉のわりに柔らかい女性の声である。

 少年と同じく黒い風呂敷を外套にしていて、更に頭巾のようにして深く被っている。その手を借りて立ち上がると、彼女は真剣を拾い籠に戻した。

「ほら、早く行きな」

「えっと、貴女は……」

「いいから、早くアジトに!」

 彼女は少し声を荒らげて、左腰に携えた刀を抜かんとする。チラッと見えたつばは、とぐろを巻いた黄金の蛇を模していた。

「お手数をお掛けします!」

「はいはい」

 それを見て、やっと彼女が何者なのかを察した少年は、籠を背負い直して再び走り出す。

「やれやれ、手のかかるお使いだなぁ」

「お嬢ちゃん、こんな時間に何を?」

 少年を追ってきた三人は、彼女を前にして停止。その言葉の真意は心配ではない。同じ様な外套を見れば、盗人の仲間であろう事はすぐに分かる。

「おじさん達こそ、どうしたの?」

「盗人の小僧を追っているんだ。見なかったか?」

「さぁ」

「……君は、小僧の仲間かな?」

「教えな~い」

「答えなさい。君は、大蛇オロチの一員か?」

 ウルスリーヴル南側を縄張りとする、ならず者の集まり。それが、大蛇である。

 ある事件をきっかけに同一犯の被害者が集まり、少しずつ規模を増している。

「知~らない」

「このっ!」

 真ん中に立っていた男がしびれを切らし、短剣を振り上げた。それに呼応し、少女は柄を握る。

「今日こそ斬ってやるぞ!」

「……っ!」

刃が振り下ろされる。

「遅いよ!」

 自身へ迫る刃を見切り、彼女は刀を鞘から抜いた。

「なにっ⁈」

短刀は容易く受け流され──

「ぐああっ!」

──男の胸に斬り傷が付いた。

 彼は痛みに悶えながら地に倒れる。傷口を抑え、流れる血を見て更に喚く。一人が彼を介抱し、もう一人は少女へ。

「ええい小娘! よくも──」

「……まだ、やる?」

 いつ体勢を立て直したのか。いつ動いたのか。彼には全く理解できなかったが、しかし実際のところ、少女の持つ刀の刃が自身の喉元まで迫っていた。

「う……」

「せっかくだから覚えといて」

「……?」

「余程の剣豪が必要だよ。この大蛇八幹部の一人にして、美少女剣士──」

「……」

ごくり、と男は生唾を飲んだ。

「──桜華を斬りたければ、ね」

──クソ

──盗人

──小娘

 そんな罵詈雑言を飛ばしながら、三人の男たちは退いていった。負傷者を連れて背を向ける三人など、彼女がその気になれば始末できたわけだが

──ま、いっか

と、刀を鞘に納めた。

 頭巾を取ると、綺麗な桃色の髪と透き通った紫色の瞳が露に。

「さてと、豆大福が残ってるんだった」

 そう楽しげに語る彼女は、ニコニコしながら拠点へと戻っていく。その姿はさながら一般の少女のようであり、どこか鬼のようでもあった。
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