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第2章:破壊
ニューラグーン国
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◇◇◇
——ニューラグーン国、市街地
フュンオラージュの川端から数時間走り、第一の目的地であるニューラグーン国に到着したユウキとアインズ。
街中での走行には危険が伴うため、一度降りて馬宿に預ける。
ブライトヒル王国と比べると、区画整理が甘い。各々が好き勝手に家を建てていた時代の名残が数多く見られる。
その点は少しクライヤマと似ているように感じられる。
「まずは、今晩泊れる場所を探しましょうか」
「そうですね。もう、野宿はこりごりです」
未だに痛む首筋を簡単にマッサージしながら往来を進む。
「そんなユウキくんに朗報。野宿は今後も必須よ」
「で、ですよね……」
宿を探して街を歩く。
ニューラグーンに入った時から見えていた城に近付くにつれ、街並みが整っていく。十数分歩くと、碁盤の目のように区画分けされた城下街に入った。
ここまで来ると下町とは桁違いの活気があった。商人の馬車が頻繁に通り、客寄せの声がそこら中で響く。
「宿は……あれかしら」
平屋が多い中、数軒だけそびえ立つ三階建て。最上階の壁に看板が掛けられており、遠目からでも宿であることが分かるようになっている。
近付くと、入り口が解放されていた。珠すだれをかき分けて中へ。
「あら、いらっしゃい」
フロントと呼ぶにはあまりにも質素なカウンターに、老婆が一人。
「今晩、二部屋ありますか?」
アインズが尋ねると、老婆は分厚い帳面をめくりだした。
「二部屋ね。ちょっと待っててね」
数秒程確認し、すぐに顔を上げた。
「はい、空いてますよ」
「良かった。では、二部屋お願いします」
「かしこまりました」
机に置かれたペンを手に取り、インクを付けて何かをサラサラと書き連ねる。それが終ると、帳面を二人の方に向け、ペンを差し出した。
「ここにお名前をお願いね」
「はい」
まずはアインズがペンを受け取り、署名。続いてユウキも、彼女の名前の下に書く。
——字きれいだな、アインズさん
「はい、これでお願いします」
自身の名を書き終え、ペンと帳面を老婆に返した。ペン立てに戻し、帳面に書かれた二人の名を確認。
「はい、ありがとう」
パタンと帳面を閉じた老婆は立ち上がり、後ろの壁にかけてある鍵を手に取った。やがて二人の方へ向き直り、余計なことを言い放つ。
「お二人ともお若いわね。恋人同士で旅行か何かですか?」
「ちち、違います!」
右手と首を振り、老婆の言葉を全力否定する少年。それに続いて、アインズも弁明する。
「まあその……弟みたいなものです」
「これはこれは、失礼しました。ご姉弟でしたか」
——いえ、それも違いますけど
ユウキがクライヤマ出身の人間だとばれないようにする。少年は、自分の為につかれた優しい嘘であると信じて、特にこれを否定しなかった。
老婆は笑いながら鍵を差し出す。アインズとユウキが各々受け取ると、老婆から補足が入った。
「お部屋は二階の奥ですよ」
「ええ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
礼を述べながら、部屋があるという二階へ向かうための階段へ進む。少し古めの木材でできた階段で、歩くたびに軋む音がする。
「あんなに否定されると、さすがに傷ついちゃうな~」
「えっ、ご、ごめんなさい……」
「なんてね、冗談よ。優しいのね」
「からかわないで下さい……」
◇◇◇
馬車に置いてきた荷物を各自の部屋に運んだ。装備を含めるとなかなかの重量であり、朝食抜きの身体には堪える。
なんとか二人分の作業を終えた頃、太陽は既に南に座していた。
「どうする? このまま、ニューラグーン国王に謁見してもいいけれど」
「王に?」
「ええ。念のため挨拶して、あわよくば増援なんて貰えちゃったり?」
いくら、ユウキが力を覚醒させているとはいえ。いくら、ブライトヒル王国騎士団で隊長を務めるアインズが付いているとはいえ。
いくら何でも二人で未知の鎖へ向かうのは、あまりに無謀というものである。
何十人ものニューラグーンの騎士を返り討ちにしているという事実から、危険地帯であり、バケモノが存在していることは想像に難くない。
「確かに、僕らだけで行くのはアレですね」
「でしょ? だから先に——」
——グ~
アインズは言葉を止め、恥ずかしそうに視線を外す。
「……お昼、食べますか」
「そそ、そうね、うん。そうしましょう」
◇◇◇
——ニューラグーン国城下街、食事処
宿の近くで発見した食事処に入った二人。さっさと注文を済ませ、料理を待つ間に、アインズによる解説が始まった。
「ニューラグーンとブライトヒルは、結構昔から仲良しの国なのよ」
「昔って?」
「そうね……それこそ私の親世代とか、下手をすると、更にその親くらいかしら」
「結構ですね」
「そうなのよ」
少年にとって国同士の友好関係という話題は、きわめて新鮮な物であった。クライヤマは、周辺の国や集落とは関わりを持っていなかった。
原始的な生活をしていたクライヤマでは、資源量が十分であり、関わりを持つ持つ必要すらなかったからだ。
そのおかげか、クライヤマは今まで、諸国の争いに巻き込まれたことは無く、侵略されたことも、したことも無かった。
しかし、関わりの少なさが、此度のような疑念の一因とも言えてしまう。
「なんでも、昔の戦争で共闘したことが始まりみたいね」
「なるほど。じゃあ、城に行ったら歓迎されますかね」
「そうだといいわね。まあ、ブライトヒルの騎士だって証明すれば会ってくれはするんじゃないかしら」
「……この旅にアインズさんが居てくれて、本当に良かったです」
彼女にも、彼女の同行を提案したブライトヒル国王にも、心から感謝していた。
おそらく自分一人ではどうにもできなかったであろうと、たった二日目にして悟った為である。
「ふふっ、良いものも見れたしね?」
「良いもの?」
何のことやらと考えていたユウキは、アインズの不敵な笑みを見て、またしても今朝の光景を思い出してしまった。
——ああこれ、永久に擦られるやつだ
「ってところまでは良いけれど」
「え?」
「懸念点が一つ。ユウキ君、あなたの身分をどうするかよ」
「……」
世界がこんな状況だ。クライヤマの出身であることを公表すべきか、アインズにも本人にも判断しかねている。
「弟って嘘をつく方法もあるけれど、ばれたら国同士の信用問題になってしまうわ」
そのことは、ユウキにも容易に理解できた。
ならば、と。彼は覚悟を決めて言った。
「言いますよ。正直に、クライヤマ出身だって」
「……疎まれるかもしれないわよ?」
すぐ近くに鎖が刺さったニューラグーンでは、ブライトヒルよりも深く危機感が浸透しているだろう。
その分、かつてのツヴァイのように、クライヤマに対して不信感をもつ者が多いはずである。
そんな中で国王に正体を晒すことには、巨大なリスクが伴うであろう。
「まあ……もう、慣れましたよ」
「そう。強いのね」
無論、ユウキの言葉は嘘である。己の大切な故郷が、己自身が、そして何より想い人が、世界から疎まれることに慣れる事など出来ようはずがない。
「お待たせいたしました」
少し空気が重くなったタイミングで料理が届いた。いったんリセットするのに丁度いい出来事である。
「いただきます」
手を合わせ、向かいに座るユウキにも聞こえるかどうか程度の声で呟いた。ユウキもそれに倣い、食事の挨拶を口にした。
——わ、美味しい
十数時間ぶりの食事は胃に嬉しく、味も最高で、二人ともあっという間に平らげてしまった。
——ニューラグーン国、市街地
フュンオラージュの川端から数時間走り、第一の目的地であるニューラグーン国に到着したユウキとアインズ。
街中での走行には危険が伴うため、一度降りて馬宿に預ける。
ブライトヒル王国と比べると、区画整理が甘い。各々が好き勝手に家を建てていた時代の名残が数多く見られる。
その点は少しクライヤマと似ているように感じられる。
「まずは、今晩泊れる場所を探しましょうか」
「そうですね。もう、野宿はこりごりです」
未だに痛む首筋を簡単にマッサージしながら往来を進む。
「そんなユウキくんに朗報。野宿は今後も必須よ」
「で、ですよね……」
宿を探して街を歩く。
ニューラグーンに入った時から見えていた城に近付くにつれ、街並みが整っていく。十数分歩くと、碁盤の目のように区画分けされた城下街に入った。
ここまで来ると下町とは桁違いの活気があった。商人の馬車が頻繁に通り、客寄せの声がそこら中で響く。
「宿は……あれかしら」
平屋が多い中、数軒だけそびえ立つ三階建て。最上階の壁に看板が掛けられており、遠目からでも宿であることが分かるようになっている。
近付くと、入り口が解放されていた。珠すだれをかき分けて中へ。
「あら、いらっしゃい」
フロントと呼ぶにはあまりにも質素なカウンターに、老婆が一人。
「今晩、二部屋ありますか?」
アインズが尋ねると、老婆は分厚い帳面をめくりだした。
「二部屋ね。ちょっと待っててね」
数秒程確認し、すぐに顔を上げた。
「はい、空いてますよ」
「良かった。では、二部屋お願いします」
「かしこまりました」
机に置かれたペンを手に取り、インクを付けて何かをサラサラと書き連ねる。それが終ると、帳面を二人の方に向け、ペンを差し出した。
「ここにお名前をお願いね」
「はい」
まずはアインズがペンを受け取り、署名。続いてユウキも、彼女の名前の下に書く。
——字きれいだな、アインズさん
「はい、これでお願いします」
自身の名を書き終え、ペンと帳面を老婆に返した。ペン立てに戻し、帳面に書かれた二人の名を確認。
「はい、ありがとう」
パタンと帳面を閉じた老婆は立ち上がり、後ろの壁にかけてある鍵を手に取った。やがて二人の方へ向き直り、余計なことを言い放つ。
「お二人ともお若いわね。恋人同士で旅行か何かですか?」
「ちち、違います!」
右手と首を振り、老婆の言葉を全力否定する少年。それに続いて、アインズも弁明する。
「まあその……弟みたいなものです」
「これはこれは、失礼しました。ご姉弟でしたか」
——いえ、それも違いますけど
ユウキがクライヤマ出身の人間だとばれないようにする。少年は、自分の為につかれた優しい嘘であると信じて、特にこれを否定しなかった。
老婆は笑いながら鍵を差し出す。アインズとユウキが各々受け取ると、老婆から補足が入った。
「お部屋は二階の奥ですよ」
「ええ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
礼を述べながら、部屋があるという二階へ向かうための階段へ進む。少し古めの木材でできた階段で、歩くたびに軋む音がする。
「あんなに否定されると、さすがに傷ついちゃうな~」
「えっ、ご、ごめんなさい……」
「なんてね、冗談よ。優しいのね」
「からかわないで下さい……」
◇◇◇
馬車に置いてきた荷物を各自の部屋に運んだ。装備を含めるとなかなかの重量であり、朝食抜きの身体には堪える。
なんとか二人分の作業を終えた頃、太陽は既に南に座していた。
「どうする? このまま、ニューラグーン国王に謁見してもいいけれど」
「王に?」
「ええ。念のため挨拶して、あわよくば増援なんて貰えちゃったり?」
いくら、ユウキが力を覚醒させているとはいえ。いくら、ブライトヒル王国騎士団で隊長を務めるアインズが付いているとはいえ。
いくら何でも二人で未知の鎖へ向かうのは、あまりに無謀というものである。
何十人ものニューラグーンの騎士を返り討ちにしているという事実から、危険地帯であり、バケモノが存在していることは想像に難くない。
「確かに、僕らだけで行くのはアレですね」
「でしょ? だから先に——」
——グ~
アインズは言葉を止め、恥ずかしそうに視線を外す。
「……お昼、食べますか」
「そそ、そうね、うん。そうしましょう」
◇◇◇
——ニューラグーン国城下街、食事処
宿の近くで発見した食事処に入った二人。さっさと注文を済ませ、料理を待つ間に、アインズによる解説が始まった。
「ニューラグーンとブライトヒルは、結構昔から仲良しの国なのよ」
「昔って?」
「そうね……それこそ私の親世代とか、下手をすると、更にその親くらいかしら」
「結構ですね」
「そうなのよ」
少年にとって国同士の友好関係という話題は、きわめて新鮮な物であった。クライヤマは、周辺の国や集落とは関わりを持っていなかった。
原始的な生活をしていたクライヤマでは、資源量が十分であり、関わりを持つ持つ必要すらなかったからだ。
そのおかげか、クライヤマは今まで、諸国の争いに巻き込まれたことは無く、侵略されたことも、したことも無かった。
しかし、関わりの少なさが、此度のような疑念の一因とも言えてしまう。
「なんでも、昔の戦争で共闘したことが始まりみたいね」
「なるほど。じゃあ、城に行ったら歓迎されますかね」
「そうだといいわね。まあ、ブライトヒルの騎士だって証明すれば会ってくれはするんじゃないかしら」
「……この旅にアインズさんが居てくれて、本当に良かったです」
彼女にも、彼女の同行を提案したブライトヒル国王にも、心から感謝していた。
おそらく自分一人ではどうにもできなかったであろうと、たった二日目にして悟った為である。
「ふふっ、良いものも見れたしね?」
「良いもの?」
何のことやらと考えていたユウキは、アインズの不敵な笑みを見て、またしても今朝の光景を思い出してしまった。
——ああこれ、永久に擦られるやつだ
「ってところまでは良いけれど」
「え?」
「懸念点が一つ。ユウキ君、あなたの身分をどうするかよ」
「……」
世界がこんな状況だ。クライヤマの出身であることを公表すべきか、アインズにも本人にも判断しかねている。
「弟って嘘をつく方法もあるけれど、ばれたら国同士の信用問題になってしまうわ」
そのことは、ユウキにも容易に理解できた。
ならば、と。彼は覚悟を決めて言った。
「言いますよ。正直に、クライヤマ出身だって」
「……疎まれるかもしれないわよ?」
すぐ近くに鎖が刺さったニューラグーンでは、ブライトヒルよりも深く危機感が浸透しているだろう。
その分、かつてのツヴァイのように、クライヤマに対して不信感をもつ者が多いはずである。
そんな中で国王に正体を晒すことには、巨大なリスクが伴うであろう。
「まあ……もう、慣れましたよ」
「そう。強いのね」
無論、ユウキの言葉は嘘である。己の大切な故郷が、己自身が、そして何より想い人が、世界から疎まれることに慣れる事など出来ようはずがない。
「お待たせいたしました」
少し空気が重くなったタイミングで料理が届いた。いったんリセットするのに丁度いい出来事である。
「いただきます」
手を合わせ、向かいに座るユウキにも聞こえるかどうか程度の声で呟いた。ユウキもそれに倣い、食事の挨拶を口にした。
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