天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第3章 : 乖離

届かぬ織女星

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◇◇◇

 リオが日の巫女に即位する。その前夜、ユウキとリオは、作物を保存する高床式倉庫の屋根に寝転び、なんとも美しい満天の星空を観察していた。

「……もう、一緒に遊べないのかな」

 大空を横切る天の川を眺めながら、寂しげにリオが呟いた。

 巫女に即位した暁には、これまでのように自由奔放に遊び回ることは出来ない。

 暇さえあれば逢い、その度に仲睦まじく遊びに没頭していた二人にとって、この出来事は日常の崩壊を意味する。

 加えて、巫女が誰か一人に特別肩入れすることは許されない。もはやリオという個人ではなく、クライヤマの象徴である為だ。

 この掟は非情で、彼らの関係性さえ引き裂くものである。

「それは……嫌だな」

 話は事前に聞かされていたユウキだが、到底、納得などし得ない。右掌を、こと座のベガに向ける。あわよくば掴もうと考えたが、星に手が届く訳などない。

「……ユウキ?」

 代わりに彼は、横に寝転がるリオの手に左手を重ねた。

「たまに、会いに行ってもいいかな?」

「怒られちゃうかもよ?」

「別にいいよ、それくらい」

 叱責などは、彼の行動を制止するに至らない。彼女と顔を合わせたいという欲は、何にも代替し難いものであった。

 それを聞いたリオは、僅かに笑顔になって言葉を紡いだ。

「ふふっ、たまに、だよ?」

「うん。数時間に一回くらい」

「結構だね」

 ずっと共に在りたい少年にとっては、それでもかなり我慢している方である。今年で十三歳になる二人。リオはユウキを仲のいい幼馴染の様に思っていた。

 が、ユウキは違った。彼女に対する想いは既に、友情の垣根を越えていたのだ。基本的にクライヤマを好いている少年だが、巫女の即位に関してだけは憎しみが生じた。

──なんで、関係を棄てなきゃいけないんだ

──別に良いじゃないか

──リオだって普通の女の子だ

 一方で彼女は、巫女に即位する事自体には誇りを感じていた。集落を導き、皆に加護をもたらす存在。世襲であるとは言え、そんな役職に名誉があった。

 かと言って、幼馴染と乖離する事をすんなりと受け入れられた訳では、やはりなかった。

 手足や顔を土で汚し、駆け回る。そんな風に過ごすのが楽しかったリオにとって、ずっと綺麗な巫女服に身を包み、淑やかに社に座する生活は、精神的には苦になるであろう。

「あ、雲だ……」

「うん……雨、降るよ」

 それはリオが占うまでもなく、ユウキにも判った。厚い雲が次第に星空を覆い隠す。

「ああ、もう、見えないや……」

 つい今しがたまで少年を釘付けにしていたベガは、もう全く見えなくなった。

◇◇◇

 その日以降──リオが日の巫女に即位してからと言うもの、ユウキは社へと通い詰めた。畑の手伝い等がよほど立て込んでいない限り、毎日のように足を運んだ。

 もう、かつてのように和気あいあいと会話することは出来ない。彼女の姿を一瞥するだけでも構わぬと。一言挨拶するだけでも良いと。

 しかしそれは、発覚すれば叱責の対象となる行為である。

「いい? あの娘はもう、ユウキの友達じゃないの」

何度も、何度も、嫌になるほど。

二人の乖離を促す言葉は繰り返され、少年にはもはや、洗脳にさえ感じられた。

「……やだよ。リオは……リオは僕の大事な」

「巫女様は、クライヤマ皆の大切な存在なの。だから、あなただけが特別近い関係になる事は許されないのよ」

「……」

 それでも彼は止めなかった。何度叱られようとも。

「巫女様と、友達みたいにかかわるのはやめなさい」

何度、警告を受けようとも。

「何度言ったら分かるの! 巫女様はあなただけのものじゃないのよ!」

 何度、平手打ちを受けようとも。そんな程度で拘束できるほど、安い感情ではなかった。

◇◇◇

 即位から三年経ったとて、彼はまだ足繁く通う。その日も両親に見つからぬよう、林と草むらを継いで進み、社へやって来た。

 畑仕事を得意とする中年の男が、リオに天気を占って貰っていた。

 結果は晴れであると告げる彼女の笑顔により、少年の心もまた安らぐ。

「あ、ユウキ。また来てる」

「またバレた。気配に敏感だな、リオは」

台詞のわりに、ユウキは嬉しそうである。

 と言うのも、発見されて会話に繋がることを強く期待していたのだ。実際にその通りとなり、彼は嬉々としてリオと話す。

いつか。

やがて、いつか。

気持ちを伝えられる時が来ると信じて。
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