天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第1章:決意

氷纏いのバケモノ

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「なに、あれ……?」

「さあな」

 振り返った先に居たのは、間違いなくバケモノであった。しかし、ほかの個体とはまるで異なる。

「あれって、氷よね。まさかこの寒さは……」

「そうだろうな」

 周辺の空気にまで温度変化を与える程の冷気。本体に触れればどうなるかは、言うまでもない。

 二人は本能的に距離を取った。よく観察すると、特徴が見えてきた。

 大きさは、先ほどまで戦っていた種類の大きめの個体ほど。

 ただし、全身が氷の鎧をまとっており、周辺に強力な冷気を放っていた。

「だが、この距離ならば——」

 ツヴァイは右手に持っている鎌を振り上げた。彼を黒紫色のオーラが包む。

「ドゥンケル・ラスレート!」

 振り下ろされた刃は、確かに氷纏いの頭頂部へヒットした。そのまま刃を勢いよく引き、切り裂く。しかし——

「なに……?」

 僅かに表面が傷ついたに過ぎない。氷は思ったよりも硬いようであった。

 間髪入れず、今度はアインズが力を使う。黄金のオーラが彼女を包み、左手と切っ先をバケモノに向けて——

「ブリッツ・ピアス!」

 瞬く間にバケモノに急接近し、その勢い全てがぶつかった。

「くっ!」

 にもかかわらず、彼女の攻撃もまた通らなかった。それだけではない。

 このバケモノに近付いた彼女は、とっさの判断で再び距離を取った。

 無論、異様に寒いというのも理由の一つだが、それ以上に身の危険を感じる理由があった。

「気を付けて。あいつの傍にいると、呼吸が出来ないわ」

「呼吸が? なるほど。単なる氷ではないようだな」

 彼らの知る氷とは異なる性質を持っているようであった。

 自身らの攻撃が通じない敵を目の当たりにしたアインズらは、かなり焦っていた。

「どうしたものかしらね」

「……対処法は見えないが、放っておくわけにもいかないな」

 これまで戦ってきた人間も、最近戦い始めたバケモノも、力が通用しないことは一度たりとも無かった。突けば刺さったし、引けば裂けた。

 彼らはここで初めて、例外に遭遇してしまったことになる。それが、二人の焦燥感を煽る一番の要因であった。

《グググ、フギグググ》

 今度は氷のバケモノが二人の騎士を睨み、呻いた。

 やられたらやり返す。そう言わんばかりの剣幕で再び呻き、右手を天に向けた。

「何をする気……?」

 数秒程経過すると、周りの冷気がバケモノの掌に集まり——

「気をつけろ、武器を生成したぞ」

「あれって、剣?」

 氷でできていること以外、アインズの持つ武器と瓜二つ。すなわち、アインズがこの敵を攻撃する場合、相手の間合いに入らなくてはいけなくなってしまった。

 これは非常に厄介な出来事で、危険度の面でもそうだが、彼女に戦争での人間との殺し合いを思い出させるといった効果をもたらす。

「どけ、アインズ!」

「——っ!」

 体勢を低くした途端、ツヴァイの大鎌が空気を裂く低い音が聞こえた。氷のバケモノの左肩に、力強く刃が衝突する。

が——

「やはり硬いっ⁈」

 そんな攻撃はものともせず、自身の左肩に当たる刃を右手で掴んだ。すると恐ろしいことに、その掴まれた場所を起点にして大鎌が凍っていく。

僅か数秒でツヴァイの手元まで凍てつく。

「くっ!」

 このままでは危険だと判断した彼は、咄嗟に武器を捨てる判断をした。

 柄から手を放したおかげで、彼の手が鎌と同じ末路をたどることはなかったが、しかし、丸腰になってしまうという絶望的状況であることは間違いない。

「そこよ!」

 ツヴァイの武器を封じてご満悦のバケモノに、今度はアインズが向かう。だが、攻撃は通じないであろう。そんなことは、彼女とて分かっていた。

「くらいなさい!」

 瓦礫から拾い上げた、彼女と同じくらいの大きさをほこる丸太。それを叩きつけるように突進を繰り出した。

《グギギ?!》

 これは見事にバケモノの胸を捉えた。長細い剣や鎌の刃とは違い、太長いその武器は、敵を転ばせるには十分な働きをした。

「はあ……はあ……」

 重い一撃を食らわせたアインズだが、彼女もまた疲弊が進行する。

「立て、アインズ!」

 素早く体勢を立て直したバケモノは、生成した氷の剣を、今にもアインズに振り下ろさんとする。

 その様子を見ていたツヴァイは、彼女に回避を促すが——

「——うっ!」

 今から痛む体に鞭打って立ち上がっても間に合わない。そう判断したツヴァイは、瓦礫から剣程のサイズの金属棒を拾い、大急ぎでバケモノのもとへ。

 とりあえず攻撃を止められれば良い。その一心であった。

「させるか!」

 剣が振り下ろされる。アインズと刃の距離が縮まっていく。彼女が裂かれる、その直前。

 なんとか攻撃を防ぐことに成功したツヴァイ。勢いそのまま、彼女から刃を遠ざけ、鍔迫り合いに持ち込む。

「バケモノめ!」

《ググ、グギュギググ!》

「助かったわ!」

 命拾いしたアインズは一歩退き、再び剣を握る。ツヴァイが引き留めている間に、彼女は考えた。どうしたらこの状況を打開できるだろうか。

「くそっ!」

 ツヴァイが握る金属棒は、次第に凍っていく。一番厄介なのは言うまでも無く、冷気を操る力であろう。

 それはどうしようもない。防ぐにはバケモノを殺す他ないが、それが出来なくて困っているのだ。

「あれは……」

 状況を観察していたアインズの目に、嬉しい光景が飛び込んできた。火事だ。

 化け物が空気を冷やし続けたことによって湿度が低下し、砕けた木材が燃えやすくなったのだろう。

「——ブリッツ・ピアスッ!」

 未だ小さな炎だが、細長い氷の武器を破壊するには十分。そう睨んだアインズは、道中で燃える木材を剣で攫い、鍔迫り合い中の剣に向かって亜光速の突きを見舞った。

《ギギギ!》

「やったわ!」

 目論見通り、氷纏いのバケモノが持っていた剣の破壊に成功した。燃える木材は勢いそのまま、アインズの剣から離れる。

《グググギッ!》

 憎しみに歪んだ表情をしたバケモノは、右手を天に向けた。

「気をつけろ、氷の塊だ!」

 空気中の水分が、半ば強制的に凝集させられていく。直径十数センチメートルほどになったそれを掌に乗せ、くすぶる炎に落とした。

「こいつっ!」

 大きく広がれば有効な攻撃となったであろう火種は、無慈悲にも消されてしまった。問題はそれだけにとどまらず——

「まずいわね……地面が濡れたわ」

「ああ。場所を変え——」

 融けた氷が水となり、地面を濡らし、そして——

「ちっ、手遅れか!」

「動けない……!」

 足を巻き込んだまま地面の水が凍り始めた。無論、身動きが取れないという厄介な状況に陥ってしまう。

《ギギギグゥ!》

「……本当にまずいな」

 バケモノは、自身の腕を核として氷塊を生成。巨大な槌と化したそれを振り上げ——

「ツヴァイ!」

「ぐおっ⁈」

 足を拘束されて動けなくなったツヴァイを、氷の槌が勢いよく襲う。左わき腹に打撃を受けた彼は、いとも容易く吹っ飛ばされた。

 それと同時に、懐に忍ばせていた日長石の首飾りが飛び出した——。
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