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第2章:破壊
深い畏怖の念
しおりを挟むやはり、少し竦んでしまう。ふと、アインズの左手がユウキの右膝に置かれた。
──大丈夫、私がついてるわ
そう、励ましの意味を込めたアインズなりの優しさであった。意図を悟ったユウキは、腹を括って、ゆっくりと口を開いた。
──そうだ
──黙ってても、どうにもならない
「クライヤマの……巫女の無実を、世界に証明するためです」
「巫女の……? なぜ、貴方がそれを?」
「僕が、クライヤマの人間だからです」
「なにっ⁈」
ユウキの告白を聞いた王の顔は、驚くようで、怯えるようでもあった。近衛兵も、それを聞いて身構えていた。
──やっぱり、そうだよね
二人が思った通り、この国では、クライヤマや巫女に対する不信感、恐怖心が抱かれていた。名乗った以上、ユウキもその対象となる事は間違いない。
「あ、貴方が、クライヤマの、人間だと……?」
「はい」
王の手が小刻みに震えている。それほどまでに、ニューラグーンに染み付いた畏怖は大きいのだ。
「ア、アインズさん……? これは、どういうことですか? もしやブライトヒルは、この機に乗じてニューラグーンを──」
「どうか落ち着いてください。ブライトヒルにも、ユウキにも、そのような気は一切ございません!」
「で、では、何をしにここへ⁈」
今にも逃げ出しそうな国王。槍を構えそうな近衛兵。
「私たちは、鎖を破壊する為に来ております」
「なぜ、なぜクライヤマの者が、鎖を──」
「無実だからです。クライヤマも、巫女も、世界に対して悪意など無いと。クライヤマの人間である僕自身が示すために、貴国のお力を貸していただけないかと、そういう想いです」
「我が国の、力……?」
「私から補足致します。鎖を破壊する旅に出た私共ですが、二名ではどう考えても戦力不足なのです。そこで、ニューラグーンの騎士団にご協力いただきたい、というお話です」
「し、しかし言葉だけなら──」
何とでも言える。それは、その通りである。言葉巧みに言いくるめ、被害を与えることも不可能ではない。しかし、やはりユウキにそんなつもりは無い。
──信じてもらえないなら!
「命をかけます」
「……なに?」
「もしも僕が、ニューラグーン国を裏切ったのなら、殺していただいて構いません。首を落とすなり、引きずるなり、お好きになさって下さい」
王の眼を真っ直ぐ見つめる少年。彼の言葉に嘘偽りは無かった。本気で、心からそう言い放ったのである。
「な、なぜそこまで──」
「僕にしか出来ないからです。クライヤマ唯一の生存者である、僕にしか」
「クライヤマの生存者は、確かに彼だけです。これは私個人としてではなく、ブライトヒル王国騎士団第一部隊長のアインズとして、その誇りをもって保証いたします」
「……」
姿勢を直し、少し考え込んだニューラグーン国王は、やがて二人の訪問者へ向かって冷静に言葉を紡いだ。
「取り乱してしまい、申し訳ない。お前たちも、構えを直せ」
自身の左右に立つ近衛兵に命じる。
——信じてくれたのかな?
「つまるところ、鎖を破壊しに向かうための戦力が欲しいと?」
「はい。ご検討頂けますと幸いです」
「よろしくお願いします」
「ううむ……。君、明日の予定表を見せてくれ」
王の右側に立っている近衛兵に求めた。
「はっ!」
腰にさげたポーチから幾重かに折り畳まれた紙を取りだし、出来る限りシワを伸ばして王に手渡した。受け取った王は、予定表に記された内容に目を通す。
ニューラグーン国の騎士団では、全体を一から十三班に分けている。
その内、一から五班までは独立した十人未満の小隊、それ以降は数十人規模の大隊が複数あり、さらに中隊、小隊、班に分かれている。
「ううむ……四班なら動けそうか。よし、これが終ったら急ぎ伝えてくれ。明日の任務は別の班が対応。四班には別途指示を出すと」
「かしこまりました」
予定表を戻し、また右の彼に戻す。
「そう言うわけですから、騎士団の四班を出します。調査は明日で構いませんか?」
「ええ。ありがとうございます」
「本当に、ありがとうございます」
礼の言葉を言ったユウキだが、おそらく自分の監視という目論みが隠されているのだろうと考えた。
まだ何も成し遂げていないクライヤマの少年を、命をかけるという言葉だけで信じられるほど、浅い感情ではないのだ。
「しかし、我々とて騎士を失う事は避けたい訳ですが、どの様な計画で調査を進めるのでしょうか?」
「私共が鎖を調査している間、四班の方々には周辺の護衛をして頂ければ、それで十分です」
「そうですか。ちなみにですが、バケモノとの戦闘経験はおありで?」
「ええ。ブライトヒルの市街地が襲撃を受け、私も参戦しております。ユウキもまた、民間人でありながら戦闘に参加し、生還しております」
「貴方が……?」
──まだ、疑われてるんだ
王の疑問符には、「民間人なのに?」と言った驚き以外にも意味が込められているだろう。
そう分かっていたユウキだが、厄介な事になる可能性を危惧して、何も言わずに話を進める。
「たまたま、ですけど」
「それでも、命を助けられたのはむしろ私の方なので。足でまといにはならないかと存じます」
「なんと……では、期待しておきます」
王の言葉に対し、ユウキはプレッシャーを感じていた。
これで四班から犠牲者が出ようものなら、何をされるか分かったものではない為である。
加えて、アインズにも緊張が走る。ユウキが裏切り者であると判定された場合、彼を庇う彼女、そしてブライトヒル王国にも疑いの目が向けられるからだ。
──案外順調なようで、追い詰められてるのは私たちの方って事ね
王の話に相槌を入れながら、心の中で状況を分析していたアインズは、楽観視は出来ないと気付いた。
「では、本日はお忙しいところ、急遽ご対応頂きありがとうございました」
「それでは、本日はこれにて」
お互いにくどいほど会釈をする。席を立ち出入口へ歩く。王の左側に立っていた近衛兵が二人に先回りして扉を開いた。
再度会釈をして部屋を後にする。その際ユウキは、自身に向けられた、アインズに対するものとは異なる視線を感じた。
◇◇◇
城を出て、先ほど借りた宿に戻る。今日は体を休め、明日の調査には全力で臨まねばならない。
「やっぱり、クライヤマへの負の感情があるんですね」
「そうみたいね。サクッと鎖壊して、証明しちゃいましょう」
——そう簡単に壊せればいいけど……
「ですね。ここはまだ、第一ステージに過ぎないですし」
「よ~し。そうと決まれば、次は今日の夜ごはんね」
——さっきお昼を食べたばっかりなのに……
「行きたいお店とかある? それとも、私の手料理が恋しい?」
城下街というだけあって、肉屋や八百屋は充実している。
同じアインズの料理であっても、昨晩の質素な献立より、はるかに豪華な食事が期待できる。
「えっと……」
——確かに、昨日のスープ美味しかったしな
「じゃあ、お願いしようかな、料理」
「あら、素直ね。なら腕によりをかけちゃおうかしら」
「料理、お好きなんですか?」
「まあね。胃袋を掴めば、良い相手も出来るし」
——なるほど
「どれだけ掴んできたんですか?」
——まあ、アインズさんモテそうだしな
「その質問は二度としないこと」
「ごごご、ごめ、ごめんなさい! 剣を抜こうとしないでください!」
優しい笑顔のまま柄を握るアインズ。ユウキの質問は爆弾だったようである……。
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