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第2章:破壊
旅の始まり
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◇◇◇
——ブライトヒル王国城、一室
目を覚ますと、やはりそこは彼の故郷ではなかった。
まだ二回目で、見慣れない天井。体を起こし、自身には勿体ないとすら感じる高級な布団から出る。
廊下に出ると、既に王国城の従者たちが忙しなく働いていた。
「えっと……」
これまた見慣れない廊下を、キョロキョロしながら進む。
——確か右だったよな
部屋を出て右へ方向転換。そのまま直進すると、右手側に洗面所が存在する。
「おはようございます」
その入り口にて、たった今掃除を終えたらしい従者とすれ違った。
「おはようございます」
言葉を返すと、その女性は足早にその場を去った。挨拶がオウム返しになってしまったことを気にしながら、少年は鏡の前に立った。
水垢一つ無く、水面のように綺麗に磨かれている。彼の目に映った汚いものは、寝ぐせと目ヤニの付いた自分の姿だけであった。
「えっと……こうかな?」
クライヤマでは一般的に存在した井戸。ここブライトヒル王国では、同じものの姿を拝むことは少ない。
代わりに、井戸から水を引き上げるのに使う喞筒に似た装置が、城の内外問わず、あらゆる場所で見られた。
だいたい同じような使い方だろう。そう予想し、装置のレバーを何度か上下した。
「うわ、すごい勢い……」
文明力の差を思い知りながら、両手で水をすくい、顔を洗う。三回ほどすすぎ、腰にかけて持ってきた布で手と顔面の水を拭った。
「よし」
鏡をもう一度見、先刻より幾分マシになった人相で部屋へ戻った。
◇◇◇
部屋の窓から外の景色を見た。そこには相変わらず、自然の中に突き刺さる不自然な鎖がある。改めて観察し、はっとした。
「そうか……僕は今日からアレを壊す旅に出るんだよね」
ここから見ても大きいと分かるスケール感のそれ。自分やアインズが行ったところで、破壊する方法があるのか。
そもそも、人間が太刀打ちできるような事態なのか。冷静に考えれば疑問は尽きないが、ユウキの中に潜む幻影が諦めを許さなかった。
「よしっ!」
左右の手でもって、自身の両頬に気合を入れた。思ったよりも力がこもり、じんわりと痛んだ。だがその痛みが、彼にとっては良い眠気覚ましである。
着替えを済まし、布団を整える。しばらく——もしかしたらもう二度と来ることが無いかもしれない部屋。名残惜しいというほどでもないが、案外、この部屋を気に入っていたのだと気付いた。
乾いた喉を水で潤しながら部屋を見ていたその時、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「おはよう。アインズよ」
もう聞き慣れた女性の声。今日から旅路を共にする人物である。
「おはようございます」
扉を開け、彼も朝の挨拶を口にした。
「早速だけど、メーデン様がお呼びよ。一緒に行きましょうか」
「了解」
「なんか……部下みたいな返事ね。別に、タメ口でもいいのよ」
「うん」
「飲み込みが早くて結構」
◇◇◇
——ブライトヒル王国城、メーデンの部屋
「ニューラグーン国?」
旅の第一の目的地としてメーデンが提案した国である。机上に広げられた地図上では、ブライトヒル王国の北北東に位置する。
「おそらく、クライヤマを除く最寄りの鎖は、ニューラグーンの付近だと思われる」
「ユウキ君の使っていた部屋から見えた鎖がそうよ。丘で見えないけれど、あれを超えると小さな国があるの」
「その国までは、どうやって?」
「馬車を用意してある。ぜひ使ってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「所要時間は……一日と少しくらいでしょうかね?」
「ああ、大体そんなところだろう」
今日の朝に出発して、到着は一日と少し後。それすなわち——
「野宿ですね」
——一晩は必ず外泊することが確定事項である。
「野宿……よね」
「どうした、アインズ。野宿は嫌か? ならばもう一度、野外演習を受けてもら——」
「いえ問題ありません大丈夫です」
驚くべき早口でメーデンの言葉を遮ったアインズ。上官の言葉を切ってまで否定する彼女の様子を見た事で、野外演習とやらが隊長であるアインズにとっても過酷な物であろうことは、ユウキにも推察できた。
「それから少年」
「はい?」
「私からのささやかな贈り物だ。受け取ってくれ」
「贈り物?」
先ほどから目には入っていた、部屋の隅にあるそれ。人間ほどの高さの何かに真っ白な布がかけられている。
「今後、まず間違いなく、バケモノと戦うことになるだろう」
鎖を破壊する旅に出れば、バケモノとの戦闘は必須と言える。昨日のように、極端に太陽の力に弱い敵であれば苦にはならない。
が、そうそう上手くいかないであろうことは、想像に難くない。そこで——
「この装備一式を贈ろうと思う」
メーデンが勢いよく布を引く。姿を見せたのは、鎧と剣、その他小物と言った、騎士の必需品である。
「こんな立派な物を、僕に?」
「ああ。少しは安全性が増すだろう。新品でなくて済まないが……」
新品でない割には、かなりの美品であった。汚れ一つ無く、剣には一切の錆もない。
赤に近い橙や黄色と言った暖色系の装飾が目立つ。どこか太陽の様であるとも見えるそれは、彼によく合う代物であろう。
「いえ、すごく助かります。何から何まで、ありがとうございます」
「本来は国を挙げて支援したいほど、君の目的は崇高なものだ。だが、ここの防衛を緩めるわけにもいかない。こんなことしかできないが、健闘を祈っているよ」
「はい!」
「うむ。ではアインズ、長旅になるだろうが、よろしく頼む」
「お任せください」
◇◇◇
メーデンに別れを告げ、馬車へ最低限の荷物を積み込んだ。
アインズが手綱を握り馭者を務める。ユウキは彼女の隣に座り、まっすぐと進行方向を見る。車が動き出した。
——ああ、始まる。
急激に襲ってきた実感。きっと、簡単には終わらない。それでも彼は、視線を落とさなかった。
前だけを見て、願望でもある最終目的を見据え、ブライトヒル王国を後にした。
——待っててね、リオ
——ブライトヒル王国城、一室
目を覚ますと、やはりそこは彼の故郷ではなかった。
まだ二回目で、見慣れない天井。体を起こし、自身には勿体ないとすら感じる高級な布団から出る。
廊下に出ると、既に王国城の従者たちが忙しなく働いていた。
「えっと……」
これまた見慣れない廊下を、キョロキョロしながら進む。
——確か右だったよな
部屋を出て右へ方向転換。そのまま直進すると、右手側に洗面所が存在する。
「おはようございます」
その入り口にて、たった今掃除を終えたらしい従者とすれ違った。
「おはようございます」
言葉を返すと、その女性は足早にその場を去った。挨拶がオウム返しになってしまったことを気にしながら、少年は鏡の前に立った。
水垢一つ無く、水面のように綺麗に磨かれている。彼の目に映った汚いものは、寝ぐせと目ヤニの付いた自分の姿だけであった。
「えっと……こうかな?」
クライヤマでは一般的に存在した井戸。ここブライトヒル王国では、同じものの姿を拝むことは少ない。
代わりに、井戸から水を引き上げるのに使う喞筒に似た装置が、城の内外問わず、あらゆる場所で見られた。
だいたい同じような使い方だろう。そう予想し、装置のレバーを何度か上下した。
「うわ、すごい勢い……」
文明力の差を思い知りながら、両手で水をすくい、顔を洗う。三回ほどすすぎ、腰にかけて持ってきた布で手と顔面の水を拭った。
「よし」
鏡をもう一度見、先刻より幾分マシになった人相で部屋へ戻った。
◇◇◇
部屋の窓から外の景色を見た。そこには相変わらず、自然の中に突き刺さる不自然な鎖がある。改めて観察し、はっとした。
「そうか……僕は今日からアレを壊す旅に出るんだよね」
ここから見ても大きいと分かるスケール感のそれ。自分やアインズが行ったところで、破壊する方法があるのか。
そもそも、人間が太刀打ちできるような事態なのか。冷静に考えれば疑問は尽きないが、ユウキの中に潜む幻影が諦めを許さなかった。
「よしっ!」
左右の手でもって、自身の両頬に気合を入れた。思ったよりも力がこもり、じんわりと痛んだ。だがその痛みが、彼にとっては良い眠気覚ましである。
着替えを済まし、布団を整える。しばらく——もしかしたらもう二度と来ることが無いかもしれない部屋。名残惜しいというほどでもないが、案外、この部屋を気に入っていたのだと気付いた。
乾いた喉を水で潤しながら部屋を見ていたその時、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「おはよう。アインズよ」
もう聞き慣れた女性の声。今日から旅路を共にする人物である。
「おはようございます」
扉を開け、彼も朝の挨拶を口にした。
「早速だけど、メーデン様がお呼びよ。一緒に行きましょうか」
「了解」
「なんか……部下みたいな返事ね。別に、タメ口でもいいのよ」
「うん」
「飲み込みが早くて結構」
◇◇◇
——ブライトヒル王国城、メーデンの部屋
「ニューラグーン国?」
旅の第一の目的地としてメーデンが提案した国である。机上に広げられた地図上では、ブライトヒル王国の北北東に位置する。
「おそらく、クライヤマを除く最寄りの鎖は、ニューラグーンの付近だと思われる」
「ユウキ君の使っていた部屋から見えた鎖がそうよ。丘で見えないけれど、あれを超えると小さな国があるの」
「その国までは、どうやって?」
「馬車を用意してある。ぜひ使ってくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「所要時間は……一日と少しくらいでしょうかね?」
「ああ、大体そんなところだろう」
今日の朝に出発して、到着は一日と少し後。それすなわち——
「野宿ですね」
——一晩は必ず外泊することが確定事項である。
「野宿……よね」
「どうした、アインズ。野宿は嫌か? ならばもう一度、野外演習を受けてもら——」
「いえ問題ありません大丈夫です」
驚くべき早口でメーデンの言葉を遮ったアインズ。上官の言葉を切ってまで否定する彼女の様子を見た事で、野外演習とやらが隊長であるアインズにとっても過酷な物であろうことは、ユウキにも推察できた。
「それから少年」
「はい?」
「私からのささやかな贈り物だ。受け取ってくれ」
「贈り物?」
先ほどから目には入っていた、部屋の隅にあるそれ。人間ほどの高さの何かに真っ白な布がかけられている。
「今後、まず間違いなく、バケモノと戦うことになるだろう」
鎖を破壊する旅に出れば、バケモノとの戦闘は必須と言える。昨日のように、極端に太陽の力に弱い敵であれば苦にはならない。
が、そうそう上手くいかないであろうことは、想像に難くない。そこで——
「この装備一式を贈ろうと思う」
メーデンが勢いよく布を引く。姿を見せたのは、鎧と剣、その他小物と言った、騎士の必需品である。
「こんな立派な物を、僕に?」
「ああ。少しは安全性が増すだろう。新品でなくて済まないが……」
新品でない割には、かなりの美品であった。汚れ一つ無く、剣には一切の錆もない。
赤に近い橙や黄色と言った暖色系の装飾が目立つ。どこか太陽の様であるとも見えるそれは、彼によく合う代物であろう。
「いえ、すごく助かります。何から何まで、ありがとうございます」
「本来は国を挙げて支援したいほど、君の目的は崇高なものだ。だが、ここの防衛を緩めるわけにもいかない。こんなことしかできないが、健闘を祈っているよ」
「はい!」
「うむ。ではアインズ、長旅になるだろうが、よろしく頼む」
「お任せください」
◇◇◇
メーデンに別れを告げ、馬車へ最低限の荷物を積み込んだ。
アインズが手綱を握り馭者を務める。ユウキは彼女の隣に座り、まっすぐと進行方向を見る。車が動き出した。
——ああ、始まる。
急激に襲ってきた実感。きっと、簡単には終わらない。それでも彼は、視線を落とさなかった。
前だけを見て、願望でもある最終目的を見据え、ブライトヒル王国を後にした。
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