天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第2章:破壊

心の温かさ

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◇◇◇

 カマイタチとの戦闘に勝利し、鎖を破壊することに成功したユウキ、アインズ。

 風に乗って舞い散る砂を眺めながら余韻に浸っていると、そこへニューラグーン国騎士団四班のメンバーが合流した。

「無事っすか?」

 初対面から変わらない様相で、班長代理を務めるケスラーが問うた。

「ええ、なんとか」

「数分前、お二人が居なくなる所を目撃しましたが……大丈夫でしたか?」

 心配そうな声色で、班長のブラントが訊いた。しかしその言葉に、二人は違和感があった。

「数分前、ですか?」

「ええ。数分前にそれを見て、今こうして鎖のあった場所に近付いた訳ですが」

「僕ら、よく分からない場所に飛ばされて、鎖の守護者とか言うバケモノと戦ってたんです」

「……不可思議な出来事ですな」

煌めく砂塵を見上げながら言った。

「さて、とりあえず国に戻りましょうか」

「そうですね。また先導お願いします」

 馬車を停めた場所まで歩き、ニューラグーン国へ向けて走り出した。往路のような緊張感は抜け、特にユウキには達成感があった。

「アインズさん!」

 二人の前を走る四班の馬車から呼び声が聞こえた。

ブライトの声である。

「はい!」

「馬車を横につけてもらえますか?」

「はい、今行きます」

 並走するよう頼まれた彼女は、少し馬車のスピードを上げた。横に並ぶと、四班のメンバーが皆二人の方を見ていた。

「何か?」

「我々はお二人……とくにユウキ君に、謝罪をせねばなりません」

──え?

「謝罪、ですか?」

「はい。その……我々四班の任務は、お二人を監視する事でした。王も我らも、クライヤマ出身であるユウキ君と、ユウキ君に味方するアインズさんを疑っていたのです」

「あ……」

「けど」

今度はケスラーが言葉を繋ぐ。

「俺ら、間違ってたみたいっすね」

「しっかり届いたよ。ユウキ君の、心の温かさ」

ユリアも続き、ユウキに面と向かう。

「なので、無礼な心持ちでいた事を詫びます。申し訳ございませんでした」

 ブライトが謝罪の言葉を述べると、残り六人のメンバーも次々と謝罪をした。

「そ、そんなに謝らないで下さい……」

 突然の事に戸惑うユウキは、両掌を四班に向けて横に振った。

「少なくとも」

手網を握ったまま、アインズが言った。

「四班の皆様には、信じて貰えましたかね」

「ええ。現に、鎖は壊れました。ユウキ君が破壊するところも見ております。確信しましたよ。クライヤマに悪意は無い、とね」

──っ!

 つい先日感じた気持ちを、少年は再び味わった。人の心を変えることに成功した、その達成感。

 ツヴァイに続いて、疑念を払拭出来たのだと。小さな小さな二歩目だが、彼には堪らなく嬉しかった。

「あり……がとう……ございます。これで、これでリ──巫女様も、少しは報われるでしょう」

 薄らと涙を流すユウキを見て、アインズやユリアたちも少し涙が込み上げた。

「その……もし良かったら、クライヤマについて教えて頂けませんか? 我々は何も知らないまま疑っていました。そういう人間は、まだ山ほど居ます。それは誤りだと、世間に広めたい」

──これも、一歩に繋がるよね

「分かりました。僕の記憶の限りをお話します」

◇◇◇

 調査地点からの帰り道、四班に対してクライヤマの事を説明した。

「それで、アインズさんに助けられた僕は、鎖を壊す旅に出たわけです」

 クライヤマとはどんな場所か。どんな文化でどんな生活をしていたのか。日の巫女とは何者か。あの時、何が起きたのか。

思いつく限りの事実を、ほとんど話した。

「そうですか、そのような事が……」

「ごめんなさい、辛気臭い話ばかりで」

 リオの身に起きた出来事は、その場の誰もを一瞬黙らせた。

「して、クライヤマの生存者たちは、ブライトヒルにて保護を受けているのですか?」

ブラントの視線はアインズへ。

「それは……」

 答えるべきか迷い、彼女は口篭る。見かねたユウキは、代わりに、端的に答えた。

「……死にました、みんな」

「……え?」

 あっさりと言うユウキに、ブラントは何度目かも分からぬ驚愕をした。

「住民も、巫女様も。僕以外は全員」

「我々ブライトヒルが急行した頃には、生存者はこの子ただ一人でした。なぜもっと早く……と、後悔の念に襲われます」

──畑のおじさんも

──釣りのおじさんも

──狩りのおじさんも

──編み物のおばさんも

──全員、バケモノに殺された

 あの日の光景が、何度も何度もユウキの脳裏を過ぎる。今考えても、彼にとっては奇妙に感じられた。あの時の住民は、正気だとは思えない。まるで何かに取り憑かれた様だったのだ。

「……」

 諦めているかのように語るユウキだが、
ブラントはその拳が震えるのを見た。知りもせずに疑っていた自分が、ますます許せなくなる。彼は同時に、集団心理の恐ろしさを思い知った。

 バケモノを見た事もない住人は、まだ沢山いる。にも関わらず、ニューラグーン国では、反クライヤマ思想が圧倒的多数派である。

「班長、あれ、煙ですよね?」

 ふと前方──ニューラグーン国の方向を見たケスラーが、何やら不審物を発見して報告。

 ユウキの話で俯いていた一同が、彼の指さす方を一斉に向いた。

「ああ、そのようだな……。あちらこちらから立ち昇っているが、何事だ?」

「まさか……」

 少年の脳内に、またしても悪夢がフラッシュバックする。二度も経験済みの彼だからこそ、いち早くその発想に至ったのかもしれない。

「バケモノの、襲撃?!」

「だとしたらマズいわ。急ぎましょう!」

 並走していた馬車はそのスピードを上げ、押っ取り刀でニューラグーンへと戻って行った。
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