天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第2章:破壊

逆転の紅炎

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◇◇◇

《抵抗をするな。これは罰である》

  戦闘中、ふと知性的な言葉が聞こえ、二人はカマイタチへ視線をやる。今度はあの不協和音である。

《巫女様の大切な月長石に触れた。あまつさえ破壊を目論みた。貴様達は万死に値する》

「巫女様……? 罰……?」

《左様》

「……罰か。それはこっちのセリフだよ」

《何故》

 カマイタチの言葉を聞いたユウキの中に、ある推論が生まれた。

──巫女様

──巫女様の大切な月長石

 それは明らかに、リオの事ではない。彼女が大切にしていたのは月長石ではなく、日長石だからだ。それに、こんなバケモノたちに「巫女様」と呼ばれる筋合いは、彼女には無い。

──つまり、リオと対になる存在がいる?

──太陽の加護が弱まったのは、そいつのせいなのでは?

「お前らが……」

 確証は無い。だが何も分からない現状において、それなりに納得し得る説が誕生した。

 クライヤマもリオも悪くない。そう信じて止まない彼にとって、己の心を裏付ける強力な説だ。

「お前らがあの子を殺したからだ!」

《なるほど、貴様は日の──》

「サン・フラメン!」

 少年の剣が再度、炎を帯びる。先程までよりも幾分か強さをまして燃ゆる。

《なるほど。これは太陽の……日の巫女の力であるか。貴様を排除する理由が一つ増えた》

──力任せに振らない

──重心を動かして足腰で支える

──脇をしめる

 師の教えを思い出しながら、敵の方へと駆ける。

──真っ直ぐ相手を見る

──自分の攻撃の、その後まで見通す!

 更に距離を詰める。もう互いに手の届く距離だ。

「くらえ、バケモノ!」

 突きのチャンスを見定めるアインズを背に、斬撃を見舞うタイミングを吟味する。

──まだ

が、見計らっているのは互いのようで、見合うだけの時間が続く。

──まだ堪えるんだ

 先制攻撃は主導権を取りやすく、有利になりやすい。しかし、此度の敵——カマイタチはひと味違う。

 先に攻撃を仕掛ければ瞬時に風と化し、先刻のような、つむじ風攻撃を受ける事になるだろう。故にこそ少年は、カウンターを狙っているのだ。

──まだ、まだ

《シャアアア!》

──っ!

ユウキが危惧していた可能性、風と化しての先制攻撃が来た。

──今!

 危惧していたという事は、想定外ではないのだと。そんな様子で、少年は更に前へと進む。カマイタチが離散した位置を過ぎると、真後ろへ急転換。

生成し始めたつむじ風を確認し──

「サン……プロミネンス!」

 サン・フラメンの炎を帯びたまま、敢えて空を斬る。勢いよく、剣に付いた血を払うかの様な動作にて、そう叫んだ。

《グギャッア⁈》

 炎は剣から独立し、真っ直ぐにつむじ風の種へと飛んでいく。

《ギャアアアアアアア!》

 やがて、炎を巻き込んで渦が巻く。つむじ風の発生は瞬時には止まらず、炎柱となった。

──効いたかな?

 自身の身体に太陽の力が入り込んできたカマイタチは、悲鳴とともに、堪らず実体を顕にした。それも、厄介なユウキに顔を向けて、である。

「終わりだよ、カマイタチ」

「ブリッツ・ピアス!」

 ユウキはこの攻撃の前、アインズに背を向けて走った。そこから更に走り、カマイタチを超えて振り返った。

 その少年に向かって顕現した敵は無論、冷静さを欠いた状態でアインズに背を向けた事になる。

《グ!?》

 尻尾による迎撃も虚しく、彼女の突きが腰まで貫く。

──足が崩れた、今しか無い!

 到来した最大のチャンスを捉え、少年の剣は再び炎を帯びる。

「サン・フラメン!」

《──日の巫女の、力……》

 顔面に大形な傷を負い、喉を焼かれたカマイタチは、不協和音にて言葉を放つ。

《放っては──》

「とどめ!」

 動きが鈍った敵の右側にまわりこみ、剣を縦に振り上げ——その時の獣の眼差しは怨嗟の様であり、畏怖の様でもあった──硬い皮膚を切り裂いて首を落とした。

「やったわね」

「ええ、これで一息──」

「……つけないみたいね!」

 何かの音が聞こえて背後を観察したアインズは、先程自分らが登ってきた階段が崩れていくのを発見した。

 磨かれた綺麗なタイルが、まるで嘘であるかのように砂となって落ちていく。

 神殿の下が何なのかは不明だが、地面が見えない以上、落ちていい場所でないのは明らかだ。

「ユウキくん、掴まって!」

「はい!」

──ああ、またアレか!

 鎖に急接近する為にとった手法、ブリッツ・ピアスを利用した亜光速移動である。

 カマイタチと戦った踊り場を抜け、次の階層に続く階段へ。

「危なかったわね」

「うわぁ……」

未知なる敵と戦った大舞台は、妖しく明滅する砂となり奈落へと消えた。

◇◇◇

 崩落を眺めながら、瞬きを一つ。

「……あら?」

「戻って来た……?」

 次に目を開けた時、ユウキとアインズは平野に立っていた。鎖を破壊する為にやって来た、ニューラグーン国近郊に広がる緑の大地である。

 太陽は、真南から少し西に傾いている。

「そうだ、鎖は⁈」

 感嘆している場合ではない。主目的であるそれの様子を見る。

「さっきとは、まるで様子が違うわね?」

 放たれていた夜空の様な輝きは無く、ただ青白い鉱物が設置されているのみ。

「そっか、鎖の守護者を倒したから」

「なるほど、ね……っ!」

 脚に括った短剣を抜き、再度、破壊を試みるも、やはりアインズの攻撃は通らない。

「確か、月長石って言ってましたよね」

「ええ」

カマイタチは言った。

《月長石を如何と知り触れた?》

 日長石と相対する名前の石である事から、少々安直であると思いつつ、少年の中で仮説がたった。

「僕なら、壊せるかも」

 アインズが一歩下がったのを確認し、少年が再び剣を構える。

「サン・フラメン!」

 炎を帯びた剣を、月長石めがけて振り下ろした。

──いける!

 攻撃を受けた石は、みるみるヒビ割れていく。大木の枝のように多方面に別れ、やがて、一周したヒビが裏側で邂逅する。

 ピシッとガラスの破壊音に酷似した音が聞こえ、月長石は見事に砕け散った。

「やった!」

「やるじゃない」

 月長石が割れると、呼応して鎖が朽ち始めた。かの神殿と同じように砂となり、太陽光を受けて煌めきながら風に乗って散っていく。

「……確信しました」

「……」

「これは、僕の使命だ」

「繋がったわね……命が」

「リオの命を──意志を、僕が継げるって事ですね」

「……」

 自身の言った意図とは異なる解釈の返答であったが、アインズは

──まぁ、いいわ

と、明るい空を眺める。

 月長石のあった場所を起点に、鎖が次々と崩壊していく。やがて月表面まで達し、これにて鎖が一本、破壊された。

──やったよ、リオ

 日長石を手に持ち、陽光にかざす。彼女がよくやっていた動作をなぞり、その輝きを観察する。

「あれ……?」

ふと、手触りに違和感を覚えた。

「どうかしたの?」

「あ、いえ……」

──ずっと剣を握ってたから、感覚がおかしくなったんだな

ユウキは少し……ほんの少し、石が小さくなったように感じた。
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