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第3章 : 乖離
ならず者の集まり
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──七年前のウルスリーヴル国
「はあっ、はあっ」
草木も眠る丑三つ時。ウルスリーヴルの下町を駆ける人影が、ひとつ。
しかしそれは、幽霊や妖怪などといった存在ではなく、れっきとした人間の男児である。
黒い風呂敷を外套の代わりにし、顔が見えぬように隠しながら走る。
「待て! 待たんか!」
彼を追うは、提灯を持った大人の男、三名である。相手が子供であるのは三人とも承知しているが、各人、その利き手に短刀を握っている。
「はあっ、はあっ、くそ、しつこいな!」
少年が背負う籠には、防人の駐屯所から
盗んで来た十本程度の真剣が在る。
体力と走力に自信があったが故に、本窃盗の実行者として立候補したわけであるが、予想以上の重量に苦戦を強いられていた。
「待てと言ったら待て!」
「はあっ、はあっ、げ! もうこんなに!」
思っていたより距離を詰められていた。もう五十メートル程だろう。焦燥は彼の息を更に荒くする。
「ひいっ、だ、誰か助け──ぐわぁっ?!」
背後を警戒しながら走っていた少年は、足下の石に気付かず、顔面から見事に転倒してしまう。無論、籠の中身は前方へ飛び散った。
「や、やば……」
任務に失敗する。それだけなら良い。追ってくる防人に捕まれば、どんな刑を受けるか分かったものではない。
「あ~あ、こんなに沢山ぶちまけちゃって」
「……え?」
半べそをかいていた少年に、何者かが手を差し伸べた。聞こえたのは、言葉のわりに柔らかい女性の声である。
少年と同じく黒い風呂敷を外套にしていて、更に頭巾のようにして深く被っている。その手を借りて立ち上がると、彼女は真剣を拾い籠に戻した。
「ほら、早く行きな」
「えっと、貴女は……」
「いいから、早くアジトに!」
彼女は少し声を荒らげて、左腰に携えた刀を抜かんとする。チラッと見えた鍔は、とぐろを巻いた黄金の蛇を模していた。
「お手数をお掛けします!」
「はいはい」
それを見て、やっと彼女が何者なのかを察した少年は、籠を背負い直して再び走り出す。
「やれやれ、手のかかるお使いだなぁ」
「お嬢ちゃん、こんな時間に何を?」
少年を追ってきた三人は、彼女を前にして停止。その言葉の真意は心配ではない。同じ様な外套を見れば、盗人の仲間であろう事はすぐに分かる。
「おじさん達こそ、どうしたの?」
「盗人の小僧を追っているんだ。見なかったか?」
「さぁ」
「……君は、小僧の仲間かな?」
「教えな~い」
「答えなさい。君は、大蛇の一員か?」
ウルスリーヴル南側を縄張りとする、ならず者の集まり。それが、大蛇である。
ある事件をきっかけに同一犯の被害者が集まり、少しずつ規模を増している。
「知~らない」
「このっ!」
真ん中に立っていた男がしびれを切らし、短剣を振り上げた。それに呼応し、少女は柄を握る。
「今日こそ斬ってやるぞ!」
「……っ!」
刃が振り下ろされる。
「遅いよ!」
自身へ迫る刃を見切り、彼女は刀を鞘から抜いた。
「なにっ⁈」
短刀は容易く受け流され──
「ぐああっ!」
──男の胸に斬り傷が付いた。
彼は痛みに悶えながら地に倒れる。傷口を抑え、流れる血を見て更に喚く。一人が彼を介抱し、もう一人は少女へ。
「ええい小娘! よくも──」
「……まだ、やる?」
いつ体勢を立て直したのか。いつ動いたのか。彼には全く理解できなかったが、しかし実際のところ、少女の持つ刀の刃が自身の喉元まで迫っていた。
「う……」
「せっかくだから覚えといて」
「……?」
「余程の剣豪が必要だよ。この大蛇八幹部の一人にして、美少女剣士──」
「……」
ごくり、と男は生唾を飲んだ。
「──桜華を斬りたければ、ね」
──クソ
──盗人
──小娘
そんな罵詈雑言を飛ばしながら、三人の男たちは退いていった。負傷者を連れて背を向ける三人など、彼女がその気になれば始末できたわけだが
──ま、いっか
と、刀を鞘に納めた。
頭巾を取ると、綺麗な桃色の髪と透き通った紫色の瞳が露に。
「さてと、豆大福が残ってるんだった」
そう楽しげに語る彼女は、ニコニコしながら拠点へと戻っていく。その姿はさながら一般の少女のようであり、どこか鬼のようでもあった。
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