天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第1章:決意

心の乱層雲

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◇◇◇

 「女性」改め、王国騎士団第一部隊長、「アインズ」と共に城の廊下を進むユウキ。

 炊事洗濯などを担う従者たちが忙しなく行きかう。その誰もが、アインズとすれ違うたびにわざわざ足を止め、軽く頭を下げる。

「……」

 彼女はその度に肩ほどの高さまで手を挙げ、笑顔で応対している。

「ここよ」

 何度か踊り場を経て階段を上り、両開きの扉の前まで来た。アインズがノブに手をかけて押した。

 昼どきの日差しが、ユウキに強烈な光を刺す。

「眩し——」

「さて、さすがに乾いているわよね」

 おびただしい量の布が干されている。その白さがまた、眩しさを強調する。

「アインズ様。如何なさいましたか?」

 突然現れた二人の気配を察してか、洗濯物を干していた女性が垂れる布をかき分けて出てきた。

「この前洗濯してもらったこの子の服、もう乾いているかしら?」

「はい。先ほど——こちらです」

 乾いた洗濯物が入れられた籠から、ユウキの服が取り出された。他の物とは雰囲気の異なる、クライヤマ製の服だ。

「ありがとうございます」

女性から服を受け取った彼は安堵した。

——この服、高級感があって着心地に違和感があるんだよなあ

「この服と一緒に、首飾りは無かったかしら?」

「ええ、懐にございました。ただ、つい先ほどツヴァイ様が持って行かれまして」

「ツヴァイが?」

 その名前を聞いたアインズは、少し眉間にしわを寄せた。

「ええ。どなたの物かと尋ねられましたので、えっと……」

女性がユウキに視線を向けた。

「ユウキです」

「失礼致しました。ユウキ様の物とお答えしましたところ、何やら思案された後、貰っていくと仰っていました」

「返してもらわないと……」

「ツヴァイか。ありがとう、尋ねてみるわ」

 アインズが礼を言って元来た方へ戻りだした。ユウキもそれに倣い、女性に軽く頭を下げてアインズの背中を追う。

「あの。ツヴァイさんって方はなんであの首飾りを?」

再び廊下を進みながら、ユウキはそう訊いた。

「どういう目的かは分からないわ。ただ……」

「……?」

「ツヴァイはユウキ君にとって、ちょっと厄介かもね」

「厄介?」

「ええ。何て言うのかしらね……。私も君には話しにくいけど、クライヤマに対する疑念を持っている人も、少なからず居るの」

「疑念? それって、どういう……」

「……着いたわ。ここがツヴァイの部屋よ。疑念については、まあ話してみましょうか」

 ユウキの心にもやがかかったまま、目的の人物、ツヴァイが居るという部屋へ。

 アインズは一度深呼吸し、扉をノックした。

 周辺を観察していたユウキは、今から入ろうとする部屋の入り口に「第二部隊長ツヴァイ」との表記を見つけた。

「アインズよ」

「ああ、入れ」

 中から男性の声で返事が聞こえた。知的な印象の声色をしていた。

 だがその一方で、アインズの声とは裏腹に、若干の冷たさを感じさせる。ユウキは少し、不安な気持ちになった。

「何か用か?」

一瞬だけツヴァイとユウキの目が合った。

「この子の持ってた首飾り、あなたが持って行ったんだって?」

「ああ、この日長石の事か」

 部屋の中央奥側にある大きな机の上から首飾りを手に取って言った。窓から差し込む光に当て、その輝きを観察している。

「君の持ち物とのことだが……」

突き刺すような視線をユウキへ。

 怯みそうになったユウキだが、そんなことで諦めるわけにはいかない代物であるが故、平静を装って答えた。

「はい。確かに僕の首飾りです。返していただけると——」

「貰い物か?」

——僕の話、聞く気ないな

「子供が簡単に手に入れられるような物ではなさそうだが」

「大事な人の、形見です」

「……形見か。相当価値の高いものだろうが、一体、何者から受け取った?」

 日長石の首飾りの元の所有者は誰なのか。その質問への回答を、ユウキは少しためらった。

 この部屋に入る前にアインズから聞いた、疑念という言葉を思い出したからだ。

「……日の、巫女です」

「やはり、そうであったか」

「はい。だから、返し——」

「悪いが、君にこれを返すわけにはいかない」

「……え?」

「ツヴァイ!」

 返せというユウキの頼みにツヴァイが応えることは無く、彼は首飾りを自身の懐へしまった。

「どういう事ですか⁈」

「どうもこうも、邪神のアイテムなど、渡すわけにはいくまい」

「邪神……?」

 邪神という言葉を聞いたユウキの脳裏には、クライヤマでの悪夢がフラッシュバックしていた。

 そのこともあり、彼の平静は簡単に崩壊した。

「やめなさい、ツヴァイ。まだ、クライヤマの巫女が悪と決まったわけじゃないでしょ」

「何、言ってんだ……?」

 日の巫女は、クライヤマに恩恵をもたらしていた。それはクライヤマ出身のユウキにとって、至極当たり前のことだ。

 だが一歩外に出たらどうだろうか。よくわからない巫女という存在の住まう地域から、突然バケモノが湧いて出て襲ってきた。

 巫女の死を知っているユウキとは違い、畏怖や疑いの念が生じるのは、悲しくも当然の事であろう。

「巫女は、邪神なんかじゃ——」

「なら、この状況はなんだ? なぜ巫女は悪でないと言い切れる?」

「ふざ……けるな……」

 歯を食いしばり、拳に力が入った。爪が掌に食い込む痛みなど、ユウキの悔しさを紛らわす麻酔にはなりえなかった。

「巫女が……リオが、邪神だって? あの子が、悪だって⁈」

「そうだ。状況からして、巫女がバケモノの親であるとするのが自然だろう? そうなれば、この首飾りに執着する君も怪しく見えて——」

「いい加減にしなさい、ツヴァイ!」

「……なんだ、邪神に情が移ったのか? アインズ」

「ユウキ君は、バケモノに殺されかけていたのよ?」

 アインズの言葉で、ユウキは自身に迫るバケモノの姿と、背中に伝わる岩戸の冷たさを思い出した。

「少なくともこの子に悪意が無いのは、どう考えても明らか——」

 ツヴァイに対し、アインズがユウキの潔白を訴えていたその時。廊下から大きな声が聞こえた。

「ツヴァイ隊長! アインズ隊長!」

 それを聞きつけたツヴァイは、部屋の扉を開けて返答した。アインズも彼の横に並んで状況確認を行う。

「何事だ?」

「街の近郊に、例のバ、バケモノが現れました!」

「……なんですって?」

「揉めごとは後だ、アインズ」

「ええそうね。ごめんね、ユウキくん。首飾りは必ず返すから」

 ユウキの返事を待たずして、二人の騎士は部屋を飛び出していった。

 目まぐるしく変わる目の前の状況に、彼はただ立ち尽くす事しか出来なかった。
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