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第3章 : 乖離
難解な桜柄
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◇◇◇
──ハーフェン港
ニューラグーンを発って数日。幾度かの野宿を経て、ユウキ、アインズ、ポリアの三名はハーフェン港へ到着した。
朝と昼のちょうど中間くらいの時間である。
「やっと着いたわね」
「……もう、くたくたですよ」
「わ! 見てくださいあれ、あの建物!」
疲弊した二人に対し、ポリアは異文化に興味津々の様子である。
「うん、元気そうで何よりよ……」
「とりあえず、泊まれる場所ですかね」
「ええ。まずは……お風呂に入りたいわね」
「港街の機能を保持しつつ、ウルスリーヴルの文化が散りばめられてる! この光景はハーフェン港でなきゃ見られない貴重な──」
「……。どう? 今度こそ背中」
「早いとこ決めちゃいましょうか」
「私に対して塩になってきたわね……」
──フュンオラージュ川での悲劇……
──早く忘れてくれ!
◇◇◇
港から程近い場所にて、三人分の部屋を確保。必要な荷物だけ馬車から下ろし、各部屋へと運び、少し休憩の時間を設けた。
長旅で溜まった疲労を回復しようと、アインズは湯を張った風呂に肩まで浸かって脚を伸ばした。
「ふう……」
思わずため息が漏れる。馬車での寝泊まりは、彼女が思っていたよりも、遥かに身体に悪いようであった。
腕や脚などに少し痛みが生じている。筋肉が凝り固まっているためであろう。これでは、次なる「鎖の守護者」との戦いが不利になりかねない。湯に浸けたまま、よく揉みほぐす。
「そう言えば昔、よくお母さんにこうして貰ってたっけ」
脳裏に記憶が蘇ってきた。
──お母さん、脚が痛いよう
──あら。たくさん外で走ったからかしらね
──うう……
──大丈夫よ。こうして、お風呂で温めながら
母親がやってくれたように、大きくなった自身の脚をほぐす。
「お母さん……お母さんね……」
大切な人の命を守りたいと騎士になったアインズ。家族だったり、友人だったり。しかしその為には、見知らぬ人の命を奪う必要があった。
バケモノが出現したのは、つい最近の出来事であり、彼女が王国騎士団の一員になった頃はまだ人間が敵であった。
そこへ、自身の希望による行動と、母親の言い付けの矛盾が押し寄せたのである。
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
「……っ!」
ふと記憶がフラッシュバックし、瞬間だけ頭痛がした。
──そんな、そんな!
──お父さん! 嫌だよ!
尻もちを着き涙目になった自身の前に横たわる遺体。
──ごめん……なさい……ごめんなさい……
血の海を前に立ち尽くす自分を、震えながら見上げる母親の姿。
「思い出したって、何にもならないのに……」
数秒ほど目を瞑り、深呼吸を一つ。
「……そろそろ出ないとね」
ザバンと湯を波立たせながら立ち上がり、掛けておいたタオルで髪を濡らす水を拭き取る。
右足から浴槽を後にし、身体もしっかりと乾燥させる。普段は風になびく金髪も、今は重く垂れている。
私服に着替えて髪や頭皮を乾かし、二時間後に集合する事になっていた宿のロビーへ。
「ポリア、アインズさん来たよ」
「は~い」
「あら、早かったのね。お待たせ」
「いえ! 建築様式を見学できたので良かったです!」
「そ、そう……」
「まずは入港の手続き、ですよね」
「そうなるわね」
手続きが出来る役所の様な施設は、宿から徒歩で十五分程の所にある。そこへ向け、三人が歩きだす。
宿の玄関扉を開くと、太陽光と共に、磯の匂いが混じる海風が吹いた。金髪は美しくなびく。
「さあ、行くわよ」
◇◇◇
ハーフェン港で手続きをした、その翌日。無事に入港許可を貰うことが出来たため、三人は輸送船に乗せてもらい、目的地であるウルスリーヴルへ向かった。
二人は装備を身に付け、ポリアは帳面やら本やらが入った鞄を背負っている。
「到着~。ウルスリーヴル港です」
機関士に知らされ、まだ見ぬ地へと足を踏み出す。
「ありがとうございました」
「いえいえ、構いませんよ。運賃は貰ってますから」
──うん、おかげで疲れた
急遽乗せてもらう代わりに朝から荷物の積込みを手伝ったユウキには、すでに疲労が見えていた。
「じゃ、行きましょうか」
ユウキと同等かそれ以上の作業を共にしているはずのアインズだが、やはり彼女はピンピンしている。
港から少し歩くと、舗装された石床の道から、踏み固められた土へと変わった。家は大半が木造だ。ポリアはまた目を輝かせる。
「わ! アレ見てくださいアレ!」
「ん?」
ポリアが指さす先には、民家の柱がある。なにか不思議なことがあるのかと、よく観察する。
「あれ、柱と地面の間に石があるね」
「それです!」
「お、おう……」
「礎石と言って! ここの伝統的な建築技術で! 地面と柱を直接触れさせないことで! 腐食や老朽化を遅らせているんです!」
「そうなんだ……」
「凄いわね。もはや学者の域じゃないの?」
……と、見るもの見るもの全てに感動しながら進む。目指すはウルスリーヴルの城である。
ニューラグーンの時のように、戦力を借りる事が出来ればと期待して訪ねる。
しかし、のっけから上手くは行くまいと。そう示すかのように、ユウキは金属のぶつかり合う音を聞いた。
「これがウルスリーヴル流の挨拶? ご丁寧にありがとう」
「……私の刀を止めるとは。さすが、異国の騎士様」
そう語る女性とアインズが鍔迫り合いになっていた。音や気配すら感じられなかったユウキは、一瞬遅れて状況を理解した。
「二人を捕らえなさい」
女性が命ずると、ユウキとポリアの背後から黒衣の人物が二名現れた。しかしどうやら、その命令に困惑している様子である。
「え、と、捕らえるんですか?」
「もちろん。不正入国者は捕らえる。それが、ウルスリーヴルのルールでしょ」
「し、しかし……」
何が起きているのか理解出来ず、三人とも黒衣の二人同様に困惑した。
「いいから捕らえるの!」
「は、はあ……」
「ごめんなさい、失礼します……」
そう、申し訳なさそうにユウキとポリアを縄で縛る。腕と体を巻かれているが……
──これ、すぐ逃げられるぞ?
あまりに緩い束縛で、どうしてか捕らえる気が無いように感じられた。ますます困惑する事しか出来ないユウキ。
「はいはい、武器は没収するよ」
「……」
特に抵抗せず、剣を渡す。ここで大事になれば、今後の活動に大きく支障をきたす可能性があるからだ。
「私が持つから、こっちの騎士様も縛ってね」
「え、ええ……。すみません、こちら失礼します……」
「……?」
アインズもまた、何がなんやら分からずに黙って従うことに。意図的に困惑させて大人しくさせる作戦だとしたら、あまりにも見事すぎる様である。
「ようし、捕らえた~。これで私も昇給間違い無し! ね?」
「え、ええ……」
「どちらかと言えば減給されそうだけど」
ユウキを縛っていた黒衣の男性が、小声でそう呟くのを少年は聞き逃さなかった。
女性の先導で、城の見える方面に進む。大層テンションが上がっている彼女。その様子がもはや面白くなってきたユウキは、彼女を観察してみた。
リオの巫女服に似た雰囲気の衣服。全体的に白を基調としているが、左にの腕から右腰にかけて走るラインより下は黒い。
その黒の中に、桃色で稲妻のような模様が描かれている。また、両肩部分は黒い網になっている。
右袖や右腰、左胸より下には、淡い桃色の桜柄が散りばめられている。下は控えめな紫色の袴である。
髪は濃い桃色で、後ろで束ねている。鮮やかで透き通った紫色の瞳は、至って純な女性である事を察知させる。
服装含めて美しい様相だが、左腰に携えられた刀剣が只者ではないのだと主張するようだ。
「さ、お城に着いたよ。収監収監!」
などと彼女が恐ろしい事を言うと同時に、城門が開かれてゆく……。
──ハーフェン港
ニューラグーンを発って数日。幾度かの野宿を経て、ユウキ、アインズ、ポリアの三名はハーフェン港へ到着した。
朝と昼のちょうど中間くらいの時間である。
「やっと着いたわね」
「……もう、くたくたですよ」
「わ! 見てくださいあれ、あの建物!」
疲弊した二人に対し、ポリアは異文化に興味津々の様子である。
「うん、元気そうで何よりよ……」
「とりあえず、泊まれる場所ですかね」
「ええ。まずは……お風呂に入りたいわね」
「港街の機能を保持しつつ、ウルスリーヴルの文化が散りばめられてる! この光景はハーフェン港でなきゃ見られない貴重な──」
「……。どう? 今度こそ背中」
「早いとこ決めちゃいましょうか」
「私に対して塩になってきたわね……」
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──早く忘れてくれ!
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港から程近い場所にて、三人分の部屋を確保。必要な荷物だけ馬車から下ろし、各部屋へと運び、少し休憩の時間を設けた。
長旅で溜まった疲労を回復しようと、アインズは湯を張った風呂に肩まで浸かって脚を伸ばした。
「ふう……」
思わずため息が漏れる。馬車での寝泊まりは、彼女が思っていたよりも、遥かに身体に悪いようであった。
腕や脚などに少し痛みが生じている。筋肉が凝り固まっているためであろう。これでは、次なる「鎖の守護者」との戦いが不利になりかねない。湯に浸けたまま、よく揉みほぐす。
「そう言えば昔、よくお母さんにこうして貰ってたっけ」
脳裏に記憶が蘇ってきた。
──お母さん、脚が痛いよう
──あら。たくさん外で走ったからかしらね
──うう……
──大丈夫よ。こうして、お風呂で温めながら
母親がやってくれたように、大きくなった自身の脚をほぐす。
「お母さん……お母さんね……」
大切な人の命を守りたいと騎士になったアインズ。家族だったり、友人だったり。しかしその為には、見知らぬ人の命を奪う必要があった。
バケモノが出現したのは、つい最近の出来事であり、彼女が王国騎士団の一員になった頃はまだ人間が敵であった。
そこへ、自身の希望による行動と、母親の言い付けの矛盾が押し寄せたのである。
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
「……っ!」
ふと記憶がフラッシュバックし、瞬間だけ頭痛がした。
──そんな、そんな!
──お父さん! 嫌だよ!
尻もちを着き涙目になった自身の前に横たわる遺体。
──ごめん……なさい……ごめんなさい……
血の海を前に立ち尽くす自分を、震えながら見上げる母親の姿。
「思い出したって、何にもならないのに……」
数秒ほど目を瞑り、深呼吸を一つ。
「……そろそろ出ないとね」
ザバンと湯を波立たせながら立ち上がり、掛けておいたタオルで髪を濡らす水を拭き取る。
右足から浴槽を後にし、身体もしっかりと乾燥させる。普段は風になびく金髪も、今は重く垂れている。
私服に着替えて髪や頭皮を乾かし、二時間後に集合する事になっていた宿のロビーへ。
「ポリア、アインズさん来たよ」
「は~い」
「あら、早かったのね。お待たせ」
「いえ! 建築様式を見学できたので良かったです!」
「そ、そう……」
「まずは入港の手続き、ですよね」
「そうなるわね」
手続きが出来る役所の様な施設は、宿から徒歩で十五分程の所にある。そこへ向け、三人が歩きだす。
宿の玄関扉を開くと、太陽光と共に、磯の匂いが混じる海風が吹いた。金髪は美しくなびく。
「さあ、行くわよ」
◇◇◇
ハーフェン港で手続きをした、その翌日。無事に入港許可を貰うことが出来たため、三人は輸送船に乗せてもらい、目的地であるウルスリーヴルへ向かった。
二人は装備を身に付け、ポリアは帳面やら本やらが入った鞄を背負っている。
「到着~。ウルスリーヴル港です」
機関士に知らされ、まだ見ぬ地へと足を踏み出す。
「ありがとうございました」
「いえいえ、構いませんよ。運賃は貰ってますから」
──うん、おかげで疲れた
急遽乗せてもらう代わりに朝から荷物の積込みを手伝ったユウキには、すでに疲労が見えていた。
「じゃ、行きましょうか」
ユウキと同等かそれ以上の作業を共にしているはずのアインズだが、やはり彼女はピンピンしている。
港から少し歩くと、舗装された石床の道から、踏み固められた土へと変わった。家は大半が木造だ。ポリアはまた目を輝かせる。
「わ! アレ見てくださいアレ!」
「ん?」
ポリアが指さす先には、民家の柱がある。なにか不思議なことがあるのかと、よく観察する。
「あれ、柱と地面の間に石があるね」
「それです!」
「お、おう……」
「礎石と言って! ここの伝統的な建築技術で! 地面と柱を直接触れさせないことで! 腐食や老朽化を遅らせているんです!」
「そうなんだ……」
「凄いわね。もはや学者の域じゃないの?」
……と、見るもの見るもの全てに感動しながら進む。目指すはウルスリーヴルの城である。
ニューラグーンの時のように、戦力を借りる事が出来ればと期待して訪ねる。
しかし、のっけから上手くは行くまいと。そう示すかのように、ユウキは金属のぶつかり合う音を聞いた。
「これがウルスリーヴル流の挨拶? ご丁寧にありがとう」
「……私の刀を止めるとは。さすが、異国の騎士様」
そう語る女性とアインズが鍔迫り合いになっていた。音や気配すら感じられなかったユウキは、一瞬遅れて状況を理解した。
「二人を捕らえなさい」
女性が命ずると、ユウキとポリアの背後から黒衣の人物が二名現れた。しかしどうやら、その命令に困惑している様子である。
「え、と、捕らえるんですか?」
「もちろん。不正入国者は捕らえる。それが、ウルスリーヴルのルールでしょ」
「し、しかし……」
何が起きているのか理解出来ず、三人とも黒衣の二人同様に困惑した。
「いいから捕らえるの!」
「は、はあ……」
「ごめんなさい、失礼します……」
そう、申し訳なさそうにユウキとポリアを縄で縛る。腕と体を巻かれているが……
──これ、すぐ逃げられるぞ?
あまりに緩い束縛で、どうしてか捕らえる気が無いように感じられた。ますます困惑する事しか出来ないユウキ。
「はいはい、武器は没収するよ」
「……」
特に抵抗せず、剣を渡す。ここで大事になれば、今後の活動に大きく支障をきたす可能性があるからだ。
「私が持つから、こっちの騎士様も縛ってね」
「え、ええ……。すみません、こちら失礼します……」
「……?」
アインズもまた、何がなんやら分からずに黙って従うことに。意図的に困惑させて大人しくさせる作戦だとしたら、あまりにも見事すぎる様である。
「ようし、捕らえた~。これで私も昇給間違い無し! ね?」
「え、ええ……」
「どちらかと言えば減給されそうだけど」
ユウキを縛っていた黒衣の男性が、小声でそう呟くのを少年は聞き逃さなかった。
女性の先導で、城の見える方面に進む。大層テンションが上がっている彼女。その様子がもはや面白くなってきたユウキは、彼女を観察してみた。
リオの巫女服に似た雰囲気の衣服。全体的に白を基調としているが、左にの腕から右腰にかけて走るラインより下は黒い。
その黒の中に、桃色で稲妻のような模様が描かれている。また、両肩部分は黒い網になっている。
右袖や右腰、左胸より下には、淡い桃色の桜柄が散りばめられている。下は控えめな紫色の袴である。
髪は濃い桃色で、後ろで束ねている。鮮やかで透き通った紫色の瞳は、至って純な女性である事を察知させる。
服装含めて美しい様相だが、左腰に携えられた刀剣が只者ではないのだと主張するようだ。
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