天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第1章:決意

朧気な陽光

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◇◇◇

 ——ブライトヒル王国城の一室

 アインズとツヴァイが街に駆け出してしまった。

 日の巫女、リオから受け取った形見である日長石のネックレスを取り戻している最中だったが、街に例のバケモノが襲ってきたとのことで、少年の頼み事は後回しに。

「……」

 最初にこの城で目覚めた部屋に戻ったユウキは、また窓から景色を眺めた。自然の中に向かって伸びる、無機質な鎖。

「僕は……僕は……」

 落ち着かない気持ちを掻き消す方法は無いものかと、再び廊下に出た。

「こっちは……市街地?」

 廊下の窓からは、二人が向かった街が見えた。建物で死角が多いが、バケモノと対峙する騎士が見える。

 少し視線を上げると、これもまた不可思議な光景が見えた。

「月……」

 地表に近くなった月だ。アインズがユウキに説明したように、合計五本の鎖がある。

 こうして見ると、クライヤマに居た時よりは圧迫感に欠けるが、それでも巨大な影を落とすには十分だろうと、ユウキに嬉しくない現状を察知させる。

「バケモノ……邪神……? リオが、世界から悪者扱いされる……?」

 ツヴァイの言葉が、ユウキの脳内に残って消えない。

「悔しい……」

 窓枠を掴む強さが、次第に強くなっていく。

「僕には……何も出来ないのか? 何も、しないのか?」

 視界に映るのは、バケモノに次々と倒されていくブライトヒルの騎士たち。

「あの時も……!」

 脳裏に描かれるのは、リオを岩戸へと運んでいくクライヤマの大人たちの姿。

 ユウキの目には、一滴の涙があった。何も出来ない。誰も助けられない。

 彼は、ほんの一時忘れていた想いを再び抱いた。

「なんで、僕は生きているんだ……?」

 岩戸の前で達成しかけた願い。このままリオの元へ行くという悲願。

 だが彼は、生きていた。アインズ率いるブライトヒル王国騎士団第一部隊が、異常事態発生と判断された地、クライヤマに急行し、助けたからだ。

 それだけならまだしも、生き残った彼に、さらなる不条理が待っていた。

「違うんだ……リオは、普通の女の子なんだ……悪者なんかじゃ……!」

 ツヴァイは彼女、日の巫女を邪神と呼んだ。そう思っているのはおそらく、彼だけではない。
 
 クライヤマの現状を知る人間であれば、彼のような考えに至るのも、客観的には無理もないだろう。

 だがその存在は、ユウキにとって、それこそ邪神の様であった。

「リオ……」

 街を見下ろすと、また騎士が殺されるところが見えた。ユウキは己に問いかける。

「僕には……何が出来るんだ?」

——いいや、違うな

 少年は自らの呟きを、首を横に振って否定した。

「僕は、何がしたいんだ?」

 いっそ死んでしまいたい。そんな願望は、確かに彼の中に存在した。

 だがそれ以上に、強い願い——想いがあった。先ほど感じた「悔しい」という感情がそれに起因している事に、彼は後から気付いた。

——ああ、そうだ

「証明してやる。クライヤマの——リオの潔白を!」

——これは、僕にしか出来ない事だから

 クライヤマ唯一の生存者であり、同時に、日の巫女と距離の近かったユウキ。

 そんな彼にしか出来ないこと。ツヴァイを始めとした、反巫女思想の持ち主を納得させる。冤罪を晴らす。

 率先してバケモノと戦うしかないのなら、そうしてやると。

 日長石を引き継いだ彼の心に、恐怖などが打ち勝てるはずもない。

「やるっきゃ、ないんだ!」

 つい先ほどまで滴り落ちそうだった涙を袖で拭い、次に鼻をすすって、少年は城の廊下を走り出した

◇◇◇

 ——ブライトヒル王国市街地

 ある程度のバケモノを退け、市街地にて再会したアインズとツヴァイ。

「やはり、駆け付けるのが遅かったようだな」

「……ええ、そうね」

 ツヴァイの言葉を聞き、彼が見に行った方面の被害状況を察したアインズ。

 ツヴァイもまた、アインズの返事のみで勘付いた様子であった。

「そうか。クライヤマも、このような地獄絵図だったのか?」

「ええ。ただ、あそこは民間人しかいないから、悲惨さで言えば桁違いね」

「ほう。住民を虐殺してまで……。巫女の狙いは何なのだろうな」

「またそんなこと言って……」

「逆に訊きたいのだが、お前はなぜ疑わない? 今回の件で、お前は実際に現場を見ているはずだ」

 クライヤマに足を運んだのは、アインズ率いる第一部隊だけ。

 すなわち、想像や報告書でなく自身の目で現状を確認したのは、ユウキと彼女らだけと言う事になる。第三者目線に限った話では、アインズらだけだ。

「お前たちの報告と現状からして、クライヤマが諸悪の根源なのは間違いないだろう?」

 詰められて少し困った顔をしたアインズだったが、しかし、まっすぐにツヴァイの目を見て言葉を返した。

「まだ、見てないわ」

「見ていない?」

「まだ、クライヤマの悪意を見てない。邪って決まったわけじゃないわ」

「……」

「……巫女も、ユウキくんもね」

「ふん、信じていると言う奴か?」

「信じるというより、一方的に決めつけていないだけよ」

「そうか……ところで」

 先ほどから不自然に身体を縮めるアインズ。それに少し、震えているように見える。

「体調でも悪いのか?」

「え? そう言う訳じゃないけれど……何だか寒くない?」

「……言われてみれば、少し涼しいとは思うが」

 未知のバケモノとの戦い。緊張もあるだろうし、戦っていれば身体を動かす。

 むしろ体温が上昇して暑くなるのが普通なのだろうが、ツヴァイはともかく、アインズには寒いとすら感じられた。

「「……」」

 一体何事かと、二人は共に周辺を見渡すも、寒さ以外の異常を発見するには至らない。

「うう……風邪でも引いたのかしら……」

「……いいや、妙だ」

「妙?」

「急激に寒さが増しているように感じる」

 つい先ほどまで、「言われてみれば涼しい」と言っていたツヴァイ。僅か数十秒の間にその評価は「寒い」へと変わった。

「手が……」

 いつの間にか、大鎌を持つ手がかじかんでいることに気が付いたようだ。アインズもまた、両手に呼気をあてて温めている。

「この寒さ……まるで突きささるようね」

「ああ。冷風が吹いているわけではない。この辺りの空気そのものが冷えているように——」

——バリバリッ

「「——っ⁈」」

 瓦礫と化した木材を踏む音が、二人の耳に入った。非常に重い音で、踏まれた木材は確実に砕けているであろうという事は、想像に難くない。

 それすなわち、人間の行為によって鳴ったものではない。
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