天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第1章:決意

閃光と閃影

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◇◇◇

 ——ブライトヒル王国市街地中央

 大急ぎで装備を身に着け、第一部隊長アインズと第二部隊長ツヴァイが街に出た。

 既に負傷者が運ばれたり、もう手遅れの騎士が無造作に転がったりしていた。

「少々遅かったようだな」

「……ええ」

 凄惨な状況を見て、揉めている場合ではなかったと後悔した。

「アインズ隊長!」

 そんな彼女の名を呼びながら、走って接近する騎士が一人。アインズが指揮する第一部隊の隊員だ。

「状況は?」

「住民の避難が遅れており、混乱が広がっています。少しずつですが、バケモノが侵攻を始めています。即席のバリケードはありますが、時間の問題かと」

「そう、報告ありがとう。私は戦線に加わるわ。住民の避難はあなたが指揮して」

「はっ!」

 隊長より指示を受けた隊員は、命令遂行のために走り去る。

「思ったよりまずい状況ね」

「……ああ」

 一度クライヤマでバケモノと戦ったアインズ。対してツヴァイは、バケモノの姿、形などの特徴を報告として書面で見ただけであった。

「怖いなら引っ込んでいてもいいのよ」

「ふん、バカにする」

 一瞬の茶番の後、アインズは腰に携えた剣を、ツヴァイは背負った大鎌を手に取って構え、別々の方向に散った。

◇◇◇

 ——ブライトヒル王国市街地奥

 グシャという気味の悪い音をたて、ロングブレードがバケモノの胴体を裂いた。

 市街地に入ってきた未知の存在を斬りつけたアインズは、念のため首に追撃し、確実にとどめを刺した。

「ふう。恐ろしい敵だけど、人を斬るより……」

 クライヤマで初めてバケモノを斬った時から、彼女が感じるようになった事。

 アインズやツヴァイが所属する王国騎士団はもともと、国家間戦争のために設立された組織だ。

 国の為にと騎士になった彼女だが、実際に人を殺すとなると躊躇いが生じることも少なくなかった。

 そう言った迷いを振りきったからこそ、第一部隊長という地位にまで上り詰めたわけだが、人ではなくバケモノと戦っている状況において、捨てた余計な感情が蘇生し始めた。

「……さて、ほかにバケモノは」

 人を殺すバケモノの出現により、人を殺さなくてよくなった。

 なんとも皮肉な話で、アインズ自身も自分がどういう感情でいるべきなのか分からなかった。

「ぐわあああっ! は、離しやがれ!」

「——っ!」

 索敵を行っていた彼女の耳に、すぐ近くから人間の叫びが聞こえた。これ以上死傷者は増やすまいと、聞えた方向へ急行する。

「今助けるわ!」

 バケモノに首を掴まれていた騎士を発見したアインズ。少しでも安心させようと、これから助けるとの旨を叫んだが……

「や、やめろ! 痛い、痛い、や、やめてく——」

「くっ!」

 間に合わなかった。バケモノに勇敢に立ち向かったであろう彼は、もうピクリとも動かなくなった。いとも簡単に首を折られたからだ。

「ヴィリアン……」

 今しがた殺された男性に、見覚えがあった。かつて第一部隊に所属し、アインズと共に戦った騎士だった。

 今にも泣き崩れそうな自分を律し、バケモノに向かって叫んだ。

「よくも、よくも大切な仲間を殺してくれたわね」

 恨み言を放つのと同時に、怒りと悔しさをこめて敵を睨みつける。

 その視線に気付いたバケモノは、アインズを見て奇声を上げた。

「……ブリッツ・ピアス」

 剣を持った右腕を引き、左手と切っ先をバケモノの方に向けてアインズはそう呟いた。その刹那──

 彼女の身体から黄金のオーラが放たれた。そのまま足と腕に力をこめ——

「仇は討ったから……どうか、安らかに」

 瞬き一回ほどの極短い時間で、アインズの剣がバケモノの顔面から頭部を貫いていた。

 少なくとも他人の目には、瞬間移動して刺した様にしか見えない、亜光速の突き攻撃だ。

 こういった「力」を使うことが出来るのは、彼女だけではない。

 優秀な騎士として活躍する者の大半は、何かしらの力を持つ。無論それは、第二部隊長ツヴァイも同様である。

◇◇◇

 アインズと別の方向へ向かったツヴァイもまた、市街地に入り込んできたバケモノと遭遇した。

「なるほど。報告にあった恐ろしいという言葉は、間違いないようだな」

 此度の襲撃で初めてバケモノの姿を己の肉眼で見た彼は、大袈裟だと思っていた第一部隊の報告内容に納得した。

 黒に近い紫色の身体。それでいて強烈な存在感を放っている。

 肉体も強靭そうで、とっくみ合いになれば、体を鍛えている騎士であっても勝ち目がないことは想像に難くない。

 骨格は、少し大きい人くらいの個体から、子供くらいの個体など幅広い。

「だが、貴様らのような敵は私の得意分野でな……っ!」

 武器として大鎌を用いているツヴァイ。爪や拳といった近距離攻撃を主とするバケモノに対し、彼は中距離から攻撃を開始できる。

 バケモノがツヴァイに攻撃を行うには、まず彼の間合いに飛び込まなければならない。

 逆にツヴァイは、安全な間合いを維持したまま一方的にバケモノを葬り去ることが出来た。

「恐ろしいのは、見た目だけのようだな」

 涼しい顔を維持したまま大鎌を右から左に水平に振り抜き、自身に迫るバケモノを斬り裂いた。

 ツヴァイに近付くことすら出来なかったバケモノは、腰を境にして二つに分かれ、地面に転がる。

「ふん、たわいもない」

だが、例外も存在する。

「ん……?」

 自身と同程度の背丈をしたバケモノを腰の辺りから斬り捨て、おそらく血液だと思われる液体を刃から払っていたツヴァイは、次第に大きくなる地響きに気が付いた。

「ほう……もはや個体差の域ではないな。貴様らにも種類があると見た」

 地鳴りと共に現れたそのバケモノは、ツヴァイとは比べ物にならない体格の持ち主であった。

 見ると、そのバケモノの肩と一階建て平屋の屋根が同程度の高さにあった。

「ちっ、仕方がない」

 まずは一歩後退した。これほどの大きさだと、ツヴァイの中距離と敵の近距離にさほど差がないためだ。

 このままでは、いとも簡単につかまるか潰されるかだろう。

 安全であろう距離を取りつつ、大鎌を地面と垂直に構えた。

そして——

「ドゥンケル・ラスレート!」

 ツヴァイがそう唱えると、鎌の刃部分が湾曲型から変形し、まっすぐ天へ向かって伸びる刃となった。

 同時にツヴァイの身体から黒紫色のオーラが放たれた。

「去ね!」

 その刃をバケモノの頭目掛けて振り下ろし、引き裂いた。巨体といえども、頭に致命傷を負わされればひとたまりもない。

 ドンと重い衝撃を放ち、土煙を舞わせながら地に倒れた。土煙で汚れるのを嫌ったツヴァイは、すぐにその場所を離れた。

「……」

 自身の戦いをひと段落させて冷静に周りを見ると、何人かの騎士が横たわっているのが見えた。

 苦しみ悶える者も居れば、既に苦しみから解放されて何も感じなくなった者も居る。その光景に、彼とて悲しみを抱く。

「クライヤマめ……邪神め……っ!」

 ふと、柄が軋むほど強い力で大鎌を握っていた。

 仲間を殺されたことで、ツヴァイの中にあった日の巫女への不信感や憎しみが、さらに増したようであった
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