天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第1章:決意

見知らぬ世界

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◇◇◇

 目を開いた少年の視界に飛び込んだのは、見た事のない天井や装飾品だった。

 生まれてから一度も感じたことのない空気感。自身の身体を包み込む柔らかい感覚。

 はっきりとしない意識であっても、その場所が自身の故郷、クライヤマでないことは明らかだった。

「ったた……僕は……」

 ゆっくりと上体を起こした。その途端に、直近の記憶がフラッシュバックする。

「ううっ!」

 思い出したくない悪夢が、再び彼に襲い掛かった。

ボロボロにされた少女。

離れていく岩戸。

 また泣いてしまいそうになった少年だが、誰かの声によって涙は垂れずに済んだ。

「お目覚めね」

 聞き覚えのある声が耳に入った彼は、まだ覚醒しきらない脳で必死に記憶を探った。

「貴女は……」

 クライヤマで、彼——ユウキを救出した女性だ。有事でないためか、今は戦闘用装備を身に着けていない。

 あの時は鎧で見えなかった、長い金髪と透き通った青い瞳が、その姿を印象付けた。

 ただ、腰にぶら下がった剣だけが異物感を与える。

「何日も目覚めないから、心配したわ」

「そんなに……」

「一応伝えておくと、ここはブライトヒル王国という国よ。私はそこの、騎士団の一員をやっているわ」

 騎士団員であると言うこの女性に命を助けてもらったユウキは、しかし、彼女に対する恩義は感じていなかった。

「なんで、助けたんですか?」

「……君が、生きていたからよ」

「そう、ですか」

 放っておいてくれれば良かったのにと、ユウキは内心で毒を吐いた。

「目覚めてすぐで悪いけど、君にはいくつか話をしないといけないわ」

「話……?」

「ええ。主に……と言うか全て、ネガティブな知らせだろうけど」

「……」

「まず、クライヤマの生存者は君一人だけということ」

「僕だけ……。僕と同い年の、女の子は見つかりませんでしたか?」

ユウキは、ダメもとで訊いてみた。

「……残念だけど」

「……」

 彼とて、返ってくるであろう言葉は分かっていた。仮に見つかったとて、既に手遅れだと言う事も、理解していた。

「次に、君も見たでしょう? あの日以来、バケモノたちがクライヤマ以外の場所でも目撃されているわ。おそらく、あの場所から流出したのでしょうね」

「……」

「もう一つ、月について」

「月?」

「ええ。あの日、突然月が落ちてきたのよ。何が起きたのかは、私たちも、誰も分からないわ。なにせ問題だらけだから」

「問題?」

「その窓から、景色を見てみて」

そう促されたユウキは、恐る恐る従った。

「……あれは?」

 平原や綺麗な山が見えたが、同時に、異質なものも観察された。

巨大な鎖だ。

「月が落ちた直後、あの鎖が月からのびて来たの。月を中心に考えると、東西南北に一本ずつ、クライヤマに一本。合計五本の鎖が、地表に刺さっていることになるわね」

「それって、つまり」

「そう。現在、月は地表に固定されているのよ」

「まあ確かに見慣れない景色ですけど……」

 ユウキは、窓の外を見て思ったことを素直に言った。

「幻想的で良いじゃないですか」

「ふふふっ。意外とメルヘンな事を言うのね」

「メルヘンな出来事を、目の当たりにしてますからね」

「……。けど、そう言う訳にもいかないの」

 柔らかい雰囲気を持っていた彼女は一変。いたって真剣な表情で述べた。その変化を感じ、ユウキの視線は女性へ。

「先日——君を連れ帰ったあの日ね。クライヤマに行った騎士の証言をまとめると、バケモノは突然、何もないところから湧いたと言う事になるの」

「……?」

「けど、クライヤマ以外でそんな現象は確認できない。つまり——」

「バケモノの出現に、月が……クライヤマが関係しているのは間違いない、って?」

「間違いない、とまでは言わないけれど……」

——間違いないだろ、どう考えても

 変に誤魔化そうとする思案が、かえってユウキを苦しめる。

「……話はこれで全部よ。無理しないで、まだ休んでいても——」

「ここで休んでれば、忘れられます?」

 ユウキは再び、女性から外へと視線を戻した。

「私はね、騎士として人が死ぬところをたくさん見てきたつもりよ。だからこそ、生きている君を見捨てることは出来なかったの。その結果、君が私を憎むなら……私は一向に構わないわ」

 毅然とした態度で、凛とした立ち姿で、彼女はそう言った。

「そう、ですか」

「……退屈だったら、城内を練り歩いてもいいからね。話は、通ってるから」

 そう言われて、ユウキはハッとした。自身の服装が変わっていたからだ。

「僕の服は?」

「服? 随分と汚れていたから、洗濯に回してあるわ」

「懐に、首飾りがあったでしょう?」

 女性は一瞬、記憶を探るような動作をして、再びユウキに向き直った。

「ああ、確かにあったわ。随分と綺麗な物だったわね」

「良かった……」

「そんなに大事な物なの?」

 失くしていないことに安堵したユウキに、女性が問う。

「あれは……大事な、大事な、形見なんです」

「形見……。ご家族から?」

「いえ」

ユウキはベッドから降り——

「リ……日の巫女から」

——少し、寂しげな声色で答えた。
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