3 / 140
第1章:決意
見知らぬ世界
しおりを挟む
◇◇◇
目を開いた少年の視界に飛び込んだのは、見た事のない天井や装飾品だった。
生まれてから一度も感じたことのない空気感。自身の身体を包み込む柔らかい感覚。
はっきりとしない意識であっても、その場所が自身の故郷、クライヤマでないことは明らかだった。
「ったた……僕は……」
ゆっくりと上体を起こした。その途端に、直近の記憶がフラッシュバックする。
「ううっ!」
思い出したくない悪夢が、再び彼に襲い掛かった。
ボロボロにされた少女。
離れていく岩戸。
また泣いてしまいそうになった少年だが、誰かの声によって涙は垂れずに済んだ。
「お目覚めね」
聞き覚えのある声が耳に入った彼は、まだ覚醒しきらない脳で必死に記憶を探った。
「貴女は……」
クライヤマで、彼——ユウキを救出した女性だ。有事でないためか、今は戦闘用装備を身に着けていない。
あの時は鎧で見えなかった、長い金髪と透き通った青い瞳が、その姿を印象付けた。
ただ、腰にぶら下がった剣だけが異物感を与える。
「何日も目覚めないから、心配したわ」
「そんなに……」
「一応伝えておくと、ここはブライトヒル王国という国よ。私はそこの、騎士団の一員をやっているわ」
騎士団員であると言うこの女性に命を助けてもらったユウキは、しかし、彼女に対する恩義は感じていなかった。
「なんで、助けたんですか?」
「……君が、生きていたからよ」
「そう、ですか」
放っておいてくれれば良かったのにと、ユウキは内心で毒を吐いた。
「目覚めてすぐで悪いけど、君にはいくつか話をしないといけないわ」
「話……?」
「ええ。主に……と言うか全て、ネガティブな知らせだろうけど」
「……」
「まず、クライヤマの生存者は君一人だけということ」
「僕だけ……。僕と同い年の、女の子は見つかりませんでしたか?」
ユウキは、ダメもとで訊いてみた。
「……残念だけど」
「……」
彼とて、返ってくるであろう言葉は分かっていた。仮に見つかったとて、既に手遅れだと言う事も、理解していた。
「次に、君も見たでしょう? あの日以来、バケモノたちがクライヤマ以外の場所でも目撃されているわ。おそらく、あの場所から流出したのでしょうね」
「……」
「もう一つ、月について」
「月?」
「ええ。あの日、突然月が落ちてきたのよ。何が起きたのかは、私たちも、誰も分からないわ。なにせ問題だらけだから」
「問題?」
「その窓から、景色を見てみて」
そう促されたユウキは、恐る恐る従った。
「……あれは?」
平原や綺麗な山が見えたが、同時に、異質なものも観察された。
巨大な鎖だ。
「月が落ちた直後、あの鎖が月からのびて来たの。月を中心に考えると、東西南北に一本ずつ、クライヤマに一本。合計五本の鎖が、地表に刺さっていることになるわね」
「それって、つまり」
「そう。現在、月は地表に固定されているのよ」
「まあ確かに見慣れない景色ですけど……」
ユウキは、窓の外を見て思ったことを素直に言った。
「幻想的で良いじゃないですか」
「ふふふっ。意外とメルヘンな事を言うのね」
「メルヘンな出来事を、目の当たりにしてますからね」
「……。けど、そう言う訳にもいかないの」
柔らかい雰囲気を持っていた彼女は一変。いたって真剣な表情で述べた。その変化を感じ、ユウキの視線は女性へ。
「先日——君を連れ帰ったあの日ね。クライヤマに行った騎士の証言をまとめると、バケモノは突然、何もないところから湧いたと言う事になるの」
「……?」
「けど、クライヤマ以外でそんな現象は確認できない。つまり——」
「バケモノの出現に、月が……クライヤマが関係しているのは間違いない、って?」
「間違いない、とまでは言わないけれど……」
——間違いないだろ、どう考えても
変に誤魔化そうとする思案が、かえってユウキを苦しめる。
「……話はこれで全部よ。無理しないで、まだ休んでいても——」
「ここで休んでれば、忘れられます?」
ユウキは再び、女性から外へと視線を戻した。
「私はね、騎士として人が死ぬところをたくさん見てきたつもりよ。だからこそ、生きている君を見捨てることは出来なかったの。その結果、君が私を憎むなら……私は一向に構わないわ」
毅然とした態度で、凛とした立ち姿で、彼女はそう言った。
「そう、ですか」
「……退屈だったら、城内を練り歩いてもいいからね。話は、通ってるから」
そう言われて、ユウキはハッとした。自身の服装が変わっていたからだ。
「僕の服は?」
「服? 随分と汚れていたから、洗濯に回してあるわ」
「懐に、首飾りがあったでしょう?」
女性は一瞬、記憶を探るような動作をして、再びユウキに向き直った。
「ああ、確かにあったわ。随分と綺麗な物だったわね」
「良かった……」
「そんなに大事な物なの?」
失くしていないことに安堵したユウキに、女性が問う。
「あれは……大事な、大事な、形見なんです」
「形見……。ご家族から?」
「いえ」
ユウキはベッドから降り——
「リ……日の巫女から」
——少し、寂しげな声色で答えた。
目を開いた少年の視界に飛び込んだのは、見た事のない天井や装飾品だった。
生まれてから一度も感じたことのない空気感。自身の身体を包み込む柔らかい感覚。
はっきりとしない意識であっても、その場所が自身の故郷、クライヤマでないことは明らかだった。
「ったた……僕は……」
ゆっくりと上体を起こした。その途端に、直近の記憶がフラッシュバックする。
「ううっ!」
思い出したくない悪夢が、再び彼に襲い掛かった。
ボロボロにされた少女。
離れていく岩戸。
また泣いてしまいそうになった少年だが、誰かの声によって涙は垂れずに済んだ。
「お目覚めね」
聞き覚えのある声が耳に入った彼は、まだ覚醒しきらない脳で必死に記憶を探った。
「貴女は……」
クライヤマで、彼——ユウキを救出した女性だ。有事でないためか、今は戦闘用装備を身に着けていない。
あの時は鎧で見えなかった、長い金髪と透き通った青い瞳が、その姿を印象付けた。
ただ、腰にぶら下がった剣だけが異物感を与える。
「何日も目覚めないから、心配したわ」
「そんなに……」
「一応伝えておくと、ここはブライトヒル王国という国よ。私はそこの、騎士団の一員をやっているわ」
騎士団員であると言うこの女性に命を助けてもらったユウキは、しかし、彼女に対する恩義は感じていなかった。
「なんで、助けたんですか?」
「……君が、生きていたからよ」
「そう、ですか」
放っておいてくれれば良かったのにと、ユウキは内心で毒を吐いた。
「目覚めてすぐで悪いけど、君にはいくつか話をしないといけないわ」
「話……?」
「ええ。主に……と言うか全て、ネガティブな知らせだろうけど」
「……」
「まず、クライヤマの生存者は君一人だけということ」
「僕だけ……。僕と同い年の、女の子は見つかりませんでしたか?」
ユウキは、ダメもとで訊いてみた。
「……残念だけど」
「……」
彼とて、返ってくるであろう言葉は分かっていた。仮に見つかったとて、既に手遅れだと言う事も、理解していた。
「次に、君も見たでしょう? あの日以来、バケモノたちがクライヤマ以外の場所でも目撃されているわ。おそらく、あの場所から流出したのでしょうね」
「……」
「もう一つ、月について」
「月?」
「ええ。あの日、突然月が落ちてきたのよ。何が起きたのかは、私たちも、誰も分からないわ。なにせ問題だらけだから」
「問題?」
「その窓から、景色を見てみて」
そう促されたユウキは、恐る恐る従った。
「……あれは?」
平原や綺麗な山が見えたが、同時に、異質なものも観察された。
巨大な鎖だ。
「月が落ちた直後、あの鎖が月からのびて来たの。月を中心に考えると、東西南北に一本ずつ、クライヤマに一本。合計五本の鎖が、地表に刺さっていることになるわね」
「それって、つまり」
「そう。現在、月は地表に固定されているのよ」
「まあ確かに見慣れない景色ですけど……」
ユウキは、窓の外を見て思ったことを素直に言った。
「幻想的で良いじゃないですか」
「ふふふっ。意外とメルヘンな事を言うのね」
「メルヘンな出来事を、目の当たりにしてますからね」
「……。けど、そう言う訳にもいかないの」
柔らかい雰囲気を持っていた彼女は一変。いたって真剣な表情で述べた。その変化を感じ、ユウキの視線は女性へ。
「先日——君を連れ帰ったあの日ね。クライヤマに行った騎士の証言をまとめると、バケモノは突然、何もないところから湧いたと言う事になるの」
「……?」
「けど、クライヤマ以外でそんな現象は確認できない。つまり——」
「バケモノの出現に、月が……クライヤマが関係しているのは間違いない、って?」
「間違いない、とまでは言わないけれど……」
——間違いないだろ、どう考えても
変に誤魔化そうとする思案が、かえってユウキを苦しめる。
「……話はこれで全部よ。無理しないで、まだ休んでいても——」
「ここで休んでれば、忘れられます?」
ユウキは再び、女性から外へと視線を戻した。
「私はね、騎士として人が死ぬところをたくさん見てきたつもりよ。だからこそ、生きている君を見捨てることは出来なかったの。その結果、君が私を憎むなら……私は一向に構わないわ」
毅然とした態度で、凛とした立ち姿で、彼女はそう言った。
「そう、ですか」
「……退屈だったら、城内を練り歩いてもいいからね。話は、通ってるから」
そう言われて、ユウキはハッとした。自身の服装が変わっていたからだ。
「僕の服は?」
「服? 随分と汚れていたから、洗濯に回してあるわ」
「懐に、首飾りがあったでしょう?」
女性は一瞬、記憶を探るような動作をして、再びユウキに向き直った。
「ああ、確かにあったわ。随分と綺麗な物だったわね」
「良かった……」
「そんなに大事な物なの?」
失くしていないことに安堵したユウキに、女性が問う。
「あれは……大事な、大事な、形見なんです」
「形見……。ご家族から?」
「いえ」
ユウキはベッドから降り——
「リ……日の巫女から」
——少し、寂しげな声色で答えた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

自作ゲームの世界に転生したかと思ったけど、乙女ゲームを作った覚えはありません
月野槐樹
ファンタジー
家族と一緒に初めて王都にやってきたソーマは、王都の光景に既視感を覚えた。自分が作ったゲームの世界に似ていると感じて、異世界に転生した事に気がつく。
自作ゲームの中で作った猫執事キャラのプティと再会。
やっぱり自作ゲームの世界かと思ったけど、なぜか全く作った覚えがない乙女ゲームのような展開が発生。
何がどうなっているか分からないまま、ソーマは、結構マイペースに、今日も魔道具制作を楽しむのであった。
第1章完結しました。
第2章スタートしています。

メンヘラ疫病神を捨てたら、お隣の女子大生女神様を拾った。
もやしのひげ根
恋愛
※序盤はお砂糖控えめでお送りいたしますが、後半は致死量となる可能性があります。ご注意ください。
社会人×女子大生の物語!
我が儘で束縛の激しい彼女と付き合って4年。
振り回されて散々貢がされて、やりたいことも何一つ出来ず貯金も出来るわけもなく。
口座も心もボロボロな俺は、別れを決意する。
今度ばかりは何を言われても言いなりになるつもりはない。
そしてようやく解放され、もう恋愛はこりごりだし1人を満喫するぞー!と思った矢先に1人の女性と出会う。
隣に住んでいる大学生が鍵を失くして家に入れないということらしい。しかもスマホは家の中に置き去り、と。
見捨てるわけにもいかずに助けると、そのお礼と言われて手作りのご飯をご馳走になる。
あまりの美味しさに絶賛すると、何故か毎日作ってくれることになった。
さらには同じ趣味のゲームで意気投合し、仲を深めていく。
優しくゲームも料理もプロ級の腕前。だけど天然だし無防備だしで少し心配になるところもある。
可愛いからいっか。
ボロボロだった俺の癒されライフが、今始まるっ——
真夜中ロンドで逢いましょう
七森陽
ファンタジー
訳ありと思しき第三王子アーベルとの婚姻が決まったエルナ。
意を決しその邸宅に行くと、そこにはすでにアーベルに溺愛されたニナという声のない少女が居た。
主人公になれないと悟ったエルナは、夜ごと潜り込む夢の中で、とても綺麗な青年に出会う。
毎度ふたりで過ごす無言のワルツの夜は、エルナの心を少なからず癒していたが。
その青年は話をしてみるととんだ意地悪な男だった…。
現実で幸せを諦めたエルナの心を、これでもかとかき乱す夢の中の青年。
夢だと判っているのに。
どうしても惹かれていくのを止められない。

TS? 入れ替わり? いいえ、女の身体に男の俺と女の俺が存在しています! ~俺の身体は冷蔵庫に保管中~
ハムえっぐ
ファンタジー
ある朝、目を覚ますと、鏡に映った自分はなんとセーラー服の美少女!
「なんだこれ? 昨日の俺どこいった?」と混乱する俺。
それもそのはず、右手がマシンガンに変形してるし!
驚きつつ部屋を見回すと、勉強机もベッドも昨日と変わらず安堵。
でも、胸がプルプル、スカートがヒラヒラ、男の俺が女の俺になった現実に、完全にパニック。自己確認のついでに冷蔵庫を開けたら、自分の男の肉体が冷蔵中!
頭の中で「女の俺」がささやく。
「あの肉体にマシンガン撃てば、君が私から出られるかもよ?」って。
「え、俺が俺を撃つって? それで俺、再び男になれるの?」と考えつつも、「とにかく、この異常事態から脱出しなきゃ!」と決意。
さあ、俺がどうやってこのカオスから脱出するのか、そしてなぜ冷蔵庫に男の俺がいるのか、女子高生になった俺の戦いがここに始まる!

悪服す時、義を掲ぐ
羽田トモ
ファンタジー
土雲切を含む二十名の生徒たちは突然、光の中に落ちた。
レオガルド――かつて魔族によって暗雲に覆われていた大地であり、勇者によって金色の夜明けがもたらされた異世界。
世界を渡る際に神から授けられる特別な力、“天賜”。ところが、土雲切は天賜を授からなかった。それが、彼の運命を大きく変えてしまう。突き落とされた黒い絶望の中で、藻掻き、苦しむ。それでも、贖罪のために前へ進み続けなければならなかった。
そして黒い絶望から這い上がった時、世界が土雲切を拒絶する。
これは、レオガルドで未来永劫語り継がれる聖戦、そのもう一つの真実。
犯してしまった血染めの罪。
約束を果たすために歩む道は、正義なのか、悪なのか……。
戦力外スラッガー
うさみかずと
ライト文芸
夢を諦めた青年と夢を追う少年たちの人生が交差した時、あっと驚く奇跡が起こったり、起こらなかったりするどたばた青春野球小説。
「お前桜高校の監督をやれ」その言葉がすべての始まりだった。
怪我のため春季リーグ戦のメンバー構想外となりそのまま戦力外の烙印を押されたと大学四年生の菱田康太は、荒田監督から唐突に命令された。
どうやら石坂部長が絡んでいるらしいがついでに教育サポーターとして学生に勉強を教えろだって注文が多すぎる。
面倒ごとは避けたいが石坂部長から大学と桜高校との指定校協定など大人の事情に板挟みにされしぶしぶグラウンドに行ってみれば部員が二人だけってどうゆうこと?
三校合同の連合チーム聞いてないよぉ。同級生にはからかわれ、初監督の初陣を飾った試合ではぼろ負け。それが原因でチームはバラバラ、
追い打ちをかけるように荒田監督から「負けたら卒業旅行はお預け」なんだって! ついに一度もレギュラーをとれなかった俺に何ができるっていうんだ!
「す、すげぇ~ こんなすごい人が監督なら甲子園だって狙える!」雄大頼むからそんな輝いた眼で見つめないでくれ。
かつてプロ野球選手を目指し夢半ばで破れた菱田康太。部員二人の野球部で甲子園を夢見続けていた少年雄大と体の大きさに半比例した気弱な太一。不良高校の総司や超進学校の銀二、個性豊かなメンバーを引き連れて康太たちは夏の大会を勝つことができるのか。
『おっさんの元勇者』~Sランクの冒険者はギルドから戦力外通告を言い渡される~
川嶋マサヒロ
ファンタジー
ダンジョン攻略のために作られた冒険者の街、サン・サヴァン。
かつて勇者とも呼ばれたベテラン冒険者のベルナールは、ある日ギルドマスターから戦力外通告を言い渡される。
それはギルド上層部による改革――、方針転換であった。
現役のまま一生を終えようとしていた一人の男は途方にくれる。
引退後の予定は無し。備えて金を貯めていた訳でも無し。
あげく冒険者のヘルプとして、弟子を手伝いスライム退治や、食肉業者の狩りの手伝いなどに精をだしていた。
そして、昔の仲間との再会――。それは新たな戦いへの幕開けだった。
イラストは
ジュエルセイバーFREE 様です。
URL:http://www.jewel-s.jp/

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】
リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。
これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。
※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。
※同性愛表現があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる