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プロローグ:天罰
太陽の岩戸隠れ
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大勢の住民に抵抗できるはずも無く、巫女は、いとも容易く捕らえられた。
裏切者を捕らえた。
邪神を討ち取った。
そんな報告を叫びながら、暴徒がクライヤマを練り歩いた。
散々痛めつけられた巫女の意識は朦朧としている。抵抗はおろか、声を上げる事さえ、彼女にはもうできなかった。
「嘘つきだったのか」
「私たち、散々尽くして来たのに」
報告を聞いた住民は、口々に恨み言を吐き捨てる。それだけ、巫女に対する疑念が広まっていたのだ。
もはや、彼女の心配をする者など——
「リ、リオ……⁈」
——この少年、ユウキを除いて存在しない。
「ユウ……キ……?」
この場においては異質な、自分を心配する声。それを聞いた巫女——否、リオは、枯れた震える声で呼び声の主を呼んだ。
「リオ! な、なんで、こんな! 放せ! リオを放せよ!」
大きな籠に、無造作に入れられたリオ。
数人の大人がそれを担ぎ、ある場所へと向かう。
少年ユウキは彼女を救わんと、その進路上に立ちふさがった。
しかし——
「どけ、小僧!」
「ぐあっ⁈」
もはや、何かにとり憑かれたような顔の男によって、蹴り飛ばされてしまう。
通り過ぎる人々に踏まれたり、蹴られたり。巫女だけでなく、彼女に味方する者に対しても、酷い仕打ちが待っていた。
「リオ! リオ!」
「……っ!」
地に倒れた少年と籠がすれ違う一瞬。リオはとっさに胸のさらしを少し剥いだ。胸の間から自身が大切にしていた日長石の首飾りを出し、籠の隙間から落とす。
少年はそれを、咄嗟に懐へしまった。
「ま、待ち……やがれ!」
あばらが痛んだが、ユウキは必死に立ち上がった。その頃にはもう、籠は何メートルも離れていた。
口の中には鉄の味と、砂の触感が広がる。それでも彼は、追いかけた。
だが——
「よし、そっちから押せ!」
「いくぞ、せーの!」
体格の大きな男たちが数人で、大きな岩を動かした。日の巫女は、巨大な岩戸に監禁されてしまった。
「リオっ!」
ユウキにはどうすることも出来なかった。いくら探しても、リオの救出を手助けしてくれる住民は居なかった。
ただただ、泣いていた。
岩戸に縋りつき、ただ、ひたすらに。
◇◇◇
——なんだ、騒がしいな
いつの間にか、岩戸に寄り添って意識を失っていた少年は、異様な騒がしさで覚醒した。背中に触れる冷たい感触によってまた涙が溢れそうになる。
「く、来るなバケモノ!」
「寄るな! 寄るな!」
「ぎゃああああっ!」
「な、なんだ、これ……?」
見た事も想像したことも無いような異形のバケモノ共が、クライヤマの住人を惨殺していた。吐き気を催し、無意識に口を押える。
「なんだよ、何なんだよ、あのバケモノ⁈」
誰かに問う様に叫ぶも、返事はない。
——ああ、日の巫女は、リオはもう
「……ん?」
ふと、景色に違和感があった。遠くの景色から察するに、今は日中のはず。だがどうしてか、クライヤマの周辺は真っ暗だった。
加えて、強烈な圧迫感があった。ユウキは、必死に状況を観察した。やっと覚醒しきった頭で考え、有り得ない光景に気づく。
「え……? つ、月が——」
夜になれば、その光をもって集落を照らす。ここでは、太陽に次いで大切に扱われる天体。それが月だ。
しかし、彼が、クライヤマの住人が見た月は恐怖の対象であった。
「なんで、こんな近くに……?」
手を伸ばせば、もしかすると届くのではないか。そう思わせる程の距離にあった。
遥か上空に在ったそれは、今はクライヤマの地表に近付いていた。
その影響を受け、巨大な影が落ちている。だから暗くなっているのだろうと、容易に答えは出る。
——いや、どうでもいいや
——月なんて
——バケモノなんて
「なあ、リオ。僕はまた、君の姿を見られるかな?」
驚くほど冷静に、少年は再び岩戸に背中を預ける。
「ああ。僕ももうすぐ、君のもとへ行くから」
無論、誰からも返事はない。
「そうしたらさ、僕が君を幸せにするよ」
住民のほとんどを殺したバケモノは、今度はユウキの存在に気が付いたようだ。
この世の物とは思えない、奇怪な呻き声をあげながら、彼の方へと迫っていく。
「もうすぐ、会える……」
ユウキには、バケモノが天使に見えた。恐ろしいモノなんかじゃない。
自分を、愛しきリオのもとへ連れて行ってくれる。そんな有難い存在に見えたのだ。
目を瞑っても分かった。もう、目の前に天使が居る。
——楽しみだな
——夢にまで見た、君との幸せな日々
——それはもう、目の前に
だが、しかし。次に聞こえてきたのは、バケモノのものと思われる断末魔であった。
「……え?」
目を開けると、甲冑を身に着けた屈強な集団が居た。
訳が分からず見渡していると、集団の一人、女性がユウキの目の前にしゃがんで話しかけた。
「君、無事? ケガは無い?」
強さと優しさを併せ持つ。そんな声色の女性である。
「貴女、たちは?」
「うん、気にする余裕があるなら上出来よ。生存者を発見!」
その女性が言うと、集落の奥でバケモノと戦っていたらしい数人が集合した。
「そっちはどう?」
「生存者は発見できませんでした。おそらく、この少年が唯一かと」
「そう、仕方ないわね。この子を救えただけ、良しとしましょう。総員、撤退!」
女性はまた、指示を出した。
「君、立てる?」
「ぼ、僕は……」
「悪いけど、話を聞いていられるほど余裕はないの。貴方、この子を担いで」
「了解」
ユウキは、一人の屈強な男性の肩に担がれた。抵抗する力は、少年には無い。
だんだんとクライヤマが、岩戸が遠ざかっていく。手を伸ばした。
「い、嫌だ」
涙を流した。
「僕は……僕はっ!」
「落ち着くのよ。あそこに居たら、君も奴らに——」
「死なせて、くれよ……。リオの所へ、行かせてくれよっ!」
「君……」
「うう……うわああああっ!」
嗚咽混じりの叫びをあげた。恐怖や、死ねなかった事への怒りではない。
また、邪魔をするのかと。過去から積み上がった感情であった。ユウキの脳内に、記憶がこだまする。
——巫女様と、友達みたいにかかわるのはやめなさい
——何度言ったら分かるの! 巫女様はあなただけのものじゃないのよ!
——どけ、小僧!
どうしてみんな、邪魔をするのだと。
僕が何をしたのだと。
なぜ、誰もかれもが僕とリオを引きはがすのだと。
そんな悔しさが、ユウキを支配した。
─────────────
プロローグ:天罰 完
裏切者を捕らえた。
邪神を討ち取った。
そんな報告を叫びながら、暴徒がクライヤマを練り歩いた。
散々痛めつけられた巫女の意識は朦朧としている。抵抗はおろか、声を上げる事さえ、彼女にはもうできなかった。
「嘘つきだったのか」
「私たち、散々尽くして来たのに」
報告を聞いた住民は、口々に恨み言を吐き捨てる。それだけ、巫女に対する疑念が広まっていたのだ。
もはや、彼女の心配をする者など——
「リ、リオ……⁈」
——この少年、ユウキを除いて存在しない。
「ユウ……キ……?」
この場においては異質な、自分を心配する声。それを聞いた巫女——否、リオは、枯れた震える声で呼び声の主を呼んだ。
「リオ! な、なんで、こんな! 放せ! リオを放せよ!」
大きな籠に、無造作に入れられたリオ。
数人の大人がそれを担ぎ、ある場所へと向かう。
少年ユウキは彼女を救わんと、その進路上に立ちふさがった。
しかし——
「どけ、小僧!」
「ぐあっ⁈」
もはや、何かにとり憑かれたような顔の男によって、蹴り飛ばされてしまう。
通り過ぎる人々に踏まれたり、蹴られたり。巫女だけでなく、彼女に味方する者に対しても、酷い仕打ちが待っていた。
「リオ! リオ!」
「……っ!」
地に倒れた少年と籠がすれ違う一瞬。リオはとっさに胸のさらしを少し剥いだ。胸の間から自身が大切にしていた日長石の首飾りを出し、籠の隙間から落とす。
少年はそれを、咄嗟に懐へしまった。
「ま、待ち……やがれ!」
あばらが痛んだが、ユウキは必死に立ち上がった。その頃にはもう、籠は何メートルも離れていた。
口の中には鉄の味と、砂の触感が広がる。それでも彼は、追いかけた。
だが——
「よし、そっちから押せ!」
「いくぞ、せーの!」
体格の大きな男たちが数人で、大きな岩を動かした。日の巫女は、巨大な岩戸に監禁されてしまった。
「リオっ!」
ユウキにはどうすることも出来なかった。いくら探しても、リオの救出を手助けしてくれる住民は居なかった。
ただただ、泣いていた。
岩戸に縋りつき、ただ、ひたすらに。
◇◇◇
——なんだ、騒がしいな
いつの間にか、岩戸に寄り添って意識を失っていた少年は、異様な騒がしさで覚醒した。背中に触れる冷たい感触によってまた涙が溢れそうになる。
「く、来るなバケモノ!」
「寄るな! 寄るな!」
「ぎゃああああっ!」
「な、なんだ、これ……?」
見た事も想像したことも無いような異形のバケモノ共が、クライヤマの住人を惨殺していた。吐き気を催し、無意識に口を押える。
「なんだよ、何なんだよ、あのバケモノ⁈」
誰かに問う様に叫ぶも、返事はない。
——ああ、日の巫女は、リオはもう
「……ん?」
ふと、景色に違和感があった。遠くの景色から察するに、今は日中のはず。だがどうしてか、クライヤマの周辺は真っ暗だった。
加えて、強烈な圧迫感があった。ユウキは、必死に状況を観察した。やっと覚醒しきった頭で考え、有り得ない光景に気づく。
「え……? つ、月が——」
夜になれば、その光をもって集落を照らす。ここでは、太陽に次いで大切に扱われる天体。それが月だ。
しかし、彼が、クライヤマの住人が見た月は恐怖の対象であった。
「なんで、こんな近くに……?」
手を伸ばせば、もしかすると届くのではないか。そう思わせる程の距離にあった。
遥か上空に在ったそれは、今はクライヤマの地表に近付いていた。
その影響を受け、巨大な影が落ちている。だから暗くなっているのだろうと、容易に答えは出る。
——いや、どうでもいいや
——月なんて
——バケモノなんて
「なあ、リオ。僕はまた、君の姿を見られるかな?」
驚くほど冷静に、少年は再び岩戸に背中を預ける。
「ああ。僕ももうすぐ、君のもとへ行くから」
無論、誰からも返事はない。
「そうしたらさ、僕が君を幸せにするよ」
住民のほとんどを殺したバケモノは、今度はユウキの存在に気が付いたようだ。
この世の物とは思えない、奇怪な呻き声をあげながら、彼の方へと迫っていく。
「もうすぐ、会える……」
ユウキには、バケモノが天使に見えた。恐ろしいモノなんかじゃない。
自分を、愛しきリオのもとへ連れて行ってくれる。そんな有難い存在に見えたのだ。
目を瞑っても分かった。もう、目の前に天使が居る。
——楽しみだな
——夢にまで見た、君との幸せな日々
——それはもう、目の前に
だが、しかし。次に聞こえてきたのは、バケモノのものと思われる断末魔であった。
「……え?」
目を開けると、甲冑を身に着けた屈強な集団が居た。
訳が分からず見渡していると、集団の一人、女性がユウキの目の前にしゃがんで話しかけた。
「君、無事? ケガは無い?」
強さと優しさを併せ持つ。そんな声色の女性である。
「貴女、たちは?」
「うん、気にする余裕があるなら上出来よ。生存者を発見!」
その女性が言うと、集落の奥でバケモノと戦っていたらしい数人が集合した。
「そっちはどう?」
「生存者は発見できませんでした。おそらく、この少年が唯一かと」
「そう、仕方ないわね。この子を救えただけ、良しとしましょう。総員、撤退!」
女性はまた、指示を出した。
「君、立てる?」
「ぼ、僕は……」
「悪いけど、話を聞いていられるほど余裕はないの。貴方、この子を担いで」
「了解」
ユウキは、一人の屈強な男性の肩に担がれた。抵抗する力は、少年には無い。
だんだんとクライヤマが、岩戸が遠ざかっていく。手を伸ばした。
「い、嫌だ」
涙を流した。
「僕は……僕はっ!」
「落ち着くのよ。あそこに居たら、君も奴らに——」
「死なせて、くれよ……。リオの所へ、行かせてくれよっ!」
「君……」
「うう……うわああああっ!」
嗚咽混じりの叫びをあげた。恐怖や、死ねなかった事への怒りではない。
また、邪魔をするのかと。過去から積み上がった感情であった。ユウキの脳内に、記憶がこだまする。
——巫女様と、友達みたいにかかわるのはやめなさい
——何度言ったら分かるの! 巫女様はあなただけのものじゃないのよ!
——どけ、小僧!
どうしてみんな、邪魔をするのだと。
僕が何をしたのだと。
なぜ、誰もかれもが僕とリオを引きはがすのだと。
そんな悔しさが、ユウキを支配した。
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プロローグ:天罰 完
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